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9 小競り合い

 セラフィムがミカを追って出て行った時には、城の上空をあまたの御使い達が取り囲んでいた。

「大丈夫なのか」

 兵士達が空を見上げてざわめく。御使い達はサーキュラーが張った網の上におり、それに邪魔されて城内に入れないでいた。ところどころに配置されているサラマンダーも御使い達が近寄ると火を吹き、彼らを寄せ付けないでいる。

 父王は自分だけ外に出て戦況を眺めていた。フーシャやアルノ、それにフーシャらの母親である妃などは皆、城内に避難していた。

 セラフィムはその様子を一瞥して真紅の六枚翼を広げ、舞い上がった。どよめきが兵士達から上がる。ミカはさらに上、網の真下付近で彼を待ち構えていた。サーキュラーが魔王の元に捕らえたウリエルを連れてくる。彼は父王から少し離れた場所で空を見上げていた。サーキュラーが魔王にたずねる。

「人質に使うか」

「いや、無理だろう」

 魔王のそばにはワンダがいる。さらにその先にはグランデの姿があった。サーキュラーはそこにいたワンダとついてきたサンダーにウリエルを預けると、自分はセラフィムの援護に向かった。

「魔王様、この者はどうされますか」

 ワンダが丁寧にたずねる。魔王は網にからまったままのウリエルを封じ、彼女らに見張るように命じた。始末されないのですか、とワンダが聞いてくる。

「使い道がある。そのままにしておけ」

 かしこまりました、とワンダは答えた。魔王はそこから一歩前に出る。戦況が動いたからであった。

 ミカとセラフィムはにらみ合ったまま動かないでいたが、援軍の御使い達が一斉に、張られている網の一部を狙って攻撃を始めた。破って中に押し入ろうというのであろう。するとその網の上にローブをまとった小柄な人影が現れた。ファイである。

「子供……?」

 地上の兵士らが不安そうにつぶやいた。ファイは網の上に防護シールドを張り、御使い達の攻撃を跳ね返した。もちろん自分の上にもである。

「……おまえら、邪魔。帰れ」

 ファイはそう言うと火焔杖を大きく振った。同時に数十体のサラマンダーが現れる。それぞれが空中を漂い、火を吹いて御使い達を攻撃しだした。御使い達は火炎に押され、下がった。その空いた空間に彼女はまた別のものを立て続けに召喚する。

「出でよ、従者ども」

 蜘蛛の網上に二体のイフリートが呼び出された。その正面に彼ら御使いの一群を率いているらしい、上級御使いが立ちはだかった。

「紅炎のファイ、だな。こんな子供だったとは」

 彼は業火に包まれている辺り一帯を見回した。誰だ、とファイが言う。

「我が名はメタトロンという。そちらにいる元天軍長とは少々の因縁がある。なのでここまで来た」

「……メタトロン」

 名乗られたからには名乗り返すのが筋である。ファイは火焔杖を構え、メタトロンと名乗った上級御使いを見据えて言った。

「……魔王軍四大将軍のうちの一、ファイ・デ・ラバウス・サラマンドラだ。ここは通さない」

 感心したようにメタトロンは言った。

「ラバウスと言うと旧世界の血筋か。争いのない今の魔界はつまらなかろう」

 一歩ファイは前に進み出た。

「……そうでもない。お前みたいのがいる」

 にやりとメタトロンは笑った。

「いい面構えだ。うちのバカどもを返してもらおうと思ったが、簡単にはいかなそうだな」

 ファイは両脇に控えるイフリートに命じた。

「かかれ」

 イフリートの背後に火柱が立つ。シンクロした動きでほぼ同時に、イフリートはメタトロンに襲いかかった。それを受けとめ、メタトロンはファイを睨みつける。

「なぜ本気で来ない」

 ファイは答えずにサラマンダーをそのまわりに呼び寄せた。

「封じよ」

 数十匹のサラマンダーがそのまわりに集まってきた。くそ、とメタトロンが言う。

「そうか、分かったぞ」

 メタトロンが反撃に移ろうとした時、彼らの背後にセラフィムが現れた。その右手にはぐったりとしたミカが襟首を掴まれてぶら下がっていた。

「下がりなさい」

 続いてサーキュラーが素早い動きで網を這い登ってくる。長い蜘蛛の脚はそのまま背についていて、金色に輝きながらうごめいていた。その姿を見てメタトロンは思わず吐き気を催した。

