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都大会決勝試合開始20分前――。
その時刻。自転車で街を駆け、必死に陽介は消えたタイヨウの消息を探していた。
ずっと走り続けている為、水城からの着信はカバンの中で振動を続けるが気付く事は無い。流れる景色を顔を左右に振りながら商店街を駆け抜ける。
(あいつ、どこ行きやがった? 行ける所はだいたい行ったぞ? まさかもう身体が消えたのか? いや、そんなはずは――うっ!)
突如前に飛び出して来たソフトクリームを舐める男にぶつかり、自転車から落ちて顔が白く染まる。痛えーな! と思いながらその男を見ると、それは毎日のように見るアホ面だった。その男は何事もなかったかのようにピンピンしている。
「キッド!? お前何やってんだ?」
「寝坊して走って会場まで向かう所だ! 今日は父ちゃんも母ちゃんもいないから車も出せないんだ。タクシー代は無いから走るしかない!」
「ならソフトクリームなんて食ってんじゃねぇ! ダボが!」
ムカツクが美味いな……と思いながら顔についたソフトクリームを処理する。そして今までの経緯を説明しキッドにも情報が無いかを聞く。
「タイヨウ? そういえば赤毛の男が河川敷でたそがれてたぞ? でもタイヨウも今日は試合じゃん? 俺もだけど……っおい!」
「センキュー! お前は先に会場に向かっててくれ!」
乗ってきた自転車をキッドに渡し、言われた場所に向かって走った。
その場所は、タイヨウと始めて出会った場所である多摩川の河川敷だった。
その多摩川の河川敷で陽介は赤毛の少年と話していた。その話の途中、目の前の男の身体が幽霊のように消えかかっている事に気がつく。子供達がボールで遊び、年寄りが散歩をする暖やかな午前の爽やかな風が流れる河川敷のその空間だけは隔絶されたように重い。
「……そんなに薄くなってちゃ遠目じゃわからないな。でもいきなり朝になってから消える事はねーだろ」
「消える瞬間を見られるわけにはいかねいからな。俺っちが太陽神だなんて家族のみんなは知らないわけだし。俺っちに関する全ての記憶は消えるとはいえ、世話になった陰松家の家族の皆を驚かせるわけにはいかない」
「記憶が消える……まさか、そんな! お前は一体何なんだ? 太陽神なんだろ? スゲー力があるんだろ? お前は凄い奴なんだろーがよ!?」
「俺っちは陽介のコピーに多少手を加えただけの仮想生命体。それがタイヨウという存在そのものの正体だ」
「だから人見知りのシエルが簡単に懐いたのか……俺のコピーだから」
この赤毛の少年がやけに自分に似ている事の理由がわかった。
そして、このタイヨウという少年の記憶は全ての人間から消えるという事も。
そんなわけがないと思いたいが、この真剣な眼差しと消え行く身体を見ていたら信じざるを得ない。この春の終わりに現れた少年は夏の始まりと共に消える。いや、太陽神として太陽が消滅する特異点となった少年の心の成長の手助けをし、少年はそれに応え急成長を遂げた。もうこの少年に心の闇は無い。もう一人でもやっていける。そうなったからこそこの仮初の身体は消え始めているのだろう。タイヨウは消え行く手を確認し、その手で下を向き嗚咽を漏らす陽介の肩を叩く。
「陽介、あまり思いつめるなよ。お前は特別な人間じゃないが特殊な体質ではある。特異点なんて百年に一度の存在。夏休み前に全てが終わって良かったよ。人間はちょっとしたきっかけで変わる。何かを消滅させる特異点にもなれば、何かを救う救済者にもなる。この地球に起きる出来事の全ての問題はささいなイザコザから発展したもの。そのささいなイザコザが全ての光と闇を生む。人間の世界はそれが全て。俺っちが役目を終えて消えるのもささいな事の一つさ」
