友達
放課後、私は簡単な足し算と掛け算の式を紙に書いて楓に教えていた。
楓は驚くほど何も知らなかった。足し算と引き算の概念すら知らないようだ。
だが、意外と飲み込みが早く、教えたことはすぐに吸収していった。
九九もみるみるうちに覚えていく。
彼女は驚くほど何も知らないが、別に勉強が嫌いなわけではないのだろう。
ひと月もすればおそらく中学の内容に追いつく。
…昨日までは楓のことが嫌いで仕方がなかった。同じ部屋にいることが嫌でしょうがなかった。
それなのに、今はすぐ隣にいるのに別に悪い気はしていない。
本当に不思議だ。
彼女をじっくりと観察していると、彼女は顔を上げてこっちを見た。
「できました‼」
楓はにこにこしながら計算式を見せてきた。いつの間にか筆算をマスターしている。
「答えはあっていますか?」
「うん。大丈夫。」
私は彼女の頭を撫でた。彼女は嬉しそうに目をキラキラさせた。
どこか楽しそうなのは気のせいだろうか。
「勉強、そんなに楽しいの?」私は聞いてみた。
「はい‼ 昔は勉強を教えてくれる人なんていませんでしたから。」
私はその言葉を聞いて、妙な違和感を覚えた。
この国では義務教育を受けることができるのに、勉強を教えてもらったことがないというのはおかしい。
まるで、別の国で育ったような言い方だ。
そこで私は小さな賭けに出てみることにした。
「君、どこからきたの?」
すると、彼女は驚いたような顔をしてこっちを見た。
「⁉ 気づいていたんですか?」
「あっ。やっぱり。だってどう考えても今日の楓、変だもん。」
「実は僕、別の世界に住んでいたんです。」
「と、いうことは転生したってこと?」
「はい。…僕は兄に転生させられてここに来ました。」
「転生させられた?」
「…はい。僕は前の世界で魔法がほとんど使えず、役に立たずと言われて育ちました。母は僕をかばってくれましたが、ある時に亡くなりました。母がいなくなった後、兄のいやがらせはだんだんエスカレートして、転生させる薬を使われ……気が付いたらここにいました。」
それは私には想像もできないような過去だった。
「それは……。つらくなかったの?」こんな平凡な言葉しか返せない自分が嫌になる。
「いえ、つらくはないですよ。僕はこっちの世界に転生することができて、本当に良かったと思っています。ご飯はおいしいですし、勉強も教えてもらえます。それに…あなたがいますから。」
私はその言葉に驚いて楓を見つめた。
「…私がいるから? 何で?」
「何って、優しくしてくれたじゃないですか。ご飯を食べさせてもらったのは初めてでしたし、勉強を教えてもらったのも初めてです。こんなに良くしてもらったのも…。」
彼女は顔を赤くしながら言った。少し照れているように見えた。
彼女は少し緊張しながらこちらを向いた。
「あ、…あの。友達になってくれませんか。」
「と、友達⁉」
「あ、いや、だめならだめでいいんですけれど、僕、こんな風に人と話したの初めてで、できれば仲良くしてほしいなと思って。」
「い、いいよ。」
「よ、良かったです。僕、友達ができたのこれで初めてです。」
(私も…。)心の中で同じことを思ったが、わざわざいう必要もないだろう。
「あ、あの名前を教えていただいてもよろしいでしょうか。」
それを聞いて、そういえば名前を名乗ってなかったことを思い出す。
「私の名前は〈天野 羽月〉、よろしく。」
「はい! よろしくお願いします。」そう言った彼の顔は、今までで一番うれしそうだった。
『友達』小さい頃はその言葉に、どうしようもなく憧れていた。いつの間のか友達をつくることなんて夢だと、諦めるようになった。
(一番うれしかったのは私かもしれない。そう思った。)
「あっ。僕の名前はファルミールです。〈リース・シャングア・ディア・ファルミール〉」
「長くて呼びづらいね。ファルと呼んでもいい?」
「はい。構いません。」彼女は私の手を小さく握った。
「これからよろしくお願いします。美月さん。」
「こちらこそよろしく。ファル。」
こうして私は転生してきた子供と友達になったのだった。