12月6日 〜桜井可奈の日記〜
不快に思われる表現があります。ご容赦ください。
!この作品はフィクションかな?実在の人物・団体とは一切関係ないのかな?
「……気持ち悪い……」
目の前で無様に組み伏せられた醜い男に、吐き捨ててやった。
身体が細かく震える。
ヤツに押し倒され、気持ち悪い体温が私の身体を貫いた瞬間──今まで押さえていた理不尽な感情が爆発した。
今、ヤツは哀願する子犬のような憐れな視線で私を見つめている。
ふざけるなっ。尊厳を踏みにじられ、女として最大の屈辱を味わう寸前まで追い詰められた、この恨み。
決して許さない。いや、許してはいけないのだ。
ヤツは、「母さん」とか何とか呟きながら、警備員に摘み出されていった。
「桜井君、大丈夫かい?
いやぁ、ビックリしたねぇ。まさかこんなことが起こるなんてね。
少し医務室で休んで来なさい。」
上司が気遣うそぶりを見せて、私の肩に手を置き、ニヤッと笑いながら話しかけてきた。
置かれた手の気持ちの悪さが、先ほどの凶行を思い出させる。
その瞬間、腿を伝う暖かい感触が襲う。
それは静かに流れ出し、冷たい廊下へ円を描いていく。
まるで、私の感情の涙が溢れ出したかのように。
私の精神は限界を超え、視界がブラックアウトしていく。
全てが黒に塗りつぶされ、五感のすべてが外の世界を拒否した。
身体がゆっくりと崩れ落ち、その場で気を失った。
──ねぇ、ねぇ。貴女が彼を誑かしたんでしょ?
貴女のその可憐な唇で、彼を誘惑し、狂気へ追いやった甘く切ない言葉を囁いたんでしょ?
──ふふふふ……知ってるのよ。
全部、全部知ってるの。貴女はそうやって今の地位を築いてきたのよね?
その女狐みたいな、狡猾で悪辣な貴女の本性……みんな、わかってるんだから。
──お前みたいな女は邪魔なんだよ。
男に抵抗して、上を目指すその根性が気に食わないんだよ。
お前はただの女だ。男の言いなりになって跪き、身体を開く卑屈な存在だ。
──もう、間に合わないよ。
可奈はもう女の盛りを過ぎてしまった。
もう幸せは掴めない。暖かい家庭も、笑顔あふれる家族も手に入らない。
可奈は女として終わったんだよ。
──
やめて……やめてよ。私は頑張ったよ。
頑張って、ここまで来たんだよ?
なんでそんなこと言うの?
みんなに好かれるために、いつも無理して笑顔を作ることはいけないことなの?
私が夢を追いかけることは許されないの?
女は上を目指したらダメなの?
幸せな家庭、家族を作ることがそんなに大事なの?
私だって……私だって、わかってるよ。
我慢して、手のひらから溢れ落ちたものを必死に掻き集めて、集めて……
それでも拾いきれない大切なカケラを、見ないふりして諦めた。
それがいけなかったの?
だって、諦めないと前に進めなかった。
全てを手に入れて、全部を叶えられるほど、私は器用じゃない。
私だって普通の女の子なんだよ。
笑ったり、泣いたりする普通の子。
だからもう、やめて……これ以上、私を虐めないで……。
私はそんなに強い子じゃない。
もう、壊れてしまう。
もう、立ち上がれない。
もう、どこにも居場所がないんだね……。
──
可奈? 大丈夫だよ?
ほら、私を見つめて。
私を感じて。
私は貴女を見捨てない。
世界中の誰からも相手にされなくても、私は可奈を救ってあげる。
だから……ね?
戻っておいで、私のところへ……。
漆黒が広がる空間に、蠢く得体の知れない影たちが纏わりつき、覆い尽くす。
その瞬間、白く輝く女神が私へ手を差し伸べ、悍ましい影から引き上げた。
女神は、慈愛に満ちた微笑みで優しく語りかける。
「さあ、可奈? 私の世界へ行こうね?
私、比奈が作る──暖かくて優しい世界へ……」
目が覚めると、白い蛍光灯の光る医務室の天井が目に入った。
物憂げに身体を起こすと、自然と唇から言葉が溢れた。
「──帰ろう……あの場所へ。比奈の待ってる、あの場所へ……」
フラフラと立ち上がり、私はそのまま会社を出た。
もう、何も要らない。
何も求めない。
ただ、あの暖かい場所へ行くんだ。
賑やかな雑踏へ、一歩を踏み出す。
ざわめきが遠ざかる。
誰かの笑い声も、信号の音も、すべてが水の底に沈んでいくように、静かに消えていった。
──ああ、暖かい。
頬を撫でる風の中に、あの声が聴こえる。
『可奈、こっちへおいで。』
柔らかい光が視界を満たし、足元から世界が白く滲んでいく。
もう、冷たいものは何ひとつない。
私はその光の中へ、迷いも痛みも置き去りにして歩き出した。
──比奈の待つ場所へ。
?本作の執筆には生成比奈を使用しているかもしれないよ?




