鈴木君と佐藤君
微睡の中に僕はいた。
夢を見ていた。どうやらお風呂に入っていた夢らしい。
脱衣所で苦笑い。入っていた着替えが僕のものじゃない。
台所のほうに向けて大声を出す。
「母さん。これスカートだよ。それにブラジャーまで」
「それはあなたのよ~~」
夢のせいかひどく現実味のないふわっとした返答。
もっとも僕の母さんはこういう人だが。
「なんでさ? 男の僕にこんなもの」
「あら? 自分の体をよく見てみなさい」
さも不思議そうに言う声。まるでこちらが間違っているかのような言いぐさ。
なんとなく自信がなくなって、いわれるままに大きな鏡を見る。
なぜか僕は白い肌。胸の二つの膨らみ。背中までの長い髪。横に広い尻。
そしてこれまで17年間ともにあった男性のシンボルは逆に消失。
そんな姿になっていた。どう見てもこれは…
認めたくない現実を母さんの声が、いともたやすくえげつないほどに突き付ける。
「あなたは女の子じゃない」
な、なんで。僕は男だぁーっ。
「勉ちゃん。起きて。起きなさい」
なじみの声で現実へと戻る。うっすらと目を開ける僕。
「香苗ちゃん…」
ショートカットの女の子は幼馴染だった。
起こしてくれたのか。助かった。夢と分かっていながら怖かった。
「どうしたの? 何か怖い夢でも見たの。うなされているし」
むくれる香苗ちゃん。説明がいるか。
「うん。実はね」
身支度を整え、朝食をとる。ちなみに香苗ちゃんは別件に来たついでに僕を起こしてくれたらしい。
団地の隣同士。それで幼馴染。香苗ちゃんは自宅で準備中。
あらためて合流して二人で駅まで。
一緒の電車で到着した駅で二人の友人と合流する。
そして流れで今朝の話を。
「女になった夢を見たぁ?」
素っ頓狂な声を上げる彼は友人の佐藤孝。
僕が「平凡が服着て歩いている」とまで言われるのに対して、彼はちょっと変わった趣味があった。
「いいなぁー。夢でいいからそんな思いしてみたいぜ」
誰かが言っていた。彼は重度のTSマニアと。
TSというのは「トランスセクシャル」という和製英語で「性転換」を意味するらしい。
男が化粧や女装で女性としての社会的身分を得る…などと思っていたらそうではなくて、本当に女の子になっちゃうのをいうらしい。
一度その考えを伝えたらものすごく怒られた。
「女装とTSをごっちゃにするんじゃねぇ」とか。
映画の「転校生」みたいなの?
関東でローカル放映されているアニメの「らんま1/2」みたいなのか。
とにかくそういうのが好きで話も大半がそれ。
僕のほうはあんまり興味なかったけど、付き合っているうちに少し覚えてしまった。
「あはは。孝が女になったらどんなかな?」
ウェーブのかかったロングヘアの大人びた女の子。プロポーションもすごい。
ファッションじゃないほうの雑誌モデルみたいな志村恵里衣さんが言う。
佐藤君とは幼馴染。
「そりゃお約束なら美少女だぜ…いや。むしろ」
突然に佐藤君はこちらを見る。
「なるほど。平凡ということは平均的でもあるか。整っているともいえる。鈴木も案外いけるかもな」
「え? 僕が女の子になるの?」
それこそ今朝見た夢。
「だめーっ」
下のほうから声がする。おこしに来てくれた香苗ちゃん。フルネームは関口香苗。
僕も女の子と遜色ない身長だけど、それでも彼女と身長差がかなり。成長の遅さをかなり気にしている。
「勉ちゃんが女の子になったらいやだもん」
「大丈夫だよ。そんなこと現実にあるはずがないし」
そのときはそう思っていた。そう。その時は。
一日の授業を終えて僕らは教室ではなくて、理科準備室の掃除を命ぜられて四人でやっていた。
「あたしここ嫌い。なんか不気味じゃない」
香苗ちゃんがそんなことを言ってしがみついてくる。
「俺は期待しているんだよな。こういう場合、上のほうに得体のしれない薬品があって、それを何かのはずみで浴びて女の子になるのを」
「そんなマンガみたいな話が」
苦笑する僕。
「きゃっ。ゴキブリ」
志村さんの声が香苗ちゃんをさらに脅かして僕を押し倒す。
そのまま薬品棚にぶつかってしまう。ぐらぐらと揺れる。上のほうで何か割れた音が。
「おいおい。鈴木。平凡君らしくお約束の…キターッッッッ」
「え?」
佐藤君が僕にぶつかってきた。その衝撃で上の液体が僕と、そして佐藤君にかかる。
二人して気を失って、救急車で運ばれたと後で聞いた。
……う。ここは?
