夢の舞台へのフリーキック
「まだ後十分もある2点は行けるぞ! 破軍の試合だって後半の最後に巻き返した。土壇場で強いのはテンプレだ!」
桐生の激がチーム全体に飛び、テンプレイレブンは獅子奮迅の働きを見せる。
ここで前田監督は疲労の見えたMFの安岡と永倉を変え、FWとMFをこなす小泉と沙原を投入する。それでも硬直状態は破れず試合は進み、後2点の差をなかなか詰められない。せっかくボールをカットしても簡単なパスミスからボールを失う事が連続した。滝のような汗を流すテンプレイレブンは足がつり始め天を仰ぐ。
「止まるなぁ! 走れっ! あれだけの観客に応援されてんだぞ! たとえ負けても華々しく散ろうじゃねーか! 今のままじゃ散れないぞ皆っ!」
そのタイヨウの叫びにテンプレイレブンは周囲を見渡す。まるで全国大会決勝戦のような会場は敵の応援以上に、テンプレ学園の応援が三分の二以上を占める。クラスメイト、教員、家族、親戚やテンプレ学園のOB。そして今までの試合で戦った中学にIFKの会員となった女子集団――。
『……』
ほとんが見知らぬ人だが、見知らぬ人の自分を応援してくれている。テンプレ学園という学校で紡がれる絆は、ここに来て大きな花輪をさかせようとしていた。それに今更ながら気付き歓声をエネルギーに変えていく。ユニホームの胸にあるサンライトハートのエンブレムを握り締め全員の精神は肉体の限界を超えた。そして太陽を背に黒髪のこの都大会で急成長を遂げたエースFWは叫ぶ。
「まだ終わりじゃない! 最後のホイッスルが鳴るまであの太陽のように心を燃やして戦いぬく!」
『おうっ!』
水を得た魚のように躍動するテンプレイレブンは再三に渡りシュートを仕掛ける。
ディフェンスに集中する月光のゴールは中々破れない。
松坂は目黒をDFとし最後の砦になるスイーパーの役目にポジションチェンジする。
「ここが正念場だ! ここを乗り切ればチャンスは月光にある! 守りきれーっ!」
「監督の言う通りだ! ここさえ凌げば。ここさえ……うおおっ!」
松坂の声に押されるようにスライディングをした緑川に明石が倒されファウルを取られる。すぐさまリスタートしようとするが、フリーキックの距離としては少し遠い。キッカーとして集まるタイヨウ、桐生、明石の三人は話す。
「この距離じゃ、直接は狙えない。陰松はもうトップに上がってるから明石かタイヨウが蹴って俺が上がるか?」
「いや、キャプテン。俺っちが昨日見たスーパープレイを再現してやりますよ。イタリアのビッククラブに一発でオファーされるプレイを見せてやります」
そしてタイヨウは相手の作る壁の前に立ち桐生を見る。陽介は京乃に潰されそうになりながらも俺に寄越せ! と桐生にアピールする。陽介も京乃もここは絶対に譲れないという昔からのライバル心むき出しでポジション争いをする。
(全く、今年の一年はどいつもこいつも自己主張の強い奴ばかりで面白くて仕方ない。だが、それでこそ俺がこのチームでサッカーをする意味がある! こいつ等と一緒に飛んでやるぜ!)
迷いの無い桐生のキックが大空を舞った。そのフリーキックは相手選手の壁とゴールの間に落ちる。やはり届かないな……という京乃の口があんぐりと空く。その落下点まで一気に駆けたタイヨウは背後を振り向きそのままバシッ! とオーバーヘッドを決めた。そのボールは一直線にゴールに向かい、誰も反応出来ないままゴールネットを揺らす。
「中田ヒデかよ……あいつ本当に俺のコピー?」
そのスーパーシュートに陽介は自分のコピーなら俺にも……と思うがやっぱ厳しいかなぁと思いタイヨウを見つめる。そしてその自分以上のプレイを生で見た京乃は異常な殺気を放ち、ゆっくりと陽介の肩を叩き言う。
「あの赤毛、お前の新しい相棒の男。なかなかやるな」
「そーだろ? 俺の方が凄いけどな。お前もスーパープレイ狙いか?」
