襲撃-6
長いこと休んでいてすみません!
僕は兄が入ってくる前に、逃げる準備を整える。
ひとまず女の子の手を引いて理科室の隣にある理科準備室に身を隠す。
彼女はプルプルと小さな体を震わせていた。
「……大丈夫?」僕は小声で聞く。
彼女はこくんと頷いた。
僕は彼女の頭に手を置く。羽月さんにしてもらったように。
「大丈夫だよ。絶対、守るから」
彼女は僕の手をぎゅっと握る。
だが、ここにいてもすぐに見つかって、それで終わりだろう。だから、僕は戦う。
また兄に殺されるつもりはない。
「ここで待っていてね。しっかり隠れているんだよ」
すると、彼女は不安げに僕を見上げた。
「ほんとうに? ほんとうにもどってきてくれる?」
僕は小さく笑った。
「はい。絶対に戻ってきます。ですからちゃんと隠れていてくださいね」
「うん。約束」
「わかりました」
僕は指切りげんまんと言って彼女の小さな小指を握る。
「じゃあ、行ってきます。」
そして、部屋から出る。
こんなことを言ってはいけないが、僕は弱い。
戦闘能力は全くと言っていいほどない。
羽月さんや、眞さんのように戦ったりはできないのだ。
でも、だからと言ってすぐにやられるつもりもない。
僕には魔力がない。それだけでも、すでに絶望的な戦いだ。
でも、それでも、戦っている羽月さんを見てしまったら、
「逃げられるわけないですよ……」
僕は小声でそうつぶやいた。
理科の中へと入る。兄の声が近くで聞こえる。たぶん、あと一分もかからずにここへと来るだろう。
(それまでに、準備を整えましょう……)
僕は、理科室にあるガスバーナー用のガス栓のスイッチを入れた。
使い方は、羽月さんに教えてもらった。
(羽月さんが勉強を教えてくれたおかげですね。)
さらに、教室中のすべてにスイッチを入れた。
そして、薬品の入った棚から、一つの瓶を取り出す。
(本当は勝手に持ち出してはいけないといわれていますけれど……この際仕方がないです)
そして、準備室に戻った。
この部屋は外からは開けないので、兄が入ってくることもない。
(これで準備は整いましたね……)
僕が準備室に戻ったら、さっきの少女が駆け寄ってきた。
「お兄さん……」
彼女はぎゅっと僕の手を握る。
僕はその手を握り返し、ゆっくりと作戦を伝える。
「いいですか、僕が合図をしたら、この部屋の扉を開いて逃げてください。そして、あそこにある下り階段で下に走ってくださいね」
「お兄さんは……?」
「僕は、あいつと戦います。絶対に、守りますから。安心していてくださいね」
そうして僕は小さく笑った。
だがそれが彼女を不安にさせてしまったようだった。
茶色の目が寂しそうにゆらいだ気がする。
もう一度彼女の頭に手を置く。僕は羽月さんのような先輩になれただろうか。頼れるような人になれただろうか。
「大丈夫ですよ。……大丈夫ですから」
僕は自分に言い聞かせるように言った。
ちょうどその瞬間だった。隣の理科室の扉が大きく開いた。
怒鳴るような、兄の声が聞こえてきた。
僕は彼女の手を引いて走った。
彼女はドアから出ると一目散に階段へと走っていく。
そして僕は、マッチで火をつけて、それを理科室の中に投げる。
「このガスは高いほうへ上るんでしたよね。羽月さん」
僕は天井に飛んでいったマッチ棒を見ながら言った。
そして、理科室の扉を勢いよく閉める。
兄の血走った目が一瞬だけ見えたような気がした。
ドカンと音が鳴り、理科室が轟音に包まれる。
爆発といってもそれほどのものではない。せいぜい天井が勢いよく燃えるぐらいだろう。
その前に、僕はさっきの瓶を取り出した。
その瓶の中身を、走りながら地面に流していく。
そして、マッチを使って火をつける。
地面が大きく燃え上がった。
これで、しばらくは時間が稼げる。外に逃げるだけの時間はあるはずだ。
兄の転移魔法も、魔法陣を地面にかきこまなければ使えない。
修行をすれば使えるようにもなるらしいが、兄にはできなかったはずだ。
目の前には校舎の真ん中の大きな螺旋階段だ。
僕は階段の手すりに座り、階段を滑り降りる。
この降り方は眞さんに教えてもらった。
こうして降りれば速いうえにかっこいいと自慢していたが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
思えば、羽月さんにも眞さんにも、たくさんのものをもらっていた。
いろんな知識をもらった。そのおかげで、僕は今、兄から逃げられている。
大丈夫、大丈夫。まだ、逃げ切れる。
こっちの世界にきて、羽月さんと眞さんに出会って、やっと幸せになれたのだ。
まだ、こんなところで死にたくない。
足が痛くなるほど走った。
きっと、二人がいなければ僕はこうして走っていない。
昔みたいに、すぐに兄に捕まって終わりだった。
二人にはいろいろもらってばかりだ。
笑い方を教えてもらった。
生き方を教えてもらった。
たくさんの思い出をもらった。
僕がこうして生きているのも、すべて二人のおかげだ。
二人がいなければ、生きようとすら思っていなかっただろう。
きっと、二人は僕にとっての生きる理由なのだ。
二人がいなければ、幸せにはなれなかった。
だからこそ、思ってしまう。
また明日も、同じように一日が続いていてほしいと。
目の前にあるのは、最悪の光景だった。
渦の巻いた真っ黒な空の前で、まるでそれは悪魔のように立っていた。
「逃げられるとでも、思ったのか?」
真っ赤に染まった目がうつしだしているのは、どこまでも深くて大きい、憎悪だった。
自分にこれほどの憎悪を向けられていることが恐ろしくて、僕は身震いがした。
でも、僕はもう逃げたりはしなかった。
ただ、笑った。
羽月さんと眞さんを、僕の世界で唯一の友達を思い浮かべて。
次の更新はたぶん木曜か金曜です!