保健室? 病院?
あ。何か変な液体をかぶってしまったんだ。それで気絶して担ぎ込まれたのかな? だとしたら病院?
「つ、勉ちゃん?」
香苗ちゃんの声がした。心配そうな表情。
「香苗ちゃ……!?」
なんだ。この声? 東大をめざす美少女というか、ちょっと頭の軽い新体操選手というか、地球防衛の任に就いた関西弁の童女というか。
やたらに澄んだきれいな声。断じて男のそれじゃない。
「勉ちゃん。驚かないでね」
香苗ちゃんは一言断ると僕の胸元に手を当てた。
瞬間、変な感覚が全身に走る。
「…ああんっ」
口にするまいとしたけどつい出てしまった『色っぽい声』
まさか…この声。この感触。
「はい」
香苗ちゃんがさしただした手鏡。
そこには女の子そのものの顔の僕がいた。
いつの間に伸びたのか肩口までのストレートに。
「…これが、僕?」
そ、そんな馬鹿な?
僕は男だ。ほら。胸だってまったいらのはず…ある!? 女性的な二つのふくらみがある!?
まさか下も…ないっ。男のシンボルがどこにもないっ!
僕…本当に女の子になったのか?
「勉ちゃんっ」
香苗ちゃん以外で僕をちゃんづけで呼ぶ女性はもう一人いる。それが病室に入ってくる。
「母さん…」
「勉ちゃん。やだ。かわいいっ」
年より若く見える母さんは、まるでぬいぐるみを抱きしめるように僕を抱きしめた。
なに? このリアクション。
ふつうここは信じられないように呆然とするところじゃ?
「信じられないわ。母さん女の子がほしかったの。それがこうしてかなうなんて」
「ちょ、ちょっと」
さぞかし嘆くかと思いきや、まさか喜ばれるなんて。
「こうしてはいられないわ。すぐに女の子の服を用意しないと」
完全にトリップしている。
「もしもーし」
「まずは下着ね。ちゃんとしたものを付けないと型崩れしちゃうわ。それに女の子の肌はデリケートだし」
だめだ。耳に入ってない。
「お取込み中、申し訳ないが」
いきなり第三者の声。よく知っているハスキーな女声。元々はもっときれいな声だったのに、ヘビースモーカーがたたってかすれちゃったらしい。
「あの。先生ですか?」
母さんが尋ねる。たぶん間違いじゃないけど間違っている。
「先生」は「先生」だけど、白衣とここが病院ということで医者と間違えている。
「申し遅れました。わたくし化学を担当している小林といいます」
残念美人といわれている。
きちんとすれば美人なのに、身だしなみにホント無頓着。化粧もしてない。髪もまとめただけ。
「ご子息の件では大変申し訳ないことになりました」
一応の礼儀で頭を下げる。
「いいえぇ。かえってうれしいくらいですわぁ」
これが社交辞令でないことは、この人から生まれた僕にはよくわかる。
「今回の被害者の両人に説明しますので、ご一緒に来ていただけますか」
案内された部屋には僕と母さんだけではなく、もう一組の母と娘がいた。
あ。きれいな子だな。こんな時に考えることじゃないけど。
でもどこかで見た覚えが。
向こうも僕をしげしげと眺めてくる。
初対面の女の子にここまで不躾にされるいわれは…
「お前…鈴木か?」
その子が僕を見て唐突に切り出し、そしていきなり正体を見破った。
「え? 君、僕のこと知ってるの?」
こんなきれいな子を一度見たら忘れないけどな。
「俺だよ俺。佐藤孝」
「え? え!? えーっっっっ!」
最初は驚きだけ。
冷静になると思い出す。
そういえば彼も浴びていたな。それで同じように女の子に。
「いやぁ。してやったりだぜ」
なんかやたらに可愛らしい声をしている。いわゆるロリータ声?
若干鼻にかかっているけど、とにかく高くてかわいい声。
胸元は僕と同じくらいに感じる。
「そろそろいいかな?」
小林先生が説明しようと待っていたのだった。
「結論から言うと、あれはかつての科学部が作った薬品です」
な? 性転換させるような薬を高校の部活で?
