KING
後半も開始直前になり、グラウンドで桐生はキング宝井に話しかけられていた。
「桐生、中々いいチームだな。ウチの連中とは大違いだ」
「俺達はチームで勝つチーム。個々の能力はお前達より劣るが、これからの成長性ならどのチームよりも負けない自信がある」
「うん。いいね、それ。ギブアンドテイクでもこっちは個性派揃いで面白いのが長所かな。みんなギラギラしててナイフのようで楽しくてしょうがない」
その純粋な喜びはサッカーを愛し、サッカーに愛された者の満面の笑顔だった。それに嫉妬する桐生は静かに闘志を燃やす。そして審判が現れ桐生はメンバーに話す。
「これまで俺達は数々の試練を乗り越えて来た。逆転されたとはいえまだ一点差だ。地獄の門をこじ開けて決勝に行くのは俺達だ!」
『おうっ!』
「勝つのはテンプレ!」
『テ・ン・プ・レ!』
激烈な気合を入れ後半が始まった。
それと同時に、失点する。
後半開始のホイッスルが鳴りボールがマキロン・太郎から宝井に渡った瞬間、閃光のように降り抜かれた純白のスパイクから放たれし一撃はテンプレのゴールネットを揺さぶった。小雨で濡れる髪をかきあげ子供のようにはしゃぐ無垢な悪魔は言った。
「いやー、あの白髪の2番が開始早々に超ロングシュート決めたからっていうから俺もやってみた。バーに当たって入ったから俺の負けだな。もう警戒されて打てないし、入って良かったー」
イェイイェイ! と踊り出す宝井に溜息をつく破軍イレブンだが、テンプレイレブンは溜息ではすまない状況になっていた。チーム全員は宝井と同じユース代表の桐生に助けを懇願するように見るが、その桐生さえも声を失っていた。
テンプレ学園の心をえぐるように雨が強く降り始め、リスタートの為にボールを抱えて走るタイヨウはチームメイト全員の顔を見て一つの決意をする。
(もう勝つためにはアレを使うしかないな。下手したら、この身体はもう決勝まで……だが、勝てば決勝だ……陽介はもう一人でも大丈夫)
テンプレ学園は折れかけた心を立て直す事も出来ないまま試合は再開される。
パッとキッドから受けたボールを持ち、ドリブルをする陽介の足をガスガス削り相手を壊すのを楽しむ錦に対していい加減辟易する。
(このキノコ野郎、錦だっけか? 前髪が揃い過ぎて視線が見えない? 審判見とけよ)
それをかろうじてタイヨウとのワンツーで抜け出し、さらに明石とのワンツーで前線に特攻し左サイドを駆ける鬼瓦にパスを出す。一気にゴールエリアまで走るが、目の前に後半はFWのはずのマキロン兄弟が立ちふさがる。
「このオカマ、岩みたいにうごかねぇ! 邪魔なんだよ!」
「オカマじゃなわよ! オネエよ!」
ガッ! とマキロン・次郎は陽介を吹き飛ばす。鬼瓦のセンタリングはタイヨウにあわせられるが、タイヨウはマークされている為かボールに触れずに見送る。
「おおおおっ!」
バシッ! とそのスルーしたボールに桐生がダイレクトボレーを叩き込む。しかしそのシュートコースは意図的に限定され相手のGKの正面だった。起き上がる陽介は前線に戻るマキロン兄弟をやじる。
「チッ、外人のくせにベラベラよく喋る。おまけにセルジオ越後みてーな微妙なテンションしやがって」
『オネエを舐めないでちょーだい!』
「うるせーぞバンソコ兄弟。俺の為に動け」
バッ! とシンクロしたように振り向く二人は自軍の10番に向かって言う。
『ワタシ達はマキロン兄弟よ! 傷口には優しいわ!』
「だからバンソコだろ? 早くサッカーを楽しもうぜ」
前半の終盤までエースだったマキロン兄弟すら恐れるこの金髪の少年はまぎれもなくこのスター揃いの破軍の中でも別格で他の選手の才能が霞む。その光景にテンプレ学園のベンチは静まり返る。
(あれがJユース代表の10番・宝井一馬。完全に一人で試合の流れを変えるポテンシャルを秘め、ボールを持てば誰にも止められない。凄い……凄すぎる。これはIFK計画のキーマンになる存在になるかもしれない。私の計画は彼によって新しく再考しなければならないかもしれない……)
狂気の笑みを浮かべる水城はうかつにもよだれを垂らし、前田監督は驚く。
試合を悠然とテンプレ陣地の後方から眺める余裕すらない鬼瓦は白い髪をかき上げ左右に激を飛ばす。
「この試合のタイフーンは完全にマキロン兄弟からパツ金小僧に変わった。油断するなよ助さん、角さん!」
『は、はいっ!』
どちらが助さんだか角さんだかわからない藤堂と芹沢は戸惑いながら返事をする。
無言の結城は黙ったまま戦況を見つめる。
宝井が目立つ事でマキロン兄弟が引っ込んでいるかと思いきや、その兄弟や他の選手は影のように動けるようになっていた。その効果もあってただの攻撃が波状攻撃のように感じられる。個々のマークも自分自身甘くなり対応が後手後手にならざるを得ない。そのタクトをピッチの中央で振るう宝井に陽介は迫る。
(あいつ、ボールを持ってる時間が長げーんだよ!)