「月光の雷と呼ばれた俺の力を見せてやるぜ」
雰囲気が一変した京乃に戦慄する。このモードになったら何かを仕出かす兆候というのを小学生時代の地区選抜時代から知っていた。
京乃がボールを足下に起きセンターサークルで右手を上げると、月光学園の雰囲気が変化する。その場から動かない京乃は軽くボールを前に蹴る。
『なんだこのフォーメーションは――』
怒涛の津波のようにDFとMF陣が上がって来る。3トップの三人は一切動かず、上がって来た中盤の緑川がボールを受けドリブルをする。呆気に取られる陽介は左右に散る敵の選手のどれをマークしていいのかわからなくなり見送る。
「そういやこいつら全員FW希望だっけか? これじゃ、どいつをマークすりゃいいんだ?」
真っ直ぐ上がって来た月光の選手達は縦横無尽にテンプレ陣地を蹂躙する。浮き足立つメンバーに桐生は指示を出す。
「人間が動いてるだけでボールが動いてるわけじゃない! 人間に惑わされずボールを持つ人間だけを見ろ!」
その一言で全員はドリブルをする緑川のみを見据える。素早く反応した桐生は緑川とマッチアップをする。
「全員FWというのはこんな奇襲も出来るのか。だが本質を叩けばいいだけだ」
「本質か。それが全員ならどう対応する?」
「なっ!」
それを見透かしたかのように桐生とマッチアップせずにパスが出され、ワンタッチでダイレクトにボールは回されて行き、当たりにいくともう敵はボールを持っていない状態にある。それによりテンプレ学園は足も思考も停止する。
そして、脅迫的なプレッシャーを喰らう鬼瓦はカッ! と目を見開き――。
「鬼瓦の26の秘密の一つ。ピッチ全体の呼吸を感じる体力の3分の2を消費する禁忌の技……行くぞ! オールグラウンド・スキャン!」
その26の秘密でも禁忌の技に属するピッチ上の全ての選手の呼吸、脈拍、身体能力を見極める大技を解放し、敵の全てを丸裸にした。視界、脳髄に人間の情報が溢れ返り火照る肌の全てでピッチ上の選手の躍動を感じる。
(まるでバルセロナのようなサッカー。攻撃しかしたくない全員が一丸になって最高のサッカーをしてる……――!)
鬼瓦はセンターサークルから動き出す三人の魔獣の胎動を感じた。縦横無尽に動く獣は本能でその三人を意識する。瞬間、口が開く鬼瓦は突発的に叫んだ。
「――こいつ等は囮だ! 後ろの三人がシュートを――」
『――!』
その言葉が終わる前に鬼瓦の真横を波動砲のようなミドルシュートが抜けて行く。
全員がセンターサークルに止まっている3トップの三人を忘れていた事を思い出すよりも早く、その3トップのセンターを勤める目黒の一撃がテンプレゴールを急襲する。
「ぬうっ!」
反応が一瞬遅れた結城は左隅に飛んだ。かろうじて指に当てそのボールはバーに当たり弾かれる。左手首に激痛が走る結城は目の前に迫る小さい魔獣を見た。足を伸ばす芹沢の隙間をぬうように小橋のシュートが放たれる。それを右の正拳突きでカウンターパンチをかます。それを見た鬼瓦は一喝する。
「この局面で空手はやめろ!」
「……左手首をやった。もうこの試合じゃ左手は使えん」
「ったく世話のかかる!」
弾かれたボールは京乃の足に渡る。リフティングをする京乃は一気に三人を抜き去る。また抜き、キックフェイント、シザースといった神業の応酬で更に三人を抜く。完全に京乃一人に崩されるテンプレゴール前に戻ろうとするタイヨウを陽介はユニホームを掴み止める。
「体力の無い俺達は攻撃に命の全てをかける。仲間を、信じろ」
その言葉にタイヨウは頷き、センターサークル前でとどまる。ゴール前では京乃のオーバーヘッドが炸裂していた。それは奇しくも結城が痛めている左手を使う左隅に飛んだ。テンプレ学園全員は失点を覚悟する。
(腕の痛みなど前で戦うあいつ等に比べれば対した事は無い。選手生命よりも、ワシはこのチームを優勝に導く事を望む!)