「実をいうと私が作ったもので」
をい。
「それじゃ先生。先生はもともと男で、それが性転換して女になったと?」
やたらに鼻息の荒い佐藤君ががぶり寄り。
「残念だが私はもともと女だ。それにこの薬。実は一か月で勝手に自浄作用が働いて男に戻れる。過去の事例が物語っている」
あ。よかったぁ。元に戻れるんだ。
「逆に言うとその期間中はどうあっても元には戻せない。そんなわけで二人は元に戻るまで女子として扱うが、いいかな?」
親指を突き立てて満足そうな笑顔をする佐藤君…佐藤さんのほうがいいのか?
僕はその親指で、のど元を掻っ切る真似をしたい気分だった。
いろいろ説明を受けて病院を出る。
けど直接帰らずにデパートに立ち寄った。
向かったのは婦人服売り場。それもパステルカラーが乱舞する、店員以外の男だったらいたたまれなくてすぐ出てしまうエリア。婦人下着売り場だった。
「か、母さん。恥ずかしいよ」
「何言ってるの。あなたはこれから一か月は女の子なんでしょ。その間の服を買い揃えないと」
「それなら香苗ちゃんに借りるよ」
本当はそれも嫌だけど、この場はそういっておかないと買われてしまう。
「でも下着は借りられないでしょ」
う。確かに。
「さあさあ。まずは測ってもらいましょう」
測るって…ああああ。やはり胸かぁ。店員さんがメジャーもってきた。
不思議そうな顔している。そりゃそうだ。学生服。ワイシャツ。ズボンと完全に男子制服なんだから。
それを女の子が着ていたらそんな表情にもなるな。
僕はあきらめて試着室の中で上半身裸になる。
「ノーブラ」に店員さんは驚いたようだけどそこはプロ。きちんと測定をする。
「えーと。これだと60のCですね」
ガタン。何かが…というか誰かが試着室にぶつかった。もたれかかった?
「あたしより胸がある…男の子にバストで負けた…」
香苗ちゃんだった。そういえば気にしていたけど、作り物のこれは例外だよ。
その後も色々とかわいい服を買いこまれる。
全部スカートタイプ。今着ているのも女の子の服。
うう。足元がスースーする。
おまけに美容院にまで引っ張り込まれ髪の毛を整えられ、とどめに化粧までされた。
「かわいいーっ」
母さんが黄色い声を上げる。香苗ちゃんは複雑な表情。
僕自身の感想は…認めたくないけど確かにかわいい。
鏡の中で変わっていく顔に、僕の中の何かが目覚めかけた。
帰宅して色々と。
お風呂やトイレが衝撃的。
トイレはまだしも全裸になるお風呂は、自分が女になったという事実を突き付けてくる。
いい加減感覚のマヒしたところだったけど、
「せっかくだから女の子としての名前がほしいわね。一か月だけのお姫様ということで、あなたは今日から『月姫』ね」
などと母さんにとんでもないことを言われて目が覚めた。
「か、母さん。それはいくらなんでも」
「ダメよ。月姫ちゃん」
あ。確定ですか。
「言っておくけど学校で違う名前を名乗ったらお小遣いなしね」
にっこりしながら母さんは宣言してケータイをとる。
呆然とする僕の耳に香苗ちゃんという名前が飛び込んでくる。
監視役を頼んだな。
翌朝。わざわざ買ってきた女子制服で登校。
姉もいないし近所にOGがいなくて、おさがりが期待できなかったのは確かだけど。
チェックのプリーツスカートとブラウス。紺色のブレザーとオーソドックスなタイプだった。
それでもこれで学校まで行くのは、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
教室でまた恥ずかしい思いをする。
「あー。みんなも知っていると思うが、佐藤と鈴木は事故で性転換してしまった。だから元に戻るまでは女子扱いにするぞ」
担任の言葉にざわめく教室。うう。視線が突き刺さる。
「それじゃ自己紹介」
教壇に立たされみんなの前で女の子として自己紹介。
ふと香苗ちゃんと目が合う。
「わかっているわよね?」とでも言いたげな視線。
僕はため息をついた。
隣でもため息の佐藤君。彼…彼女も恥ずかしい名前を付けられて、それを名乗るのが憂鬱なのかな?