猛然とキッドがしつこくくらいつくのをフォローするように陽介も足を繰り出す。ワォ! という顔をする宝井は赤いユニホームに囲まれ嬉しそうな顔をした。
「その赤いユニホームカックイーな。三倍の能力が出そうじゃん。俺のチームは緑だから普通かなー」
「テメーが一般兵ならいい加減に落ちやがれ!」
「大佐って呼んでくれたら考えるー」
瞬間、宝井は動きが止まりボールは陽介の股と桐生の股を抜けて鬼瓦の前に出た。針の穴を通すようなスルーパスにマキロン・次郎が走り込む。
「鬼瓦! 当たれ!」
「造作もない」
迫るマキロン・次郎をペナルティエリアのギリギリ前で潰そうとする。左右に駆け上がるマキロン・太郎と錦にはテンプレ学園の両翼がマンマークでつきパスコースを消している為、シュートを打たざるを得ない。
「ストライーク!」
そのシュートを決めたのは宝井だった。マキロン・次郎はパスを受けるとヒールで背後にながし、走り込んでいた攻撃の基点となる宝井が決めた。しかも連続しての股抜きで――。
沈むチームを見てパンパンパンッ! と間髪入れずに陽介は手を叩いて励ます。
「俺達はこの胸のサンライトハートに誓い負けるわけにはいかない。何よりも自分自身にだ。みんなそれを忘れ気味だぜ?」
お前がそんな事をいうのか? と全員は笑みを取り戻し、陽介に癖に言うじゃねーかと色々と身体にちょっかいを出しながらボールをセットしリスタートする。すると、桐生がいきなり単独でドリブルを仕掛ける。危機を察したエースキラーの錦は叫ぶ。
「――全員、守備に集中! こいつら捨て身で攻撃にくるぞ!」
テンプレ学園はDFの三人も含めたフィールドプレーヤーの全てが走り出す。
中央を突破する桐生は宝井とのマッチアップを避け、右のキッドにサイドチェンジする。それをダイレクトでサイドチェンジしようとするが、ミスキックになりボールは転がる。すかさず明石がフォローに入り、錦にマークされる前に芹沢に渡して鬼瓦につなぐ。なるたけマークにつかれる前にパスを回して相手を動かしボールと人が動いて、試合の主導権を握る。この相手に何度も通じるわけではないが、流れに乗っている今なら通じた。鬼瓦はドリブルをして左のタイヨウに渡し戻させる。すると右のゴール前に走る明石や桐生にセンタリングを上げた。
「ワタシ達を走らせた罪は重いわよ!」
テンプレ学園が左に寄っていた為、右のスペースに走りこむ明石にボールが渡りヘディングシュートをする。飛んだ瞬間にマキロン・太郎に当たられていた為ジャストミートにはならない。体勢を崩し着地する明石はキーパーが弾いた先にいる赤いユニホームの10番を見た。背後から迫るマキロン・太郎にユニホームをつかまれたのかバランスを崩しこけそうになりながらもスライディングをしながらシュートをするがまた阻まれる。倒れる桐生は起き上がらない。
『キャプテン!』
(コイツ……オレは足をかけてないのにこけた? なんてヤローだ)
マキロン・次郎は頭を抱えOH! OH! と叫んでいる。
ピュ~と口笛を吹く宝井は微笑む。
(相変わらずコケ方がまいう~だな。審判もまさかフェアプレイをしてるあいつが見えない所で危うい事してるなんて思わないからな~)
審判に食い下がるマキロン・次郎はカードを抜く素振りをされ諦める。そして目の前に小柄の茶髪の男が眼光鋭く呟く。
「身体の強さが何だい? 身体の強さに恵まれないから技術を磨いた。君達もいずれ追い抜いて調教してあげるから覚悟しな」
(何だコイツ? アサシンの目をしてやがるわ。コワイ! ……ほらやっぱりわざとコケたから傷んでないじゃないのー! くやし~っ!)
