第三章「腐乱先生」2
会話の中ですが、動物虐待エピソードあり。ご注意ください。
応接室で一目見たときにティロットンが直感したのは、この十五の娘はそうとう性根が悪いということだった。まだ会って数分もたたぬうちで、普通にしゃべっているだけで暴言を吐くでもなし、目つきが悪いわけでもなし、外見は特に問題なさそうに見えるのだが――。
何人もの弟子を取ってきた霊感の強い魔女の教員として、このジェノスという空色の髪の少女に、なにか言いようのない不吉な雰囲気、自分との隔たり、肌がざわつくような妙な不安と違和感を覚えた。そしてすぐにわかったのは、この子の性格にはそうとう問題があるにちがいない、という確信だった。
この面接で落として追い払うか、あえて入門させるか。後者なら、相手を一から徹底的に、それも魂レベルから根本的に変えなければ、一流の魔女どころか、人として普通に生きることすらおぼつかないレベルになる。必ず。
論理的にどうではなく、完全に直感だった。だが彼女ほどの大魔女になると、それが外れるほうが珍しい。
であるから、「今回は縁がなかった」とさっさと追い出せば、彼女がこんにちのような悲惨な運命に突き落とされることはなかったのだが、このときは情が出てしまった。
(この悪に染まった哀れな子を、なんとかしたい)
それは一世一代の大失敗だった。この世に悪い子などいない、たとえ不良に見えても、本当は素直な良い子になりたいのを、育ちの悪しき環境によって妨げられているだけ。心を尽くしさえすれば、必ずなんとかなるはず……。
という一般論と楽観を、彼女も信じていたのである。
だが、たいていのものには例外がある。まさか、こいつがそれだとは夢にも思わなかった。この娘が魔女どころか、本物の悪魔だと知るときが数年後に訪れるとは、彼女はこのとき知るよしもなかった。
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入門当初のジェノスは言葉づかいもやわく、態度もいちいち「きゃー、私わかんないですうー」などと語尾を不自然にのばして愛くるしい女の子を演じ、いい子ぶりっこを続けていた。
が、すぐに本性がバレた。
弟子入りして一週間後の朝食の席だった。今朝の弟子の服装は白い麻のシャツに灰色ズボンで、師匠も地味な白ワンピである。ちなみに今、この大先生の弟子は、彼女ひとりしかいない。
皿の丸パンをパクついて新聞記事を目で追いながら、ジェノスはふと、いたたまれないという顔で言った。
「また電気自動車の事故ですって。発明家のヘジスンさんは感電死だそうです」
「きっと、また漏電でしょうね」
向かいで言い、紅茶のカップをすする先生。ちょうど今日は、このあと治癒と回復魔法の授業が、夕方まで続く予定。
「みんなを幸せにしたかっただけなのに」と悲しげに目をとじる弟子。「こんなことになるなんて、ほんとにひどいです」
「そうね……」
カップをとんと置き、なにか面白がるような視線を送る。口元もかすかにあがっているが、弟子は気づかない。
「『伝記、wrathプーチン』でしょ、それ」
「えっ」
「ほら文学春雨、今月号の。オソロシア帝国のプーチン皇帝が、政策失敗で島流しになって、ぶちキレて預言者になるところよ。『みんなを幸せにしたかっただけなのに』って」
「は、はあ。あれ、確かにいいシーンでしたけど」
弟子がけげんな顔で言うと、ティロットンはナプキンで口をふき、からの皿の前に両手をおいて続けた。