左手を犠牲にする結城はグキッ! という不快な手首の音と共に地面に倒れる。雷のような速さで京乃はこぼれ球に迫る。京乃を邪魔しようとする鬼瓦達は目黒、小橋、緑川に猛然と身体をぶつけられる。魂と魂の身体のぶつかり合いに会場はヒートアップする。脅威の身体の切り替えしで猛然と迫る桐生と鬼瓦を振り切る京乃は月光の雷の異名に相応しい電光石火の速さでゴールをブチ抜こうとする。
「月光石火! 神罰の雷―――っ!」
「ぬああああああっ!」
何と! 左手を犠牲にした結城は今度は右手を犠牲にする。吹き飛ばされネットに絡む結城はもう動けない。最悪は最悪を呼び、またも京乃にボールが渡る。魔獣の右足はとうとうテンプレ学園の首を断罪する瞬間が来た――。
「勝てば官軍っ! 逝けよっ神罰雷撃!」
「鬼瓦――フェイスメガンテ!」
シュートコースに飛んだ鬼瓦がそれを顔面でブロックするが、京乃の右足で鬼瓦ごとゴールに叩き込まれる。
「……ごふっ……人間はゴールに入れても仕方無いぞ?」
「こいつ等! 大怪我覚悟でカウンターを?」
顔面を血に染め上げながら鬼瓦はゴールネットに絡みついていた。驚愕する京乃はそのボールの行く先にいる褐色の狼を見る。
京乃のスーパープレイが阻まれた事で、試合の流れが変わる――。
緑川に足をかけられ倒れる桐生は起き上がらず、明石は目黒に吹き飛ばされながらもキッドにパスを出し、同時に2トップの二人も動く。キッドはドリブルで敵を引きつけてから肘を入れられながらも明石にパスを出す。鼻血を出しながら頼んだ! という気持ちのこもったパスを絶対に生かす! 明石はスライディングをかわし、芹沢とのワンツーで二人を抜いた後に現れた縦のコースに必殺のスルーパスを出す。
(審判の目が腕時計にいってる。この二人は潰せる――)
緑川は小橋とアイコンタクトをし、陽介とタイヨウを潰した。
『――がぁ!』
ボールは二人の間を抜けてゴールへと迫るが力が無い。ピンチを防いだという緑川の一瞬の心の停止は、二人の野獣の殺気を見逃していた。
狂気の顔で起き上がる陽介とタイヨウはFWというポジションの人間が持つ得点欲を剥き出しにして本能のままゆっくりと転がるボールに殺到し、陽介の右足とタイヨウの左足が一閃した――。
『俺達はサンライトハートのテンプレツインズだあああああ――っ!』
シュパアアッ! と閃光のように放たれるツインシュートはブレ球となり、月光のキーパーは反応する事が出来ずネットを突き破り同点となる起死回生のゴールとなった。チームメイトの祝福によって互いに打ったシュートが決まった事を察し二人は喜んだ。だが、また一つの問題が起き上がる。
「いやー、流石俺のゴールだ。これなら俺のファンクラブも出来るな」
「いーや、俺っちのゴールだ。これは譲れないぜ」
「ダボが。俺のゴールだ。俺の方がシュートが早かった!」
「タコが。俺っちの方がシュートが早かった。ねーみんなーーーっ?」
キャー! という黄色い歓声がタイヨウに注がれ陽介はフンガー! と怒りを露わにする。審判も交えてもめにもめる得点者不明のゴールはその得点を上げた時、近くにいた京乃は意見を言う。
「今のはタイヨウのゴールじゃね? だってゴールの後、タイヨウは足を抑えてただろ? なら陽介が少し遅れて蹴ったって事じゃん」
「おい、主税!」
「相変わらずツッこみ役だな陽介。これで解決だ。試合に戻るぜ」
口論をする陽介とタイヨウの頭を左右から押し、ぶちゅーとキスをさせた。
『ギャアーーーッ!』
と応援席にいる歓声をかき消す声が上がり、タッチラインにある水で二人は口をゆすいだ。それに桐生は呆れ、キッドは爆笑し、明石は京乃に怜悧な目線を送る。スタンドの樹音も驚愕の表情で固まりシエルをギュッと抱きしめた。
(ぬぉー! 俺のぉ! 俺のファーストキッスがあああっ! これでは水城さんに顔向けがあぁぁーー!)
その水城はその空いた時間を利用し、選手に水分補給をさせて前田監督はディフェンスラインに指示を出す。そして、陽介の絶望など未だにキッドが笑う以外に誰も気に止めず試合は再開された。
「明石、トップ下に入れ。俺はボランチに下がって援護する」
敵の猛攻を防いでからのカウンター狙いだったが、失点につながるプレイに強く行った為、鬼瓦と桐生にイエローカードが出される。これで守備の要である二人にはもう激しいプレーは出来ない。そして、時間は無残に防戦一方のまま経過していき京乃のシュートを結城がなんとかキャッチした。そして後半残り三分、全員の心が一つになる。
『全員で勝つ――!』
結城のゴールキックから始まったテンプレ学園最後の攻撃はセンターサークル付近で消えゆくタイヨウに渡る。しかし、もうタイヨウにはボールを受ける力は無い。
「おら、タイヨウ! トップで張っとけ!」
フィジカルで目黒に負けながらも陽介は死にもの狂いで桐生にボールを渡す。勝ちに行くテンプレ学園全員は自陣に一人も残さず攻める。ドリブルをする桐生に敵は二人がかりで潰しに来る。フッと視線を左右に振りながら笑い、
「明石!」
バスッ! と横パスし明石は右サイドを駆け上がる。しかし、緑川がそれを読んでいたかのように待ち構えていた。
「行かせるかよ」
「行かないよ」
「なっ!?」
ヒールでバックパスを出す明石から沙原にボールが渡り、ダイレクトでセンターバックの鬼瓦に渡す。トップを駆けるタイヨウのルートにコースが見え、一気にスルーパスを出す。
「ヤッハー!」
それを自陣深くまで下がる京乃にインターセプトされ、カウンターのロングボールをくらう――。
「風が見える」
そのカウンターもキーパーの結城がカットし、左の芹沢に渡りサイドチェンジをし、藤堂に渡り駆ける。瞬時に囲まれ、パスコースが無くなるが小泉が斜めに駆け抜け相手をつり、前を走るキッドと沙原が見えた。
(沙原、感じてくれ!)