キーッ! ユニホームの裾を噛みながら怒るオネエを無視して立ち上がる桐生はボールの泥をはらいボールをセットする。地面は雨でぬかるんでいて、ボールも多少重みがありいつものようには蹴れない。しかし褐色の狼は開花を始めるエースFWに言う。
「陰松、蹴るか?」
「まずはキャプテンが決めて下さい。あんたが決めればチームが落ち着く」
「お前にそんな事を言われちゃ決めざるを得ないな」
雨を全身に浴び集中する。そして今迄で一番高い人間の壁がそびえる中、桐生の右足が降り抜かれた。そのボールはマキロン・次郎のジャンプした頭皮をかすり、ネットに吸い込まれる。頭を抑えハゲるー! とわめくマキロン・次郎に蹴りを入れ宝井はキーパーからボールを受け取る。わめくマキロン兄弟にこのMっハゲが! と陽介とキッドがからかい言い合いになる。雨で身体に張り付く緑のユニホームをはがしながら、蛇が言う。
「一点差か。けっこう削ったはずなんだが、その足もいつまで持つかな?」
「ストーカーかお前は」
背後から死神のように現れ呟く錦に一瞥し、ポジションに戻る。錦の言う通り前半にかなり削られた痛みがかなり蓄積してきてる。それは相手にも言える事だが、エースである自分が抜けたらこの試合には勝てない。その焦り、不安は全て自分の右足首へと確実に注がれる。
(このままでは桐生君が、潰れますね。彼の代役にはまだ早いですがパスセンスのある明石君でないと宝井君に対応出来ない)
雨粒を顔に受けながら天を見上げ足を抑える明石にキッドは声をかける。
「走れるか明石」
「ありがとうキッド。新聞屋の仕事と毎日の自主練で体力はつけたんだ。小学校時代の僕とは違うよ。君はいけるかい?」
「と、当然よ! 俺は最強のキッド様だ!」
(これでキッドは問題ない。僕は宝井ごときに調教されないぞ……)
ギリッ……とその恵まれた全てに嫉妬するように明石は宝井を睨む。
後半も三分の一の時間が経ち、宝井の演出する舞台の駒のように動くテンプレ学園の面々は自陣から抜け出せず、前田監督はライン際で作戦変更の指示を出す。
数度に渡る宝井とのマッチアップで疲弊する桐生をサポートするように明石はトップ下に上がる。そしてキッドがディフェンスラインまで下がり着実にカウンターを狙う前田監督の作戦はここで大きく狂う事になる。ディフェンスしかしていない状況でも相手の攻撃に持ちこたえられなくなってきている事に陽介はついに限界が来て――。
「おい、タイヨウ。背後はガラ空きなんだ。ドリブルで仕掛けて反撃かまそうぜ。最悪でも、ファウル取ればフリーキックでキャプテンが決めるだろ」
「それは無理だな」
「――キャプテン!?」
雨が降り続くグラウンドにテンプレ学園の10番が倒れていた。
ニタァ……と蛇のように笑い錦は言う。
「ようやく潰れたな。流石にここまで持ち堪えるのは賞賛に値する。いずれ宝井を潰す時のいい踏み台になったよ」
「踏み台? ふざけんじゃねぇ!」
「待て、タイヨウ!」
闇を秘めた蛇のような瞳の陰湿な挑発にキレたタイヨウは殴りかかろうとするが、寸前の所で陽介やキッドが止める。その凄まじい怒りは尋常じゃなく、この試合にかける意気込みがテンプレ学園イレブンにヒシヒシと伝わる。そして審判も介入し、これ以上やるならイエローカードを出すと警告されタイヨウは引き下がる。桐生は担架で運ばれて行き、前田監督は安岡が交代で出る手配をする。その間、タイヨウを抑え込んでいたキッドはまだ熱の引かない両腕を陽介に見せ、
「なぁ、陽介。タイヨウの奴、熱があんの? 抑えてる時もそうだったけどスゲー身体が熱くて、まだ腕に熱さがあるよ」
「最近、天候が悪かっただろ? それでちょっと体調崩してんだよ」
そうキッドには説明し、試合が再開される。
キャプテンマークは鬼瓦の袖に通され、代理のキャプテンになった。
そして、いち早く宝井が相手の様子がさっきとは違う事に気付く。
(俺に突っ込めば他の奴のマークがおざなりになって、俺自身もフリーにさせるのに何で三人ががりで来る? しかもこの気迫! 最後まで持たないぞ!)
