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第四章「戦争の親玉」4

 ホールはすさまじく巨大で、ジェノスは首都ヤパパンにこんなとこがあったのか、と驚いた。入るなり、四方のおびただしい群衆の怒号がちん入者たちになだれ込み、しかしそれでも抑えられているわけで、実際は直下型地震か工事現場かという、破壊的騒音が渦巻いているはずだった。ドアから入ったジェノスたちは、四方を分厚いガラスに囲まれた通路を通っていたのである。

 中央のリングに着くと、ビジョップはジェノスだけを押し込んで「グッドラック」と皮肉に笑い、扉をしめて去った。



「ちっ」と周りを見渡せば、観衆がぐるりと全方位に座ってひしめき、天井の薄明かりでずらりと並ぶ白い顔が照らされ、席は遠くなるほど上になる階段状だとわかった。

 古代ローマのコロシアムから現在のドームに至るまで、なんら変わらぬ大型会場であるが、この場合、観客の興奮が半端なかった。なんせ同胞を何十人も惨殺した殺人マシンの処刑である。もっとも処刑されるのはどう考えても魔女のほうだが、これだけ荒々しく騒ぐ連中が、自分なんぞが殺されただけで終わって、本当に怒り出さないのかと、ジェノスはいぶかった。ちなみに彼らの叫びは主に「殺せー!」「やっちまえー!」だったが、魔女に対して特に思うところはないようだ。

 通路と同じく、このリングも周囲をガラスが覆っている。これだけの数の群集の怒鳴りがくぐもって聞こえるほどだから、よほど分厚いのだろう。確かに、あの殺人ロボに割られたらえらいことになるわけだから、対策は万全てとこか。



 足元はマットで踏むと弾力がある。きっとふだんは格闘技なんかやってんだろうな、と思ったとき、シルクハットとタキシードで決めた、いかがわしい身なりの長身の男が、ガラスの外に現れて、手持ちマイクで叫びだした。そのハイテンションな声としゃべりにノリノリな言い草は、まさに軽薄なエンタメ司会者だった。


「ヘイヘイーイ、集まってくれたクレージーな奴らああー! いよいよ、対決のときがきたぜえええー! 今夜は、あのにっくき殺人人形の解体ショウだああ!

 おーっとその前に、お前らのためにスペシャルゲストを呼んであるぜええー! 数十カ国をまたにかけ、罪もない国民を殺しに殺してきた、あの悪名高き大量殺人魔女、ジェノスさんだああー!!」


 ご紹介にあずかるや、一同「おおおーっ!!」と歓声をあげた。こういうのも悪くないなと思い、調子に乗って、でかいとんがり帽を取ってまわりに会釈していると、向かいのドアから何かが放り込まれ、すぐ閉まった。その人の形はうつ伏せに倒れていたが、腕を動かしてじりじりと起き上がり、こっちを見た。

 瞳孔のない真っ黒な目。癖毛だらけのボブヘアー、洗っていないのか、小柄な体には黒ずんだ血の塊が、胸といい足といいべたべた残っていて、見た目がくすんでまがまがしいことこのうえない。横一文字にとじた唇から顎まで血がしたたっているので、きっと向こうにいたスタッフの連中がこいつの口に血を流し込み、あわててここへ放り込んで逃げたんだろう。


 そいつが起きるや、ブーイングの嵐になった。さらにハイテンションで叫ぶ司会者。

「いよおお、クレージーどもおおー! ついに、史上最悪最低の人殺しマシン、ブラッド一号さまのご登場だああー! お前らああー! こいつをぶっ壊したいかああー! この殺人機械に死んでほしいかああー!」

 彼のあおりに、群集は理性のかけらもなく「おおおー!」と野獣のうなりと絶叫で答え、誰も座っている者はない。そして「殺せー!」「殺せー!」の大合唱である。相手は機械なのでちと変だが、「壊せ」じゃつまんないから仕方なかろう。それほどに客の憎悪と怒りは爆発寸前だった。よほど生活が苦しいのか、この一体の少女ロボットに、日ごろのたまりにたまった不満を全て叩きつけてスカッとしたい、という荒んだ願望で一丸となっているようだ。



