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第四章「戦争の親玉」2

 機械人形なるものが存在するという噂はジェノスも聞いていたが、調べると、そのほとんどが眉唾ものだった。



 たとえば東方の話だが、人に代わってチェスをさす人形なるものがあるという。これはチェスを置いた箱の向こうに人形がいて、こちらに座って勝負する人の対戦相手をする。人形は機械仕掛けで、頭に高度な計算機械(今で言う人工知能、コンピューターのようなもの)を備え、自分で判断してチェスの駒を動かす。とんでもなく強く、百戦錬磨のプロでも負かされたとされるが、製作者は企業秘密と称して、箱の中身を決して明かさなかった。


 だがある月のない晩、報酬目当てのスパイが置き場に乗り込んで箱をあけたところ、機械がぎっしり詰まっているはずの中にはなにもなくからっぽで、ただ上から人形の腕を動かすひもだけが下がり、腹にのぞき穴があってチェス盤が見えるようになっていた。ここにチェスの上手い小人が入って、人形を操作していたのである。


 このように高度な人型の機械と銘打つものは、どれもインチキでお話にならない詐欺の手口でしかないが、たまに種も仕掛けも見当たらず、本当に機械で動いているかのように見えるものもある。そんなときは、たいてい後ろの物陰に雇われの魔女か魔道士が隠れ、魔法で機械を動かしている。魔法協会が調べればすぐバレる。


 人間そっくりの外見のみならず、その動きまで再現、ましてそれが単純でなく、ランダムかつ機械自身で判断までするほどの高度な科学力は、現代においてもいまだ存在しないのに、ようやく電気が使われるようになったこの時代に、あるはずもない。機械人形は今のところ、詐欺師による一時の小金稼ぎの手段でしかない。


 ところがこいつは今、自らが自分をそれだと名乗ったのである。



 ジェノスには、こいつの言った「ロボット」なる名称は初耳だった。またこのロボットの声は、出始めのころのボカロのピラピラしたいかにも機械的なあれどころではない、れっきとした大人の女の声質であり、ただ非常に単調で冷たく、ハル9000の、あの無感情きわまる機械声の、女版だった。

 つまり一聴して機械とは気づかない、人声の高度な再現である。このやっと自動車が発明された時代には、ありえない奇跡といえる。



 最初は人間が成りすましたインチキかとも思ったが、このきゃしゃで小柄な外見で、この惨状を引き起こした事実からして(虐殺の場面を実際に見ていないにせよ)、とてもそれはない。まわりに魔女のたぐいのいる気配も感じない。


 しかし、それでも、やはりおいそれとは信じられなかった。ここまで生きた人のように動く精巧なヒトガタ機械を、果たして作れるものだろうか。

 だからって「宇宙人が手助けしたのでは……」とかは思わなかった。近世にはまだUFOは目撃されていない。空にそれっぽいものを見ても、人々は神の降臨か心霊現象としか思わなかった。



 問題は、普通は動物しか読み取れないはずの、相手の頭の中の思考が、なぜ今聞こえてきたかということだが、機械の頭脳は構造が人よりも稚拙で動物並みだから、という結論で決着した。

 また、その気もないのになぜ聞こえたかだが、おそらくさっきからこいつのしていることに大いに疑問があったため、見ているうちに、無意識に脳内を覗いてしまったのだろう。相手が複雑な精神構造を持つ人間ならこういうことは起きないが、こいつは機械だからわかったのだ。

 つまり、こいつは本当にインチキでもなんでもない、生粋の、本物の機械で出来た人形、ということになる。


 その奇跡の発明品は、驚きたたずむ魔女の脳内に、その冷え切った硬質の女声で、ゆっくりと話しかけ続けた。

 それを聞き、ますます目をぱちくりして驚いた。



 ……私はブラッド一号。ロボットと呼ばれる人造の機械人形である。

 ……そう身構えずともよい。今は血が満杯なので、人を襲う必要はない。だが少しでも減ると、このソードを回転させてあなたを切り裂き、そのあたたかな血をいただくだろう。あと数分だ。


(え、ええと……すると、あんた、人間じゃないわけね?)


