第四章「戦争の親玉」5
ヤパパンはずれにあるダウンホールから出てきた数十匹のブラッド一号は、近くの人間を手当たり次第に殺しまくり、次第に都心へと近づいていった。この突如現れた、長い回転サーベルを振り回して暴れる奇怪な殺人小隊は、その体で弾丸もはね返し、大砲で吹っ飛ばしても無傷なので国軍すら歯が立たず、といって魔法使いはもはや国内に一人もいないので、排除しようがなかった。
屋内にこもっても破壊されて殺されるだけなので、人々はあわただしく荷物をまとめ、先を争って国外へ亡命しようとした。海を目指す長蛇の列が街道を進んだが、運悪くブラッド軍団にぶつかり、老若男女百名以上が命を落とした。人々はおののきながらも、魔法使いを全員追放した現政権を呪った。
しかし正確には、魔力を使える者が皆無だったわけではない。まだ上空を箒で飛んでいる一人の魔女。さっさと出ていかないのは、ことのてん末が面白そうだから、ヤパパン都心のあたりをぐるぐる回って見物しているのである。しかも時おり降りてきて、襲われている人々に手をふり、意味ありげにウィンクした。わらをもすがる人々は、そこに神の奇跡を期待した。彼らは襲いくる悪魔の凶器から逃げ惑いつつ、一心に叫んだ。
「ま、魔女さまああー!!」
「どうか、お助けくださああい!!」
ジェノスは上空でにっこり微笑むと、荒れ狂うロボットたちに杖をむけ、破壊魔法をぶっぱなした。手足バラバラになってそこいらに転がる機械たちを見て大喜びし、地にふして彼女をあがめるほどに感謝しまくる市民たち。
むろん、すぐ絶望のどん底に落ちた。ロボたちの切られた手足や首から、新たな体がにょきにょきと再生し、最初の三倍、四倍、いや五、六倍以上もの、すさまじい数に増殖したのである。そして血を求めて、倒壊する壁のごとく彼らにわっと押し寄せ、何百人もいた亡命希望者たち全員が、その無数のやいばの餌食となった。一人残らずこの世から消えるまでに、数分もかからなかった。
魔女はこの虐殺を最後まで堪能すると、満足して上空に飛び去った。
ジェノスがこんなふうに数箇所でバラして増やしまくったので、この殺人マシンはそれから一時間もしないうちに、最初の三十体ほどから、一気に五百体近い数にまでふくれあがった。彼らは都心のみならず、地方にも雪崩れのごとく押し寄せ、国内に安全な場所は、ほとんどなくなってしまった。
ところが、このヤパン国内には、実はこの腐れ殺人魔女のほかにも、別の魔女と魔道士がまだ何人かいたのである(ビジョップは魔法が使えないからのぞく)。首相官邸の中心部に、カベチン・ゾー総理が、いざというときのために秘密裏に雇っていた二人の魔女と三人の魔道士で、この五人はいずれも凄腕の魔術を弄するプロであった。
殺人ロボの大群が官邸にまで近づいていると知ったカベチンは、「さっさと国外逃亡すればよかった」と後悔したが、もう遅い。しかし、ここは彼らボディガードの力に期待することにした。
一人が彼に笑って言った。
「なあに大丈夫です、あっというまに千匹くらいはスクラップにしてみせますよ」
五人の魔力スワット部隊は、官邸の門の前にずらりと並び、前方から津波のごとく迫るマシン軍団に、おのおのの杖を向けた。首相室の窓から見える町並みはすでに変わり果て、人の影もないゴーストタウン同然になり、立ち並ぶ赤レンガの建物が、どれも逃げ遅れた市民たちの血に染まっているように見えた。
そのなにもない街路を、化け物どもが水のように埋め尽くして流れこんでくる。確かに街全体に満ちていて、千体はいそうだ。
最前列が百メートルほど先に迫ったとき、リーダー格の体格のいいヒゲの初老魔道士が、号令をかけた。
「今だ!! パルフェクツ・デストロール!!」
それは広範囲を根こそぎ破壊しつくす究極の攻撃魔法である。五本の杖から発された白熱光は町全体を包み、そこにあるあらゆる物質を破壊した。
