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朝の傍観者

作者: 広河陽

 その朝もいつも通り混雑していた。4つもの在来線が通るこのS駅では、こんな平日の朝の混雑は当たり前だった。

 この混雑を、僕は毎日、一人で悠々と見てきた。今日も、一人で、人々が学校や職場へと急いで小走りしていくのを眺めている。その僕の存在に気づく人は、なかった。

 ここで告白しよう。

 実は、僕はこうやって毎日何千人もの人を騙し続けてきたのだ。この、1番線ホームに到着した電車に乗ろうとする人と、降りてきた人とを。

 その日、僕は、この僕だけの秘密を他人に知られるだなんて、思ってもみなかった。


 平日の朝は、誰もが忙しい。学校に会社。行く所があって忙しい。でも、どうして自分が忙しいのか、本当に判っている人は、ほとんどいない。それでも、人は急ぐ。だから、人は僕に化かされているのに気づかない。ちょっと下を見れば、気づくことなのに。

 その日は8月7日だった。この辺りは1ケ月遅れで七夕を祝う。この街は七夕で有名で、この頃は沢山の観光客がやって来る。まったく迷惑な話だ。

 こんな、ラッシュ時に忙しくない人が電車に乗る日は、僕はひやひやする。僕の秘密が、ばれやしないかと。

 いつもなら、その心配は杞憂に終わるはずだった。その時、あの声が聞こえてきたのだ。

 それは5、6才ぐらいの、お母さんらしき人に手をひかれた女の子だった。

 僕は、どきりとした。

「1……、2……、3……、4……」

 まずいと思った。もし、この子があれを数えているのだとしたら、僕の秘密を知られてしまう!

 その子は20まで数えるとしばらく中断して、21から、また数えだした。

 僕は焦り始める。

「34、35、36!」

 とうとう知られてしまった。

 僕だけの朝の駅の秘密。この5年間、誰も気づかなかったのに。僕は潔く、負けを認めて、元に戻すことにした。敏感な人なら、その時自分の足下が揺れたことに気づいただろう。そして、女の子がもう一度、階段の段の数を数えたら、1段減っていることに気づいただろう。


 S駅の2階からホームに出る階段は全部で35段だ。

 僕こと1番線ホームの階段は、周囲にあまりに鈍感なラッシュ時の客達に挑戦状をつきつけた。今から5年前のことだ。

 つまり、午前7時半から9時までの1時間半、階段を1段増やして36段にしてきたのだ。この5年間、朝と夕方で昇り降りする階段の段の数が違うことに、誰一人として気づかなかった。

 朝のラッシュ時に一番線を使う人々は他の人達よりも、ざっと365日×5年×階段1段分、多くエネルギーを消耗していたのだ。


 あなたは階段の段を数えていますか?


──了

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