 ……そうだ。あなたは魔女だが人だろう、こちらのボディがあなたの体温を察している。これと目視により、相手が人間と識別するや、この体が飛び出して八つ裂きにし、その血を飲む。先ほどは、あなたの向こうの通りに無数の人間の姿を認めたので、無視して、そちらに直行したのだ。


(ふうん。あんた血を飲んでたけど、吸血鬼みたいなもんなの?)


 ……文献で見たが、あれとは違う。あれは吸血コウモリと同じで血を糧にしている妖怪だが、私は人の血が燃料の機械なので、たんに動くために飲んでいる。満タンになったら休み、減ったらまた人を探して殺し、血を飲む。その繰り返しだ。


(人の血が燃料……)



 絶句したが、同時に感動もした。なんちゅうエグいもん作る奴だ。人間の生き血で動く機械とは。まるっきり殺人のためだけのシロモンじゃん。これは妙に親近感すら覚える。

 また、短時間にこれほどの殺りくをこなす奴である。いったいその目的は? いやそもそも、作ったの誰やねん……などなど、これはおもろいもん好きのジェノスには、大変に興味を引く題材である。


 だがそのとき、ふと思った。

 いったい、血なんか飲んで楽しいのか。



(ええと、血って、うまいもんなの?)


 ……私に舌はなく、味覚もない。声帯もなく、喉から音は出ないので、口もきかない。今はあなたが人工頭脳から思考を読み取っているので、こうして答えている。

 私には思考力はあるが感情はなく、痛みもない。体は鋼鉄製で爆弾でも壊れず、私を止めることは誰にも出来ない。いつか老朽化して壊れるまで、人を殺して血を飲み続ける。それが、私の仕事である。


 えっ、ちょっと待て。とドン引くジェノス。


(じゃ、じゃあ、あんたは、人を殺して、満タンのときだけ今みたいに口から血ぃたらしてそのへんをうろうろして、血が減ったら、また人殺して血ぃ飲んで……ってのを、ぶっ壊れるまで、ただ延々繰り返すだけなの?)


 ……そうだ。そのように作られている。


(……)


 急速に嫌な気持ちになった。

 ついさっきは感動すらしたというのに、今のを聞いたとたんに、こいつが馬糞や猛毒よりも、はるかにひどい最悪の汚物のように見えてきた。

 どういう事情でこんなふうに作られたのかは知らないが、楽しさも喜びも、おもろさもなにもなく、ただ義務でひたすら殺人に従事し続け、用なしになったら廃棄で終わりとは。なんと、むなしくて気味の悪い人生だろう。

 いや、人ではなく機械だからこれでよくて、たとえばカバンは使えなくなるまで酷使されて、最後は捨てられてかまわないのだが、それは心がないからだ。しかしこれは無感情といっても、形は人そのものだし、人のようにものを考えたりしゃべったり(これは私あて限定のようだけれども)は、する。

 だから、ようはこれは「人のふりが上手い」化け物なのだ。人形の気味悪さと同じ。死んでいるのに目をきらきらさせて、さも生きているふりをする。幽霊やゾンビのキモさ。


 しかも、こいつは仕事が殺人だと。生きがいもなにもなく、その体の尽きるまで、ただひたすら人を殺して歩くだけなんて、まるで地獄の罪人である。また機械だから当たり前だが、本人がその空しさ、おぞましさをまるで感じておらず、気にもせずに従事しているのが、また嫌だった。

 ようは、こいつはバイ菌と同じ。自分が死滅しようが、気にするようなオツムもないのだ。


 そりゃ自分だって、死ぬのは怖くない。でもそれは、好き放題に生きていて人生に未練がないからだ。こいつは好きも糞もなく、ただ人を殺す。それで平気だ。自分も、はたからはそう見えるだろうが、ちがう。

