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勉強

「僕、転生してしまったのでしょうか?」


 彼女は確かにそういっていた。


「転生?」

 いったい何のことなんだろうか。


 すると彼女はびっくりしたかのように口を開いた。


「あ、いえなんでもないです。」

 その反応が何処か気になったが、怯えているように見える彼女に、思わず躊躇ってしまう。


「あ、えっと。朝食、食べますか?」


「あっ。え…。はい!!」

 私がパンを彼女の前に持っていくと、彼女は少し驚いたような顔をしてパンを見つめた。


 不思議なことに、まるで初めて見る食べ物を見たような顔をしている。昨日まではいつもパンでつまらないと愚痴をこぼしていたのに。


 あまりの変わりように驚いてしまう。


 彼女は口にパンを含んで、小さく頬張った。そして目を輝かせて口元を抑えた。そして……泣き出した。


 目からぽろぽろと涙がこぼれていく。突然のことに目を瞬いてしまう。


「え…? どうしたのですか?」

 やはり、おいしくなかったのだろうか。

 昨日までは不味いと文句を言うことはあったけれど、泣き出すことはさすがになかった。


 調理の仕方が悪かったのだろうか。卵の殻でも入ってしまったのだろうか。


「お…おいしいです。」

「えっ……」


「あ、いえ、僕…こんなおいしいご飯を食べたのも、こんな風に食事を作ってもらったのも初めてで。なんというか、……うれしくなってしまって。」


 彼女は少し照れたような、どんな顔をしていいのか分からないような顔をした。その顔は、女子である自分から見ても……ものすごくかわいかった。


 つい昨日まで自分をいじめていた人がこんな一日で性格が変わってしまうなど誰が想像するだろうか。


(なんというか……うん。かわいい。)

 目の前にいる彼女をだきしめたくなる衝動に耐えながら、私は頭を回転させる。


 いったい何があったのだろう。まるで、別の誰かと中身が入れ替わっているかのようだ。

 その時、さっき彼女がさっき言っていた言葉を思い出す。


(僕、転生してしまったのでしょうか。)

 そう、彼女は確かにそう言っていた。


 転生? いったいどういうことだろうか。


 そんなことを考えているうちに、チャイムが鳴った。


「やば…。授業始まる。」

 私は慌てて支度を始める。


「えっ。どうしたんですか。」

「早く支度をしないと、遅刻してしまいますよ⁉」


 私は慌てて彼女に制服を渡す。


 彼女は少し驚いた顔をした後、布団の中でもぞもぞと着替え始めた。


 しばらく待つと、ようやく彼女は着替えが終わったようで布団から出てきた。


 彼女の手を引いて、教室まで走る。


 教室の前までたどり着いたら、部屋の前にいた生徒たちがこっちを睨んだ。


「はぁ? お前、楓と手を繋いできたわけ? ちょっと調子に乗っているんじゃない?」


「すみません。」私は頭を下げて謝った。


 もちろん心の中では全く謝ったりしていない。

 ちなみに、この人はいつも楓とつるんでいる〈西村 美和子〉という人だ。


「ど……どうしたんですか? 喧嘩はやめてくださいよう。」


 隣にいる楓が慌てた声で言った。


「あ! おはよう楓。こんなやつに構わなくていいでしょ。早く行こ~」


「誰ですか。な、馴れ馴れしくしないでください。」

 楓はプルプル震えながら言った。


「えっ。楓、なんか雰囲気変わってない? もしかしてこいつになんか言われたの?」


 美和子も急に性格の変わった楓を不審に思ったらしい。


「僕、あなたみたいな人は嫌いなんです。い、行きましょう。」

 楓は私の手を引いて歩いていく。


「ちょ…ちょっと楓⁉ どうしたの?」


 楓はそんな美和子の声なんて聞かないで、スタスタと歩いていく。

 美和子は焦ったような顔で楓を見ていた。


「あ…ありがとう。」

 私は小さく楓にお礼を言った。


「いえ、これぐらいお安い御用ですよ。ああいう人の言うことはあんまり聞かなくていいですからね。」


 楓は心配そうに私を見上げた。


 その顔は少し褒められて照れたような、私を少し心配するような顔をしていた。それがすごく可愛らしくて、私は楓の頭を小さく撫でた。


 彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 教室の中に入って、私は一番後ろの端の席に座る。


 この学園では、席は自由だ。みんなそれぞれ仲のいい人と隣同士に座っている。もちろん私の隣に座る人はいない。今日も人の少ない後ろの方の席を選んで鞄を置いた。いつも通りの一日の始まりだった。


 だが、一つだけいつもと違うことがあった。

 ……いつも人のいない隣の席に鞄が置かれたことだ。


 私は慌ててそっちを見ると、そこには楓がいた。


「あのっ……ここの席に座ってもいいでしょうか?」


「えっ⁉ はい。もちろん。」


 彼女は目を輝かせてその席に座った。その横顔は、やっと自分の居場所を見つけたような、そんな表情だった。


 誰かが私の席の隣に座るのは何年ぶりだろう。


 どこか嬉しい自分がいた。

 頬が緩んでいるのが分かる。


 だが、それをよく思わない人もいる。



 私の席の対角線上にある右奥の席で、美和子が私を睨んでいるのが分かった。






 授業が始まる。だが、私の頭の中には全く授業の内容は入ってこない。


 私の頭の中では楓の性格がたった一日で正反対に変わってしまった理由を考察していたからだ。


 可能性として考えられるのは、頭を打って性格が一時的に変わっている場合、もしくは性格が変わるタイプの病気になってしまった可能性。


 ほかに考えられるのは、私の隣にいる彼女が楓ではない可能性だ。この中に正解はあるのだろうか?


 私は様子を窺うようにして隣にいる楓を見つめた。


 彼女は……授業を受けながら、……泣いていた。


「えっ? どうしたの?」私は慌てて話しかけた。


「ぜ……全然わからないです。」

 彼女は授業を受けながら涙を流していた。


「何が分からないの?」

 楓は勉強優秀じゃなかっただろうか。それに、一年生の内容の復習なのでそんな間違えるようなところでもないのに。


 私は教科書を開きながら問題を一つずつ解説していく。


「まず初めに、ここを因数分解する。」

「い…インスウブンカイ?」

 どうやら因数分解が分からないようだ。


「えっと、こことここをかけ合わせて……」

「か……カケアワセル???」

 どうやら掛け算が分からないようだ。


 おかしい……掛け算が分からないという事なんてあるのだろうか?

 まるで小学校の授業を受けてないような反応に、違和感が拭えない。


「た…助けてください。」

 彼女は縋りつくような目でこっちを見つめる。


「えっ? でも。」

 さすがに小学校の内容から教えるのはきつい。


「お願いです。」

 涙で潤んだ目をこっちに向く。

 ……そんなかわいい顔で頼まれたなら断ることなど不可能だろう。


「わ……分かりました。」

 結果的に放課後に教室に残って楓に勉強を教えることになってしまった。

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