 どう見ても自分がヒーローであっちがヒールだから、いちおう気分はよかったが、喜んでもいられない。立ち上がり、仁王立ちになったブラッド一号とリング中央をはさんで対峙したジェノスは、さてどうしたもんかと周りを見回した。双方、ガラスの前にいる。

 どこかでカーンと鐘が鳴り、司会者が「試合開始だああー!」などとあおったが、聴覚があるのか知らんし、奴に聞こえているかは微妙である。が、すぐに襲ってこないのは幸いだった。


 たしか、体温と目視で人間を見つける、と自分で言っていた気がする。いま仕切りの向こうには無数の人体が壁になってひしめいているうえ、奴らの熱気のせいか、たぶん喚起もしてないんだろう、ガラスで囲われたここは、やたら暑い。おそらくそれで、こっちを見つけられないで突っ立っているんだろう、とジェノスは推測した。だが、いずれは見つかり、ミンチである。五分で相手が止まるといっても、待つとかなり長い。

 目があったので、ぎょっとした。こっちへゆっくり近づいてくる。

(やべ、顔、覚えられてんな……!)


 あわてて床に這いつくばると、後ろの客席からブーイングが起きた。

「なにやってんだあー!」

「戦えよー!」

「この、ヘッポコ魔女ー!」

 うっせえ、やりたくても魔法つかえねんだよ! と背後に憎憎しく横目を飛ばし、前を向くと、奴はすでにリング中央を過ぎて、こっちまであと数メートルもない。

 と、そのときだった。

 自分にひとつのライトが当たってまぶしいので目をそらすと、向かいのガラスにそれがぼうっと映っている。

 ひらめいた。


 さっと立って後ろの壁に背を張り付け、「ほーらこっちだぞー! 間抜けな蚊トンボくーん!」と叫ぶと、蚊の顔がこっちを向き、のこのこ歩いてきた。瞬時に床を転がり、さっきのライトの下に戻る。奴の視界のあまり出来がよくないのは、さっきからのおぼつかない挙動でわかっていた。

 床にいるのに気づかず見回すアホの目が、光を受けて向かいのガラスに魔女の姿が映ったのをとらえた。右手から突き出した回転刃をぐるぐる回し、そっちへ突っ込ませてガリガリ引っかいたが、さすが分厚いガラス壁は浅い傷が数本つくだけだった。


 が、そっちにいる客たちの顔は一様に不安の色を帯びた。「大丈夫です、防護は完璧! びくともしません!」と司会が叫ぶと、ジェノスは再び転がって右端に移った。壁のジェノスが消え、右端の床を照らすライトが、またも魔女の姿を壁に映した。さっきより数メートル左の場所である。ガリガリやってもなんの手ごたえもないうちに、別の位置に逃げられたと思ったブラッド一号は、こんどはそっちへ走って、再びガリガリやった。そこにいる客以外のブーイングは極限に達した。

「てめえ、なにやってんだー!」

「ボンクラ、そっちじゃねえぞー!」


 まるで機械を応援しているようになり、民衆とは気まぐれなものだと感慨にふけるでもなく、ジェノスは同じ要領で床を何度も転がり、ガラス壁に己の虚像を移動させまくった。感情のないブラッド一号も、エサにあっちこっちに逃げられて、怒ったりあせることはなくとも、頭の回路が混乱してきたようで、五回目に映ったえせジェノスに対しては、いきなり刃を引っ込め、なんと鉄拳を用いるという挙に出た。


 全力でガッツンガッツン殴りだし、いくら分厚いガラスといえども、その衝撃にでかい亀裂が走り、そこの客たちの恐怖はマックスに達した。悲鳴をあげて我先に逃げ出し、大丈夫です、というワンパターンな司会の声も叫びの渦にかき消え、ガラスはメリメリと無情に割れだした。

