燃え上がる炎
前半が1―3と負けたまま折り返すのはテンプレ学園にとってのテンプレの為、気迫では負けてないと確信するイレブンは焦燥も焦りも無い。後半の作戦は全員が全力を出す以外に作戦などは無く、決勝という舞台で悔いを残さないようにするだけであった。軽い雑談で前田監督の話は終わり、各自は後半に備える。
給水や作戦会議を終えた為、水城はスタンド席でテンプレ学園のグッズ売り上げを確認しベンチまで戻る道でスマホを取り出しサイトの予約状況をチェックする。
(……人気ランキングはキヤプテンにタイヨウ君。そして明石に鬼瓦に結城……何故かキッドも急上昇してるわね。それにまるで売れてないのに陰松のグッズを予約までしてるのは何でなの? 会場にいない親御さん……?)
すると、目の前にその陽介がいた。驚く水城は真剣な眼差しの少年にドキリとする。
ふと陽介の様子が何か違う事を察していたタイヨウはその二人を発見する。
(あ、あいつまさか告白!? いや、まさか……いや、ありえるな)
ササッと近くにより壁の陰に隠れ聞き耳を立てながら二人の会話に聞き入る。
「……この前の銭湯での件は忘れなさい。私ももう忘れてるから。でも、あの自分勝手な貴方がよくここまで成長して、決勝まで来られたわと本当に関心するわよ。間違いなく貴方はタイヨウ君と対を成すテンプレ学園のエースFW」
その水城の言葉に陽介は感激し、サッカー選手としてではなく人間としていずれ開くであろう大人への扉。世界へ飛翔する扉が開けた気がした。身体中から湧き出る力は、そのまま自分の心に還元され自信へと変わる。全てから解放されたかのように心も身体も軽くなる陽介は爽やかな顔で言った。
「俺、水城さんの事好きです。ずっと好きでした」
「そう。ありがとう」
ゆっくりと緊張で硬くなる陽介に水城は近づく。そして、同じ身長の少年の頬を触る。
その軽い愛撫のような手にドキドキし、全身の毛穴から汗が出る。
「貴方はこれからテンプレ学園の高等部、大学と活躍して行かなければならない。貴方にはそれが出来る。何故なら私が貴方のそばにいるから」
「はっ、はい! 全力で高等部、大学と進みJリーグに入ります!」
「他のクラブに入られたら困るわ。私の計画の最終段階はこのテンプレ学園サッカー部をJリーグの一チームにする事。そして、テンプレ学園の生徒はその下部組織になり、トップリーグを目指すピラミッドの一つになるの。だから私のそばにいなさい。陰松陽介」
その水城の巨大な構想に改めて陽介は唖然とする。そしてその話の中に自分がいるという事に興奮した。この先の未来は水城の下でサッカーをし続ければいずれJユース代表、ユース代表、そして各年代の代表を経験しJリーグでデビューしてオリンピック代表をへて、A代表で活躍する大スターになる。今の試合すら忘れされる水城の話しに陽介は酔いしれた。
「貴方もIFKのメンバーに加えてあげるわ。早くグラウンドに戻りなさい」
そう言われた陽介はガッツポーズをし、グラウンドに駆けて行く。
ふうっ……と肩を撫で下ろすタイヨウは茶髪のセミロングを束ねる少女に関心した。
「水城ちゃんも、陽介のコントロールを覚えたな。にしてもIFKとはたまげた」
その頃、グラウンドに向かう陽介は黒髪の美しい美少女に引き止められていた。
その敵のライバルの妹である少女の告白を聞く。
「私、将来なでしこジャパン目指すから。だから来年から新設されるテンプレ学園の女子サッカー部に行くわ。あの女の創設ってのが気に入らないけど。来年からは一緒の学校だから変な女に引っかからないよう私が監視するから安心して」
「変な女も何も俺のグッズは一つしか売れてないし……てか、来年から女子サッカー部が本当に出来んのか? まぁ、よろしくな」
「いい顔してるわね。昔の顔に戻ったみたい」
「昔って……今、俺と話してていいのか? 応援する相手が違うぜ」
「もちろん主税も応援してるけど、負けたら容赦しないわよ。お兄ちゃん」
そう言い、樹音はスタンドまで走って行った。
(……? あのタオルの名前!?)
