聖なる都ミラン、そして孤独じゃない夜
こんにちはー!!!
「…本当に、皆さんにどう感謝を伝えればいいのか分かりません。ありがとうございます」
透はそう言うと、オクタビオの手を両手で握り、敬意を込めて頭を下げた。その姿には、彼の年齢には不相応な、しかし心からの感謝がこもった厳かさが漂っていた。
オクタビオは少し照れくさそうに笑い、うなじを掻いた。
「気にするなよ、トオル。娘のレミを助けてくれたのはこちらの方さ。それだけで君がどんな人間かよく分かる。さあ、中に入ってくつろいでくれ」
レミの母親であるレゲリンが、冬の毛布のような包容力のある温かさで言葉を添えた。
家の中は心地よかった。豪華ではないが、生活の息吹が感じられる。壁がこれまでに多くの笑い声や議論、そして和解を聞いてきたのだと感じさせる「我が家」の空気感があった。
「見て、トオル。ここがキッチンで、こっちがダイニング。あ、あそこは暖炉の前。寝る前に楽しい話をしたり、物語を語り合ったりする場所だよ」
レミは家の中を案内しながら、弾むような足取りで後ろ向きに歩いた。
家は二階建てだった。一階は主に客人を迎えるためのスペースだ。玄関を抜けると、石造りの暖炉から微かに薪の香りが漂う広々としたリビングがある。左手には磨かれた銅の調理器具が並ぶキッチンがあり、奥には長い無垢材のテーブルが置かれたダイニングが続いていた。
キッチンとダイニングの間には客用トイレへ続く廊下があり、リビングからは、踏むと小さく軋む木製の階段が二階へと伸びていた。
二階には三つの部屋があった。夫婦の寝室、レミの部屋、そして客間だ。そこには広めのバスルームもあり、白い陶器の洗面台と小さなジャグジーが、家の質素な雰囲気の中で贅沢なアクセントになっていた。
レミはある扉の前で足を止めた。
「ここが客室…今日から君の部屋だよ」
彼女は誇らしげな笑顔でドアを開けた。
「わあ…すごく綺麗だ。ベッドも寝心地が良そうだし…窓からの景色も最高だね」
透はゆっくりと窓へ近づいた。そこからは整然と並ぶ屋根や、家々の間をうねる道、そして夕焼けに染まり始めた空が見えた。
ドラゴンの爪撃によって街の一部は破壊されていたが、この窓からはその惨状は見えなかった。煙も、瓦礫も、あの「竜人」が残した傷跡も存在しない。まるで世界のこの角度だけが、惨劇を無視することに決めたかのようだった。
「じゃあ、トオル、ゆっくりしてね。私はユキと遊んでくるから」
「分かった…本当にありがとう、レミ。いつか必ず恩を返すよ」
「いいってば!」
ドアが静かに閉まった。
透はベッドに腰を下ろし、柔らかい絨毯に足を置いた。それから仰向けに寝転び、木造の天井を見上げた。梁の構造や二階を支えるトラスのラインを眺める。古い木の香りが不思議な感覚をもたらした。自分の家ではないが、かといって拒絶されている感じもしない。
彼は目を閉じた。
そして、思考の渦に身を任せた。
(ここで何をすればいいんだ?)
(向こうの世界には何もない…友達以外は)
(ここにいたくない。自分の家じゃない…怖いんだ)
(なぜ僕なんだ? 何をした? 僕に何の価値があるっていうんだ?)