「昨日あなた、掃除中に罠のかごを下げて、『ネズミさんも、一生懸命生きてるのに、かわいそうですね』って言ったけど」と首を右にわずかにかたむける。顔は貼り付けたような微笑で、変わらず不穏である。「朝刊の連載小説のセリフよね、あれ」
「読んでると、つい出ちゃうんですよね」と苦笑。「すみません、オリジナリティがゼロで」
「覚えてしまうようなセリフかしら」と頬杖をつく。「そうそう、その前の晩はたしか、『この世でいちばん大切なのは、お金でも名誉でもない、愛ですよ』とかなんとか――」
最初は笑っていたのが、次第に真顔になる弟子。
「街へ買出しに行ったときに路肩でやってた人形劇のセリフですよ。さっきからなんなんですか、いったい」
「けっこうマニアックな劇よ、それ。私は知ってたけど」
改まるように姿勢をただし、指を組んで見つめる。
「あなたと暮らして一週間するけど、あなたは世間で喜ばれそうな、無難で良いことしか言わない。そして、それは全て誰かが書いた本や記事からの引用。そうでしょう?」
「それはだから、覚えているから、つい――」
「ちがうわ」
静かに首を振り、口調はやわいままで、しかしズバッと刺し貫くように言う。
「本心を素直に言うと、まずいからよ。思ったことをそのまま口にすると、大変なことになる。大問題になる。そうなんでしょう?」
言われても、ジェノスは真顔で見つめるだけだ。さらに続ける先生。
「なにも、気を使うな、と言うんじゃないの。ただ、ここで立派な魔女になりたいのなら、うそをつくのはやめなさい。ありのままで私に接して。大丈夫、そのことをとがめたりしないわ。私を信じて」
「……本当に、ありのままでいいんですか」
「もちろんよ」と、うれしそうになる。「あなたも隠すくらいだから、よほど自分のことをはた迷惑だと思ってるんでしょうね。でもね、私はぜんぜん気にしない。いちいち嘘をつかれるよりは、よほどいいわ」
するとジェノスは口が一気にへの字になって目が細まり、いきなり頭から黒ペンキでもかぶったがごとく、雰囲気が別人にくるっと豹変し、やさぐれだした。眉が寄り、忌々しそうに卓をにらみ、口をとがらせ、ひとこと「ちっ」と言った。
ティロットンには、もうそれだけで充分だった。
この一週間、いちばん見たかったものが、これだ。
「気にしない? 信じろ? はっ、よくそんなことが言えるね、先生」
苦笑し、肩をすくめて言うジェノス。
「私がいつもなにを考えてるか、私のしたいことはなにか。本当に知りたいの? やめといたほうがいいんじゃない?」
いい子ぶるのをやめたジェノスは、ただでさえワルそうな吊り目が、悪意でいっそう悪魔のようにとがってギラついている。対するティロットン先生は、普段は女神のように穏やかで優しい目だが、このときばかりは細く鋭く、厳しい教育者のそれになっている。
「なにを考えてるかわからないものに、魔法を教えるわけにはいかないわ」と先生。
「わかったら、もっと教えたくなくなるよ? まあ、それでもいいけど」
言って、バツ悪げにあさっての方へ流し目を送って続ける。
「もっと頭わるそーなのにつくつもりだったけど、ためしにダメもとで大先生のとこに来たら、なぜか即決だった、ってだけだし。べつに一流になりたいわけじゃないし。ほかの奴で充分だから、また探すわ」
「やめるのはあなたの自由よ。契約書にサインしたでしょ。あなたの意思でいつでも師弟関係を解消できる。でもね、ジェノス」と見すえる。「あなたは、それでいいの?」
「じゃ、私を追い出させてあげるよ、先生」
新入りの弟子は腕組みして話しだした。
「面接でも言ったと思うけど、私はバルメルヘルン共和国の片隅の、小さな農村で育ちました。昔、魔女狩りで、ものすごい数の坊さんが殺された、あそこです。
