第十章
和弘と翔は、由希の帰りを待っていたが、すでに日が落ちそうになっていた。
「あ〜っ!遅い!」
「本当にまずいんじゃないのか?」
「捕まっちゃったのかな?」
「だったら大変だよ!」
「でも、ただ遅いだけかも」
「由希。本当に無事かなぁ?」
和弘も翔も由希を待ち続けた。気がつくと辺りは暗く、すっかり夜になっていた。
「わりぃ。翔。俺、やっぱ行ってくる」
「え?本当か?もう外真っ暗だぜ?」
「由希のことが心配だ」
「だったら俺も行く!」
「香織は?香織はどうするんだよ!」
「か、香織ちゃんは…」
「悪いが、香織の面倒、見てやってくれ。頼む!」
「………分かった。だがな。約束だ。由希を元気なまま、連れて帰ってこいよ!なんかあったら、お前とは絶交だからな!」
「お前は親か!…でも、約束だ。絶対に連れて帰ってくる!」
和弘はそういうと、勢いよく家を飛び出した。なんとしても、由希を連れて帰らなくてはいけない。
いつから気絶していたのか。起きると男たちはほとんど眠っていた。恐らく今は深夜なのだろう。拘束器具はいくらやっても外れない。そのため逃げることはできない。なんとかして、ここから脱出したいのに。男たちが眠っている間に、なにかできないかと考えた。どれだけ考えても、いい案は浮かばなかった。すると一人の男がゆっくりと立ち上がり、由希の方に近づいてきた。思わず、由希はその男から目をそらした。近づいて、何をするかと知れたものじゃない。男は由希のすぐ近くまで来た。すると、男は小声で由希にささやいた。
「大丈夫かい?」
一瞬耳を疑ったが、この男が言ったのに間違いはなさそうだ。
「あ、あなたは、何者ですか?」
「それは後で説明する。由希さん。今すぐここから出よう」
「出ようって言われても、こんなんじゃ、無理ですよ」
「大丈夫だ。この拘束を取る鍵を持ってるから」
すると、由希の顔にちらつかせた。どうやら本当らしい。この男は由希の拘束を取ると、手を引っ張り、逃げ出した。
やってきたのは、どこかの公園。すでに日は沈んでいたため、街灯が一つあるだけの、暗い公園。
「ここなら誰にもばれず、二人で話ができるな」
そういいながら、その男は腰を下ろした。由希もそれを見習った。
「じゃあ、まずは自己紹介しなくちゃな。僕は源駿人。君は、松野由希ちゃんでいいのかな?」
「はい」
どうやらこの男は「みなもとしゅんと」と言うらしい。しかし、彼が一体何者か。彼に由希は質問した。
「あなたは、どうして私を助けてくれたのですか?」
「あぁ。それはね。僕は部羅都苦反土の人間じゃないからなんだ」
「え?だったら、あなたは一体?」
そういうと、男はポケットに手を突っ込み、ものを探した。由希には何をしているかは見えなかったが、この男がやっていることは、由希に安心を与えた。
(どうやら、悪い人ではないみたいね)
男はやっと探し終え、由希にそれを見せた。それは手帳のようなもので、金色の紋章が見えた。
「これって?」
「そう。警察手帳だよ。本当はね、僕は警察官なんだ。部羅都苦反土は最近、何やら悪い噂がたっているからね。潜入調査をしているんだ」
「悪い噂って、何ですか?」
「どうやら、テロをたくらんでいるようなんだ」
「どういうことなんですか?」
「どうやら、今度、ある国の国会に爆弾をしかけて、爆発させるつもりらしい」
「それは危険じゃないですか!」
「あぁ。だから、潜入調査をして、隙を見て、全員を逮捕するんだ」
「へぇ。でも、どうして私は捕まったんですか?」
「どうやら、あのときはその爆弾の計画を立てていたときらしかったんだ。だから、君が現れたときに聞かれたって思ったんじゃないか?だから、すこし強めに言ったんじゃないかと思うよ」
彼はそう言った。由希はなるほどと理解したようだった。
「でも。無事だったかい?君、かなりの電圧を受けたじゃないか。普通ただじゃすまないけどね」
「まぁ。何とか無事なんです」
由希はそう答えたが、本当は体が痺れ、感覚がない状態だった。
「それにしても、君はどうして、こんなところに来たの?」
「え?何でですか?」
「君は、おばあさんのお家へ行こうとして、間違えてこの中に来てしまったって行ってたよね?」
「そ、そうですけど?」
「君、そのとき、どの方向を向いてた?」
「ほ、方向ですか?」
由希はその変わった質問に驚いた。向いていた方向で何か、違いが分かるのだろうか?