魂を込め針の穴を通すようなまた抜きが成功し、沙原にボールが渡るが前は殺気立つ緑川が塞いだ。
「何度も行かせるか――?」
ハッ! とする沙原は藤原の魂を感じ、ヒールで円を描くように走ったキッドに渡す。そのまま緑川の横を駆け上がるキッドは敵のペナルティエリア前まで迫るが、ユニホームを目黒につかまれコケそうになる。更に戻る緑川のスライディングがボールを奪った。倒れるキッドはその衝撃で口の中を切りながらもクリアしようとするDF赤沢の足下に頭から突っ込んだ。バキッ! と顔を蹴られ、再び鼻血を出しながらもキッドは執念でボールを奪い返し叫んだ。
「俺はチビでテクもなく、どこのポジションをこなしても中途半端だが、根性じゃ誰にも負けねーんだよ!」
鬼のような形相でキッドはセンタリングを上げる。そこにキッドは必ずボールを奪ってセンタリングを上げると信じていた陽介、桐生、タイヨウが走り込む。それを行かせまいとマンツーマンで相手DFはユニホームを引っ張りながらタックルをかます。桐生は突如トップスピードをゼロにして立ち止まり、相手のバランスを崩しマークを外す。ボールを受けようとする陽介は、背後から迫る男にユニホームをつかまれる。
「行かせねぇぞ陽介!」
「邪魔だぁ!」
そして桐生はファウル覚悟で陽介に張り付く京乃を吹き飛ばす。審判は京乃がユニホームをつかんでいたのを見ていた為、桐生のファウルは見逃した。
「打てぇー陰松!」
シュート体制に入る陽介はそのボールをスルーした。その背後には熱い太陽の化身である男が走りこんでいた。
「――おおおおっ!」
誰も気付いていなかった伏兵であるタイヨウのシュートが叩き込まれる。
「コッチもJユース代表の意地があるんだよ!」
そのボールは相手キーパーにダイビングのパンチングで弾かれる。そこに猛然と陽介が詰めた。しかし顔面で防がれ、ボールはペナルティエリア外に弾かれる――しかし。
『まだ終わりじゃない! 最後のホイッスルが鳴るまであの太陽のように心を燃やして戦いぬく!』
陽介の言った言葉を思い出し、全員の折れない心が天の太陽を輝かせた。
眩い光がグランドを照らし、最後の激しい攻防が行われ――陽介は倒れた。
「陽介? 陽介起きろ」
「ん……」
地面に倒れている陽介は起き上がり、まばゆい太陽に目を細める。
「今の光は?」
「俺っちが起こしたんじゃない。みんなが起こした奇跡の光だ」
「それで上手く俺が倒れてフリーキックになったのか」
「俺っちはもう力が無い。最後は陽介。お前が決めろ」
「何言ってやがる!」
起き上がるなり胸ぐらを掴んだ陽介は吠える。
「全員で決めるんだ。このチームで、冬の国立で優勝するんだ。いいなタイヨウ」
「……あぁ。みんなで、行こうか」
タイヨウはテンプレ学園のチームメイトを見渡した。短い期間だったが太陽神として人間界に降り立ち、一人の特異点の少年をこらしめながら太陽を愛させるつもりだったが、いつの間にか自分が少年を愛していた。そしてその愛はこのチームメイト全員を愛し、チームメイトもまた自分を愛していた。まさか天から眺めている自分が銀河の惑星の一つでしかない人間風情にこんな感情を抱くとは思わなかった。
(人間とは不思議なものだ。過ちしか侵さないくせに、しぶとく存在し繁栄を続ける。それはこの愛という感情が互いの存在を許し、相手を受け入れる事で成り立っていたのか……私……いや、俺っちも次は人間に生まれ……)
「行くぜ。タイヨウ」
その陽介の言葉で我に返る。そのわがままで誰も受け入れない憎しみの塊のような特異点の少年はこの大会を通して成長し、太陽である自分を引っ張る存在になっていた。ありがとう、陽介……とつぶやく中、もっと下がれ! と手を押し出しながら壁を作る相手を下げろと陽介は激を飛ばす。スタンド席のシエルは樹音の元を離れ走り出す。そして二人はキック体制に入る。やがてタイヨウの身体が完全に消え始め、二人は動いた――。