その少女の肩に巻かれるYOSUKEのタオルに驚き、まさか一枚だけ売れた自分のタオルが樹音が購入したとと気付き、陽介は決意を新たにして暑い日ざしが照りつけるグラウンドへと駈けた。
※
そしてエンドが変わり、テンプレ学園のキックオフから決勝戦後半が開始される。各選手は各々のポジションに散っていき身体を動かす。そしてタイヨウとハイタッチする陽介は京乃の顔を見て指を差して勝つと宣言する。ボールをセンターサークル内にセットし、審判の笛を待つ陽介はふと相手のセンターFW目黒の目元に目が行く。
「なんだパフェ魔人。ちゃんと目の周りのマジック塗りなおしたのか? お前はV系バントかこのやろう」
「たかだかプッチンプリンに言われる筋合いは無い」
「はぁ? プッチンプリンだと? プッチンプリンバカにすんなよ! 俺はレディボーデン、ガリガリ君の次にプッチンプリンが好きなんだ!」
「プリンなどパフェの一部でしかないよ。別に無くても問題ない」
「バカかオメー! パフェの頭にゃプリンがテンプレだぜ? うわっ、このバッドマンパフェのテンプレもわかってねー! 恥ずかしーーーーっ!」
前半の試合開始前と違い、今回は反論した目黒に陽介は逆ギレされる。それを聞いている京乃は大いに笑いながら長髪をまとめヘアバンドをかけ直し、喧嘩になりそうな二人を抑える。そしてスタンド席に現れた虹色の毛並みの猫を抱える樹音を指さし、
「おい、陽介。俺と賭けしようぜ。俺が勝ったらシエルは返してもらう。お前が勝ったら俺の宝のロボダムのカスタム仕様のプラモやるよ。ついでに樹音とデートさせてやるぜ」
「なっ! シエルが来てる? いやっ、俺は水城さんがいるから……」
「いーや、一年ぶりに会った樹音はお前の好みの女になってたはずだ。樹音も案外お前の事を昔から気に入ってたんだぜ?」
「マジ? まさか樹音が? いや、俺は水城さんの大人の魅力が……っもう試合か! おいタイヨウ。あの人見知りのシエルが応援に来てるんだ。負けられねーぞ」
「タコが。俺っちを誰だと思ってやがる」
「いや、俺という一人称じゃねぇ。俺は……」
『俺達は、サンライトハートの――』
そして気合の掛け声を遮るようにシエルがスタンド席で鳴き、審判の笛が鳴り響きキックオフとなる。フンガー! と陽介は審判の空気の読めなさに憤慨しピッチを躍動した。
戦局は拮抗状態になりつつも月光が自力の強さを見せ始めていた。
攻めに攻めては来るが、安易にパワープレイをせずにパスを繋いでくる堅実なサッカーを展開してくる。全員が本職希望がFWとは言え、足元の技術は高水準でありMF、DFもこなしているのは賞賛に値する。たとえ希望のポジションじゃなくてもプロになり、いずれ代表で世界を舞台に活躍する。そんな代表やJリーグで活躍する選手の過去の話なども交え、松坂はこのFWだらけの破天荒なチームの心の視野を広げさせ、自分のスタイルは他人から見れば違う所が輝いているという事を叩き込んでいた。その三年の日々が実を結び、すでに卒業した高校生達は海外に出る者や、Jリーグの強化指定選手に選ばれるものが多数あった。中学生はこの世代からが頭角を現し始め、やはり目標を世界基準で高く持ち、それを言葉に出して有言実行する人間のみが我が道を切り開くパイオニアになれる事をテンプレイレブンだけではなく、この会場の全ての人間が思い知らされた。
「うおおおおおっ!」
叫ぶ陽介は相手と激突しながら、ボールもカットできずに地面を転がりながらひたすらに試合終了の笛が鳴るまで駆け続ける。その姿は無様であり、滑稽であり見るものは失笑さえするだろう。しかし、その繰り替えされる限界ギリギリのプレイに観客は自分の中の熱い気持ちを刺激され、いつの間にかその男を目で追い続け驚喜する。
『おおおおおおおおっ!』
自分の限界は、観客でも監督でもチームメイトでも決められない。
決めるのは自分自身であるから――。
後半も十五分以上が経過し、確実にテンプレ学園の体力は疲弊し足が止まり始める。
桐生のスルーパスにタイヨウは反応出来ず、ボールは相手のスローインになる。
肩で息をする陽介は自陣までディフェンスに戻る目黒の顔を見て驚く。