 そこにいるはずもない魔女を破壊するべく振るうこぶしは、ついに壁をバキンと貫通し、大穴があき、いきなりそこから怒涛のような叫びがリング内に流れこんできた。

 そこだけではない、ホールじゅうの観客たちがいっせいにパニックにおちいった。ビジョップがいれば魔法で止められたろうが、運悪くスタッフと打ち合わせの最中で、裏の楽屋に引っ込んでいた。

 殺人マシンと客のあいだを阻むものは消えた。もはや誰も奴を止められない。


 ガラスの穴に、右手から再び突き出した刃が差し込まれ、最前列にいたおっさんの腹を串刺しにした。「げええええ」と目をむいてうめき、腹から血が派手に吹き出してロボの口にガバガバ入った。

 時刻は午後一時ジャスト。

 ロボの血が切れる、わずか一秒前だった。



 ブラッド一号が乗り込むや、広大な観客席は阿鼻叫喚の地獄と化した。恐慌状態で逃げ出す無数の人塊、そのゆれる肉壁に突入し、回転刃を花開かせてぐるぐる押し込む鬼畜ロボット。数本の鋭利なサーベルで、おびただしい人の胴体や腕、足、首が次々にぶった切られる。

 ぎゅるるるるるうううう!!

 まっかな血の噴水が、硝煙と共に膨れる爆発のように四方八方へ吹き出して飛び散り、足元にたちまちぬるぬるした血の川が流れこんだ。

 現在なら、これはジュースを作るミキサーそっくりに見えたろうが、そんなものなどない時代には、こんなのは見たこともない、想像のしようもない、究極の残忍無比な悪魔の所業に思えたろう。殺人ロボは泣き叫ぶ民衆に、回る殺人刃をガリガリと鉱物を搾るような耳障りな音を立てて突っ込み、何十もの人命があっという間に失われ、またすぐに次が続く。後方にいた連中も度を失って逃げ惑い、押されて圧死する者も多く、無事にはすまなかった。そして、刃に追いつかれてミンチにされた。

 血がガバガバ自分にかかるだけでなく、くるぶしまで血に浸かったので、ブラ公はわざわざ自分で口に持っていって飲む必要もなかった。


 この量だとすぐ満タンになりそうだが、実は血が一定の水位に達すると、かかとにあけてある微細な穴から流れ出すという優れもんの構造で、そう簡単には一杯にならない。それも飲む血が多ければ多いほど水位が下がる仕組みなので、殺すほどに血が過剰に減り、その結果、いくらでも人を殺し続けることが出来た。まさに殺人のためだけに作られた生粋のマーダー・マシーンである。往来の殺りくではすぐ満タンになって、ジェノスとしばらく会話さえしたが、それはあまり殺さなかったからだ。



 さて、そのジェノスさんは、このすさまじい非道の光景に目を輝かせて感動し、ほとんどうっとりとなった。奴が人を殺すところを見たのはこれが初めてだったが、ここまで画期的でダイナミックとは思わなかった。でかい刃を使い、肉も骨もまとめて切り刻み、無駄なくミンチにしていく。それも、すごい物量を短時間で。工場で使えば大量生産でボロ儲けだろう。これを作った博士は、やはり超天才だったのだ。たとえ進む方向が完全に間違っていたとしても。


 ジェノスはリングに流れ込む鋼鉄のにおいに、身が震えるほど興奮した。犠牲者の数が半端ないので、それは今までにかいだこともないほどに甘酸っぱく濃厚で、鼻腔を電流のように刺激しまくりだった。

(す、すっげえええー!!)(さいこおおおーっ!!)(ブラちゃん、さいこおおおおーっ!!)

