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おまけエピソード「ビジョップとテリー」

 「すりばち」 作 ビジョップ

(旅先のはたごの一室にて、とある許されぬ愛の回顧にもだえ狂いしとき記せる一篇)


崩れるまで待ってなと

真っ赤な夕陽

ゆれるサボテンの声


女の股間のすりばちに

流れ込む真夏の晩秋が

深くよじれて精神だけ狂う


肉は暗黒

骨という骨を乗り越えて

限界をいらなくなるまでタロット缶詰


鋼でもあかない切れ味を予言

鰯の味噌漬けセックス

頭悪くなれ心無用に覗け


倒れるまで愛した

消えた明日まで失った

子供になって追いかけた

落ちてくる空の眉間に刻む

気持ちみたいな皺を見た


読めない決めないつかめない

それでも好きだから飛びついて

あなたの心はバーコード

一本一本指でなぞる不毛にも

ただ微笑んで済ませたな


消えてしまう自由の塔

女神の数千倍は石膏の肉体

奴隷まみれは宇宙を吐いた

そこには星のような目玉が輝く

こっち見んな


人は視線恐怖症

わかりすぎるんだよ

この愛の意味が


突っ立ったまま砂漠だぞ

炎天下に立つ雪だるま

弱点なんかなにもないのさ

失うものなんかとっくにないのさ


殺すまで歩き続ける

闇夜が溶けて朝になる

復讐ばかり初恋はしつこい


あなたでなけりゃよかった

なけりゃよかったんだ









 ジェノスが死んだと聞いた。

 食あたりらしい。


 魔法界最強の化け物にしては、ずいぶんとあっけない最期だが、簡単に人を殺すような奴は、やはり簡単に死ぬものなんだろうか。

 などとビジョップは思った。




 新聞記事には、現場にいたティロットン師匠の証言も載っており、確かな情報である。その日の早朝、宿屋の待合所でそれをひらいた彼は驚き、そして拍子抜けした。一面の「最悪の殺人魔女、死す」のでかでかした見出しで、もう内容はわかった。


 むろん最初は信じられなかった。そして読み進めるうち、奴の死が確信になり、読み終わると、今度は不安が押し寄せた頭をそらし、椅子の背にもたれた。愛する師匠、ティロットンが自首した、とあったのである。かつて彼の祖国のアランポラン公国で、あまりにでかくて凶暴なので、実質死刑でしかないドブネズミ駆除の刑に服すジェノスを、陰で助けた容疑である。

 だがビジョップは、彼女がジェノスに弱みを握られて言うとおりにしていると確信していた。そして、それは当たっていた。




 復讐のために職もなげうって旅に出たのに、相手が死んでは意味がない。彼は国に帰って、元のマジカラミーに復帰し、以前と同じく魔法関係の犯罪者取り締まりの仕事に従事した。なお、あたりまえだが、今は亡きヤパンで腕につけられた魔力封じの腕輪は、新聞でそれをはめたバカの死を知るずっと前に、とうにはずしてもらっている。




 さすが経験者のせいか、平から初めて一年以内に隊長になった。その日は春風の心地よいさわやかな晴れで、非番だった。昼ごろ、赤レンガづくりの街をぶらぶらしていたら、前から、その運命の人が歩いてきた。

 お互いに、はたと足がとまった。

 しばらく言葉が出ない。


「お、お久しぶりです、師匠」

 ようやく口をひらいて、ビジョップは、しまった、こんなグレーシャツにジーンズの普段着じゃなく、もっと気の利いたのを着てくればよかった、と思った。なんせ、相手はブルーの花柄ロングワンピに、右手に小さなベージュのカバンをさげたおしゃれルックである。長くてきれいな黒髪も、生命力あふれる輝きを持つ瞳も、以前と変わらない。