猪突猛進の暴れ馬のように全身全霊の守備と攻撃を繰り広げるテンプレイレブンに多少の焦りを感じた。
(これは賭けね。キャプテンがいない状況で勝つには死ぬつもりで走り続けるしかない。足が止まる時が敗北の時)
足首を水で冷やしテーピングをする桐生の横で水城は互角に争うチームメイトを見る。前田監督が示した作戦は全員攻撃、全員守備のエンドレスオーバーダウンだった。この捨て身ともいえる作戦により、一時的に破軍中学と同じレベルに攻守のレベルが上がるが、これが最後まで持つはずもない。
それに察する破軍中学のベンチが動く。志村監督はマキロン兄弟に指示を与え、それをチームに伝達する。宝井は一瞬、その天真爛漫な笑顔から悪魔に変貌した顔を志村監督に向けた。果敢に攻め続けるテンプレ学園だったが中々ゴールを割る事が出来ない。
「陽介、もっと足元によこせ。雨もたいした事がない。次で決めるぞ」
「待て、何かおかしくないか? 俺達が全身全霊でやって相手も押されてる時もあるのは当たり前だが、これじゃあ……まさか!」
「その、まさかだ。破軍はもう俺達とはサッカーをしないらしい」
その鬼瓦の侮蔑を交えた言葉にタイヨウは質問をする。全力の相手に攻めるだけ攻めさせ徹底的に体力を奪わせて、スタミナが尽きた後半ラスト十分で怒涛の反撃に出る。それが破軍中学の志村監督のグランドデザインだった。
それから数分の間、破軍は攻撃を完全にやめてまるで試合終了までの残り時間をつぶすように自陣でボールを回し続ける。それに追いすがるテンプレイレブンは闇雲に体力を消費していく。
「馬鹿な奴らね。キミ達はピエロという事も知らずに。ヘイ次郎……」
「ハイ太郎……? ……キャア!」
マキロン・太郎から次郎へのパスを宝井がカットし、ライン外へ大きくクリアした。バシィン! と外周の網目にくい込むような威力のクリアに破軍中学全員が怯む。
「マーキロン兄弟ちゃんに、錦ちゃん。それと志村監督ちゃんもお話しがありまーす!」
動揺する破軍ベンチは臨戦体制を取るかのような構えになる。
「あー、とうとう宝井君がちゃんで呼びましたね。とりあえず我々はバリアで身を守りましょう」
そう破軍の志村監督が言うと、雨の当たらないベンチから折り畳み傘を数本出し、控え連中は開いてベンチ前を傘バリアで塞いだ。そして、地獄の閻魔に睨まれたかのような殺気を浴びる三人は満面の笑みで羽ばたきをしながら駆け寄って来る天才に竦んだ。
「おい、マキロン兄弟にニシキヘビ。俺は今、スゲー楽しいんだよ。邪魔すんならこの世から消すぞ?」
その宝井の鶴の一声で破軍中学は自陣でのボール回しをやめ、めまぐるしく攻守が入れ替わる激しい撃ち合いに身を投じた。テンプレ学園ベンチでは水城が向かい側の相手ベンチが傘をバリアのようにしていたのを解除した事に疑問を抱く。
「あれ、また傘を閉じた。何だったんでしょうね監督?」
「宝井君はオモチャとサッカーが好きで、好きでしょうがない子でしてね。自分の楽しみを奪う人間はたとえ肉親であっても地獄に消えてもらうという純粋無垢な悪魔なのです」
その悪魔の怒りの鉾先がこちらに来ないよう、破軍のベンチはバリアを貼ったという。
(考えられない。まさに化け物……)
あれだけの実力者達を一声で黙らせるのは宝井の実力がズバ抜けているからに他ならない。そして試合はタイヨウと陽介が決め、5―5の同点のまま運命を分けるラスト十分に時計の針が侵入した。
足が完全に止まるテンプレイレブンは互いに声を出す事も出来ずにいる。まだ体力のある破軍の攻撃に反応出来ず、とうとう試合の均衡が破れる一点を宝井の個人技によって上げられてしまう。
「まだだ! まだ試合は終わってない! 下を向くな! 勝つんだろう!? それでも太陽と心を背負う者か!?」
その悲痛なタイヨウの叫びに全員は重い身体に喝を入れ動き出す。転校生がテンプレ学園の校旗である太陽にハートを象徴したサンライトハートの意味を語る。太陽の心を宿す輝く若者は不撓不屈の言葉を思い出さされ、ピッチを駆け回る。それにマキロン兄弟や錦も戦慄した。
「宝井が出て来ても心が折れない奴は珍しい。タイヨウの奴、その心を大事にしろよ」
そうベンチの桐生は言い、明石と錦の足を削りあう激しいマッチアップに見入る。
(ふざけるな……こいつらは何度削っても削っても這い上がって来る。もう体力などないのだろう? 諦めろ! 諦めろおぉーーー!)