ここで彼らは取り返しのつかない失敗をした。彼らも上層部も、ロボットがなぜこんなに増えたのかを知らなかった。彼らの恐るべき自己再生機能についての情報が、官邸にも軍部にもまるで入っていなかったのである。
魔力スワット部隊……その実態は、首相一人を守るためだけに密かに作られたインチキ泥棒組織であるが……その首相親衛隊の皆さんがたは、敵を破壊すりゃいいだろってんで、結局ジェノスさんと同じことしかしなかった。五体バラバラである。
彼らが、畑を襲うバッタの群れのごとく瞬く間に増えた殺人マシンの群れに飲み込まれるまで、わずか数分であった。しかし、知らないから仕方がないが、彼らは死ぬまで「ちくしょう、死ね、死ねえええ!!」と叫びながら、敵の体をバラしまくり、増やし続けていた。
官邸に押し寄せ、首相が切り刻まれるまで、それからわずか五分ほどだった。魔女の一人でも手元に残しておけば、箒に乗せてもらって命拾いできたろうが、ずるさが中途半端だったのが災いし、思いつかなかった。
こうしてヤパンの首都、ヤパパンは破滅した。
政府が消滅したので、実質、ヤパンの滅亡といってよい。
ボブ・デンジャラスは、看守が逃げるときに鍵をあけてくれても、まだ独房の中にいた。窓から見える都心のすさんだ終末的景色と、たまに聞こえる人々の悲鳴と破壊音から、この国のもう長くないことを悟り、歌の歌詞を推敲していたのである。
辞世でなく、反戦のほうが自分の最後にはふさわしいと思い、死ぬときに歌うのはやはり一番気に入っているあの曲、このボブ・デンジャラスのテーマソングと勝手に決めている、あれしかないと、歌詞の紙を引っ張り出していじっていた。
「戦争の親玉」
最初はそのまま歌おうとしたが、今この国を滅ぼそうとしている、あの殺人人形のことをふと思ったとき、ある考えが浮かんだ。
「戦争の親玉」とは、若者を戦争に行かせて、自分はのうのうと生きながらえる政府の汚い連中、権力者たちのことだった。だが、あのブラッド一号なるロボットは、人の生き血が燃料だという。その存在だけで人類の命を奪う、純粋な人殺しなのだ。金だの領土だの、地位や支配欲などが目的ではない。目的は殺人である。ただ殺人のために殺人を繰り返し、それはその体がある限り永遠に続く。
これはつまり、「戦争」ではないのか。戦争なるものについて、思想や宗教の違いだの民族間の衝突だのと、あれこれ言って定義する者もいるが、ぶっちゃけこんな行為は、ただの「殺人」ではないのか。
ブラッド一号は殺人のためだけに作られた。そして誰の味方でもない。近寄ったら殺されるだけで、誰も利用できないからだ。天災と同じだが、あれは別の意味がちゃんとある。たとえば台風は確かに人を殺すが、同時に人が生きるのに不可欠な水という恵みももたらす。ただの殺りく者ではない。
だが、このブラッド一号は違う。人を殺し、不幸にする以外には、なんの意味もないのだ。まさに、ただの人殺し。
「いやいや、戦争は文明を発展させる」? 冗談ぬかすな、誰も殺さなくとも、いずれは同じように発展するに決まってる。この戦争とやらで、いったい、どんな良いことがある? ただ金持ちや政治家どもに、必要もないちっぽけな富をもたらすだけで、ほぼ意味はない。ただ人を殺して血を奪い、その血を使って動いては、また人を殺し、また血を奪い、また……という不毛きわまるサイクルを続けるだけの、あの究極のバカと、どう違うというのだ。
ボブは確信した。あのブラッド一号こそが、戦争の親玉だ。あれこそが戦争の象徴、まさに戦争そのものなのだ。
戦争は、ただの殺人である。指示した者を厳罰に処さねばならぬ究極の凶悪犯罪だ。世界じゅうで行われている国家による残虐行為を見よ。正義の名のもとに行われる、その化けの皮をはがしてみろ。ブラッド一号と、寸分たがわぬ悪ではないか。
ペンを握る彼のこぶしに力がこもった。爆弾のような怒りが脳内を炸裂した。全身に熱い血がめぐった。
彼は誓った。
戦争は、ただの人殺しだ!
