第八章
由希はひたすら歩いていた。いつも「部羅都苦反怒」がうろついている、ある行き止まりに向かっていた。だが、そこに真っ直ぐ行くのではない。向かう場所は行き止まりのすぐ近くにある、「祖母の家」だ。本当は祖母の家なぞない。つまりこれが言い訳だ。
翔は三つ目の曲がり角を左に行けば、もうその行き止まりは真っ直ぐ行くだけだと行っていた。そして、すでに曲がり角は三つ目。ここを左に曲がれば、部羅都苦反怒に行ける。彼らのアジドには基本入ることは許されない。そのため、恐ろしく危険な目に合う恐れもある。言わば、賭けに出たのだ。由希は大きな一歩を踏み、アジドに入った、地図を見ながら、蜘蛛の巣もある、僅かしかないスペースを通っていた。彼らの話し声が聞こえてきた。やがて、彼らの姿が見えた。
彼らも由希の姿が見えた。全員が冷たい目で、由希を見た。
「あれ?」
由希は辺りを見渡した。
「曲がるかどを間違えたのかな?」
由希は地図を見ながら確かめた。
「あっ!もう一つ先の曲がり角だった。あ、皆さん、失礼しました」
逃げるように由希が立ち去ろうとした、そのときだった。
「おい!待てよ」
背筋も凍るような、冷たい声が聞こえた。
「な、なんで、しょうか?」
すこし、肩を震わせながら、由希は振り返った。
「お嬢ちゃん。いったい、ここがどういう場所か、知ってるかい?」
一人の男が、まるで小さい子供に言うような口調で言った。
「え、えぇっとぉ。あ、あの、その…」
由希は言葉が出てこないふりをした。
「ここは!あの、部羅都苦反怒のシャバさ!てめえのような、お子さまが来るような場所じゃねぇ!」
男は怒鳴った。
「え…え…あっ…あ、あ、あの…部羅都苦反怒?」
「そうさ!こんなとこに来てしまったんだ。ただで済むとは思うなよ?お嬢ちゃん。結構かわいいしなぁ。俺たちの玩具にでも、なってもらおうかなぁ?」
いつのまにか、全員に囲まれていた。男たちは輪を作り、ゆっくりと縮めていく。輪は小さくなり、やがて由希にくっつく。大変だ。由希は防犯ブザーに手をつけ、思いっきり引っ張った。
「ピピピピピピピピ」
大きな音が鳴り響いた。しかし、男たちは動揺しない。なにか秘策があるのか。
「残念だったなぁ。今からここは地下に繋がって、音一つ漏れなくなっちまうんだ。警察を呼ぶこともできねぇぜ」
そういうと、一人がなにかスイッチを押した。すると、地面が揺れる。その音と共に、地面が落ちていく感覚にあった。元々いた場所より、地下にだんだんと移っていき、気がつけば二メートル近く下がっていた。やがて、天井は塞がれていった。
行き止まりだったそこは、地下のアジトへと変わっていた。どうやら、地下のアジトは広く、ここはその一室になっていた。
「手の込んだしかけね」
由希が言うと、男たちもそれに同意するかのようにいった。
「あぁ。全くだ。このおかげで、俺たちは何やっても捕まっちゃいねぇのさ」
一人の男が言った。
「その仲間に、お前もなれるんだぜ。感謝しろよ」
また一人、男が言った。
「馬鹿にしないで!誰があんたたちの仲間になるのよ!」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。そのうち、お前の方から、仲間にならせてくださいとお願いするようになるからよ」
そういうと、男たちは由希を拘束させ、この部屋に閉じ込め、扉を閉めてしまった。
由希は何とかして、拘束を破ろうとしたが、無駄なあがきに終わった。扉も向こう側から鍵をかけられたようで、開くことは一切なかった。由希の体は、背中に手錠をかけられており、足にもおなじように縛られていた。首輪もつけられ、惨めな状態になっていた。
「どうしよう。このままじゃ、私、どうなっちゃうの!?」
答えてくれるはずのない扉に、その問いを投げかけた。部屋でその声は反射して、跳ね返ってきた。そのまま、由希は眠ってしまった。