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雨を集める人

作者: D .K2世
掲載日:2026/06/20



# 「雨を集める人」


六月の終わり、町は七日間降り続く雨に包まれていた。


高校二年生の結衣は、学校帰りに古びた時計店の軒先で雨宿りをしていた。店の看板には、かすれた文字で「雨彩堂」と書かれている。


不思議なことに、その店だけは窓ガラスが曇っていなかった。


扉がひとりでに開く。


「入るかい?」


中から老人の声がした。


結衣はためらいながら店に入った。


店内には時計が一つもない。代わりに、棚いっぱいにガラス瓶が並んでいた。


青い瓶、緑の瓶、透明な瓶。


それぞれの中には、ほんの少しだけ水が入っている。


「これ、何ですか?」


老人は微笑んだ。


「雨だよ」


「雨?」


「ただの雨じゃない。誰かの人生に降った、特別な雨だ」


老人は一本の瓶を取り出した。


中の水は夕焼けのような橙色をしている。


「これは、ある青年が初恋の人に告白した日に降った雨」


次の瓶は銀色だった。


「これは、宇宙飛行士を夢見た少年が夢を諦めた日の雨」


結衣は思わず笑った。


「そんなこと、あるわけないじゃないですか」


老人は何も言わず、小さなコップに瓶の水を一滴垂らした。


その瞬間。


結衣の目の前に景色が広がった。


雨の中で震えながら花束を持つ青年。


緊張した顔。


そして「好きです」と告げる声。


まるで映画の中に入り込んだようだった。


気がつくと景色は消えていた。


結衣は息をのんだ。


「今の……」


「雨は記憶を覚えているんだよ」


老人は静かに言った。


「だから私は集めている」


結衣は棚を見回した。


何千本もの瓶。


誰かの喜び。


誰かの後悔。


誰かの別れ。


誰かの始まり。


そのすべてが、雨の形で保存されている。


ふと、店の奥に黒い瓶があるのが見えた。


「それは?」


老人の表情が少しだけ曇る。


「まだ開けてはいけない雨だ」


「どうして?」


「持ち主が、自分の過去を許していないからだよ」


その言葉は、結衣の胸に刺さった。


実は彼女も、自分を許せずにいた。


一年前、親友の美咲と大喧嘩をして、そのまま疎遠になってしまったのだ。


謝ろうと思いながら、一度も謝れなかった。


老人は何も聞いていないはずなのに、棚の上から透明な瓶を取った。


「君の雨だ」


結衣は驚いた。


瓶の中の水を見つめる。


一滴だけ揺れている。


恐る恐る触れると、景色が広がった。


雨の日の駅前。


傘を持った美咲。


怒った顔。


そして、自分。


本当は謝りたかった。


本当は引き止めたかった。


でも意地を張った。


その時の感情が、痛いほど伝わってくる。


景色が消える。


結衣の頬には涙が流れていた。


老人は言った。


「過去は変えられない。でも、未来に降る雨は選べる」


外を見ると、七日間続いた雨が止んでいた。


雲の切れ間から光が差している。


結衣は深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


店を出て数歩歩き、振り返る。


しかし、そこに時計店はなかった。


ただの空き地があるだけだった。


翌日。


結衣は美咲にメッセージを送った。


『今さらだけど、ごめん』


十分後。


返信が来た。


『私もごめん』


その瞬間、窓の外で小さな雨が降り始めた。


きっとそれは、新しい記憶になる雨だった。


そしてどこかで、あの老人が静かに瓶へ集めているのかもしれない。


――未来のために。


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