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第四章「戦争の親玉」3

 気づけば目の前に、どっかで見たような顔が、どっかで見たような体についていた。そいつはこの国では男によくあるブラウンの迷彩ズボンとジャケットを着た痩せ型の若い男で、細い眉と唇を吊り上げたかなりのドヤ顔で彼女を見つめている。双方、小さなボロ机をはさんで向かい合い、椅子に座っている。屋内の一室なのはわかるが、なんせ明かりが卓上のランプのみで部屋が暗く、周りの様子がわからない。が、とりあえず部屋には、自分のほかにこの男しかいないようだとわかった。



「ふっふっふ、殺人魔女ジェノス。俺の顔、よもや忘れたとは言わせんぞ」

 せっかく男がドヤドヤしく言ったのに、まるでピンとこないジェノス。

「えーと……誰だっけ?」

「アランポラン公国・元ラミー隊長、ビジョップだ!」と怒るビジョップさん。

「専門用語だらけで、なんもわかんない。オタクくさいと一般受けしないよ? ただでさえ糞小説でオタクどん引きなのに」

「では説明してやる」と腕組み。「アランポランは国名、ラミーはマジカラミーの略で魔法使い専門の保安隊。そして俺は、その隊長だった、ビジョップというものだ」

「ふうん。美女が屁えこいたような名前だな」

「うるせえ! 日本語と英語メチャクチャじゃねえか! まあいい」

 作者批判をしても、優しいので寛大に済ましてから、改めてバカを指さす。

「凶悪犯ジェノス、わが国で合計百二十五人もの人命を無残に奪った罪、今こそ償ってもらうぞ」

「なんだ、あの保安隊の奴か」

 なんとなく思い出すが、どうでもいいことなので、なんとなくでしかない。

「ここ外国だから関係ないっしょ。バカ?」

「黙れ!」とバカを怒鳴る。「俺が勝手に復讐にきたんだから、いいんだよ!」

「なにあんた、遺族?」

「う、うるさいっ」



 あまり言いたくない理由なのでお茶をにごし、本題に入る。

「いいか、よく聞け。このたびヤパンでは、あらゆる魔法使いに対する追放令が出た。三十分前のことだ」

「急すぎなんだけど」

「カベチン・ゾー首相は念願のヤパン新規軍を設立した。徴兵制も敷かれる予定だ。さらなる軍備強化のために、あらゆるオカルト関係者は邪魔になるという判断により、国外追放の辞令が出たのだ。むろん魔女も含まれる」

 これにはジェノスもあきれた。

「邪魔って……。魔法も使えば軍はむしろ強くなるだろうに。利用しろよなぁ。あったまわりー」

「このヤパンは昔から科学を信望し、オカルトをしりぞける傾向があるのだ。それに政府としては、魔法といういかがわしいものを管理することは、人件費もかさむし、わずらわしいことこのうえない。まあ、そういう判断だな」

 ジェノスはこの国についてはよく知らなかったが、とりあえず、かなりのアホなのはわかった。



「そんなわけで、」と続けるビジョップ。「いま各地で追放が行われているが、魔法使いを逮捕する際、大人しく従うとは限らない。魔法で逃げられるかもしれない。そこで、このような電気ショック棒を使い、背後から気絶させて、ボートに乗せて海に流している」

 あぶねえな、おい。でも相手は魔法使いだから、溺れたら目が覚めて自分でなんとか出来るし、いいかべつに。


 話の終わりに、男は懐中電灯に似た黒く短い棒を出した。先端に金属の突起があり、そこに電気が流れて、触れた者はショックで気を失うというアイテムだ。現在のスタンガンと同じである。

「そうか、それでさっき……あ、そういや」と思いついて指さす。「あんたも魔道士じゃん。自分にその棒あてて寝ろよ、私はここ出るから。つうか追放されなくても出てくよ、こんな国」

「誰が寝るかっ。てか、俺は魔道士であることを秘密にして、このヤパン近衛隊に潜入したのだ。お前がヤパンに入ったとの情報を得てな。復讐しに来たと言ったろ」


「あっほらしー」と肩をすくめる。「とにかくこんな変なとこからは、さっさとオサラバ……あれ、なんだこれ?」

 ふと自分の両手首にある銀の腕輪に気づき、けげんな顔になる。男はドヤ顔になる。

「オサラバしたければ、してみろ。ただし、俺を倒してからだ。まあ三流魔女のキサマには無理だろうが」

「なろう」

 小説投稿サイトの名前ではなく、「こんにゃろう」の略である。こちとら極悪魔女の娘兼腐乱先生の弟子だぞ、なめんな! とばかりに右掌を突き出して吹っ飛ばそうとしたが、なんと相手の前髪がそよいだだけで、涼しい顔である。

