2.三年生
三年に進級した朝好は、それは憂鬱な日々を送っていた。修司とは三年でも同じクラスで喜ばしいことなのに、その他の存在が朝好の平穏な生活を邪魔した。
朝好の通う高校はバスケットボールの強豪校で、全国大会の常連であった。スポーツ推薦で大学が決まっている部員もいるくらいだ。
そこでだ、バスケットボール部の四人が文系を選択し、組み分けを決めた教師の配慮からか、その全員がC組に集結した。朝好は運悪くも彼らと同じクラスになった。
彼らはそれはもう、うるさいし朝から汗臭いしで、毎日が地獄絵図だった。彼らは女子の前でも平気で下ネタを言うし、筋肉美だと上半身を見せびらかしてくる。ここは共学なのに、まるで男子校みたいだった。そんな中、修司だけが規律を守った。
「うるさいぞ」
修司が発言すると、クラスが静まり返る。
修司はこのグループの中心人物でもあった。彼は特に騒いだり周囲を威嚇したりしないで、三人のゴリラが騒ぐ横で一人、雑誌を開いていたりイヤホンで何かを聴いていたりする。修司は三人に同調せず、クールな態度を徹している。それでもグループで孤立せず、むしろ孤高の王として君臨していた。なんで修司が彼らのグループにいるのか、同じバスケットボール部だからだろうけれど、朝好は不思議でならなかった。
「そうだな、悪い」
「調子乗ったわ、乗るのは腰の上だけにしろってな」
「くだらねえな」
修司はふざけた下ネタを一蹴する。
「そうか?」
「振るのはボールくらいにしろよ」
「上手いこと言ってんじゃねえよ」
彼らの中で爆笑が起きた。そのレベルで笑うのか、と朝好は絶句した。
冬休みが終わって、これから進路の大詰めだと言うときになってもC組は騒がしかった。バスケットボール部は冬の全国大会を有終の美で飾った。それが関係しているのだろう、彼らの態度は一国の王様のようにヒートアップしていた。騒ぐ彼らを除いたクラスのほとんどがこれ見よがしに耳を塞いでいた。それは朝好も例外ではなかった。
「今日もすごいね、抗議する?」
朝好が近くにいた女子に聞いた。
「そうだね」
「高校最後の三年をゴリラの集団と過ごすとは思わなかった、私の輝かしい高校時代を返して」
そう不満を言う女子達に朝好も混ざり、他の男子も結構いた、彼らに文句を付ける。しかし、二進も三進も行かない状態になってしまった。
「この学校が全国的に有名なのも、冬に大会優勝した俺達のお陰だろうが、誇らしく思えよ」
そうだそうだ、とゴリラみたいにむさ苦しい彼らが机を揺らし、朝好達を威圧して蹴散らした。そのまま胸を叩けば、動物の威嚇行動そのものだ。
自分は動物園かジャングルに紛れ込んだのだろうか。早くここから脱出したい。バスケットボールが嫌いになる。いや、もうバスケの単語を聞くだけでノイローゼになっている。テレビでバスケットボールの話題になったらチャンネルを変えるし、街で広告を見たら曲がれ右だ。入試が近付いているのに、最近ではてっこちゃんのつぶらな瞳を見ても気持ちが穏やかにならない。
それでも、荒れ果てたクラスには、砂漠に突如現れたオアシスのような存在がいた。
「お前ら、静かにしろ、推薦がなくなるぞ」
一人でファッション雑誌を読んでいた修司が冷たくつぶやく。全員が一斉に美しい容貌の彼を見た。
「そうだ、やばいやばい」
彼らはあっさり言い、修司にうながされて着席した。こちらへの謝罪はなく、彼らは漫画をのぞき込んでわざとらしい小声で話している。
「野崎くんがいて良かった」
率先して先頭を立った女子が呆れ声を出して、自分の席に戻った。
「そうだね」
と、朝好も賛同した。朝好が男子達と顔を見合って着席したら、修司が楽しそうな声で笑った。何が彼の興味を引いたのだろう、と朝好が修司を見たら、彼と目が合った。
「修司、どうした」
近くの男子が修司に話しかけたからか、彼は「なんでもない」と言い、雑誌に目を落とした。
現代文の授業で、朝好は斜め後ろの席から、前方の席で例文を読み上げる修司の横顔を見つめた。
――かっこいいな。
朝好は修司の声が好きだ。彼が朝の教室に入って来るときの「おはよう」や、友人とファッション雑誌を回し読みしている時の、「この服さ高すぎ」と悩ましげに愚痴っても、修司の声だけは圧倒的な力強さがあった。修司は誰にも媚びず、人の色に染まらない。それを気高さと言えば、彼本来の魅力が伝わるはずだ。
「野崎、ありがとう」
教師に言われた修司が、着席する際に朝好を見た。彼の強い眼差しを浴びた朝好は、甘く思い酩酊間に襲われた気がした。