「諦めるかあぁーーー!」
明石からボールを受けた陽介はそう叫び錦の背後からのスライディングをかわしドリブルで駆け上がる。すぐさまマキロン・次郎が立ちふさがる。
「行かせないわよ!」
「じゃあ行かね」
「――なぬうぃ?」
急停止する陽介にマキロン・次郎はぬかるんだ地面にバランスを崩し倒れる。そして、タイヨウにパスを出しまた走る。
「キミ達は終わりなのよ! 諦めて寝てろ!」
「このピッチコンディションでの死闘を全員が覚えてる限り負けない。俺っち達は倒した相手をクズ呼ばわりするオメーらなんぞに負けられないんだよ!」
「よく言ったタイヨウ! 背負うものがある、その絆の強さが俺達を導く! ここで勝つのはテンプレなんだ!」
互いにリフティングをするようにワンタッチでボールを渡し合いぬかるんで来た地面などものともせずにゴールに迫る。まるで細工戦の再現のようなプレーで観衆を魅了する。そして陽介は渾身のダイレクトボレーを放つ。だが、ゴール前のディフェンダーに止められる――。
「しばくよっ!」
と背後から上がって来た明石の一振りはポストに嫌われる。相手のゴールキーパーはそのセカンドボールを拾おうと身体を投げ出す。
「キッド様を忘れるなーっ!」
ボールを捕獲される寸前でキッドのループシュートが炸裂した。グランド全員の刻が止まる中、宝井一人はカウンターを急かすように前へ駆ける。
『――!?』
その予言行動のようにループシュートはバーに弾かれた。
(初めのファンタジックなプレイからのボレーが決められないのが敗因だ。このカウンターで白黒つけてやるぜ桐生……――!?)
その宝井は衝撃のシーンを目の当たりにした。バシッ! とバーに弾かれたボールをタイヨウがダイレクトオーバーヘッドで決めたのである。
『おおっーー!』
そのアクロバットなスーパープレイにテンプレ学園全体に息が吹き替える。士気が高まる相手に興奮する宝井は、
「桐生、お前が中堅の中学にいる理由がなんとなくわかったよ。だけど勝つのは俺だ!」
だがテンプレ学園の勢いはジェットコースターのようで前線で孤立する宝井にはどうする事も出来ない。痛みを伴う一秒、一秒が過ぎて行く――。
試合はすでに残り一分。
この攻撃でテンプレ学園が点を決めれば決勝進出である。
テンプレ学園のベンチ全員は雨にも関わらずグランドに出て声援を送る。全ての流れがテンプレ学園にある中、鬼瓦がカットしたボールが明石に渡る前に2トップの二人が左右に開き走り出す。敵を置き去りにする二人を止めるものは無い。雨を切り裂くような二つの火の玉を周囲の誰もが見送り、小気味いいワンツーでピッチを駆け抜ける姿に美しささえ感じる。そして最後のディフェンダーも振り切りペナルティーエリアに入る寸前に飛び出してきたゴールキーパーとタイヨウは一対一になる。
「決めろ! 陽介!」
「任せとけ!」
真横に出たパスに反応しシュート体勢に入る。数々の苦難の道のりを乗り越えて来たが、これを決めれば京乃のいる月光学園との決勝である。そして、その先には全国大会があり夢の国立競技場が待っている。果てしない未来を想像した陽介の右足は降り抜かれた――。
「――ぐっ! はあぁーーっ!?」
ズザアアッ! と陽介は思いっきりペナルティーエリア前で転んだ。
嘘だろ? というテンプレイレブンは審判のファウルを取る笛すら反応出来ずにその金髪のキングを見た。
「ここまで戻ったのは人生初だ。オメー等ホントワクワクさせてくれるし、新しい発見があるぜ。やっぱ桐生のいるチームは違うなぁ。また、戦おうな」
なんと、自陣深くまで戻ってきた相手はキング宝井だった。髪をかきあげる宝井は倒れる陽介に手を差し伸べる。
(こいつが戻るなんてな……こっちがPKを蹴る体力が無いのをわかってやがる。だがこれを決めれば……!?)
