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6 魔王襲来

 フーシャ姫の実家である父王の城では、魔王達の到着を今か今かと待ちわびていた。戦闘する気も侵攻する気もないと先方は伝えてきたが、相手が相手だけにまるきり信用することもできない。姫を連れてやってくるとのことだったので、何かあった時のために武装兵の大集団を置き、一同は魔王一行を待ち構えていた。

「遅いな」

 父王が言った。はい、と隣にいる甲冑をまとった若者が返事をする。彼は今回のために組織された大兵団を率いる兵団長であった。その奥にはジークとカーンの姿も見える。

「また会うとはな」

 カーンが言った。ジークが言う。

「とっととフーシャを返しやがれ。あれは俺の女だ」

 その時である。不意に城の上空から物音がした。

「なんだ」

「何か飛んでいるぞ」

 見上げると真っ黒で巨大なドラゴンが城の尖塔近くを飛んでいた。兵士達がざわつく。初めは遠くに見えたが見る見るうちにその影は大きくなり、やがて一同のすぐ近くにある、城内のひらけた場所に降り立った。

「フーシャ!」

「姫!」

 その背にはフーシャ姫が乗っていた。ドラゴンは長い首を差し伸べ、フーシャを丁寧に背から下ろす。彼女の足が地面について、しっかりと立っているのを確認してから魔王は元の姿に戻った。

「トラブルがあって遅くなった。申し訳ない」

 度肝を抜かれている人々に魔王は詫びた。あ、ああ、と兵団長がよく分からないまま返事をした。

「他の者は後から来る。空からなどと無礼をした」

「あ、いや」

 父王は気を取り直して言った。内心は恐怖で縮み上がっていたが、それを気取られまいと必死であった。

「それはかまわん。フーシャを返してくれるとのことだったが……無事そうでなによりだ。安心した」

 フーシャは傍らの魔王を見上げた。意外そうな表情だったが、魔王に諭され、彼女は父王のほうへ来た。

「お父様」

「久しぶりであるな、フーシャ。本当に無事でよかった」

 立場上仕方ないといえば仕方ないのだが、あまり無事なことを喜ばれても魔王としては面白くない。なのでこう言った。

「賓客として滞在していただいた。姫には毛ほどの傷もつけておらん」

 そこへジークが怒鳴り込んできた。カーンも後ろからついてくる。もっともカーンの方は仕方なくという感じであった。

「おい、魔王」

 魔王はジークを見た。

「勇者か。お前も久しぶりだな」

「なんだその言い草は」

 それを聞いた魔王はじろりとジークを睨んだ。ジークは一瞬気後れしてしまったが、ここで引っ込んではみっともないので勢いよく言葉を続けた。

「フーシャを返しにきたのは認めてやる。フーシャは俺がもらうんだ。王位と一緒にな」

 魔王は鼻で笑った。

「お前に返しに来たのではない、父王にだ。勘違いするな、小僧」

 カーンがもうよせ、とジークに声をかける。勝敗はすでに決していた。悔しげなジークを後ろに下がらせ、カーンは魔王に話しかけた。

「あの時は世話になった」

「お前か。カーンとか言ったな」

 底知れない空気に押されながらもカーンは言いたいことを言った。ずっと考えていたことであった。

「仲間にサーキュラーとかいうのがいたな。金髪の」

「ああ。あれなら城で留守番をしているぞ」

 ぎらっとカーンの目が光った。

「あいつともう一回まともに再戦させろ。だましやがって俺は納得しねえぞ」

 サーキュラーはフーシャ姫に化け、カーンに連れられて勇者パーティに入り込んだ。結果、彼らはサーキュラーの化けたフーシャ姫の裏切りによって瀕死に追い込まれたのである。

「恨んでいるのか」

 魔王は聞いてみた。なぜならその作戦を考えたのは魔王だったからである。当たり前だ、とカーンは吠えた。

「タリオンがおかしくなった。あんな姑息な手を使いやがって俺は絶対許さねえぞ」

「……そうか」

 考えておく、と魔王は答えた。どうしたものか悩みどころであった。


 しばらくしてセラフィムらが父王の城にやってきた。人間達はもうほとんど帰してしまっていて、人間で残っているのはハンスだけであった。ハンスは魔王城に戻る予定だったのでそのまま滞在し、一行と一緒に帰ることになった。

