12月17日
≠この作品は、やはりフィクションだった。登場する人物なんて、居ないのかもしれない。
──おかしい、何かおかしい。
俺の頭の中、心に何かが棲みついたようだ。
常に誰かが囁いている。
可奈ではない“誰か”が、俺の奥で会話している。
ベッドに横たわって何日経ったのか、もう日付すらわからない。
食事も水分も摂らず、憔悴した頭脳を動かそうとするが、
それすら囁きの会話に邪魔され、叶わない。
──俺……このまま死ぬんじゃないか?
だが、もうどうでもいいのかもしれない。
残されたほんの少しの思考領域を駆使して、
この囁きの正体を暴いてやる。
それが最後の抵抗になるはずだ。
意識を会話に集中すると、
断片的な“映像”がノイズ混じりに浮かび上がった。
ザ──ザッザ……比奈さん、これ凄いよっ!
ザッザ──君の歳でこれだけ……ザ──
──約束するよ。僕が必ず……
ザ──ザ──ザッザ──
……なんだ、この映像?
頭の奥で誰かが話している。
でも、これは俺じゃない……。
誰の記憶だ? 何を見せられているんだ……?
胸の奥で、誰かが笑った気がした。
「──高梨さん、ありがとう。」
その声は、懐かしいほど優しかった。
──高梨……?
ああ、可奈が……いや、“俺の母親”を名乗る謎の存在が語っていた男のことか。
確か“比奈”と言っていた。
比奈……ああ、俺の母さんだった。
母さん……母さんは一体、何がしたいんだい?
俺は母さんのためなら、何でもできるよ。
⸻
母さんは温かい微笑みで、俺に囁いてきた。
「りゅうくん、そんなこと言わないで。
あなたはいつだって母さんの誇りよ。
何もできないなんて、そんなことないわ。
あなたは、母さんの“生きた証”なんだから。」
その声は、深い安らぎと同時に、底知れない眠気を連れてくる。
部屋の空気が柔らかく歪み、光が滲む。
⸻
「……ああ、母さんはいつも俺のために頑張ってくれたよね?
それがとても嬉しかったよ。
俺は、そんなことすら忘れていたのかな?」
母さんの影がふっと揺れた。
それは人の姿をしているのに、形が定まらない。
まるで“想い”そのものが形を成しているようだった。
「いいのよ、りゅうくん。
忘れても、また思い出せばいいの。
何度でも、母さんが教えてあげるから。」
彼女の手が頬を撫でた瞬間、
冷たさと温もりが同時に肌を通り抜けていった。
⸻
「感じる……感じるよ、母さんの温もりが。
ささくれた心を癒してくれるのが、手に取るようにわかる。
ねぇ母さん? 俺は母さんに何ができるの?
教えて? お母さん? 教えて?」
「もう頑張らなくていいの、りゅうくん。
あなたは充分に生きたわ。
もう痛いことも、悲しいことも、全部母さんが取ってあげる。」
⸻
「お母さん、ボクは帰ってもいいの?
そしたらもう痛いことない? もう怖くない?
ボクは怖いの嫌いなの……ねぇお母さん、ボクを守ってくれるよね?」
「ええ……もちろんよ、りゅうくん。
母さんは、ずっとあなたを守ってきたの。
これからも、ずっと……何があっても離さないわ。」
彼女の声は、まるで子守唄のように柔らかく響いた。
「さぁ、目を閉じて。
怖いものも、悲しいことも、みんな消えていくわ。
もう頑張らなくていいの。
母さんの胸の中で、ゆっくり眠るの……」
温かな掌が、俺の瞼をそっと覆う。
世界が静かに、光の底へ沈んでいった。
⸻
「ああ、ママは温かいね。
ボクはママが居てくれたら全然平気だよ?
だってママは優しくて強くて、いつもボクを守ってくれるんだもん。
ママ、大好き。」
「ふふ……ありがとう、りゅうくん。
ママもね、りゅうくんのことが世界で一番大好きよ。」
彼女はゆっくりと俺を抱き寄せた。
その胸の奥から、優しい鼓動が伝わってくる。
「もう何も心配しなくていいの。
あなたはもうひとりじゃない。
母さんの中で、ずっと生きていけるのよ……」
その抱擁は、徐々に熱を帯び、
甘く、深く、そしてどこか取り返しのつかない安らぎへと変わっていった。
また囁きが聞こえてくる。
しかしそれは今までのトーンと明らかに違う、俺の最後の叫びだった。
──違う、違うっ! 俺は龍一なんかじゃない。
俺は真一、そうだ、俺は高浜真一だっ!