「太陽がこんなに照らされてんのに消えるのか? 諦めるのか? 今までずっと一緒にやってきたチームの決勝なんだぞ? それを……」
「一連の特異点としての影響が去ったから太陽は安定している。だから俺っちは消える。お前が案外コントロールしやすくて良かったよ。始めはこんなヘタレなガキにサッカーを続けさせてエースにすればいいと思って行動してきたが、正直途中で無理が来ると思ってた。特に明石が怪我をした時はもうサッカーから逃げようとすると思ったが逃げ出さず、次の試合ではあのキッド風情を男として立たせる事までやってのけた……偶然に必然が重なればこうも目的は簡単に進むんだなぁ。人間ってのは容易い生き物だってわかったよ。次の百年後もたいして苦労せずに問題解決できそうだ」
ポンポンッと頭を叩きヘラヘラするタイヨウを陽介は睨む。
「俺を怒らせようとしても無駄だぜ。ダボが」
意図的に怒らせようとするタイヨウの言動は今の陽介にとって目に見えてわかる。
この二人は伊達に二ヶ月も一緒にいたわけではない。
消え行く相棒を見つめ、スッと手をかざし熱い太陽を見上げた。
「俺がここまで来れたのはお前のおかげだ。サッカーを辞めようとしていた俺をこうしたのはお前だ。だけどお前は他人で太陽の化身でしかない。その身体が持たないんじゃ試合に出れないのも仕方ない……試合に出るか出ないかはお前が決める事、俺は太陽を憎む事も無い。だから安心して帰れ」
「陽介、すまない」
土手を上がって行く陽介の背中を見つめ、このひな鳥から成長していく少年の先の人生を思う。太陽を消滅させる特異点が地球の平凡な少年に現れ、太陽神である自分は仮初の身体を得て地球に降り立った。出会った頃は夏休みまでにこの少年の心の闇を払うのは無理に近いと思ったが、やれば出来る男で女絡みになるとやけに張り切る。そこを上手く利用しサッカーを通して成長させようと思ったが、それは予想以上の効果だった。何故だかはわからないが陽介は自分を目の仇にするように試合に没頭し、少し水城に近寄り過ぎてるかな? と思う事もあったが陽介は水城に恋心を抱きながらもあまり水城のとの恋路をサポートしろとは言わなくなった。サッカーの知識に乏しい自分にユーチューブなどで過去のスーパープレイを見せ、様々な知識や地球の美味しい食べ物、かわいい女の子などを教えられた。いつの間にか隣で肩を並べる相棒は、もう自分が必要ない存在になっていた。その相棒の背中が消え、タイヨウは目頭が熱くなる。
(勝てよ……相棒)
多摩川の風は暖かさを通り越し暑いくらいだが、タイヨウにとっては心地良かった。全ての生き物が生命力に溢れ、地球という惑星の縮図を感じられる場所である。川は命を流し、大地は新たな命を生み、空は全ての命を見守っている。
(そろそろ終わりか……)
人間の身体で最後に太陽を眺めようとする。
「?」
だが、太陽と自分の直線上に誰かが邪魔して見えない。土手の上で太陽を遮る男は腕を組んだまま悠然と自分を見下していた。その姿は憮然としていて傲岸不遜そのもの。しかし、どこか頼りなくその顔は態度とは間逆の顔をしていた。涙を流す男は全銀河に聞こえるほどの大声で叫んだ。
「――太陽、イルぜっ!」
「よ、陽介……」
土手を駆け下りる陽介はつまずいて転がり落ち、その勢いでタイヨウの前に鼻血を出しながら迫る。
「お前がいなきゃ、俺が活躍出来ねーんだよ! お前は踏み台だ! ボロ雑巾のように使い倒してやる。だからその身体が消えるまで、この未来のワールドストライカー陰松陽介様に尽くせ!」
「俺っちの身体は試合終了まで持たない。だから早く行け! 仲間が待ってる!」
「お前も仲間だバカ野郎っ!」
ガスッ! とタイヨウは陽介に殴られる。消えそうな身体は溢れる感情と共に再構築されて行く。そして地面に倒れ胸倉をつかまれ、