私、小さいころから、虫を殺すのが好きで好きで」
「そ、そう」
困ったような薄笑いで言う師匠。弟子は気にせずに続ける。
「バッタや蝶ちょを捕まえて手足をもいだり、踏み潰したり、握り潰して内臓をにゅるにゅるひりだし、木の枝にひもで吊り下げ、火をつけてぶわーっと焼き殺し――」
「そういう具体例はいいから! 本題だけ話しなさい!」
鳥肌がたつ師匠に、ジェノスはドヤ顔で自慢げに言った。
「お母さんは、そんな私を見て、にっこり笑って、『まあ素敵ね。好きなだけおやりなさい』と、優しく言ってくれました」
「なっ――」
なんですって、おかしいわよ、あなたの母親――と喉まで出かかったが飲み込み、無理に作り笑いし、
「お、お父さんは?」
「お父さんも、にこにこ笑って、『ははは、ジェノシーは本当にいい子だね』とほめてくれました」
ど、どこがよ、どういう父親よ、ふつう怒るでしょ――と寸でのところで言いかけたが、なんとか黙った。
もっとくわしく聞かねばならない。この子の生きてきた人生を。たとえ、それがどんなに反社会的で最低で、犯罪的で、胸糞悪かろうとも――。
「家や畑の害虫駆除は私の役目で、ゴキブリや蝿をぶったたく専用のはたきを持ってました。棒の先に靴をひっつけただけのやつで。靴底でこう、バーン! と」と叩く真似。
「だから具体例はいいと――」
「よく蟻の巣にじょうろで水を流し込んで、ぷかぷか全滅させました」
「なんてひどい」
「でもいちばん面白かったのは、スズメバチの退治ですね。軒下に下がってる巣の真下に、猛毒を溶かした水でいっぱいのでかいおけを置いて、巣の付け根を弓矢で切ると、軒から巣が一瞬でざぶーん! 中のハチどもがみんな外に出てきて、水の上でびくびくケイレンして浮いてるんです。楽しかったなぁ」
遠い目でニヤつくので、ティロットンは額に手をあてた。
「やれやれ……。そういう環境が、今のあなたを作ったわけね」
「だってスズメバチの、あの生意気な顔を見ると、殺したくなりませんか?」
「そ、そりゃ……」
そこだけは同意した。
「それで小学校にあがると、虫じゃ足りなくなって、ネズミとか小動物を殺すようになって」
「まぁ、ネズミは害獣だし」
「で、そのうちにだんだん動物のサイズが大きくなって。道端でのら犬やのら猫をナタや鉄の棒で惨殺したり、山でキツネやタヌキをバラしてハゲタカに食わせて、満腹で動けなくなったところを、後ろからうなじにナイフを突っ込んで喉まで貫通させて、そのまま谷に放り投げて、もがきながら落ちていくのを鑑賞したり。ほんと、楽しい少女時代でした」とニコニコ。
「……」
言葉を失った。相手が心から楽しそうに話すので、ぞっとした。
「そ、そのことについて、ご両親はなんと?」
寒気がする師匠に、ドヤ顔で自慢げに言うジェノス。
「お母さんは、犬や猫を殺す私を見て、にっこり笑って、『まあ素敵ね。好きなだけおやりなさい』と、優しく――」
「どういう母親よ!」ついに、こぶしを振り上げてキレる。「娘がそんな非道なことをしたら、ふつうは――」
「で、お父さんもにこにこ笑って、『ははは、ジェノシーは本当にいい子だね』とほめて――」
「ほめんなよ! まったく、あなたの親は、どういう教育方針であなたを育てたのよ」
「どういうって、たんに私の好きなようにさせてくれただけだよ」
あきれたように肩をすくめる少女。
「よその子が生き物を殺すと、親はわけも聞かずに怒るみたいだけど、うちの親は、ちゃんと知ってたの。私が動物を殺すわけを」
