好きな癖 発表ドラゴン-3 コンプレックス内気少女、破壊願望、仲良し3人組
哀しいのは弱いから? 辛いのは弱いから? では嬉しいのは何だろう?
こんな世界なんて壊れちゃえ。いつもそう思っていた。わたしにひどい目を遭わせる、粗暴で、荒々しい、そんな世界なんてどうなってもいい、無くなってしまえばいい、ぜんぶぜんぶ綺麗に、燃え盛る炎や焔に焼かれて消え去ってしまえばいい。そう思っていた。
だけど、こんなのは、望んでいない。
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わたしはクラスの皆と一緒に、ある日唐突に異世界に移動していた。眩暈か貧血かな? そんな軽い浮遊感と意識の消失、でもそれはいつもと違った結果をもたらしていた。目前に唐突にひとりの少女が現れ彼女は言う「貴方たちの魂に相応しいギフトを授けます、どうかその力でこの世界をお救いくださいますよう」心地よい声だった。
理解も覚悟も追いつかないまま呆然としていると、わたしは深い森の外周にいた。周囲にはいつものクラスメイトたち。仲良しの「桜庭 茜」ちゃんも「藤崎香織」ちゃんもいた。彼女たちの服に触れ、ホッとすると同時に風が吹いた。ごうっとした屋外の自然の風。急にわたしは不安になる。なんだろうこれは、どこだろうここは、わたしは何に巻き込まれたんだろう。いつも通り自身では抑えきれない涙がポロポロと瞳からあふれ出す。「また泣いているの?」「そんなに泣いてばかりいるから目を付けられるんだ」両親からため息と共にいつも言われている台詞が脳裏にこだまする。止めたいのに、止められない。小柄でやせっぽっち、いつも実年齢より年下に間違えられるあたしは、泣き止め泣き止めと必死で念じる。でもあたしの目や涙腺は、呼吸すら思うとおりに動かない。涙があふれて胸が苦しくなる。しゃくりあげる声が止められない。あたしは弱虫だ。
あたしは「木梨美羽」『炎舞う爆裂』を女神「ヴェレス」がら与えられた「救世の使者」のひとり。そしてすべてを焔で燃やしてしまいたいと願う破滅願望者。
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内気だとか泣き虫だとか言われ始めたのはいつだったか覚えていない。だけど物心ついた時から、両親を始め周囲の評価はそうだった。困ったような顔で、慈しむ表情であたしを見つめるひとたち。「まだ小さいからね」「女の子だからね」「それも可愛いよね」そんな言葉をかけられて、あたしは育てられた。だけどいつからだろう? 制服に袖を通したあたりから「そんなんじゃ駄目だぞ」「もっと強くならないと」「しょうがない奴だな」という言葉を与えられるようになった。唐突に評価が変わる世界にあたしは戸惑った。見回してみると、あたしの周囲であたしのように涙を流すようなひとは確かにいなかった。あたしだけが遅れている。弱く情けなくどうしようもない。あたしは焦り、急いで皆に追いつくべく努力をしようとした。でもーー泣かない努力ってどうすればいいの? 教えて、教えて。誰も教えてくれないの? なぜ皆は泣かないでいられるの? 教えて、教えて、教えて。その方法を教えて。教えてくれたらわたしももきっとできる。できるようになる。なってみせるから。
心許せる大切な友だち「茜」ちゃんの衣類に縋り付き、「香織」ちゃんに背中から抱きしめられて、わたしはやっと涙を止めることが出来た。茜ちゃんの袖口はぐっしょり濡れてしまった。どうしよう、汚しちゃった。「いやー困ったね、こんなに水分を出すと喉が渇くよ?」茜ちゃんはいつもおどけたような明るい表情でわたしに話しかけてくれる。「雨が降ったら水を集められるかな?」香織ちゃんの発言はいつも少しズレている。わたしの大切なお友だち。泣き虫で臆病な、わたしを守ってくれる、優しくて大切な友人たち。
茜ちゃんは『軽やかな俊足』を、香織ちゃんは『距離を問わぬ転送術』を授けられていた。