「いいか! ここまで来て逃げんのは許されねぇ! ここまで一緒にやってきたんだ。消えようが消えまいが俺達は最後まで一緒だ。このテンプレ学園の太陽のエンブレム。サンライトハートの意味を忘れたのか?」
「……覚えてる。人の心は太陽よりも熱く燃える事が出来る」
「あ? 聞こえねーよ! はっきり喋れ! オメーは一体どこの誰なんだ赤毛ヤローっ!」
今までの試合や、学園生活の日々、陰松家での日々を走馬灯のように全て思い出したタイヨウは涙を粒子のように散らし、陽介を殴って叫んだ。
「俺っちはテンプレ学園一年A組! サッカー部のエースFW・タイヨウだ!」
その一撃で吹き飛び地面に尻餅をつく。ニッと笑いあう二人の心は一つになる。手を差し伸べえられる陽介はタイヨウの手を取り、やってやるぜ! という顔で陽介が乗ってきたという自転車に乗ろうとする。しかしそれは無い。
「あっ、やべ! 俺キッドに自転車貸しちゃった……」
「タコが。どーすんだよ? 今から走っても前半に間に合わないぞ?」
「ダボが! オメーがウジウジしてっからこーなんだよ! どーしよ!?」
ヤベー! と慌てふためき唖然とする二人の耳に、聞きなれた男の声が聞こえる。
「乗れ陽介! タイヨウ君!」
『オッサン!?』
ブウウウンッ! と激しいエンジン音と風を撒き散らし、目の覚めるような美女と共にオッサンが赤いフェラーリで昭和のスターのように現れた。
「今日は決勝なのにサボリかよ? 中二病はいい気なもんだぜ」
「こっちはこっちで色々あんだよ。それより月光の監督オッサンだろ? 遊んでていいのかよ?」
「いやー、キャバクラでアフターしてたら朝になっちまった!」
「最近全く家に帰らなかったのはただサッカーの仕事が大変っていうだけじゃなかったのか。監督が遅れてどーすんだ。ダボが」
「エースが遅れるよりましだ」
『ふん、主役は遅れてくるもんさ!』
「ピュ~♪ シンクロしたな。敵にとって不足はねぇな。由美ちゃん、加速よろしく!」
オッサンは運転が出来ない為、美女の運転で試合会場に向かう――が、
「旬君ガソリン切れたわ。さっき、族の連中を煽ってたのが無駄だったわね」
「賊を煽って遊んでたらガソリンきれたか。関西の方から来たからな。やべぇ! 賊が報復に来た! 陽介、なんとかしろ!」
はぁ? という顔をする陽介は遠くに見える黒い暴走族集団を見た。
「賊じゃなくて数取団だろ? ブンブンブブブンッ! てなんかのTVでやってた」
「いや、賊は合ってるが族という字だ。喋ってんだから字もくそもあるか!」
そうタイヨウにツッこまれ三人の男は口論になる。そしてフルフェイスのヘルメットをかぶる暴走族の群れは赤いフェラーリを囲んでゆっくりと周回していく。ここまで来て試合に参加できないのか? という陽介は小便を軽くチビる。ブブブン……と排気ガスを撒き散らし次第に感覚をせばめ迫って来る。
(……やるしかないかな?)
グッと拳に力を込めたタイヨウはかすかに消えている拳を見た。そして暴走族はバイクのエンジンを切り立ち止まる。その光景に全員は息を呑んで戦う決意をした。ガッとおもむろにフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、モヒカンの男がけわしい顔で言う。
「乗れ! 陰松! タイヨウ!」
『ご、権藤!?』
あーっ! と指をさし名前を呼ばれた男は都大会第二試合の対戦相手・銀竜中学のキャプテンの権藤だった。その権藤達のバイクにまたがり陽介達は月光学園の試合会場にマッハで急行する。消え行くはずのタイヨウの身体は数々の仲間、敵の思いを受けて元のように完全に構築された。決勝戦はもうすぐである。
☆注・中学生がバイクに乗るのは法律で禁止されています。




