表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第4章 安全の外側で——理不尽が向けられる先

車のドアを開けて外に出た瞬間、

守られていた空間はたちまち消え去る。

道路に立つと、自分がどれほど無力で剥き出しか、

風の冷たさと車の風圧が思い知らせてくる。


車の中では「安全」が当たり前のものだった。

エアバッグ、ボディ剛性、シートベルト。

それらが自分を包みこみ、外の危険を遠ざけてくれていた。


だが、一歩外へ出れば、

安全は“持っている人だけの特権”であって、

万人に与えられたものではなかったと痛感する。


道を歩く歩行者。

細い車線を進む自転車。

信号待ちのバイク。

彼らは、ほんの小さなミスで死に至るほど脆い存在だ。


車に乗っていたときには見えていなかった、

むしろ“気づかないようにしていた”現実だ。


そして今、その理不尽はもっとも弱い立場へ向けて強まっている。

とくに、自転車に。

速度差のある車との接触は一瞬で命を奪う危険を孕むのに、

責められるのはいつも弱い側だ。


「ヘルメットは義務化すべきだ」

「もっとルールを守るべきだ」

「危険なのは自転車のマナーだ」


まるで、弱い人間が自分の身を守らないのが悪い、とでも言うように。


だが実際には、

車の巨大なリスクの前に、自転車の防御などほとんど無意味に近い。

ヘルメットをかぶったところで、

何トンもの鉄の塊とぶつかったら助からないことくらい、

誰だって分かっている。


それでも“安全を強化する”という名目のもと、

弱い側へ新たな義務や責任が押しつけられていく。

ヘルメット。

反射材。

走行帯の制限。

ルールの厳格化。


まるで、危険を作り出している側ではなく、

危険に晒されている側が問題であるかのように。


理不尽は、こうして静かに形を変えながら、

いちばん声の弱い場所へと押しつけられていく。


安全とは本来、誰もが等しく享受すべきもののはずなのに、

現実は、守られた側が強くなり、

守られない側がさらに追い込まれる構図になっている。


車の中では分からなかった現実。

外に出て初めて気づく現実。

そして、その理不尽の矛先がいま自転車に集中している現実。


安全とは、いつの間にか「正義」の衣をまとい、

弱者にだけ努力と負担を要求するようになっていた。

あとがき


書き終えてみて思うのは、

「安全」という言葉は、

本来は誰かを救うためのものであるはずなのに、

現代では“弱者を縛るための道具”になりつつある、ということだ。


車を運転しているとき、

自分は安全な側に属しているように錯覚する。

しかし一歩外に出れば、

その安全がどれほど偏っているか、

すぐに思い知らされる。


自転車のヘルメット着用義務化。

歩行者への厳しいルール。

バイクへの不寛容。

それらはすべて、「弱い側の努力」で

“強い側の不安”を解消しようとする構造に見える。


だがそれは本来、逆であるべきなのだ。

危険を生む側こそ、負担を負わなければならない。

弱い側に義務を押しつけるのは、

安全の名を借りた理不尽にすぎない。


この章は、その理不尽を言語化し、

「安全とは誰のためのものなのか」を問い直すために書いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