「い、いったい、どういうわけで?」
「楽しいから」
目を輝かせて口元を吊り上げるジェノサイ――いやジェノス。師匠は人生で見たもっとも邪悪な顔だと思った。
が、それよりも、あとに続く言葉が衝撃だった。
「私、生きてるものを殺すのが、なにより一番楽しいの。犬でも猿でも、血まみれで情けなく吠えながらビクビクくたばるのを想像するだけで、もう興奮で血がたぎって、心の底からわくわくしちゃう。そして棒や刃物で殺すときの、あの手ごたえ! 肉が潰れる感触! くーっ、たまんないわぁ! うっとり」
言ってることとは裏腹に、指を組んで赤らむ頬にあて、目じりを下げて遠くを見つめるその顔は、どう見ても恋する乙女のそれである。が、むろん先生が、それをかわいいとか思うわけがない。
目をむいた、半ば必死の顔で突っ込む。
「ふ、ふつうは、子供がそんな性癖を持っていたら、親は治そうとするはずよ。ほめるとか、ありえないわ」
「治す? なんで?」
「将来、不幸になるからに決まってるでしょ!」
叫んでから、真剣にさとす。
「あのねジェノス、生き物を殺すことに快感を覚えるなんて、へ――いや、とてもその、良くないことなのよ」
変態、という言葉が危うく出かかってこらえた。
が、次の言葉で、相手がもはやそんなレベルはとうに超えていることを知り、がく然となった。
「世間じゃ、なぜかそうなってるみたいだけど、もう遅いよ。
だって私、中学にあがったころに……
人、殺しちゃったもん」
「えええっ――?!」
腰を抜かす師匠を気にもせず、淡々と話す殺人魔女。
「十三歳にもなると、だんだん動物ばっかじゃ物足りなくなってきて。もっと殺しがいのある、でかい生き物はいないかと思ってたら、畑道を仕事帰りのおっさんたちが、クワを肩にかけて笑いあいながら歩いてきたの。これだ! と思ったけど、さすがに村の誰かを殺すと捕まるんで、そう簡単には出来なかった。
ところがさ、運のいい奴っているもんだよね。村の廃屋に、よそから来たホームレスの爺さんが住み着いたの。これなら村人じゃないから減っても気づかれないし、年寄りだからガキでもなんとか殺せるぞ、やったあ、ってんで、ある月もないまっくらな晩に、小屋に忍び込んで実行した。
……詳細はいいんだよね?」
「きっきっ、きっきっ、」
数回繰り返してから、ティロットンはやっと言葉を続けた。そこまでするほどに激しく動揺していた。
「きっ――聞きたくもないわあああ!」
「翌朝、村外れの大木の枝から、首吊り死体が下がってるのが発見されました。全身二十箇所に刺し傷があって、死因は出血多量。もちろん、やったのは私。誰にもバレなかったけど、親には話した」
「そ、そしたら……?」
すっかり疲れた師匠に、ドヤ顔で自慢げに言うジェノス。
「お母さんはにっこり笑って、『まあ素敵ね。もっと好きなだけおやりなさい』」
「素敵じゃなああい!」と絶叫。
「で、父もにこにこ笑って、『ははは、ジェノシーは本当にいい子だ。でもバレると面倒だから、そこだけ気をつけなさい』って」
「『そこだけ』かよ!」
「せんせえ、さっきから、とても教育者にあるまじきセリフ吐いてるよ。幻滅うー」と引いて流し目。
「あ、あなたが育った環境については、よくわかりました」
座りなおし、目を閉じて無理に気を落ち着ける。が、眉間にしわは寄ってるし、卓におく手は小刻みに震えるし、動揺は隠せない。
これは大変なことになった。やはり面接で落とせばよかった、と思っても、もう遅い。今の話が悪質なジョークでなく本当ならば、こいつは完全に殺人犯だ。私はいったい、どうすればいい……?