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女神「ヴェレス」は、わたしたちに世界を救わせるつもりらしい。世界に破壊と恐怖をもたらす暴虐竜「セマルグル」を倒させて、この世界の人々に平穏な生活を取り戻させたいらしい。そのためにわたしたちに「力」を授けた。授けられたのだからその命令には従わないといけないらしい。わたしには良く分からない。なぜ従わないといけないのだろう? 女神「ヴェレス」はわたしたちを異世界に運ぶくらい強いから? 対価を与えられたから? わたしには分からない。だけど皆が、茜ちゃんと香織ちゃんが「仕方ないなー」というからには、きっと仕方がないことなんだろう。世の中には仕方がないことはたくさんある。小柄で成長が遅くて泣き虫の女の子が、意地悪な男の子に虐められたり、からかわれたり、恥ずかしい目にあわされたりするのが仕方が無いように。弱く「与えられた側」のわたしたちは「仕方がないから従う」のだろう。いつも通りに。
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クラスのみんなと最初に過ごした森での生活は思い出したくもない。いつも不安で、お腹が空いて、体調を崩して、不快で不衛生で不自由だった。「お風呂が無いから水浴びをしよう!」「男子!覗いたら許さないからね!」そう茜ちゃんが言ったのに、男子たちは何かと理由を付けてはわたしたちが水浴びをしている川に集って来た。そのあとはひそひそと「あの子がかわいい」とか「あいつはすごい」とかの品評会。最低だと思う。茜ちゃんは怒って怒鳴り込んで、時には男子たちを蹴り飛ばしていた。「いやー、どうしようもないねー、あいつら」茜ちゃんはいつも笑顔で帰ってくる。すごく強くて偉いと思う。皆が茜ちゃんみたいになればいいのに。
「香織は西舘君に惚れている」
突然そんなことを言い出したのも茜ちゃんだ。いつものおどけたような表情で、でも真剣なまなざしでわたしを見て言った。
「これは親友として協力せねばならん、そう思いませんかね美羽くん?」
いつだって茜ちゃんはこんな感じで、あっけらかんと難しいことを言う。ひとがひとを好きになることは難しいことで、とてもデリケートなことだと思う。異性を好きになる。そんなことはわたしには理解の範疇を超えているけれど、やっぱりそれはとても繊細なことなんだろうな、とは思う。それをいくら大事な友だちだからといって、下手に触れたがるのはどうなんだろう? 上手くいくのならまだしも、わたしには「上手くいかせる方法」なんて全然分からない。たぶん茜ちゃんだって知らないだろう。それとも知ってる? いやぜったいに茜ちゃんは知ってない。断言できる。スカートでも全然気にせずに男子に廻し蹴りをする女の子が、そんな繊細ことを知っているとは思えない。「成敗!」とか言っちゃう女の子に、何かできるとか、ちょっと期待できない。
でも、それでもなんとかしちゃうのが茜ちゃんだ。茜ちゃんは、森を出て、村人や町の住人を経て、やがて大きな街で私たちが活動を始めたころ「買い出し担当は、交渉事が得意な『力』持ち以外にも任せるべき。素の能力を軽んじるんじゃねー!」と大演説を述べて、香織ちゃんを買い出し担当に推挙した。
香織ちゃんはもともと、この世界における食料や香辛料に興味津々で、知らないうちにどんどん変な食べ物を覚えていた。「海外旅行をしているみたいだね?」紫色の果肉をしたフルーツを美味しそうにかぶりついて「独特の風味!」と笑って言える積極性もあった。値切り交渉に市井の噂話を集めて、時に意外なことも伝えてくる。世界への順応性が凄すぎる。わたしはいつものトーストと目玉焼きが恋しかった。オレンジジュースも。この世界の卵は少し味が違う。「鶏としての品種が違うからだろうね、私たちの世界の鶏は品種改良の賜物らしいから」と教えてくれたのも香織ちゃんだった。彼女はどこか変わった物事を覚えている。「白色レグホンの卵が恋しいよね」と言ってくれた。わたしがいつも食べていた卵の事なんだそうだ。卵に違いがあるなんて、授業でも習っていない気がする。「アローカナとか烏骨鶏の卵は味が違うからね、そしてダチョウの卵で作ったオムレツは美味しくなかったよ」彼女はどこまでも自由だ。そんな自由で強い彼女に、わたしがしてあげられる事ってなんだろう?