「ええ、こんなところで奇遇ね、ビジョップ」

 再会の喜びよりも、決まり悪さが先にたっている感じなので、あわててほぐしにかかる。

「え、ええと、もう出所されたんですよね?」

 いきなり、なに聞いてんだ俺は! と自己嫌悪に陥ったが、ティロットンは気にもしない様子でほほえんだ。

「服役はせずに済んだわ」

「そ、そうですか! よかったぁ」


 胸をなでおろす元教え子に、ますます目を細める元師匠。

「ありがとう」

「えっ、なにがですか」

「私のことを、自分のことのように思ってくれて」

「えっ、いや、それは」

 照れて困っているビジョップを見てふふふと笑い、暇だったらどこか店に入らないか、と誘った。

 もちろんオーケー。




 まだ昼どきには早いので、レストランはすいていて良かった。ピアニストの演奏によるBGMが心地よく流れるなか、一番奥の席で、二人は積もる話をした。話題はどうしても、あの殺人魔女のことになる。


「……グリオパイネン、あるでしょ」

「名前だけは聞いたことあります」

「猛毒の実なんだけど、リンゴそっくりなのよ。イカメリカ合衆国の南部にしか生えないんだけど、それを間違ってかじったようなの。人なら一分で吐き気と呼吸困難、全身痙攣のあげく心臓停止で、あの世よ。あいつは慎重だから、リンゴに見えても、知っていれば警戒して食べなかったはず。知らなかったのね、きっと」

「つまり、シンデレラじゃなくて、魔女のほうが毒リンゴにやられた、ってことですね」

 冗談めかして言うと、ティロットンはきょとんとした。

「シンデレラって誰のことかしら」

「それは、もちろん……」

 危うく、あなた、と言おうとして口をつぐんだ。彼は自分では気づかずに、白雪姫とシンデレラを間違える、というボケをかましていたが、二人とも気づかなかった。



 気にせず続ける炭かぶり姫……じゃない、黒雪姫。

「……いつものようにSOS信号が来て、行ってみると、あいつが丘の上でうつぶせに倒れていてね。それで右腕が……あ、ここでグロい話はまずいかしら」と見回す。

「コーヒーだけだから、僕は平気ですが」

「……で、右腕が大きく裂けて、隣に血まみれの小さな人形が落ちていてね。それには私の発作を抑える札が貼ってあって、縮めてずっと腕に埋め込んでいた奴なのよ」

「なんでそんなことを」

「私と心中する、とか変なこと言ってたけど、たんに誰にも取られたくなかったんでしょう」

「じゃあ、それを死ぬ間際に取り出した、ってことなんでしょうか」

 うなずく師匠。


「なぜかはわからないけど。毒が体内に入れば、心臓停止まで一分。あの子なら、魔法で解毒できたでしょうけど、ぎりぎりだったと思う。助からないとわかって、魔法で人形を引き出してから死んだんでしょうね」