「直しても、もう汗でマジックが流れてきてんぞ。目黒だけに目が黒じゃねーか」
その言葉に反応する目黒だが、無言のまま立ち去った。
「よくそこまで悪口を言ってくれた陰松君。これで我々もパワープレイが出来るよ」
何だこのオシャレパーマ? と緑川を思っていると、その直後から目黒の当りがファウルすれすれのかなり際どいものになり始める。鬼瓦を中心とするディフェンスラインも一対一では決して勝てない為、ロングボールを上げられた場合は二人で対応していた。苛立つ鬼瓦もこのフィジカルの強さには先手、先手のチェックをせざるをえずに我慢の時間が続く。そして、緑川の感謝の言葉が現実になる瞬間が来た――。
高々とキーパーからのロングフィードがセンターサークルに落ち、京乃が桐生から奪ったボールが小橋に渡り、そこに明石が絡むがダイレクトで緑川に渡った。その緑川に陽介はスライディングをかますが簡単にかわされ、そのボールは前線を駈ける目黒に飛んで行く。ユニホームを審判にバレないよう引っ張るがまるでものともしない目黒は両サイドバックを引き連れるように結城が死守するゴールに突進する。
「何故かさっきより、パワーが増してるな……鬼瓦! 二人で潰すぞ!」
「ヘマするなよ! 行くぞ! 鬼瓦26の秘密の一つ・シャドウエルボー!」
バッ! と目の周りが黒い重戦車は空中に舞い上がり、地上の愚民を爆撃するようにヘディングの体制に入る。先に仕掛けていた鬼瓦は審判に見えないように肘を入れるつもりで空中戦を征そうと思うが、軽く弾き飛ばされる。
「そんなカロリーの低さで僕に勝てるかぁ!」
「そいつは後ろのカンフーマスターに言え」
地面に落下していく鬼瓦は背後で正拳突きの構えに出る男に向かって言う。
「ワシは空手マスターだ!」
普通なら相手の顔面を殴る危険性がある為に戸惑いを見せるはずだが、結城は何の躊躇いもなくボールに正拳突きをかます。
「我が空手破れたりぃー!」
そう叫びながら結城が吹き飛ばされ、大砲のようなヘディングがテンプレゴールに突き刺さった。ズシンッ! と大地に降り立つブラックボマーは言う。
「攻撃こそが最大の防御。攻撃は食べ物で言えばパフェみたいなものだ」
「んだ、あのパワー。パフェ魔神にはパワーじゃ勝てねーな」
そうつぶやく陽介は後半の残り時間を見る。吹き飛ばされた鬼瓦と結城は憮然としながら祝福される目黒を見る。
「あのパフェ魔神のパワーデータは採取した。対応は取れる。風も俺達に味方しだしたし次はやらせん。鬼瓦26の秘密の一つを破られるとはな。次はあの秘密で……」
「まぁ、デフェンスは任せる。……そうか、風か」
ふと、結城は風向きがテンプレ学園方向から月光学園方向に流れている事に気が付く。
「敵のボールを奪ったら前線に送らずにバックパスをくれ」
「?」
「攻撃は最大の防御かどうかを教えてやる。このカンフーマスターがな」
(お前はただのキーパーだ)
そして、相手の猛攻は続き何とか鬼瓦はボールをカットし先ほど言われたようにボールをバックパスした。それに京乃と小橋は獲物に食らいつく豹の如く迫る。完全に前がかりになりGKさえもセンターサークル付近にいる姿を捉える結城は、
「その緊張感、利用させてもらう」
二人の野獣のような殺気を肌で感じ、結城はそのボールをおもいっきり蹴り上げる。
「にゃろめっ! 陽介に渡るか?」
後寸前のところでキックされた事に怒りを感じ、京乃はボールの行く末を見る。
そのボールは追風に流されぐんぐんと進んで行く。それを見送るしかない両チームの選手達はボールの起動を目で追う。ただ一人、月光学園のGKのみは全力でダッシュしながら風に流れるボールを追う。タイヨウは消え始める身体を集中し、必死にこらえながら地面に倒れ手をついた。そのタイヨウを起こし、陽介はケツを叩く。そしてボールはバウンドを重ねゴールネットを揺らした。それを見た結城は正拳突きをし喜ぶ。ほー……という顔をする鬼瓦は、
「入ったか。お前は風水師になる事を進める」
「風水師か……カンフーマスターより知的だな。考えてみよう」
微笑む結城はチームメイトにメチャクチャにされた。このゴールはテンプレ学園の息を吹き返すゴールになった。ここからテンプレ学園の反撃が始まる。