「魔物どもめ」

 セラフィムは前に進み出て、ぽい、とミカをその足元に放り投げた。

「連れて帰りなさい」

 這い上がってきたサーキュラーの後ろにグランデが現れた。竹定規を振り回し、彼女はサーキュラーに報告する。

「地上の封鎖が完成しました。魔王様の号令さえあればここの天軍を追い払えます」

 悔しげにメタトロンはセラフィムを見た。そして言った。

「ゼラフ、お前はなぜあのぼんくらの元に降った。お前が降魔するほどの存在か」

 セラフィムが返す。

「ぼんくら? とんでもありませんよ」

 そして足元に転がっているミカを見た。サーキュラーも同じようにミカを見る。

「久しぶりに見たな」

「ええ」

 メタトロンはミカを痛めつけたのがセラフィムでないことに気づいた。さっきまでやりあっていたし、てっきりそうだと思っていたのだった。

「こいつはどうした。理由ぐらい聞いてもいいだろう」

 セラフィムが答える。

「人間達に手を出そうとしました。それでです」

 サーキュラーが言った。

「そいつはもう使い物にならない。今のうちに帰れ。あいつがまともなうちにな」

「どういうことだ」

 あまり浮かない顔でサーキュラーは言った。珍しいことだった。

「そいつの心から直接情報をもらった。たぶんもう前線には出られないだろうよ」

 メタトロンは青ざめたが、これで撤退するわけにはいかない。彼はもうひとつ疑問を口にした。

「ウリエルはどうした」

 すかさずセラフィムが言う。

「後で返します」

 気を失ったミカを拾い上げ、メタトロンは彼らを見た。そしてその視線はセラフィムのすぐ後ろにいるファイで止まった。

「もしやお前も同じ理由で四大将軍に留まっているのか」

 ファイは答えなかった。メタトロンは全軍撤退の合図を出した。


 ファイがメタトロンと睨み合っている間に、城の上空に張られている網の下ではこんなことが起きていた。ミカは人間達が魔王に丸めこまれ、天界の存在である自分達に非協力的なことに気がついていた。

 セラフィムは彼を網の隙間に追い込み、身動きが取れないようにしていた。その真下にはワンダが控えている。サンダーはウリエルの監視をしていた。グランデの姿は見えない。しかしどこかで御使いを追い込む作業をしているだろうことは容易に想像がついた。

「ちょっと届かないのよね」

 ワンダがミカを見上げて言った。ワンダの水蛇はかなりの距離を走るのだが、それでも射程距離内ではなかった。彼女の水籠なら無傷でミカを捕らえられる。一方、自分のいかづちでは破壊力が大きすぎるしミカも無傷というのは無理だ。どんなにセーブしても城内のどこかが壊れてしまう。

 それなら、とセラフィムは思った。

「ワンダさん、運びます」

 言うや否や、彼は極小の雷球を無数に放った。そのめくらましが効いている間にセラフィムは急降下してワンダを横向きに抱え上げ、また急上昇して元の位置に戻った。くすっとワンダが笑う。

「あら、素敵ね」

 すさまじい数の雷球が花火のように乱れ飛び、その中心から帯電した水蛇がミカに向かって襲いかかってきた。それも一匹ではない。最初をかわしても立て続けに二匹、三匹と追撃してくる。ミカが地上近くまで追い詰められるのに時間はかからなかった。

「我ながらすごいわね」

 ワンダの水蛇は明らかに威力が増していた。そのことはワンダ自身も気がついていた。

「貴方、水辺の出ね」

 艶っぽくしなだれかかりながら、ワンダはセラフィムに言った。それに気づいているのかいないのか、セラフィムはとぼけた返事をする。

「そうなんですか?」

「そうよ」

 くすくすとワンダが笑う。

「なんで私に聞くのよ。自分のことなのに」

 困ったような表情でセラフィムはずり落ちてきたワンダを抱えなおした。その間もミカを追いつめる攻撃は休むことがない。とうとう二人はミカを地上に叩き落した。各自分かれて地面に降り立ち、ワンダが水籠を用意し、セラフィムがそこに追い込む作業を開始する。

「あの時もだけど、手負いのくせに粘るわね」

 ワンダが言った。

「それが売りですからね。やっかいといえばやっかいです」

 このままほぼ無傷で捕らえるのは難しそうだ、そう二人が思った時だった。ミカは持っていた槍を、彼らのはるか後方に控えていた父王に向け投げつけた。

「お前らに協力する人間どもも道連れだ」

 セラフィムのシールドもワンダの水籠も間に合わない。その時だった。

「お怪我はないか」

 魔王が父王をかばい、槍を叩き落す。同時にミカを火球で焼いた。あっという間のできごとだった。

「魔王様!」

 セラフィムとワンダが駆けつける。頭上の網に待機していたサーキュラーも降りてきた。屑め、と魔王が吐き捨てる。

「お待ち下さい!」

 セラフィムが叫んだ。魔王の目が釣り上がり、耳の色が黒っぽく変化している。顔の形も少し変わってきており、見たこともない表情を浮かべていた。

(やばい)

