表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

三幕~太陽~


 7月7日春季・都大会決勝戦当日――。

 校舎の頂上に三日月の彫刻がある月光学園のホームで行われる都大会の決勝には前回の準決勝以上に観客は集まり、ぐるりとグラウンドを老若男女の群集が取り巻いている。互いの生徒達は自分の中学の校旗を掲げ、テンプレ学園の女子生徒達は自分の好みの選手のうちわや名前が書かれたタオルなどを持っていた。これは水城がいままで学園の校長に口ぞえ出来る前田監督の力を利用してメンバーのグッズを作り上げた。テンプレ学園の全ての部活は決勝まで行くと学園からの補助金が下り、その金を使い水城は今までの試合結果や活躍ぶり、ネットサイトでの人気などを集約しどの選手のグッズを多く作るかを考えていた。すでにその売り上げは十万を超え、レギュラーでない選手はスタッフとして働き続ける。その光景を月光学園のイエローのユニホームに袖を通し見つめる京乃は妹の樹音に言う。

「なーんかちんまい事してんなあの女マネージャー。陽介の奴もあんなんのどこがいかねぇ、樹音?」

「金に目がくらんでいるけど、来年から女子サッカー部を設立させるほどの女。サッカーに対する気持ちは本物よ。私は嫌いだけど」

「なるほどね。陽介の奴はマゾな所あるからな。尖った女が好きなんだろ。お前も負けるなよ」

「は? 私はあんな中途半端な男なんか好きじゃないし……」

 長い茶色の髪をおさえる京乃はヘッドバンドをし空の太陽を見上げた。

 快晴で迎えたその日を喜ぶはずだがテンプレ学園のベンチは騒然としていた。

 なんと、エースFWの二人がまだ来ていないのである。

 赤い太陽のような色のユニホームに着替えを始めるチームメイトを横目に水城はイライラしながら携帯をかけ続ける。お茶をゆうゆうと飲む前田監督は、

「困りましたねぇ。水城さん、二人の携帯には繋がりませんか?」

「二人共全然出ませんね。といっても、陰松しか携帯を持ってないですけど。これじゃあグッツの売り上げも試合も最悪になるわ……あーもう!」

 その光景をテンプレ学園が今まで戦ってきた銀竜中学以外の連中も見守る。

 スタンド席を見る明石はアキレス腱を伸ばしながら思う。

(銀竜中学はいないか……彼等は祭りごとが好きそうだから来ると思ったけど)

 アップをし始める月光学園のイレブンはキャプテンの緑川に止められ、

「サイコロやトランプ。花札にウノ……それと尻相撲にションベン飛ばしに麻雀と色々ポジション決めでもめて来たが、今回は簡単にジャンケンで行こう。監督はまだ来てないから勝手に決めてしまおう。今日は3トップで行くから7人はMFとDFになる」

『うい!』

 その緑川キャプテンの言葉で月光イレブンは気合が入り今日のポジション決めをする。

 ふと、相手のベンチを見つめる鬼瓦は明石に言う。

「おい、向こうは監督が来てないようだぞ。しかもあいつ等全員FWなのか? ジャンケンをしてる時に聞こえたが」

「監督がいない? それに全員FW? まさかそんなチームはないでしょう……でも、この距離でよく聞こえましたね?」

「それは鬼瓦26の秘密の一つ。ワールドワイド・イヤーの力だ。それよりもやはり一年FW二人がいないようだぞ? 外では俺の商品が勝手に売られてるしこの試合はどうなってるんだ。売り上げの何割をもらえるかを聞かなくてはならん……」

 ブツブツを独り言を言う鬼瓦は腰に巻く変身ベルトをタオルで磨く。それを聞いた明石はやれやれといった顔をしリフティングを始める。

「陽介とタイヨウがいないか……ま、多分来るでしょ? 多分」

「おい明石。それどんな希望だよ」

 すかさずキッドは突っ込む。

「色々あったみたいだけど、ちゃんと陽介の家にはいたからね。来るはずだよ。絶対」

 その明石の視線は月光のベンチに座る京乃樹音に注がれる。

 試合はもうすぐ始まるにも関わらず未だ現れない陽介を樹音は心配する。

(何やってるのお兄ちゃん……また私を裏切るの?)