「佐藤…孝子です」
あ。普通だ。いいな。
「どうした。鈴木?」
ううっ。やはり言わないとだめか。
僕は視線を真下に向け、消え入りそうな声で「鈴木…月姫です」と告げた。
ざわめく教室。そうだよね。こんなDQNネーム。
母さんに言われた時はぼくもめまいしたし。
隣で佐藤君がよろめいている。わなわな震えながら僕を指さして叫ぶ。
「な、なんだその、恥ずかしい名前はーっ」
いわないでっ。本気で恥ずかしいんだからっ。
「うらやましいっ」
へ?
「なんというTSの王道っ。本人の望まない過剰に女性的な命名で恥ずかしい思いとはっ」
これって…佐藤君としたらうらやましいんだ。
「ある意味べた。こんな非常識な展開でまで平凡とは」
ほっといてください。平凡なの気にしているんだから。
「俺なんて『孝子』だぞ。なんてありきたりな」
「ちょっと。聞き捨てならないわね」
とがった口調で坂本『貴子』さんがいう。
「平凡な名前で悪かったわね」
こちらも強い口調の小野寺『田加子』さんが言う。
「じゃあセーラでも乙女でも好きに名乗ったら?」
鬼頭『たか子』さんも続く。
なんでかうちのクラス。「たかこ」が三人もいた。
しかも女子のリーダー格。これで女子を敵に回した?
「俺だってそうしたいわ。しかし『恥ずかしい名前を名乗ってたら小遣い抜き』とおふくろがっ」
「えへへー。おばさんに言われているから見つけたら報告するよー」
あ。僕と同じだ。志村さんか香苗ちゃんの違いで。
「とにかく。みんなよろしく頼むぞ。特に女子。ちゃんと仲間に入れてやれよ」
「はぁーい」
なんだろう。女子の目がこちらに集中している。
あれってまさにハンターの目?
休み時間になると僕の席の周りに人が集まってきた。
「ほんとに女なったの?」
「う、うん」
「ねえねえ。この胸って本物?」
「一応は」
「どれどれ」
断るのもガードも間に合わず胸を触られてしまった。
どうも女子同士だと抵抗はないらしい。
「ほんとだぁ。やわらかーい」
「ちょ…揉まないで」
むんずとつかまれた。
「それに髪もきれい」
「あ。これはいきなり母さんに美容室に連れて行かれて…」
質問攻めだった。それも女子ばかり。
どうやら佐藤君は女子を敵に回したらしく、女子にはスルーされていた。
男子が興味本位の質問をしているみたい。
何とか一日やり過ごす。
ずっと質問攻めに好奇の視線。つ、疲れた。
早く家に帰って休もう。
僕は自室で呆然としていた。
力が入らなくなり手にしていたカバンが落ちた。
少年漫画だらけの本棚は参考書とかを除いて全部少女漫画に。
カーテンはピンク色に。
ぬいぐるみがいくつも置かれ、見事に女の子の部屋になっていた。
ぼ、僕の唯一の安らぎの空間が、一番女性性を強要する場所になっている…
「おかえりなさぁい。どう? かわいいでしょ? 業者さんにやってもらったのよ」
台所仕事が片付いたらしい母さんが現れると、しれっとして言う。
「な、なんでこんな」
「だって月姫ちゃんは女の子じゃない。お部屋もちゃんとそれれらしくね」
「だからってみんな女向けにすることは…」
言いかけて猛烈な悪寒が。
必要もないがあわててクローゼットを開けると、女の子の服で埋め尽くされていた。
引き出しの一部はブラジャーとショーツに占拠されていた。
白はまだしもピンクやベージュは…
僕はめまいを起こし、もう反論の気力もなくなった。
ブラウスとスカートのままベッドに倒れこむ。このままふて寝だ。
「あらあら。それじゃ制服がしわだらけよ。寝るならこれにしなさい」
母さんはやたらフリルのついたピンクのネグリジェをかざして、笑顔で言い放った。
「はは……」
翌朝。目が覚めても男には戻っていない。
重いため息をつくとトイレに向かう。
そのあと顔を洗って歯を磨き、部屋に戻ってネグリジェを脱ぐと、白い二つのふくらみが「おはよう」という感じて出てくる。