俺はこんな悪逆非道を絶対に認めん!
最後まで糾弾してやる!
この命の尽きるまで!
ボブ・デンジャラスが歌詞を書き変え終わったとき、階下で扉の派手に破られる音がした。彼は三階の独房にいた。ギターをかかえて廊下に出て、監獄の最上階にあがり、窓から屋根に出た。三角屋根の一番高いところに腰をおろし、紙を足元に置いて石で留め、そこに書かれた歌詞を見ながら、新しい「戦争の親玉」を歌いはじめた。
よおブラッド一号、
ただの人殺し
お前こそは戦争の親玉
心もない、
ただの殺人そのもののお前だから
さあ、俺の命を奪え
俺の魂までも殺してみろ
この流れる熱い血もろとも
俺の心も愛も飲んでみろ
飲み干してみろ
意味もなにもわかるまい
なんせブラッド一号、
お前は戦争の親玉
ただの人殺し
俺は天国から
お前の最期を笑ってやるよ
なにもないお前の
なにもない冷たい瓦礫を
泣いてもやらず笑ってあげる
よおブラッド一号、
お前こそは戦争の親玉
ただの人殺し
空の上から叫んでやるよ
人殺し! 人殺し! 人殺し!
おびただしい殺人機械の群れが首都を埋め尽くし、最後に残った監獄の壁にもよじのぼり、蔦のようにまわりにびっしり張り付いた。街のあらゆる建物を多い尽くして黒々とうごめくさまは、まるで死体にたかる無数の蟻である。
屋根にぞろぞろあがってきても、ボブは歌うのをやめなかった。彼の絶叫が街じゅうに響きわたり、その声は殺されてもなぜか消えずに、いつまでも国じゅうに飛び散り、豪雨のように激しく降り注いだ。
地方も全滅、ロボたちは岸からあふれて海に落ち、血が切れて動かなくなった。ボブが死んだと同時に、一億人だったヤパンの人口はゼロになった。
その日の午後五時五分ジャスト。
ヤパン国は滅亡した。
xxxxxx
ジェノスは夕闇迫るブラッド一号に覆われた首都圏を旋回し、最後にヤパパン監獄の上に来た。男の叫びと、鉄を爪で引っかくような破壊的なギターの音が聞こえ、見下ろした。「戦争の親玉」の連呼から、ボブ・デンジャラスだろうと思ったが、音がしてくる屋上は、よそと同じくロボで埋め尽くされていて、ほかに誰も見当たらない。ボブがいたとしても、どう見ても死んでいるはずなので、歌だけが聞こえているのは不気味なことだった。
だが、こういうことはないではない。たとえば、高い崖から落ちて明らかに即死した人間が、その怨念のあまりに立ち上がって、しばらく歩き回ったとか、処刑され切断された首がすっ飛び、恨みのある者に噛み付いたとか。人間の執念が生み出した奇跡や異常現象の話は、いくつもある。
だが、これは長すぎる。もう十分以上続いているし、もしかしたら、このまま終わらずにいつまでも聞こえ続けるのでは……。
そう思うと、気味悪くなった。それは、やたらにまがまがしく不穏で、いわくつきの墓場に下りるとばりのような、不吉な感じが発せられている。
と、そのときだった。
……血をください血をくださいくださいさいさいさい
……血をくれ血をくれ血をくれくれくれくれくれくれ……
またうっかり、奴の頭の声を聞いてしまった。その無機質な響きに、心の底からうんざりした。
……血をくれくれくれ、血を、血を、ちい、お、お、お、お……
次第に止まりかけているのか、声はだんだん低くスローになってくる。
「うるせえ、人殺し!」
言い捨て、さっさと飛び去った。
ヤパン全土が無残な人間の死体の山で埋まり、その上を血の切れた殺人人形たちがうつぶせで覆った。やがて死体は腐敗して骨だけになり、ロボットたちも野ざらしのまま静かに朽ちていった。
この海域自体に誰も近づかなくなり、国際的に禁忌地域に指定された。
ただ時おり、この島の方角から潮に乗って、男の歌声が響いてくることがある。それを聞いた者は気が狂うといわれる。
(第四章「戦争の親玉」終)