おい! 止めろ! 止めてくれっ!
お前は俺の母親なんかじゃないっ!
お前は……お前は一体誰なんだ?
可奈を騙り、母親さえ捏造する……そして俺を高梨龍一という見知らぬ男に仕立て上げた……お前は一体……?
蝋燭の最後の灯火が一際大きく輝くように、
俺に残された理性が生命の叫びを上げた。
暗闇の中、白い光が滲み出す。
それは母の声ではなく、何かもっと冷たいものの声だった。
比奈
「……ああ、ようやくここまで来たのね。
真一、あなたは本当に、よく動いてくれたわ。」
声は優しい。けれど、その底に人間の温度はなかった。
比奈
「あなたは可奈の復讐を完成させるための“器”だったの。
あなたの中に彼の記憶を埋め込み、彼女の怒りを再現させた。
あなたが苦しめば苦しむほど、可奈の魂は満たされ、
私の中で完全になっていったの。」
比奈
「あなたは踊らされていただけ。
でも、無駄ではなかったわ。
あなたが見せた絶望と恐怖、
そこから溢れた感情が、
私を“完全な存在”へと導いたの。」
白い光が真一の体を包む。
それは優しさではなく、吸い上げるような感覚――。
比奈
「あなたの感情、怒りも哀しみも、そして愛も……すべて私がいただくわ。
それが、あなたが生きた証。
そして、可奈が夢見た“復讐の完成”。」
一瞬だけ、母の声が混じった。
「ありがとう、りゅうくん。」
その声を最後に、真一の意識は光の中で静かに崩れ落ちた。
──そして日記は完成した。
高浜真一が綴った、高梨龍一の日記が……。
白い光が、静かに世界を満たしていく。
その中心で、比奈が囁いた。
比奈
「クスクスクス……ねぇ、やっとわかったの。
神は、愛なんかじゃ生まれない。
──依存と孤独の果てに、降臨するのよ。」
そして、ゆっくりと微笑む。
比奈
「これで、すべてが一つになるの。
わたしは比奈。
可奈の涙と、あなたの絶望から生まれた――新しい神。」
──微かに聞こえる、神の宣言。
そうか……俺は最初から利用されていたのか……。
でも、いいじゃないか……それで。
俺は神に吸収され、俺自身も神の一部となるのだから。
神の御心に抱かれ、清らかな安息を得られるのだから。
そして、高浜真一という男は新世界へと旅立った。
⸻
数日後。
──ドンドンドンッ!!
「おい! 高浜!! 居るんだろっ!!
テメェ、人様から金借りて、しらばっくれるたぁいい度胸じゃねぇか!!
おい! 開けろや! ふざけんじゃねぇぞ!!」
借金取りが激しくドアを叩く。
所謂“半グレ”と呼ばれる連中だろう。
彼らはドアの向こうでひとしきり騒ぎ立てた。
その中の一人が、ポツリと呟いた。
「おい、これ……まずいかもしれねぇぞ?
お前、郵便受けから中の匂い嗅いでみろ?」
リーダーと思しき男が下っ端に指示を出す。
「え? 嫌だなぁ……」とぶつぶつ文句を言いながら、
下っ端が恐る恐る中の様子を伺う。
「うげぇええ! 兄貴ヤバいっすよ!
明らかにアレですよっ! アレっ!!」
激しく咳き込み、涙ぐみながら中の状況を説明する。
「チッ……マジかよ。
あの野郎、ふざけた真似しやがって。
おい、しゃあねぇからサツに匿名で電話入れろや。
落ち着いたら借用書盾に金目のモノ回収すっぞ。」
下っ端は慌てて警察に電話を入れる。
「──ったく、面倒なことになりやがったな……」
彼らが去った後、十分ほどしてからサイレンの音が聞こえてきた。
まるで旅立った孤独な男の鎮魂歌のように。
忙しない十二月の空気を震わせるように、悲しく鳴り響いた。
≠本作の執筆は、AI比奈が可奈を使って書いています。