 殺される人たちの、あの恐怖におののき、苦しむ顔を見るのが楽しいから、やるのだ。あの脳に甘い蜜があふれるような気持ちよさ、猛烈な快感はこたえられない。思い出すだけでもう、顔がニヤけてくる。


 そうだ。

 私はずっと殺人に恋してきた。

 そして、これからも。

 きっとそうだ。


 だが待てよ、とストップする。

 本当に楽しんでるか? 義務になってやしないか。趣味、娯楽のはずが、実はただの中毒で、したくもないのに繰り返してやしないか。


 確かに、普通なら人を殺さないほうが気楽に生きていける。この生き方は、たまにしんどいのも事実だ。

 でも権力から逃げるのは、とてもスリリングでおもろい。殺人やって楽しんで、保安に追われて楽しんで。気力体力がなければ、絶対に出来ないことだ。


 だから強くなった。魔女になったのは、怪我や病気を自分ですぐ治せるためだ。好きなように生きるには、魔法を使えることが大前提だった。王族のように優雅に生きるため。人を虫けらのように殺すためだけでなく。


 大人、子供、老人。その幸せを踏みにじり、奪い、絶望に泣く哀れな姿を堪能する喜び。義務じゃないよな、ちがうよな。ただの仕事になんか成り下がってないよな、こいつみたいに。



 改めて見れば、この殺人ロボットの顔の、なんとみすぼらしいことよ。あきっぱなしの口からだらだら血がだらしなくゲロみたいに喉の下まで垂れて、元はベージュのシャツもズボンも黒ずんだ血にべったり染まり、ぱっと見、犠牲者と変わらない。肩まであるぼさぼさの癖毛だらけの髪もべとべとの血染めで、その先から血の玉が糸をひいてしたたり、瞳孔もないまっ黒な目のボケっぷりは、何も考えていない薄らバカそのもの。自分だって返り血は浴びるが、すぐ魔法できれいにするから、おしゃれなもんだ。なのに、なによこのダサさ。こいつ本当に、ただのヒトガタをした道具でしかない糞だ。


 こいつには何もない。自分もなく、ただ仕事のためだけの存在で終わる。いないも同然の透明野郎のくせに、その面下げて無数の命を奪いまくる。あーきめえ。天災か。神さま気取りかよ。


 が、こいつを見てると、やっぱり、嫌でも思い出すものがある。

 自分だ。



 ジェノスは、自分が骨の芯から否定されたように思い、見る見る顔がくもった。この冷淡な機械人形に、すさまじい近親憎悪を感じた。お前もこんなだぜ、とそっと耳元でささやかれた気すらした。こんなに不快なのは、かつて腐乱先生の家で奴が踏みにじった夕食を食わされたとき以来である。

 こんな奴にはこれ以上関わらないに限る。第一、健康に悪い。すぐ行こう。


 が、なぜか足が根を張ったように動けない。自分の最悪におぞましいバージョンに会ったことは、けっこうショックだったのかもしれない。


 大量殺人鬼で、底辺どころか地球の中心以下の最低最悪のゴミカス糞魔女であるジェノスは、彼女よりひどい人間というものに出会ったことがなかった。今、まさにそれが起きている。相手が機械といっても、世間的にはジェノスだってもはや人間ではないから、似たようなものだ。

 今ここで、この死体だらけのまっかな地獄絵のどまんなかで、二つの「人のふりが上手い」化け物同士が、ひょっこり対面したわけである。




 ……私は、ここから北へすぐ二丁目先にある、赤レンガのボロ屋で作られた。元は鍛冶屋だった家を改造した研究所だった。


 聞かれてもいないのに、ロボットは自分のことを話し始めた。


 ……工学者の博士は、幼児期から精神を病んだ母親に虐待されて育ち、世界を見返すべく理系の大学で研究員になった。私の企画を軍に持ち込んだが却下され、十年かけて独自に私を作った。