「ところで」

 父王が魔王とセラフィムに言った。城の人間達は、後からやってきた連中が思ったより普通に見えたのでほっとしていた。もちろんまともな人間に見えるような面子を選んできたのである。ハンスが混ざっていたのも大きかった。

「そちらから何か話があるということだったが、伺ってもよろしいかな」

 父王は気を遣いながら言った。やはり魔王がドラゴンの姿で現れた衝撃は大きかったのである。まるきり腫れ物に触るような扱いであった。

「いや、ここでは」

 魔王が言った。そうであるな、と父王がうなずく。場所を用意してあるとの言葉が父王の側から出て、二人はそれぞれの側近を連れて別室に移動していった。


 話し合いはまだ本題に入ってはいなかった。それ以前のジークが置いていった人間達への給与未払いの件や、勝手に持ち去られてしまった魔王城の備蓄の件など、そんな雑多な議題で終わっていた。

「将軍はあと二人いる。火精将と地精将だ。どちらも今は城にいる」

 話題はワンダとサンダーのことに移っていた。護衛が二人とも女性だということに父王が疑問を呈したからであった。

「全部女性なのか」

「そうだが」

 魔王はここで父王の顔を見た。なんとも渋い表情をしていたからである。

「なぜ女性ばかりなのかね」

 そういえばそうだ、と魔王は思った。四大将軍の人選は魔王軍であって彼ではない。厳密にはサーキュラーとその配下の者達である。サーキュラー自身が選んでくることもあるし、下から推薦で上がってくることもあった。

「純粋に強さで選んでいると思うが、私が選んでいるのではないのですまぬが詳細は分からない。しかし不便はないが」

 父王は顔をしかめた。

「四大将軍というのはみな若い女性なのか」

「そうだが」

 何の疑問もなく魔王は答えた。事実だったからである。しかし父王の受け取り方は違っていた。ますます渋い顔をして、父王は彼にこう言った。

「若い女性ばかりで色恋沙汰や痴情のもつれなどはないのかね。悪いが貴殿もだいぶ若いようだ。そういう環境をわざわざ作っている、と考えたことはないのか」

 魔王はあっけに取られてしまった。父王の側近が青くなる。セラフィムはなるほど、とかえって感心してしまった。そう見える、というのは重要である。暗に父王は、魔王がハーレムを作っているのではないかと疑っているのだった。

「……すまぬが考えたことがなかった。それに彼女らは私の直轄の部下でもない。軍はまた別で統括する者がいる。彼女らはその下だ」

「では関係ないのか」

「ああ」

 事実、魔王と四大将軍はさほど一緒に行動することはない。しいて言えば今回のような場合にフーシャの護衛を頼むくらいである。それだってフーシャのすぐ近くにいるのは魔王であるから、実際は彼がフーシャのそばを離れた時に付き添うしかなかった。