 終いには、あれだけ軽蔑していたロボを、尊敬どころか崇拝すらしていた。そして恐怖におののく間もなく、虫けらのようにぶっ殺されまくる人々の悲惨な姿を眺め、心ゆくまで楽しんだ。

「いいぞ、殺れ、殺れえええー!!」

 いつしか、こぶしを振り上げて声援を送っていた。

「やれ! もっとやれええ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺しまくれえええー!!!」


 血の流れはリング内にも洪水のように押し寄せ、ものすごい数の手足や生首がぷかぷか浮いてきて、蹴りを入れたりして遊べるので、この殺人魔女をガキのように喜ばせた。残忍な回転刃の音が、ぎゅるるるるとホールじゅうに金切り声をあげて響き、床は血の海になり、ついさっきまで人だった肉と骨、臓物がぐちゃぐちゃの丘になって、深海から打ちあがった巨大生物のむくろのごとく、客席にべったりと鎮座した。民衆の悲鳴と苦痛の叫びが、そこらじゅうでいつまでもあがり続ける。それは往来の虐殺とは比べ物にならない、本物の地獄絵図であった。



「まったく、なにやってるの、このありさまは」

 不意の懐かしい声にジェノスが振り向けば、そこには待ちに待った懐かしいお人がいた。彼女と同じとんがり帽子をかぶった黒髪長髪の、紫づくめの魔女。ティロットン元師匠、通称「腐乱先生」である。下が血の海で降りたくないのか、箒に乗って浮いたまま、相変わらずの険しい顔で愚痴っている。

 やけに明るいと思ったら、うえから光がさしている。ホールの天井に大穴があき、抜けるような青空が見えている。先生があけて入ってきたのである。これでこの巨大ホールが、二階から地下一階までを占めていることがわかった。



「いやぁ、よく来てくれたわ」

 にこにこと喜ぶジェノス。

「しかし、私いま魔力が全然ないのに、よくここがわかったね」

「あなたが呼べば、たとえ蚊のつぶやきより小さかろうが絶対に聞き逃さないよう、世界中に気を張りめぐらしてるのよ」

「へえー、愛だねえ」

「バカ言うんじゃないわよ、またあんな目にあうのはごめ……げろげろげえええー!!」


 いきなり目をむいて、口から大量の腸をずるずる吐きだす。箒から落っこち、血の海に座って延々それを吐き続ける先生。この悲惨な発作が不定期に起きる体質なのである。

 恨みがましくにらむので、ジェノスは苦笑した。

「私じゃないよ、勝手に起きたやつでしょ」

 ジェノスは右腕に封印の人形を埋め込んでいて、それに貼られた札を魔法ではがすことにより先生の発作を引き起こせるのだが、そうせずとも勝手に起きることもある。


 すると、いつのまにか戻っていた殺人人形が、こともあろうに彼女の腸に食いついてずるずる引っ張り、流れてくる血を飲みだすではないか。綱引きならぬ腸引きが始まり、先生は「ほらっ、はめなはいっ!(こらっ、やめなさいっ)」と怒ったが、血さえ飲めればなんも気にもしないアホは、くわえたまま、なかなか放そうとしない。用事があって呼び出したジェノスも、見てて面白いのでほったらかして笑っている。


 しかし、アホはいきなり放して後ろにひっくり返り、血にざぶんともぐった。ガラスの穴の向こうから、杖を突き出す男が見える。

 ビジョップだった。ごった返す民衆と肉塊を押しのけて、やっとここまで来たのだ。


「もう、お前は終わりだ!」

 流れてきたそれを取り、背後に放る。ブラ公のもげた右腕だった。さらに魔法で残りの手足を全て切断し、仕上げに首も切った。

 殺人機械人形はあっけなく血の海に沈み、動かなくなった。




 これで一件落着のはずだったが、彼はいきなり狼狽しだした。目の前に、吐いた腸を一生懸命口に戻しているティロットンの悲惨な姿があった。

 実は彼はかつて彼女の教え子であり、かつ彼女は彼の初恋の人であった。彼のジェノスへの恨みとは、この最愛の女性を酷い目にあわせたことだった。魔法保安隊の隊長という職もなげうって、こんな復讐の旅に出たのは、彼女への愛ゆえだったのである。だから追っている理由を、同じ元弟子のジェノスには言いたくなかった。