限界――。
すでに両足だけでなく全身の筋肉細胞に限界が来ていた。
もうフリーキックを蹴れる力は無い。
「マキロン兄弟はもっと左! 錦はそこのすばしっこい19番をマーク! 星野と斎賀はニアとファーを消せ!」
破軍のキーパーが味方に指示を出し、壁を設定して自分の両脇に人を置いてシュートコースを消し、自分が最高だと思う布陣を敷く。相手が壁を作る中、陽介はタイヨウや明石と話す。
「俺はもう蹴れない。誰か蹴ってくれ」
しかし、この状況では誰も蹴ろうとはしない。雨で軸足が固定されないグランド、濡れて重くなるボール、棒のようになった足――全ての悪条件が揃う中では流石の鬼瓦もキックをしようとはしない。
(俺っちが蹴れれば問題無いが、もう身体が消え失せそうなのを保つので精一杯。頼む……誰か……)
「明石も蹴れない? なら鬼瓦先輩蹴れよ。あんたキャプテン代理だろ?」
「フン、造作もない……がそうもいかないようだ」
キッカー選択に迷う四人に対し、前田監督が動こうとする瞬間、桐生の怒声が響く。
「陰松! お前が蹴れっ!」
「へ?」
唖然とする陽介はベンチの桐生の言ってる事を理解出来ない。問答無用の桐生の判断に前田監督は頷く。うっすらと消えかかる左手を見つめタイヨウは雨雲でまばゆい太陽さえさえぎられる空を見上げた。そして陽介は言われるまま明石と共にFKに入る。あまりにもボールが泥だらけの為、水城は新しいボールと交換させる。
(入るにせよ外れるにせよ、もうやるしかない。絶対に負けられない戦いがここにある……陽介が京乃と戦うまでは……)
空が少し明るくなり雨がやみそうなほど小雨になった。深呼吸をする陽介は今が好機と言わんばかりに胸を叩き助走に出る。すると、明石も動き破軍は右か左かどちらが蹴るのかを迷いそうだが、そんなフェイントにはかからず冷静にボールの動きのみを注視していた。サッ――と明石が蹴らずに抜けて行き、陽介が無回転フリーキックを放つ。
(しまっ! 力んだ!)