 そしてその切ない瞳はまばゆい太陽を見上げ樹音は一昨日の出来事を思い出す。





 調布市駅前にある大型の大衆銭湯・桐生スーパー銭湯。それはその名の通り、桐生の父親が経営するスーパー銭湯だった。桐生は自分の親が経営している事を黙っていたが、目ざといキッドが発見したその銭湯に行く事になり、テンプレ学園のチーム全員は桐生の父親の紹介という事で無料で入れる事になった。この手回しもキッドが行い、実家の居酒屋での仕事の最中にこの街の様々な情報を仕入れ、そしてこういう裏方の動きを一人でこなせる事にチームメイトは感心し、キッドを褒めたたえた。有頂天になるキッドは大浴場で暴れ回り、たまたまいた桐生本人につまみ出されサウナで少し精神を鍛えろと言われ試合に出られないかもしれない恐怖におびえながら瞑想する。貸し切り状態の大浴場には懐かしいメンツが現れた。銀竜中学に細工中学の主要なメンバーが入って来る。キッドの居酒屋の常連がこの少年達の親で、キッドは昔の敵は今日の友と言い親つてで呼び寄せた。親にとりあえず言われた通りにすればハーゲンダッツアイスを毎日一つ食わせてやると言われて実行しただけらしい。キッドファーザーがこの少年達を未来の常連にし、自分の息子と自分が世代交代する地盤を少しづつ固めているのは桐生と明石ぐらいしか知らない。そして、二人も余計な事は言わない。

 宴会場みたいになる大浴場に陽介はあきれ、タイヨウもあまりテンションが高くなく調子が悪いみたいだから先に帰るかなと思い湯船から出て脱衣所に向かおうとする。

「何だよ。あんな状態じゃ入れねーし。俺は温泉にはのんびりと浸かりたいんだよ。明石の奴は男が多いとやけにテンション高いよな。今はタイヨウとはあまりいたくねーし……あいつには言葉だけじゃなくて、俺のゴールを見せ付けてやらなきゃ今までの恩は返せない。必ずあの夏の日から復活した俺と主税のプレイを見せ付け、あいつがなんの心配もなく太陽に帰れる最高の日にしてやる。俺はやるぜ……? 樹音?」

 突如、目の前にはバスタオルを巻いた黒髪の日本人形のような少女がいた。陽介のライバルである京乃主税の妹・樹音がこんな所にいるのに驚いたまま時が止まる。樹音は小学生だがもう外見は中学生にしか見えず、この男子の脱衣所にいるのは不味いと思い陽介は早く出ろと促すが、

「来なさい」

 と、誘われた先にある予約専用のカップル風呂に招きいれられた。

 その光景をストーカーのように影ながら見ていた水城は、

「ん? 陰松? あそこは貸し切りのカップル風呂のはず。まさかキャプテンの家だからってあの子とヘンな事するんじゃないてましょうね? マネージャーとしてチェックしなきゃ。やっぱキャプテンと明石は別格ね。銀竜は見た目ほどではないわ。細工も小細工した方かいい……って影松をチェックしなきゃ!」

 スタタタッ! と貸し切りのカップル風呂に足を踏み入れ、そおっと扉を閉めた。




 そこは狭いが開放感のあるカップル風呂だった。風呂までの道のりは左右に花が生えていて地面は石畳である。温泉はかけ流しの肩こりや腰痛に効くという源泉の乳白色のお湯でリラックスできる湯だった。あまり広くない湯船に浸かると、満点の星が浮かぶ夜空を見上げる。乳白色の為、湯船に入れば互いの首から上しか見えないが陽介は成長した樹音の身体のラインを思い出し股間をおさえる。その樹音は夜空の星を見上げたまま白い首筋を陽介に見せたまま黙っている。

「……フットサルコートで一瞬主税が帰る時に見かけたけど、だいぶ成長したな。あいつも俺と同じくらいの身長だったのに見上げるくらいになってやがるし、結構変わっちまったな」

「そうね」

「そうだな……あー、シエルは元気だ。虹色の毛並みもいいし問題ない。人見知りは直らないけど賢い猫だぜ」

「知ってるわ」

「……実は俺、半年近くサッカーをしてなかったんだよ。友達とちょっと遊んだくらいで全然やってなかった。ゲームしてもテレビ見てもあんまり楽しくないし、いつもあの夏の日が思い出して楽しくなかった。もやもやした時は夜に走ったりして頭に浮かぶ嫌な事の全てから逃げるような日々を半年も過ごした。テンプレ学園に入ってかは新規一転してまたサッカーをやろうとしたが、体力はついていけても半年のブランクが怖くて何も出来なかった……そんな時に相棒の赤髪のタイヨウが転校してきた。それから俺はタイヨウのおかげでサッカー部に入り、色々ありながらもチームメイトに認められ都大会を勝ちあがって来たんだ。そしてまた主税や樹音に会えた」

「そう……」

 必死に話題を作ろうとする陽介の言葉を樹音は氷の女王のような吐息で次々にかき消す。繰り返される絶望の会話に茂みに隠れる水城は怒りが頂点に達しようとしていた。

(自分から誘っておいて何そのツンツン具合! ムカツクわ! あんなガキが女王気取りなんて腹が立つ! 陰松も何やってんのよ!)