(みんなに会いたい)
郷愁の重みが、今朝感じたドラゴンのオーラよりも強く胸を締め付けた。
数分後、彼は目を開けて身を起こし、マットレスに腕を突いた。
「学校の制服のままだ…着替えがないな」
彼はため息をついた。
「それに…」
右のポケットに手をやり、硬い感触を確かめた。
「スマホ…」
それを取り出し、電源を入れた。画面にはイタリアのトルトーナにある「マドンナ・デッラ・グアルディア聖堂」の写真が映し出された。友人たちとの旅行で自分で撮った写真だ。
「電池は80%以上あるか…。ちっ、イヤホンがない。どこに置いたんだっけ」
自分の制服を見つめる。
「学校のポロシャツを着てるってことは…学校にいたか、行く途中だったんだろうな」
思考が強張る。
(夜明け前の記憶が全くない…あのドラゴンが現れるまでの記憶が)
「ああ、もう! ムカつく!」
彼は顔を両手で覆い、ベッドに倒れ込んだ。
「どうすればいいんだよ、ここで…」
荒い呼吸を整える。
「魔法でも習うべきか? …そういえば、なんでみんなスペイン語を話してるんだ?」
透はアルゼンチン人だ。母国語はスペイン語で、英語も数年通ったアカデミーのおかげで得意だった。しかし、ここの住人たちは、まるであたりまえのように彼の言葉を話している。
突然、ドアを叩く静かな音が響いた。
「こんにちは(ハロー)」
ユキだった。
その声は素っ気なく、突き放すようだった。
透は飛び起きた。彼女のことはまだよく知らないが、この30分ほどの印象では活発で感情豊かな少女だと思っていた。今の「こんにちは」には違和感があった。
「やあ、ユキ。何か用?」
空気を和らげようと、努めて優しく接した。
「入ってもいい?」
「ああ、もちろん」
ユキは部屋の中に数歩踏み込んだ。長い髪が動きに合わせて揺れる。一瞬、空気が凍りついたようだった。テーブル横の椅子に近づく彼女の足音だけが響く。
透は彼女の肩越しに視線を送った。男としての本能が、ヴィクトリア調の――シンプルだがエレガントな、リボンでウエストを絞った――ドレスが描き出す彼女のしなやかな肢体を追おうとするのを、必死で抑えた。
ユキは足を止めた。
「お邪魔します」
彼女は座った。
透を正面から見ようとはせず、視界の端で捉えている。何かを隠そうとしているようだった。
沈黙が重くのしかかる。
「あの…ええと…今日のことは謝りたかったの」
彼女は遠くのベッドの脚を見つめ、人差し指で髪をいじりながら言った。最後まで言い終えて、ようやく彼女は視線を上げた。
透はじっと彼女を見ていた。しかし目が合うと、説明のつかない気恥ずかしさを感じて素早く視線を逸らした。
「ああ…うん、それについては僕も悪かった。無視しちゃったからね。失礼なことをしたよ」
「いいの。私も少しやりすぎたわ…耳を引っ張って無理やり歩かせるなんてすべきじゃなかった」
「気にしてないよ、本当に。…ところで、聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「見ての通り、僕はここの人間じゃない。何も知らないんだ。ここがどこなのか、教えてくれないかな?」
「変なの」
「おい、意地悪言わないでくれよ」
「だって…自分のいる国の名前も知らないでどうやって辿り着くのよ?」
皮肉めいた、しかし未だ疑念の混じった口調で彼女は言った。
「まあ…答えてくれる?」
ユキはため息をついた。
「分かったわ。手短にね」
彼女は椅子に座り直した。
「この王国は最大級の国の一つで、『生の神』に祝福されたと言われているわ。だからここでは種族間の平和が保たれているの。一歩外に出れば、文化的・民族的な差別が根強く残っているけれどね」
彼女は間を置いた。
「名前は『ミラン(ミラノ)』。18人の賢者による評議会によって統治されているわ。それぞれが異なる種族に属していて、そのおかげで同盟が結ばれ、この大陸のこの地域では平和が維持されているの」
「すべての種族が含まれているの?」
「いいえ。ドラゴン族は除外されているわ。理由は明白でしょ」
「確かに…今日、ドラゴンが街を襲ったしね」
「ええ、聞いたわ。あと、ここには冒険者ギルドの本部がある。五大陸とほとんどの王国に広がっているけれど…もし人間を差別する国なら、あなたは入ることすらできないでしょうね」
「どうしてそんなに差別があるんだ?」
「私が何でも知ってると思ってるの?」彼女は微かに微笑んで答えた。「1500年以上前に大規模な戦争があったと言われているわ。種族間で同盟を組み…その後、土地や鉱物、聖域を巡って裏切り合った。…そんな昔のことで憎み続けるなんて無意味だけど、多くの人が昨日のことのように過去に執着しているの。まあ、エルフや巨人のように長寿な種族なら、本当にその場にいた者もいるかもしれないけれど」
透は一言も聞き漏らさないよう、静かに言葉を咀嚼した。
「僕も君と同じ意見だよ…ユキ、君みたいな考えの人がいてくれて嬉しいな」
彼は笑った。
ユキの白い頬が淡いピンク色に染まった。
「…どういたしまして」
彼女はそれを隠すように顔を背けた。
突然、階段を急ぎ足で上がる音がした。
「トールー! ユキー!」
レミだった。
「来て、ご飯ができたわよ!」
「レミ、そんなに叫ばないで。3メートルも離れてないんだから」
「へへ…念のためだよ」
ユキは飛び起き、レミの手を取った。
「さあ、ご飯にしましょう!」
彼女は透の方を振り返った。
「早く、冷めちゃうわよ」
「今行きます、軍曹殿!」
透はベッドから大げさに飛び降り、ユキをもう一度笑わせようと、軍隊のような足取りでドアへと向かった。
そして、この世界に来て初めて…彼は、もしかしたら自分は完全な孤独ではないのかもしれない、と感じていた。
bye