「しかし、ほっといても師匠がご自分で引き出せばよかったんじゃ」

 だが彼女は首をふった。

「グリオパイネンの毒はすさまじくて、体内をすべて腐らせるの。そのままだったら、きっと人形も札も腐って、私はそのとき、内臓を吐いて吐いて止まらなかったはず」


「じゃ、じゃあ、あいつ、先生のために……」と、けげんな顔になるビジョップ。「死ぬ間際になって、なぜそんなことを……」

 すると師匠は冗談めかして言った。

「さあ。気が向いたんじゃないの?」




「いい加減な奴でしたからねえ。でも、死んでくれて本当によかった」と彼女を見つめる。「でなきゃ、あなたはきっと、あいつからずっと搾取され続けたはずです」

「……」

 無言で目をそらす。彼はまだ知らない。教えたほうがいいのでは。

 いや、まだやめておこう。こんな場所で話すことじゃない。


 と思ったとき、彼は口をひらいた。

「知ってました」

 テーブルに暗い目を落とす。

「先生が、すでに……お亡くなりであることを」


 これには驚いたが、さらなる驚異が彼女を襲った。いきなり手を握られ、真剣な瞳で見つめられ、ひとこと。

「ずっと好きでした、先生のことが」

「ええっ?!」


 どぎまぎしたが、彼は手を離さないし、目をそらさない。そして彼女も目をそらせない。

 数秒ほど固まった。

「愛してます、先生」

「だっ……だめよ!」


 あわてて手を離し、うつむく。BGMがピアノから、いつの間にかロマンチックなバイオリンに変わっている。

「なぜです、すでに意中の人が?」

「いないわ。でもダメ」

 うつむいたまま、つらそうに顔をふる。

「私は死人なのよ。ゾンビなんかと恋人になったって……」

「そんなの、気にしません」と、また手を取って握る。「たとえ死んでいようが、そのお体も、お心も、以前の先生と何ら変わらないじゃありませんか」

「でも、子供は作れないわよ」

「いいですよ、そんなこと。子供のいない夫婦なんて珍しくもない。


 先生、僕は教えをこうていたときから、あなたに憧れていました。卒業するころには、それは愛に変わりました。でも師弟の関係上、言えなかったのです」

「ま……待って」

 当惑しながら、無意味に右の壁際へ目を走らせる。

「私、教え子だったときのあなたしか知らないから、思い出さないといけないわ」

「返事は今すぐでなくていいです。僕は待ちます」


 しかし、女はそのまなざしに吸い込まれそうになった。きらきらした瞳。宇宙のように大きくて純粋で。

(そうだ)(私はこの子を、修行中ずっと可愛いと思っていた……!)


 胸が熱くなり、指に力をこめて握り返す。

「思い出す必要、なさそう」

 にっこり笑い、男も笑いかえす。世界一やさしい笑みで。





「先生」

「名前で呼んで。もう先生じゃないんだし」

 外に出て歩きだしたとき、ビジョップの呼びかけに「待った」がかかった。

「ティロットンさん……なんか、しっくりこないなぁ」

「小さいころは、テリーと呼ばれていたけどね」

 うっかり言って、はっとなったが、すでに遅し。

「テリーさん」


 別にむっちゃエロく言ったわけでもなく、ふつうに呼んだだけなのに、ティロットンの体温は、たちまちお湯に突っ込んだ体温計の目盛りのごとく、ググググ、ググーン!! と急上昇した。

 まっかに染まった顔をあわてて両手で覆い、左右にぶんぶん振って、すっとんきょうな声で、

「や、やめて、それ! は、恥ずかしいわっ!」


 初めて見た照れまくる師匠のお姿に、目を見開くお弟子。

(かっかっかっかわえええええー!!!)

 理性がぶっ飛び、思わず抱きしめる。往来だが、人目なんか気にならない。てか誰もいない。二人をのぞき。

 どぎまぎするテリー。

「ちょ、ちょっと」

「い、嫌ですか?」

「やじゃ、なああーい!!」


 うれしそうに叫んで抱きつくテリー。

 ビジョップとテリーは、街角でいつまでも抱きあっていた。道ゆく人はみな笑顔だが、邪魔するような野暮などいない。世界が二人を祝福していた。




 その後、ティロットンも魔女として復帰し、アランポラン国の魔法学校で生徒を教える身分になった。人形の札のおかげで発作はほとんど起きなかったが、不定期に起きるぶんも、その後の魔力増進により、なんとか抑えることに成功した。


 今、彼女は最高に幸せだ。思えば、かつて実験に参加したときに起きた不幸も、当時弟子だった悪逆ジェノスの存在がもたらしたような気がする。





 なお、彼女の母親の極悪魔女ミケーネはいまだ健在のはずだが、娘の死のニュースが世界をめぐっても、まったくの沈黙のままである。


 すべての人に、愛といつくしみを。

(「ハッピー・ラッキー・ジェノサイド 」終)

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