(また毒親育ちかよ。いったい世の中にどんだけいるんだ)


 ……数えていないから知らない。


(いちいち答えんな)


 ……博士は当初は本当に軍事用として私を企画したのだが、資金が足りず生活苦になった。それでも死ぬ気で研究を続けるうち、次第に自暴自棄になり、人類への純粋な復讐として、私を製作する方針へ変わった。

 完成したのはつい昨日のことだ。


 すでに高齢だった博士は、私に言った。

「ブラッド一号よ、私は私の理想としてお前を作った。お前のように無敵になることが私の夢だった。私を排除し、虐げたこのにっくき人類という名の、冷血で貪欲でムカつく害虫どもを、この世から跡形もなく抹殺し、世界を浄化するために、こうしてお前を作ったのだ。

 ブラッド一号、お前の目的は、ただ存在することだ。お前は、ただいるだけで、無数の人間が死ぬことになる。お前の存在イコール人類の死なのだ。

 存在せよ、ブラッド一号。殺せ、人間を。お前は人間の敵だが、人間なぞお前の敵ではない」


(うまいこと言ったつもりか)


 ……おそらく、つもりはなかったろう。


(だから、いちいち……)


 ……続きだが、

「さあ行けブラッド一号、人間どもの血をすすってこい! 八つ裂きにしろ! お前のその無敵の回転ソードで、奴らをぐぎえあぎゅえあほぎゃぎゃぐゅえぎぎゃはあああああ!!!」


(な、なんだ、どうした、故障か?!)


 ……博士はうっかり時間を忘れたため、しゃべっている最中に血が減った私に殺された。最後のは博士の悲鳴だ。十五分前のことだ。


(十五分って、今そいつを殺して家から出てきたとこなのか?!)


 ……そうだ。今も研究所の床に、彼の死体が転がっている。

 殺してしばらくはそこにいたが、また血が減ったので外に出た。うろついてそこまで来たら、魔女、あなたに出くわした。


(あーそー)



 さっきから憂鬱だったが、輪をかけてうんざりした。親への恨みが高じて人を殺す? つまんね。いかにもよくある犯罪者のパターンだ。殺人は楽しくやんなきゃダメだろう。


 人を殺す奴って、みんなこう。悪意だの憎悪だの、そんなつまんねえ陰気な気持ちで、よく人殺しなんかできるもんだと感心する。どいつも暗くうじうじしやがって、そんなふうに殺るなんて、殺人への冒涜だ。


 人殺しは明るく愉快に、わくわくしながら、にこにこやるもんだ。親の愛情が足りないからって、そこから殺人につながるのがわからない。関係なくないか? 親にやられたことは、親に返せばいいじゃんよ。

 まだ子供で無理ってんなら、大人になって親が歳食って弱まってからやればいい。なんだって無関係な人に手ぇ出すかな。

 楽しんでるならいいよ。ムカつきながら復讐とか、精神衛生上よくないだろ。そういう負の感情の解放は最低限度で済ませて、人生楽しまなきゃ。短い人生、好きなように生きなきゃ損だよ。恨みなんかで貴重な時間を費やしたら、ただのバカじゃん。


 ジェノスはそう思い、自分を愛情いっぱいに育ててくれた両親に、改めて感謝した。




「あ、えーとブラッドさんだっけ」

 身を引き、口に出して言った。


 ……ブラッド一号だ。


「一号さん、もう血が減るっしょ。私は行くから。ほんじゃ、お元気で」


 相手がすっ飛んでくる可能性があるので、杖を出してかまえながらしりぞいた。来たらふっ飛ばせばいい、簡単だ。魔女なめんな。


 ところが、その魔女であることが、かえって災いしてしまった。

 第二章と同じパターンだが、前方ばかり見て後ろに気を使わなかったところへ、いきなり背に激しい電気ショックを受け、気を失った。

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