と、あることに気づいた。
「私にそんなことを話して、通報されるとか思わないの?」
「いいよ、してもべつに」
「死刑になるわよ。いくら子供でも、そこまで悪魔的なことをしたら」
「べつになっても――いや、少し残念かな」と椅子に背をもたれ、のんきに伸びをする。「魔女になって人を殺しまくらないうちに人生が終わるんじゃねえ。なんか、もったいなくね?」
「も、もったいないとか、そういう」
「だって、せっかく偉い先生に弟子入りしたのにさぁ。魔法をしこたま覚えて使わにゃ、損じゃん。まだ一人しか殺してないのに」
「そんなことに使うつもりなの?! 冗談じゃないわ、私の魔法をよくもそんな恐ろしいことに……」
キレたが、犠牲者がまだ一人だけだと知り、どこかでほっとしていた。
「人を殺したいって言うと、みんな恐ろしいだの、ひどいだの言うんだよね」と、けげんに言うジェノス。「変なの」
「変なのは、あなたよ!」
「ほら、そうやって、すぐ人を変だと決めつける」と指さして、ため息。「はあ、ティロットン先生は、少しはまともかと思ったのに。やっぱり、ほかの奴とおんなじだ。独断と偏見のかたまり」
「なにが偏見よ! あのねえ、人として基本ちゅうの基本を教えるけど、人を殺すのは悪いことなの。わかる?」
せっかく教えられても、眉ひとつ動かさない弟子。
「それは人が勝手に決めた規則じゃん。なんの根拠もない」
絶望した。こいつには、自分が殺されたら嫌でしょ、だからやめなさい、ってのが通用しない。なんせ死んでもいいというのだから。
「あーあ、父さんと母さんなら、私がやりたいことはなんでもやらしてくれるのに。一歩外に出るともう、あれもダメ、これもダメ。嫌な渡世だよ」
こんなことではいかん、と襟をただす先生。
「断言するわ。ジェノス、あなたの両親は、最低のクズよ」
そこまで言われても、相手は薄笑いを浮かべて茶化すだけだ。
「へえ、娘に好きなことをさせて、やりたいように生きさせるのが、クズなんだぁ」
「ものには良し悪しというものがあるのよ。親には、それを子供に教える義務があります」
「義務のためなら子供の自由を束縛し、人権を侵害していいんだ」と軽蔑の目になる。「それのどこがクズじゃないの? 完全に児童虐待じゃん。どこの親もそうしてるらしいから、どいつもこいつもみんな、ガキをダメにする毒親なんだよ。
でも、私の親だけちがった。私を本当に愛してくれた。そのことに、心から感謝してるの」
「救いようがないくらいに洗脳されてるわね、あなた」
「洗脳されてんのは、そっちじゃん」と、不意に半目で指さす。「じゃあ先生のご両親は、先生がもし人を殺して遊びてえ、って言ったら、許してくれる?」
「許すわけないでしょう」
「じゃあ、あんたの親は本当にあんたを愛してたわけじゃないんだ。条件つきなんて、そんなの愛じゃない。どうせいい子にしてないと、家から追い出すような鬼畜だったんでしょ」
「ぱ――父と母を悪く言うんじゃないわよ!」
思わず叫んだが、少女はまるで動じないで指さす。
「そうやってキレるのが怪しい。毒親って、子供にとって毒になる親って意味だけど、ようは子供に心から安心感を持たせないで、常に緊張感で支配して育てる独裁ヤロウのことなんだって。たとえば叱ったあと、なんもフォローなしで不安のままほったらかして終わりとか。
あんたの親もそういうたぐいで、その忌まわしい記憶にフタをして、ないことにしてんじゃないの? そこを突かれたから、そんなに……おー、こえぇ」
笑って身を引く。相手は無意識に立ち上がり、右手を振り上げてわなわなしていた。もう少しでひっぱたくところをおさえ、おろした手をじっと見つめる。
確かに今はキレかかったが、それは大好きだった親を侮辱されたからである。両親からは愛されこそすれ、わざわざその記憶を抑圧するほどに酷い目になど、あってはいない。これは断言できる。いま言われた「叱ったあとのフォロー」は、ちゃんとされていたし。
(そうだ、パパとママといるときはいつも、愛されているという安堵感があった)(それを否定されたのがムカついただけだ)(まったく、このいけすかないガキを、これからどうしてくれよう……)
かなり疲れたので、とりあえず正論を言って終わらすことにした。
「まともな親は、子供が殺人鬼にならないように教育するんです。それが愛情よ」
「まともな親は、子供が殺人鬼でもかばうんだよ」と、まぜっ返す。「人殺しだからって、子を愛さない親なんか親じゃない。毒親だよ」
「はあ……もういいわ」
立ち上がり、卓上を指す。
「お皿をかたしておいて。一時限目が丸ごとふいになったわ。五分したら二時限目をやるから」
短くないですか、とブーたれる前に師匠はさっさと消えた。
不肖の弟子は皿を魔法でシンクにぶっこみ、何枚か割って出て行った。が、心はわりと晴れ晴れしていた。
(ぜーんぶ言っちゃった)(もう気兼ねなしだな、けけけけ)