それを隠すように妙にファンシーなデザインのブラジャーを付ける。
「ええと、この膨らんだ部分に胸を当てて、それから留めるんだっけ。よく女の子はこんな器用なことできるな」
後ろに目がついてるわけじゃないのに。
屈んで含みにカップ合わせ、後ろ手でホックを。あ。楽に届く。
やっぱり女の子は体やわらかいんだな。
右前のブラウスにまだ慣れないけど、それでも何とかボタンを留めて。
スカート穿いてジッパーあげて、ブラウスのしわをとる。
そしてブレザーを着て家を出る。
うう。女子では実質二日目の登校。スカートで歩くの恥ずかしいよぉ。
でも大股で歩くと中身が見えそう。だから自然と小さな動きに。
「あれ? つと…じゃなくて月姫ちゃん?」
この声は香苗ちゃん。恥ずかしいから一緒に行きたくなかったのに逢っちゃった。
「お、おはよ」
「おはよ。誰かと思った。歩き方がおしとやかで、どこのお姫様かと思ったよ」
orz……
今日はよりによって体育がある。
着替えは職員用の更衣室…だと嬉しかったけど女子に混じって。
さぞかし敬遠されるかと思いきや逆によってきた。
それも興味津々という感じで。
「ど、どうしたの?」
「それはこっちのセリフ。脱がないの?」
うーん。ちょっと着替えにくい。中学からは男たちの中でしか着替えたことないし。
「脱ぎ方わからないなら、教えてあげようか?」
いうとこちらの返事も待たずに多数にもみくちゃにされた。
「や、やめて!」
「きゃーっ。可愛いのつけてるーっ」
僕の胸を見て言う。うう。ブラジャー姿を見られるなんて恥ずかしい。
顔が熱くなる。反射的に手で覆ってしまう。
「もぉー。ホントに男なの? あたしらよりかわいいよ」
完全におもちゃにされている。
もみくちゃにされて、なんだか今まで感じたことのない何かが上ってくる。
「……ああっ」
やたら色っぽい声が出てしまった。大騒ぎの女子更衣室。
こんなのが一か月は続くの?
一週間がたった。
人間ってすごい。こんな異常な状況にも慣れてしまった。
もうスカートもランジェリーも普通につけられる。何の抵抗もない。
あたりまえだけど女性の肉体のために作られた衣類。フィットするはずだわ。
二週間がたった日曜の朝。
鏡の前であたしは化粧していた。
ずっと女子に混じり、色々と教わっているうちにすっかり女子の世界になじんでしまった。
言葉づかいまで女子になって。
衣類に抵抗ないどころか、もっとかわいい服がほしくなったし、お化粧にも興味が出てきた。
ママに言うと、買い物に連れて行ってくれるというので準備中。
「はい。今日はこれを着ていきましょうね」
ひらひらふりふりのワンピース。
「きゃーっ。かわいいっ」
ああ。ママの子ね。あたしもかわいい物好きだった。
四週間経過。
あたしとママは一緒にお風呂に入っていた。
母と娘。あたしは何となくママのお腹に注目してしまった。
たるんだお腹。でも、これは勲章。
あたしという命を世に送り出したからなったものなのだ。
いわば母親のあかし。
いつかあたしもなるのだうか?
「月姫ちゃん」
「なぁに? ママ」
名づけられたときはとにかく恥ずかしかったこの名前も、慣れてしまうとそんなことはない。
ママの娘に対する愛情を感じる名前と分かったから。
あたしのことをまさに「姫」とばかしに大事にしてくれる。
「もしかして、好きな男の子が出来た?」
あたしは仰天した。だがこればかしは言えない。だからごまかしにかかる。
「やだもうー。何言ってんの。ママ。そんなわけないじゃない」
大嘘だった。あたしは好きな男子ができていた。
先輩である三年生にあたしのほうから告白した。
だって…どうしようもなくこの胸のときめきが止まらないんだもの。
今なら言える。あたし、女に生まれてよかったと。
……生まれて?