 しかし彼はまだ、この元師匠についての決定的なことは知らなかった。


「おのれえ殺人魔女、この人を、よくもこんな目にあわせやがったな! もう許せん!」

 思わず怒鳴ったが、言われている当人はてんで聞いちゃいなかった。恩師に、この腕輪をなんとかしてくれ、と頼んでいたからだ。右手で腸を戻し戻し、先生は左手を伸ばして腕輪を触ると、ある部分をポチッと押した。たちまち輪はカパッとはずれ、これにはジェノスもビジョップも顎がはずれかかった。

「か、解除ボタンあったの、これ?!」

 目を丸くする元弟子を冷ややかに見る先生。

「ひゃんと見なはい、すごくちいはいけろ、押ひボタンあるわや」とリングを指し、やっと腸を戻し終わると箒にまたがり、「これでもバイトで忙しいから。つまんないことで呼ばないで」と、さっさと飛んでいってしまった。


「あっ、待ってくださいー!」

 あわてて叫ぶ男のところへ走り、いきなり両手を握って、ぶんぶん振るジェノス。

「いやぁ隊長さん、いいところへ来てくれましたあああー!」

 ものすごい笑顔で握手しまくるので、困惑しまくるビジョップ。

「バカ、こんなことしてる場合じゃ……あっ!」


 見れば自分の両手首に、あの腕輪がはまっているではないか。もちろんジェノスは、はめた直後に解除ボタンを炎で溶かして固めておくのを忘れなかった。

 敏腕魔道士が、ただの普通の男になり下がり、頭きてつかみかかったが、復活した極悪魔女に勝てるはずもない。魔法で血の海に顔を突っ込まされ、「もがあーっ!」とむせるしかなかった。




 しかし、祭りが終わったわけではない。これからが本番である。さっきから濃厚な殺りくを散々見せられ、においをかがされ、早く自分も参加したくて、うずうずしている変態殺人鬼がいた。


「待て、なにをする気だ?!」

 歩き出す魔女を見て叫ぶビジョップに、彼女は背中だけで答えた。

「なにって、決まってんじゃん」

 そしてガラスの穴をくぐり、前から両脇から、そこらじゅうにこんもり盛り上がる肉まんじゅうの山たちを過ぎ、その先に見える膨大な人影を指す。

「ほーら、まだ生き残ってんのが、百人はいるぜ! あれはぜーんぶ、私の獲物だああー!!」

 そして駆け出し、負傷して転がる無数の客たちの前に疾風のごとく現れた。恐怖におののく人々を指し、たんかを切るように叫ぶ。

「てめえら覚悟しろ! 選手交替だぜええー!!」

「きゃあああ!!」

「ひ、人殺しー!!」

「うるせえ!! だーれが、ヘッポコ魔女だってええー?!」

 基本、悪口を言われても気にしないが、魔女としての能力を否定されると頭にくるようだ。


 殺る気満々になった彼女は、指先から破壊魔法を発して、泣き叫ぶ人々を次々になぶり殺しにしていった。だが首をねじ切るわ、手足はもぐわと、あまりやることがロボットと変わらない。「これでは芸がない」と、ここは花火大会のように派手にやることにした。


 手から発した白光を浴びて爆発四散し、血まみれの中身をあちこちに投げつける人体。頭が破裂し、脳がゼリーを床にぶちまけたように、ぐっちゃぐちゃに飛び散る男。前面が全て裂け、骨も内臓も残らず飛び出し、原型をとどめない女。子供も脳天から縦にまっぷたつにされたり股裂きになったり、ジェノスの下種な快感ウヒウヒの餌食になった。

 まあ、こんな下世話なショウに来て、興奮して騒ぐようなサドの糞ガキは死んだほうがいいかもしれないが、もしかすると遺族が、けじめをつけるために見せようと連れてきていた可能性もあり、それだと、かなり可哀想な気がしないでもない。