 サーキュラーが顔面蒼白になる。セラフィムは自身がいつ変化してもいいように少し離れた場所で立ち止まった。ワンダも魔王の変化を感じ、セラフィムのそばで立ち止まる。

「お前達はいつもそうだな」

 その姿のまま、魔王は憎々しげに倒れているミカを引き上げた。

「人間達は我々の争いには関係がない。今回もだ。もういい、私が直接話を聞こう」

 魔王はミカに何か圧力をかけたようだった。真っ黒なエネルギーの塊がミカを覆い、彼はそこでのたうち回った。

「魔王様!」

 立ち止まったセラフィムが小走りに近寄ってくる。サーキュラーは近寄ってその肩に手をかけて揺すり、魔王を止めた。この状態の魔王が彼をターゲットにすれば自分も消される。しかしそれは頭になかった。ここで魔王の暴走を止めなければすべてが終わる。

「もういい! やめろ! 全部台無しにしたいのか!」

 はっとした表情になり、ゆっくりと魔王は横を向いてサーキュラーを見た。それから転げ回るミカを凝視し、黒いエネルギー塊を取り去った。

「……大丈夫だ」

 魔王の姿はいつの間にか元に戻っていた。そこに倒れているミカを見つめ、彼は言った。

「そいつを天軍に返してこい。だいたいのことは分かった」

 大きく息を吐いて、セラフィムが答える。

「はい」

 それからミカの襟首を掴んで消えた。ワンダがため息をつく。彼女には何が起きたのかは分からなかったが、世界が滅びかけたのはよく分かったのだった。


 重苦しい空気の中、魔王は父王と対面した。城内の人間達はざわついていたし、セラフィムとサーキュラーは少し下がった場所で彼を注視していた。四大将軍達は集まった人間側にやや近い位置に陣取っており、何かあった際にすぐ対応できるようにしていた。

「貴君は魔王、なのだな」

 人々の真ん中で父王がそう言った。噛みしめるような言い方だった。それからまわりを見回し、セラフィムとサーキュラーを見て、四大将軍に視線を移した。

「ただの城主であれば二つ返事でフーシャをやった」

 父王は彼の取り巻き達の有能さに舌を巻いていた。この若者が凡庸なのはふりだけだ。何か思うところがあって勝手を言い、凡庸を演じている。それを分かりきっていて演じ切らせようとする周囲にも驚いたし、あえてそこに固執し、それでも魔王という職務をまっとうできるだけの才覚を彼が持っていることにも、恐怖に近い驚きを感じた。

「しかし魔王であるならば、そういうわけにもいかん」

 魔王の顔が硬直する。怒りではなかった。けれどもまわりは息を飲み、魔王陣営の者達の間には緊張が走った。

「なので条件を出そう」

「条件?」

 そうだ、と父王は言った。

「魔王であるならこの城を攻め落とせ。ただで娘はやれん」

 魔王の表情は変わらなかった。ただ少し顔色が青白く変わったようだった。

「どういうおつもりなのか知らぬが」

 彼は続けた。

「それなら今ここで私が姫を強奪していっても変わらぬ。それにこの城の防御では、ここにいる四大将軍の誰か一人にすら対処しきれまい。死人が出、城は焼かれ、国は荒れる。それでもよいのか、父王よ」

 ふふ、と父王は笑ったようだった。

「戦が嫌いと見える」

「その通りだ」

 父王は周囲を見渡した。

「これほど能力のある者達に囲まれていながら、貴君はなぜに無能を演じる。そのわけを教えてもらいたい」

 魔王の答えはこうだった。

「無能に見えるからには無能なのであろう。買いかぶるのは結構だが、私には父君のおっしゃるような才はない」

 では、と父王は言った。

「西の砂漠で陣取り合戦はどうかね。死人も出ず城も破壊されず、貴君は存分にその才が揮えるはずだ。我々の陣地の最奥にはフーシャを置く」

 魔王は困った顔になり、ふう、と小さくため息をついたようだった。

「ルールは」

「簡単だ。ブロックで区切られた、隣接した陣地をひとつずつ取っていく。取った証拠にそこに旗を立てる。敵方の旗を引き倒して自軍の旗を立てれば、それは自軍の陣地となる。陣地がすべてどちらか片方に属する、またはお互いの宝物とされる目標物を奪われたらそこで終了だ。どうかね」

「我々が魔力で全ブロックを制圧したらどうするのだ」

 さらりと父王が言った。

「そうはならんよ。先にブロック全部に祓いの儀式を行ってもらう。よく知らんが貴君らの魔力は無効化されるそうだな。すでに大司教に依頼済みだ」

 魔王はセラフィムを呼んだ。はい、とセラフィムがやってくる。

「詳細を事務方で詰めよ。それから竜玉髄を用意しろ」

 セラフィムが驚く。

「あれをですか?」

 ああ、と魔王は言った。

「先ほど父王は宝物と言った。なら本物でなければつまらぬ。あれを取られるほど腑抜けてはおらぬわ。その挑戦、受けてたとうぞ」

「乗ってくれるか」

 魔王は答えた。

「本気のようなのでな。それに人間は狡賢いというのを忘れておった。ならこちらも全力でかかる。私が負けたら好きにするがよい」

 話はここで終わった。セラフィムやサーキュラーにとってはなんとも冷や汗の出るやりとりであった。


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