「あ、あれっ?」

「無駄だ。その腕輪はヤパン科学の粋を集めて作った新発明『減魔リング』だ。それをつけると魔力が十分の一以下に落ちる。今のお前は見習い初日より弱い」

「かーっ、えぐいことしてくれるなぁ」と、嫌そうに自分の左右の手首を見る。


「それの作者だがな」と指さす。「ある最悪の殺人マシンを作ったのと同じ博士だ」

「あっ、そういや、あの吸血人形はどうなった?!」

「ブラッド一号は、あのあと近衛隊が捕獲した。奴の血が尽きるまで、ひたすら逃げ回る作戦が功を奏してな」

「なんだ、意外とちょろいな」



 事情がだいたい飲み込めたジェノスは、改まるように、やや身を乗り出して聞いた。

「で、私をどうすんの? 復讐するなら、ちゃっちゃとやっちゃって。ゆっくり死ぬの、かったるいからさぁ」

「キサマは殺すが、べつに俺の私怨じゃない」

「はあ?」


 いぶかるジェノスの前に、今度はビジョップが身を乗り出し、不気味に笑って続ける。

「気絶させたキサマを海へ流さずに、なぜここへつれてきたと思う? 殺人魔女の噂は政府には届いていた。近衛から報せを受けたカベチン首相は、ある素晴らしいアイディアを思いついたのだ。


 史上最悪の殺人魔女と、史上最低の殺人ロボット。この二つが今、政府の手のうちにある。そこで、こいつらを戦わせて見世物にすれば、国民から莫大な見物料が得られよう。今ヤパンの経済はじり貧だが、これで最高の経済効果を生むはずだ……という、もくろみさ」

 あまりのアホらしさに目が点になるジェノス。つまり、あのブラちゃんと私に決闘をさせ、国民から金とって儲けようってか。ヤクザかよ。とても政府のすることじゃねえ。


「ほらよく聞け、さっきからやけに騒がしいだろ?」

 言って耳をすます男。ジェノスも見回す。確かに外がざわついていることが気になってはいた。

「これから始まるヤパン史上最大のショウに集まった、何千もの民衆の歓声だ。ここはヤパン最大の屋内競技場、ダウンホールの地下だ」

 元は小さなダンスホールだったのが、巨大に増築されたさい、ただのダンスホールじゃ締りがないので改名されたのだが、そこがダウンタウンだったんで「じゃダウンホールでいっか」となったという、締まりのない話である。



 ビジョップが立ち上がると、ちょうど脇のドアがあいて「時間です」と声がした。それを聞き、ご満悦な顔で目の前のイケニエを眺め、口上のように言った。

「さあ、それじゃショウに出てもらおうか。超極悪魔女対、殺人機械人形の世紀の対決だ! バラされて血を飲まれてこい!」


「あのさあ」

 急にジェノスは不満げに言った。

「私ここじゃまだ何もやってないから、客はむしろ、こっちを応援しちゃうんじゃないの?」とニヤける。「すぐ負けちゃったら、まずいよ。ここは私も対等に戦えるようにしとかなきゃ、国民が不満になって暴動になるかもよ」

「その手に乗るか。大丈夫だ、ブラッド一号に与える血はギリギリで、五分でなくなるようにする。お前を殺して、さあ血を飲もうとしたときに、ちょうどストップする計算だ」

「五分で終わり?」と、また目が点。「うわ、つまんねえショウ。国民、怒るだろ」

「いいんだよ、ヤパン国民は世界一大人しく従順だ。今までだって、かなり無茶な政策をしてきたが耐えてくれた。今回もすぐ帰るさ。逆らったら軍が排除する。国民のためのイベントなんざ、ポーズだけでいいんだよ。重要なのは金さ。国としては金が集まりゃ、それでいいんだ」


「はーん、そうすると」

 腕組みして眉間にしわを寄せる殺人魔女。

「私は五分間殺されなきゃ、とりあえずその場は助かるわけね」

「そのあと、俺が殺すけどな」

「魔女は追放じゃないのかよ。あ、あんた私を恨んでたんだっけ。あんなことでネチネチ恨むなんて、小さい男だねえ」と、あきれる。アランポランで自分が大人しく捕まらなかったことを逆恨みしていると解釈していたが、本当の理由は別にあった。が、男はやはり黙っていた。


「とにかく、さっさと立て! 試合だぞ、ジェノス選手!」

「へえへえ」

 生返事で立ち上がる。こいつはあくまで私を殺す気でいるが、目下のところは試合でブラちゃんから逃げ切ればいい。その先は、それから考える。なあに、こんな奴一匹、あとでどうとでもなる。



 男に続いて部屋を出て、前後を兵士にはさまれて廊下を歩きながらも、ジェノスの心は静かに躍っていた。殺人機械と試合だと。おもろい。こんなおもろいこと、めったにないぞ。

 進むにつれ、大きくなってゆく歓声を聞きながら、少女の顔は激しくニヤついてきた。

(私は世界一ラッキーでハッピーな女)(なにが起きても、絶対にうまくいく!)


 隙間から朝日のような光が漏れている、でかい扉に着いた。向こうで客の怒号が渦巻いている。試合会場の入り口だ。


 前の兵士が扉をギイイとあけた。まばゆい光と人の叫びが洪水になって押し寄せると、殺人魔女はビジョップのドヤを食うほどの超ドヤドヤ笑みを浮かべた。

(見てろ、ポンコツ人形!)(この血は、ビタ一滴もやらねえ!)

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