 どっちにしろ、ガキだろうが老人だろうが、保護も大切にもされず、ただ無残にぶっ殺されまくっていた。ジェノスは血の海を逃げ惑う客たちに、目の色かえて魔法を無差別にぶっぱなして遊び倒した。人命を奪う快感に、歓喜の叫びをあげるケダモノ。

「ぎゃはははは!! 死ね!! 死ね!! 死ねええええー!!」

 その顔は目が血走ってぎらぎら輝き、口は裂けそうな大口でけたたましく笑い、魔女なのに悪魔そのものである。


 保安隊にいたビジョップは、今までに魔法使いの快楽殺人犯を何人か見たが、これほどまでに楽しそうに人をあやめるガチ・マッドは初めてで、心底ぞっとした。

 といって、魔法が使えないから何も出来ない。せっかく復讐にきたのに、その相手が好き放題に殺人しまくる光景を、なぜ指をくわえて見ていなければならないのか。

 人生の理不尽に泣いた。




 生き残りを残らず殺しつくすと、殺人魔女はやっと満足して止まった。血の池にすわり、呆然と見ている男のところに戻ると、春の陽気のようにすがすがしく笑った。

「あー、すっきりしたー。やっぱ、週に一度は大量殺人しないとだよねー」と伸びをするウルトラ・バカを横目でいまいましく見るビジョップ。それに気づいて、無駄に気づかいの言葉をかける。

「まあまあ、どうせ千人は死んでたんだし、あと少々追加してもいいっしょ。ロボットはあのザマだし、あんたの仕事は無事完了ってことで、めでたし、めで……」


 五体バラバラのゴミと化したブラ公を指して、にやにやと言っていたジェノスの顔色が、急に変わった。

「な、なんだ……どうした?」

 聞いても答えずに、いまだ指し続けるその先を見て目をこらした男は、あっと口をあけた。


 すでに血が引いている床のあちこちに転がる、ロボットの片腕や胴、首から、何かがむくむくと腫瘍のようにふくらんでいる。腕の肩のところの断ち切れた口から、増殖していくその物体は腕と同じ色、同じ材質で、それはあっという間に上半身になり、頭が生え、その下では腰までが作られだした。頭は完全にあのロボットの顔、髪、喉を寸分たがわず再現している。隣に切られた首が転がっているのに、だ。

 そして、その首からも同じく胴体が作られ、手足がにょきにょきと生えてきた。同じく、別の胴体からも頭や手足が生み出される。


 それらは、完全にさっき破壊されたロボットの復活であったが、大きな特徴は、切られた体の各部から、それぞれ全身が再生しているので、それだけ全体の個体数が増えていることである。頭、胴体、手足の各部が全部で五つだったので、今こいつは、なんと五人に増殖したのである。


「自己再生機能だと?!」

 驚がくして叫ぶビジョップ。

「あの博士、なんちゅうもん作ったんだ!」


 とてもこの時代の科学力ではない。やはり宇宙人が手を貸したとしか思えない。



 五匹のブラッド一号はむっくり起き上がり、近くのが襲ってきたので、ジェノスは手から攻撃魔法をぶっぱなして手足をバラバラにした。

「バカ、やめろ!」

 んなことしても増えるだけだから男は怒ったが、ジェノスはバラした部分からまた再生するのが楽しいので、ほかの四人も同じくバラした。切れた手足から体がにょきにょき生えるのを見て、目を輝かすバカ。

「うわー、おもろー!」

「バッキャーロー! もう知らん!」

 ついにビジョップは逃げた。


 途中、振り返ると、何十体にも増えた殺人機械どもが、暗く血生臭いホールを、影絵のように不気味にうごめいていた。

 そして天井の穴からピューと箒で去っていくジェノスを見て顔をしかめ、「あんにゃろう」と舌打ちした。

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