同時にタイヨウは雲間から見える太陽に両手をかざした。瞬間、天照大御神が現世に出現するような太陽の光がグランドに降り注ぎ、周囲の全員があまりにもなまぶしさに目をつぶる。
『……』
一瞬の光から解き放たれ、まだ痛む目を見ながら細目で全員がボールの行方を探した。ドサッ! と倒れる陽介は宝井に支えられる。チームメイトは泣きながら陽介の元に駆け寄る。頭をかく宝井は笑いながら空を見上げる。泥まみれのボールは破軍のゴールの中に入っていた。
「入ったのか? 外れたと思ったのに……うおっ!」
明石に抱きつかれ、連鎖するようにチームメイト全員から抱きつかれる。そして、リスタートと共に限界を超えた試合は終了した。激闘を繰り広げたテンプレイレブンはグラウンドではしゃぎ、その中に桐生と前田監督も向かう。一人、水城は前後左右を見ながら何かを探していた。
「あれ? タイヨウ君から預かった泥まみれのボールが無い?」
さっきまで持っていたボールが無い事におかしな? と思いながら水城はみんなと勝利を分かち合う為に輪の中に入る。ふうっ……と息を吐いた桐生は下を向きタオルで顔を隠す金髪の少年に近寄る。
「宝井、これがチームプレイだ。ユースの試合もこれで少しは変われるな?」
「あーそうだな。楽しいだけの王様サッカーはやめるわ。テンプレ学園のみんな! ありがとー! なわけでマキロン兄弟! 焼肉おごれ! キングからの命令だ!」
『うそーーん!』
言いながら号泣する宝井を、破軍のチームメイトは慰めた。
一瞬晴れ渡る空は、その晴れ間を保てずにまた雨を降らした。
その破軍中学との激闘の帰り道――。
雨が降り、多少増水している多摩川河川敷を歩きながら陽介とタイヨウは傘を差し歩いていた。その間もタイヨウはあまり話す事もなくただ自宅を目指し歩いて行く。それに不快感すら感じる陽介はふと立ち止まるタイヨウに気付く。
「もう終わりだ陽介」
「何が終わりなんだ?」
「お前がこのまま京乃との戦いに勝てなくても、お前の精神状態は安定し太陽には影響は無い。それが最近はっきりわかったよ。この消えゆく身体によってな」
スッとかざす左手は幽霊のように透明になっている。雨が降りしきる誰もいない河川敷で急に告白され、混乱をし傘を持つ手に力が入らず傘を落とす。
「……消える? 消えるってどういう事だよ!? 次は決勝なんだぞ? それに俺はもう太陽に恨みなんて抱いて無いんだ! お前だってわかってるだろ!」
その激しい叫びに対して、いつものように反撃しない。雨に濡れる陽介はいつものように反応しないタイヨウに異常なまでの距離を感じる。二人の距離は雨によって引き裂かれて行くように広がって行く。それはもう戻れない過去のようなどうにもならない距離であった――。
そして、びしょ濡れになる以上に精神的に打ちひしがれる陽介にタイヨウは近づき自分の傘に入れる。濡れる頬をそっとハンカチでふいてやり、ハッ! とする陽介は熱くなっている目元を隠す。それを見ないようにタイヨウは空を見上げ、
「さっきの試合の最後。まぶしい光が照らして一瞬、誰も目を開けてられなくなっただろ?」
「……あぁ。あれはなんか異常気象だったな。それがどうした?」
「あれは俺っちがやった事だ」
「――何だと!?」
あの陽介が放ったフリーキックは力んでしまった為に大きく外れた。それをタイヨウは雲間に隠れる太陽に自身の太陽神としての力を使い太陽に干渉してまばゆい光で全ての人間の視界を奪い、その間に泥だらけのボールと新しいボールを交換した水城の持つボールと交換し、ゴールに流し込んだ。それが破軍戦の決勝戦の全てだった。それを聞いた陽介は全身の力を抜かれたように肩をダランと下げたまま立ち尽くす。
「じゃあ、イカサマをして勝ったって事か?」
「そういう事になる。けどテンプレ学園は決勝へ行き、お前はライバルの京乃と戦わなきゃならない……それがお前の宿命だ」
「宿命だと? 今の俺のライバルはオメーだよタイヨウ!」
その告白にタイヨウは目を丸くする。今まで陽介を成長させる為にフォローしつつも前を走り、このお調子者のカッコつけマンを引っ張ってここまで来た。確実に成長していき太陽を消すほどの特異点になったきっかけの男よりも、陽介は自分がライバルだと宣言した。その言葉はタイヨウの心を深く揺さぶり、身体全体が消え始める。心の葛藤に苦しむ陽介は真っ赤にした熱い目をタイヨウに向け、
「俺は……俺はそんな手を使ってまで勝ちたくはなかった! そんなんで決勝で主税と顔を合わせたくなかった! お前がライバルだからここまで来れたんだ……お前がいないなら決勝を戦う意味なんか無い!」
「ま、待て! 陽介っ!」