「君は、左上の方向に、目が一瞬動いた。それは、人間が嘘をついたときの、無意識に起きる反応なんだ。つまり、君はあのとき、嘘をついていた」
「!!!」
驚きで声も出なかった。まさか、分かってしまう人がいたとは。だが、彼は警察。彼になら、打ち明けられるかも知れない。
「駿人さん。あなたにお話ししたいことがあります」
「どうしたんだい?急に改まって」
「私、確かに嘘をついてました。でも、それには、深い訳がありまして…」
由希は全てを話した。和弘や、親の話、そして親戚のことも。すべて全部だ。
「そうか。そうだったのか。君、あの人の子の、友人、いや、親友だったのか…」
駿人は上を見て言った。明らかに、何らかを知っている様子だった。
「今野茂明さん。よく覚えてるよ。確か、もう十年も前になるんだったかな。僕も、部羅都苦反土の潜入を命じられたのも、この年だった。当時、部羅都苦反土はサラ金の貸し出しも行っていてね。今も行われているんだけど。そのサラ金を借りに来てたんだよね。確か、一千万くらい借りてたんだ。その一千万はやがて一億くらいになった。もう無理だと、彼は自己破産したんだ。でも、部羅都苦反土としては、返してもらいたいわけだ。だから、家に押し入ったりしていたらしい。でもね。彼が突然、夜逃げをしたんだ。たぶん、そうすれば大丈夫だと思ったんだろうね。でもね。無駄だったんだよ。彼はね。やつらの火に油を注いでしまったんだ。そして、彼は…」
言われなくても、その次の言葉は分かっていた。だが、由希は黙った。
「それで、和弘の両親は、いったい何の関係があるのですか?」
駿人は黙った。辛い思いがあるのだろうか。しかし、聞いておかないといけない。和弘のために。
「あぁ。彼らはね。つい最近、今野茂明さんの親戚って分かったから、ターゲットになってしまったんだ。あの後、今野茂明さんの親戚を探してたらしいんだ。残った借金を返してもらおうとして。やがて、その二人が見つかった。最初は金を取るために行っていたんだけど、やがては他のことに手を出し始めた。由希ちゃんが言っていた、封筒はお金の封筒だよ。きっとその中に一億のお金とまではいかないまでも、そこそこのお金を持っていたんだと思う。でも、その後は何か召し使いのようなことをやらされているみたいだよ」
これで、二つの事件が繋がった。
「和弘に伝えなくちゃ」
「そうだね…。友達にしっかりと教えてあげなくちゃね。でも……無駄だよ……」
駿人は詰まりながらも、そう言った。
「え?どうして?」
由希は警戒もせず、駿人を見た。
「さっきまでの話を全部、テープレコーダーに録音させてもらったよ。全く、子供は単純だよなぁ。そんなに簡単に信じちゃうんだからなぁ。おもしろいぜ」
さっきとは全く違う口調で話した。目付きまで変わり、殺気さえ覚えるほどだった。
「な、なんですか?あなたは?」
「俺か?お前、部羅都苦反土がどんな組織かしってんのか?ん?」
由希は固まった。怖い。そんな言葉が頭を過る。
「残念だったなぁ。俺はお前の味方ではないんだよ!」
由希に思いっきり、蹴ってかかった。首に足が直撃した。由希は吹き飛び、気を失った。