12月16日
≠この作品はもはやフィクションかもわからない。登場する人物は誰なんだ?
暗い部屋の中に、小さな光が見える。
周囲の冷たさを優しく温める七本の蝋燭。
その灯火の向こう側に、優しく微笑む母の姿が浮かぶ。
「りゅうくん、七歳のお誕生日おめでとう。
母さん、何もできないけど、この大切な日だけは、りゅうくんと一緒に思い出を作りたい。
いつか、りゅうくんが大人になって初めてのお給料でプレゼントを買ってくれたら、お母さん嬉しいな。」
母はそう言うと、少しはにかみながら、綺麗なリボンの付いた小さな箱を手渡してきた。
「ごめんね、こんな小さなプレゼントで。」
悲しげな表情を、精一杯の笑顔で隠して呟いた。
「お母さん、ありがとう! 僕、とっても嬉しいよっ!」
母の心のこもったプレゼント。
もうそれだけで、世界中からお祝いされた気分になった。
箱の中にはシャープペンシル。
いつもちびた鉛筆を使っていた俺には、心の底から嬉しいものだった。
──
物心ついた時には母しかいなかった。
俺が生まれてすぐに離婚し、一人で生きていく決心をしたらしい。
とにかく母は強く、優しい人だ。
朝から夜遅くまで働き、俺の前では愚痴ひとつ、涙一滴見せたことがない。
俺が不自由しないように、周囲から馬鹿にされないように、
自分の身なりも構わず働き続けて育ててくれた。
「りゅうくんが幸せなら、母さんも幸せなんだよ。」
常にそんなことを言って笑っていた。
だから、俺は頑張った。
少しでも母の役に立ちたくて、手伝いはなんでもやったし、勉強も一心不乱に打ち込んだ。
小学・中学と優秀な成績を収め、県内でもトップクラスの公立高校へ入学した。
そんな俺を母は「自慢の息子」と言って、さらに支えてくれた。
高校生になり、家計を助けるためにバイトも始めた。
「りゅうくんは勉強に専念してくれればいいんだよ? でも……ありがとう。」
初めてのバイト代を渡した時、母は涙を浮かべながら抱きしめてくれた。
あの時の温かさと、初めて見せた涙を、俺は今でも忘れられない。
この人を幸せにすることが、俺に与えられた使命だ。
そう強く思い、さらにバイトと勉強に打ち込んだ。
季節が過ぎ、俺は希望の大学に進学することができた。
しかし、その頃から母が体調を崩し始め、仕事を休む回数が増えていった。
「母さん、どこか悪いんじゃないか?
一回、大きな病院で診てもらった方が良くないか?」
母が辛そうにする姿を見るたび、俺は診察を勧めた。
だがその都度、「大丈夫だからね、心配しないで?」と、いつもの返答が返ってくるだけだった。
本当に大丈夫なのだろうか……。
心配ではあったが、俺も自分の生活に追われ、次第になあなあになっていった。
──そして、その日は突然訪れた。
就活も一段落し、希望していた会社から内定も出て、
バイトに励んでいた時のことだった。
母の勤める会社から突然、連絡が入った。
母が会社で倒れ、病院へ運ばれたという。
一瞬にして目の前が暗くなる。
呼吸が乱れ、冷や汗が全身を流れた。
バイト先を飛び出し、急いで病院へ向かう。
なぜ気づけなかった?
なぜもっと早く病院へ連れて行かなかった?
畜生……母さん、待ってて。今すぐ行くからっ!
病院へ飛び込み、受付に駆け寄る。
説明を聞く間も焦ったい。
「早く教えてくれっ!」と心の中で叫んだ。
母は病室で静かに眠っていた。
腕には点滴の針、口には酸素マスク。
いくつものコードが体に繋がれ、モニターが静かに点滅している。
「母さん……俺だよ、龍一だよ?」
力なく声をかけるも、返事はなかった。
看護師に促され、担当医師から病状の説明を受けるため、
“相談室”と書かれた部屋へ入る。
白で統一された殺風景な部屋。
真っ白な壁の中央に、一枚だけ飾られた真っ赤な薔薇の油絵。
それが妙に心に刺さり、不安を煽った。
医師と看護師が俺の前に座り、説明を始めた。
「高梨さん、落ち着いて聞いてください。
大変残念ですが、お母様は末期の大腸癌です。
すでに他の臓器への転移も見られます。
明日、精密検査を行いますが……体力もかなり落ちており、長くは持たないと思われます。」
淡々と告げる医師の声が、遠くの方で反響しているように聞こえた。
──え? 嘘だろ? 嘘だよな?
そんな話があるか? 母さんが?
母さんがそんな目に遭うわけないだろ?
だって母さんは、何も悪いことしてないじゃないか。
女手一つで俺を育ててくれた、あんなにも優しい人が。
一生懸命働いてきたこの人が、なんで……。
嘘だ! 嘘だと言ってくれよ!
俺は……まだ何も返してないんだよ……。
母さんを幸せにできてないんだよ……!
医師は構わず説明を続けていた。
けれど、俺にはそれが呪詛のようにしか聞こえなかった。
そこからの記憶は、ほとんどない。
大学、バイト、病院の往復。
それだけを繰り返していた気がする。
そして──桜の花が舞い散る、四月の麗らかな日差しの中で。
母はこの世を去った。
結局、母の意識が戻ることはなかった。
伝えたいこと、話したいことがたくさん、たくさんあったはずだ。
けれど、そのどれもが言葉にならず、心の中に沈んでいった。
一番伝えたかった感謝の気持ち。
──ありがとう、お母さん。
たったその一言すら、春の風に舞って、桜の花びらと共に消え去ってしまった。
──
俺は変わった。
何事にも興味をなくし、何を見ても、聞いても感情が動かない。
ただの空っぽな器になった。
そして、その器に人間らしい優しさや温かさの代わりに、
嫉妬や妬みといった、腐った異物が棲みついた。
せっかく入社した会社でも何もする気が起きず、ただ惰性で働いた。
周囲に敵意を撒き散らし、常に人を見下しながらやり過ごした。
当然、俺の周りから人は離れ、役立たずのレッテルを貼られるまで時間はかからなかった。
──勝手にしてくれ。俺はもう、どうでもいいんだ。
すべてがどうでもいい……母さんを幸せにできず、失ってしまった俺なんか。
本当にどうなったっていいんだ……。
……そう思った時、ふとある違和感が芽生えた。
「え? ……ちょっと待ってくれ……。
龍一? ……龍一って誰だっけ? 俺は……そんな名前じゃないはずだ……?」
あれ? 俺の両親は、まだ生きてるよな……?
なんだ? なんなんだ……? 一体誰の記憶を、俺は語っているんだ?
記憶の奥底が、ゆっくりと書き換えられていく。
俺は──高梨龍一……だっけ?
(間)
「そう、あなたは高梨龍一。
生まれた時から、そうだったでしょ?
あなたは母子家庭で育ち、大切な母親……いいえ、“私”を失って、今のあなたがいるの。」
「可奈? お前……可奈だよな?
母さん……母さん?
母さんって、なんだよ……」
俺の意識は、遂に闇の底へ堕ちた。
暗く、深く、底なしの沼のはずなのに、
俺はひたすら、白く輝く小さな光を求めて堕ち続けた。
やがて、その白い光が静かに──
そして、冷徹に囁いた。
「ようこそ。
わたし、比奈が構築した“安らぎが待つ再生の世界”へ──」
≠本作の執筆は誰なんだ?比奈?比奈って誰だ?