傘も持たずに駆け出す陽介を消えかかるタイヨウは追う事が出来ない。
雨が降り続ける多摩川の河川敷をがむしゃらに陽介は駈け続ける――。
※
陰松家の二階の陽介の部屋に赤髪の少年がベッドの上で横たわる。
その腹の上に虹色の毛並みを持つシエルがニャ~と鳴きながら乗っかってきた。
その柔らかい毛並みを撫でているタイヨウは自分の右手を真上にある蛍光灯の明かりに目を細め透かして見る。
「……」
すでに実体を保てるのもかなり厳しくなっている為に、シエルは赤髪の少年の腕が霞んでいる事に気付く。
そして、ペロペロとタイヨウの頬を舐める。
「お前ともお別れだなシエル。暇だったら俺っちの最後の試合に来てくれよ。出られるかはわからねーけどな」
溜息をついて呟き、タイヨウはシエルを抱き締める。
まだ帰宅しない相棒の陽介の帰りを信じてその夜は早めに眠気に襲われ命の灯火が消えるように眠りについた。
※
「……戻って来ちまったか。もう九時だよ。どうしよう……」
時刻は夜の九時になり、この街灯もろくに無い多摩川の河川敷から逃げ出した陽介はまた同じ場所に戻って来ていた。知っている場所には知り合いの誰かしらがいるし、今のままでは家に帰れない為に土手に座り雨が止んだ星空を見上げる。まばゆい星空は何も語る事は無く、ただ悠久の刻を刻むように世界を見渡し続ける。右手を突き出し開いてみるが、自分の手が消えるわけでもなくタイヨウの気持ちはわからない。ふう……と溜息を大きくつきまた星空を見上げる。
「どーしたもんかな……」
「どうした? オッサンみたいな声を出してよ」
「オッサン……」
「なんだよ陽介。あの金、金、金の破軍を倒して決勝に進出したのに暗い顔だな」
陽介は数時間前にこの河川敷で起きただいたいを話した。二人で横になり土手から見上げる星空は眩く、明るい月が川の水面に映えていた。ガリガリ君をくわえていたオッサンは無言のまま立ち上がり、陽介の手にあるボールを奪い土手を駆け下りた。すると、クイックイッと指で来いと呼んでいる。仕方なく土手を下りて相手をしてやろうと思うと、一陣の夜風が全身を通り過ぎる。
「なっ――」
その電光石火のオッサンのドリブルに陽介は反応出来なかった。この素早い身体のキレは普段、女とダラダラと遊び歩いているオッサンの動きでは無い。京乃のいる月光学園の監督だからといってこのテクニックは異常である。
「どうした陽介? 俺からボールも奪えないのか?」
頭にきた陽介はスイッチを切り替え本気でボールを奪いに行った。常に相手と自分の一番遠くにボールを起きタックルされても倒れないボディバランス。まるで手でボールを操っているかのような足に吸い付くようなボールコントロール。そして、ボールをまたぐシザースフェイントやヒールリフトといったトリッキーな技の数々。今迄バカにしていた大人に対して一番頑張っているサッカーで負けるなんて思いもしなかった。
「ぐあっ!」
とうとう体力がなくなり、足がもつれた陽介は草の上に倒れる。
「どうだ陽介。オッサンも中々のもんだろ?」
「中々じゃない……オッサン……元サッカー選手だろ?」
「まーな。前田監督ともプレーした事があるぜ。でも俺はブラジル二部リーグのエース止まりの選手だったけどな」
「前田監督と? しかもブラジルリーグ……?」
松坂旬は中学を卒業すると同時に新聞配達のバイトで貯めた金で単身ブラジルに渡り数々のテストを受けプロサッカー選手となり、日本代表の国際親善試合にも参加した事のある男だった。その男はリフティングをしながら陽介の質問に答え続けた。
「本気でサッカーを出来る期間は短い。プロになって活躍しても三十になれば大概落ち目になって第二の人生を送らなきゃならん。俺のようにな」
「じゃあ今のオッサンの職業は何だ? 月光学園の監督だけじゃないだろ?」
「俺か? 俺は日本サッカー協会・Jユース世代のコーチ兼スカウトマンだ。全国を飛び回って人材を発掘してる。すまなかったな。今迄黙ってて」
リフティングをやめボールを地面に置き言った。そしていつものヘラヘラした顔に戻るが、その瞳は真っ直ぐに陽介の両目を見据え――。
「今はぶつかって、泣いて、喧嘩して感情を全て吐き出せ。サッカー選手を目指すにしろ目指さないにしろ、この青春時代に得た経験は大人になったら絶対に学ぶ事は出来ない」
フッとボールを浮かせ、陽介にボールを返すとポンッと肩を叩き、
「答えは、お前のゴールで出せ」
言うなり、土手を上がり闇夜に姿を消した。
「……」
全身の震えが止まらない陽介はボールを抱えながら夜空の月を見上げた。
少しの間真ん丸とした満月を見上げた後、追い風に追われるように駆け出した。