ああああ。そうだよ。
なんかすっかり忘れていたけどあたし…じゃない。僕は男じゃないか。
その上この体も説明通りならもう少しで元に戻る。
男と恋愛なんてできるわけが…でも、別に男同士で恋をしてはいけないわけじゃないよね。
ましてや今のあたしは体が女。
なおさらありえなくは……だからまずいんだってば。
もう少ししたら男に戻るはずだし。
でも…この恋のためになら女の子のままでも…
などと思っていたけどきっちり三十日で、僕も佐藤君も元に戻った。
とたんに女の子だった時の気持ちが嘘のように引いて、後は恥ずかしい記憶だけが残された…
実際、登校拒否になりかけた。
神社の石段を登り切った拝殿。僕らは柏手を打つ。
深々とお辞儀した。
僕と香苗ちゃん。佐藤君と志村さんが一緒だった。
「ほんと。元に戻れてよかったね。つ・き・ひ・め・ちゃん」
からかうように言ってくる香苗ちゃん。
母さんの意向ということで僕が女性的になるのは止められなかった。
そして女子に染まる僕に引いていたという。
もしかしたら「女の子同士」の関係になりたくなかったのかも。
男の子と女の子。それを守りたかった?
この「お礼参り」を言い出したのも香苗ちゃんと志村さんだし。
「ああああ。言わないで。恥ずかしいんだから」
あのまま女子になっちゃうならまだしも、男としてとどめるにはあまりにも恥ずかしい記憶。
「くそぉ…俺の場合は何もできなかった悔しさが」
本気で悔しがっている佐藤君。
「それもこれも終わったこと。孝。ちゃんと元に戻れたことを神様にお礼した?」
「するかよ! けど代わりにもう一度チャンスをくれと頼んだ」
「あんなこと二度とごめんだよ」
その後だが徹底的に危ない薬品は排除され、もうあの性転換薬はなくなっていた。
もっとも小林先生が新しく作らなければだが。
「さ。行こうぜ」
佐藤君の言葉でみんな石段を降り始める。
だが肝心の彼が止まる。
「どうしたの?」
「いや…TSの名作で『転校生』という映画があってさ」
それなら僕も知っている。でもなんでここでいうの?
「入れ替わった理由が、神社の石段を踏み外して落ちたことなんだけどな。それが丁度こんな感じ」
「やめてよ!」
香苗ちゃんが叫ぶ。
「そうよ。ホントになったら…ちょっと面白いかな?」
志村さん……
「いやいや。これはただのトリビアってやつ。残念だけと現実はそんなこともないし」
いいながら佐藤君が足を踏み出す。ほっとして…油断していた僕たちも後を追うように踏み出した。
その時だ。
誰かの巻き添えではなく、全員がそろいもそろって足を踏み外すというありえない事態に。
そして転げ落ちていく。
「うわあああああーっっ」
転げ落ちながらも香苗ちゃんを抱きしめていた。守らなくちゃ。
同様に志村さんを抱きしめる佐藤君が転げ落ちていく。
転落は踊り場で何とか止まった。
「あつつ…なんという…!?」
僕ははっとなって口を押さえる。
今の声…女の子の?
せっかく戻れたのにまた女性化しちゃったの?
でも今の声。月姫より可愛らしかった気が。
「きゃーっ? なんでわたしがいるの?」
そこに「僕」がいた。
え? じゃこの体は…胸を触ってみる。ある! 月姫より小さいけど確かにある。
「ぎゃーっ。あたしが見えてる。死んじゃったの?」
そばでは佐藤君が志村さんを見て青い表情をしている。
「おまえ、恵里衣か? と、いうことは」
志村さんが佐藤君の下げていたカバンをまさぐり、慣れた様子で手鏡を取り出す。
なんでそんな女子アイテムを佐藤君が…あ。ちょっと前まで彼も女子か。
志村さん(?)は鏡をのぞきこみ自分の顔を確認。そして
「入れ替わりキターッッッ」と叫ぶ。
手鏡を順に渡されそれぞれが確認していく。
僕が覗き込むと香苗ちゃんの顔が見えた。
そして僕が思い描いた通りの表情に。
「うそ…今度は入れ替わり? しかも元に戻れる約束なしで?」
全身打撲もあるが、僕は立ち上がる気力をなくしていた。
「そんな。わたし勉ちゃんの体で暮らさないといけないの?」
僕の体に収まった香苗ちゃんの悲痛な叫び。
「えーっ? でもちょっと男の子になってみたい願望はあったから、いいチャンスかな?」
ぽ、ポジティブすぎ。
「よっしゃあーっ。変身がだめなら入れ替わりでリベンジしてやるぜーっ」
志村さんの肉体に収まった佐藤君が、やたらに勇ましいポーズで叫ぶ。
僕にはそんな元気はなく、何一つ考えられないでいた。
THE END
佐藤孝/孝子視点の「佐藤君と鈴木君」と対になってます。
合わせてお楽しみください。