「将軍が女性ということで、軍全体の士気に関わるということはないのかね」

「いや、特には……」

 この風紀を気にする父王にサーキュラーを見せたら卒倒しそうであった。しかしこれでは肝心の本題に入れない。魔王が困っていると父王の側近がこう言ってきた。

「そちらでは違うようですが、我が軍では女人禁制なのです。異性間の問題が起こるのはよくないということでそうなっております。士気にも響きますので」

「……なるほど」

 魔王とセラフィムは同時にうなずいてしまった。父王の側近が続ける。

「なので先ほどの王の発言はその、決して……」

 この間、父王は窓から外を眺めていた。いや、と魔王は言った。

「そういう土地なのであろう。御国の軍隊が厳しく律せられていることがよく分かった」

 魔王は父王に向き直った。父王は窓から離れ、また自分の席に戻ってきていた。

「ところで」

 いよいよ本題である。よく分からない疑いをかけられたが、解決したものと信じて魔王は父王に言った。

「私がここに来た理由なのだが」

「なんだね」

 父王が彼のことを見た。ここで引いたら負けである。魔王は自分を叱咤激励しながら言った。

「フーシャ姫をその、正妃に迎えたい。その許可を父君にいただきに来た」

 室内の空気が止まった。父王の側近は文字通り動きが止まっていたし、セラフィムは固唾を呑んで魔王を見守っていた。父王も驚いたようだった。

「こういう話はきちんとしなければならぬと思って、わざわざ時間を割いていただいた。その、フーシャをまた迎えに来ても構わぬだろうか」

 父王はぽかんとしていたが、やがてこう言った。

「迎えに……来る?」

「そうだ」

 顔が赤くなっていくのが分かったが、勇気を振り絞って魔王は言った。

「姫を正妃に迎えるにしてもそうでないにしても、一度家に帰さぬととまずかろう、そう思って連れてきた。許可が頂けるようならまたこちらに来る。そうでなくば……」

 魔王の言葉を父王はさえぎった。

「攻め込んでくるか」

 魔王が即答する。

「そんなつもりはない」

 彼は少しいらついたかもしれなかった。その目がぎらっと光り、父王とその側近は冷や汗を流し、セラフィムは警戒態勢に入った。

「許可を頂けるまで待つことにする。もし姫が嫌だというのなら……その時は諦めようぞ」

 セラフィムは警戒を解いた。ぎりぎりだったが魔王の感情が暴走することはなさそうだった。父王と側近はその言葉を聞いて心底意外そうな表情になった。

「諦めるのか」

「そうだ。嫌ならば仕方ない」

 父王の問いに彼はそう答えた。ドラゴンに乗って登場した自分の娘の様子を思い返し、父王は改めてこの二人は恋人同士なのだと思い知った。

「フーシャは何と言っている」

 魔王はちらっと父王を見た。困っているようでもあった。

「まだ……話しておらぬ。先に父君に許可を貰わないとまずかろう。それに……」

 踏ん切りがつかないのが見え見えであった。こう見えて目の前のこの若者は自信がないのである。父王はそのことに気がついた。

「一緒に暮らしているのか」

 踏み込んだ質問が来た。魔王は困り顔になりながら答える。

「城に置いている。その……寝室は別だ」

 もしや、と父王は思った。底知れないほどの力を持ちながら、この若者は好いた娘一人をどうにもできないでいる。向こうからのシグナルを受け取っているにも関わらずだ。あまりに不器用すぎて、父王は笑い出したくなってしまった。

「フーシャとはまだ何もないのか」

 父王はぶっちゃけて聞いてみた。魔王は真っ赤になりながら答える。

「指一本触れ……いや、触りはしたがやましいことは何もしておらぬ。本当だ」

 真面目に答えなくてもいいだろうに、と父王は質問をしておきながら思った。育ちがよすぎるのだ。同時になぜ彼が魔王なのかも理解した。こうでなくては魑魅魍魎の跋扈する世界をまとめあげることなどできない。この真面目で純粋な若者を怒らせたら世界は終わる。

「なんとまあ……貴殿はえらく真面目だな」

「そうか? 筋は通さねばならぬ。それに礼を欠くことになろう」

 思わず魔王はそう言ってしまった。父王はまたびっくりした顔になった。

「他に何かあるのかね」

 父王はそう言った。魔王はない、と言い切った。

「姫だけでよい。今後人界に来るつもりもないし、この城も何もいらぬ。後、人界のしきたりは知らぬので、何か必要なものがあればそちらからセラフィムに申し付けてもらいたい。できる限り用意する」

 セラフィムが一礼をした。どうもこの申し出は本気らしいと分かって、父王もその側近も顔を見合わせた。

「式はどうするのかね」

 もっともな質問ではある。真っ赤な顔のまま魔王は答えた。

「まだ何も決まっておらぬが、向こうで行いたいと思っている。希望があればこちらでも行う」

 言葉はよかったが耳まで真っ赤であった。父王はそれを見てまたもや笑いそうになった。今まで何人もフーシャに結婚を申し込んで来た者がいたが、これほど純情な若者は始めてであった。

「顔が赤いぞ」

 言われて魔王ははっとした顔になった。いや、と焦る様子がおかしくて、父王は笑いをかみ殺すのに必死だった。

「貴殿は魔王だろう」

 ここで父王は豪快に笑い出した。父王の側近があわてる。

「神々も恐れる暗黒の魔界を支配すると聞く。それが姫を連れて帰ってよいかと儂に聞くか。いや、先ほどは悪かった。つまらないことを言った。忘れてくれ」

 父王は笑い続けた。しばらく止まらなかった。

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