 いつも自分がだいたいのメンバーに女王の対応というのも忘れ、水城は立ち上がる。

「あんたちょっと生意気よ! そんなツンツンしてちゃ男にも見捨てられるわ!」

「……あら、男癖の悪いテンプレ学園のアバズレマネージャー」

「このガキ……」

(何で水城さんが? しかもバスタオル一枚かよっ……て入ってくるし、うおーーー! もう当分立ち上がれないぞ……乳白色の湯で良かった。でも乳白色って言葉ってエロいよな……)

 そう身体の暴走と思考の暴走を二人の白い首筋を見つめながら思う。

 すると、二人の喧嘩はサッカーの話題になっていた。

 水城は自分の理想を語っている。テンプレ学園を通して世界へ羽ばたいて行く為の理想のサッカー計画・IFK計画の事を――。

「私の計画はIFK計画。イケメンフットボールキングダム計画よ」

 IFKとはカッコイイサッカーチームを作り、その集客によってもたらされる利益を自分とテンプレ学園に還元し、大学卒業までの学園生活を女王として水城が君臨する計画だった。その夢の先はテンプレ学園をJリーグのチームまで引き上げ、水城は日本サッカー界だけでなく世界のサッカー界のマネジメントビジネスにまで進出する事だった。その壮大なる計画に陽介と樹音は驚き、理解しきれない。そして空間を支配する水城は湯船のお湯をバサッ! と右に散らし言う。

「……それだけじゃなくて、私はテンプレ学園にまだ無い女子サッカー部を創設するの! まだ完全に決まったわけじゃないけど、次の決勝で勝てば必ず承認される。負けても選手のグッズを売った収益を学園に還元して貢献すれば認められる。最近のなでしこジャパンの活躍は素晴らしいものがあるからね。ちなみに私のイケメンフットボールキングダム計画には貴女のお兄さんも含まれてんのよ」

「サッカーを金もうけの道具にしないで頂戴! 主税もお兄ちゃんもアンタなんかに騙されなんだからね! バカ女っ!」

「お兄ちゃんを二回言うなんて貴女とんだブラコンね。女がサッカーをする最高の環境にテンプレ学園はなるんだから貴女はテンプレ学園に来るのがテンプレなのよクソガキ」

「誰がお前のチームなんかに入るかバカ女……!」

「ちょっと身体の成長が早いからっていい気にならない事ねクソガキ……!」

 ググッ……とおしくらまんじゅうのように互いの胸を押し付け合い額と額をぶつけ、その鬼のような両眼は火花を散らしている。その裸の少女二人のぶつかり合いに陽介は何も出来ずにただ目を丸くするのみである。鬼のオーラに水面も蒸発し、煙が上がって行く。

 この二人は近親憎悪という言葉を知らなかった。

 その刹那――。

「すまねーーーーっ! 樹音っ!」

 突如叫んだ陽介は乳白色の湯船に頭を突っ込み謝る。

 それを見た水城は自分が裸だった事を思い出しすぐ湯船に浸かる。胸の前にタオルをあてる樹音は湯船に顔を沈める陽介を見続ける。すると、ブハッ! と顔を上げて立ち上がった。

「あの時……去年の夏の練習試合の時、すぐに俺が主税を病院に連れて行けば熱中症になって入院し、意識不明になんてならなかった。試合が終わってベンチにいる時も俺はあいつがただ疲れてるぐらいにしか思ってなかった。試合に負けてちょっとイライラしてた俺は主税を突き飛ばし、そのまま主税は意識を失った。チーム皆が帰り支度をして帰っていく中、俺は逃げた……怖くて逃げた。それに気がついていた樹音からも逃げた。俺が……俺があの事件の犯人なんだ。すまない……」

 深々と頭を下げる陽介は去年の夏に起きた熱中症事件の事の顛末の全てを話した。親友の身体の状態に気付かずに突き飛ばし逃げた事を、そしてそれを目撃していた目の前の樹音からも逃げ出した事を――。

 その真剣な瞳の陽介に樹音も水城も黙ったまま微動だにしない。

 空の星の一つが流れ空間の音が消える。

 乳白色のお湯の水面が揺れ、自分の左胸を右手で強く叩いた。

「答えはピッチの上で出し続ける。俺は逃げない。それがテンプレ学園の、このチームの魂だからだ!」

 気迫溢れる陽介は魂の叫びをする。

 それを聞いた二人はじっ……とその言葉に聞きいるように動かない。

(これで、この一年のモヤモヤの一部は消えた。後は明後日、答えを出すだけだ……?)

 ふと、二人の視線が湯船に浸かり話していた時と変わらない事を知る。つまり二人が見ているものは――。

「キャーーーーーーッ!」

 と何故か女が叫ぶ言葉を自分で発しその場から逃げた。

 その映像を思考にインプットする水城はつぶやきながら湯船を出る。

「キャプテンの三倍小さい……」

 そして一人残された樹音は空の星を眺め大きく息を吐いた。

 今までの心の枷が全て外れ、この乳白色のお湯に全て流されるような気がする。

 またサッカーを始め急成長する兄と、小さい頃から何も変わっていない熱い魂を隠す不器用なもう一人の兄を思い小さな胸に手を当てた。

「お兄ちゃん……成長してないんだから……」

 陽介と同じように樹音は湯船に顔を突っ込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