茜ちゃんならできる。クラス仲間に因果を含ませ、買い出し当番の組み合わせを操作して、香織ちゃんと西舘君、そしてあたしと茜ちゃんの4人組だけの機会を作りだした。
「今度の旅は長くなるよー、保存食に日持ちのする食材に嗜好品、そして水樽も欲しいね。あと荷馬車!」
「馬は手に入るかなー、御者は『動物使い』の中村君がいるから大丈夫かなぁ」
茜ちゃんと香織ちゃんはそんなことを言いあって市場に繰り出す。その後ろを、わたしと西舘君がついて行く。西舘君は優しひとだけれど、やっぱり背が高くて男の子って感じがするから緊張する。「あのふたりはいつも元気があっていいね」と言ってきたときも、わたしは緊張して声が出なくて、うんうん、と頷くだけだった。彼は微笑んで、そして厳しそうな眼を周囲に向けた。男の子の仕事は「護衛」なんだって。この世界では女の子たちだけの活動はなかなかに危険があるみたい。市場には元気のよい女将さんや、商店には若い女性もいるけれど、確かに「買い出し」をするような商家などの場所に女性の姿は無い。時に優しく、時に馬鹿にされ、時にいやらしい視線を送られるわたしたちの背後で、西舘君は目を光らせる。ありがたいけれど、哀しくなる。わたしたちは、わたしは、この世界でも、こんな力を得ても、まだ弱いのだと言い含められているようで。
でも香織ちゃんは楽しそうだった。そんな香織ちゃんを見て茜ちゃんも「どうだ!」って顔をしていた。いやでもハーレム発言や、三人そろって西舘君に抱き着くのは、やっぱりやりすぎだったと思うよ、茜ちゃん。
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楽しく、高揚し、困難を克服する旅もいつかは終わる。困難――強い「力」で敵を倒したり、より強い敵を「皆で協力したり工夫したりして」倒したり、時には「一回引いて再挑戦」で倒したりしたとしてもいつか――力及ばず倒れて終わる時が来る。
予感がしていた。こんなことが、こんな幸運がずっと続くはずが無いと。わたしは予感していた。ただの一般人、ただの学生、ただの子供に過ぎないわたしたちが「ただ特別な分かりやすい力」を得たところで、勝てないものには勝てないのだということを、わたしは予感していた。
乱暴者の「東山 進」君が右手で倒れている。優しい「西舘 樹」君が左手で倒れている。わたしはそのすぐ後ろ、十歩ばかり離れた場所で倒れ、いま、最後の時間を過ごしている。茜ちゃんがいるはずの左手の岩場は、今は大地を割ったような裂け目を見せていた。私を貫いた黒い針のような攻撃は、雨のようにたくさんたくさん打ち出され、わたしから離れた、後方にいる香織ちゃんが隠れている灌木の茂みにも数多く突き刺さっていた。
目の前には暴虐竜「セマルグル」がいた。
私たちでは到底かなわない、強く、雄々しく、禍々しい、「仕方がない」存在が立っていた。
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私は最後の力を振り絞って火を灯す。わたしの「力」、わたしの焔、わたしの願い、わたしが心の奥で願っていた破壊と暴力。わたしを踏みつけ痛みつける対象を燃やし尽くす紅蓮の炎。
既にわたしはセマルグルに叩きつけていた。2度3度――全て届かなかった。燃え盛る炎の中で、銀髪の青年の姿をしたセマルグルは笑っていた。わたしたちの攻撃、わたしたちが今まで培ってきた全てを受け止めて、まるで楽しむように笑っていた。それはまるで幼子の手のひらを受け止める大人のよう。子どもの力の及ばぬ何か。必死の思い、心からの願い、切望ともいえる泣き叫ぶ声を、ため息と共に受け止める大人のように軽やかに笑っていた。蔑んで、見下して、口元を歪ませていた。
私の炎。私の積み上げた全て。もう一度でもセマルグルに叩きつけたら何かが変わるだろうか? 私の世界は戻ってくるだろうか? 茜ちゃんがいて香織ちゃんがいる、あの、心穏やかで優しい世界――。
世界が終わる。わたしの世界が、光と共に消えてゆく。
【終わり】
ラストシーンから紡がれる群集劇になってきた感。
※注1:構想に1晩。執筆時間、約3時間半、訂正修正なし。
※注2:この調子だと、関係性を紡いていけば、全クラスメートのお話が完成する? いや私が思いつく個性的に、6~7人で打ち止めになる、きっと。