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5 御使い襲撃・二

 セラフィムと魔王、それに将軍達は深夜、宿でハエトリの報告を聞いていた。今日は魔王の部屋ではなくセラフィムの部屋である。フーシャが聞いているのとまずいのでそうしたのだった。あの翌朝、魔王はフーシャに「昨夜は何のお話でしたの?」と無邪気に聞かれたのだ。

 ハンスがハチの巣を持って登場し、ウリエルが逃げ帰ったあたりでセラフィムは物言いたげな全員の視線を感じた。一人ずつ顔を見る。すると各自疑問を提出してきた。まずはワンダである。

「天界にロック鳥っているの? あれ、人界と魔界の境目にいなかった?」

 いなくはない。彼はこう説明した。

「ごく少数ですけど飼っている者がいますよ。天界の史跡保存資料館にもいますし。持ち出せたというのならたぶんそこの鳥です」

「そうなの」

 ワンダは引き下がった。次はサンダーだ。

「ロック鳥ってハチ、食べるの? ていうかスズメバチの巣がお城にあるのって危なくない?」

「……善処します」

 政治家みたいな答えであるが、これ以上は答えようがなかった。最後は魔王である。

「ロック鳥であの城は落ちるのか?」

「そうですねえ……」

 クモの天敵は鳥である。そこまではよかったが、ウリエルはなぜロック鳥でサーキュラーに勝てると思ったのかが分からなかった。迷惑ではある。なので素直にセラフィムはそう言った。

「もしかしたらただ単に迷惑をかけに来たのかもしれません。ウリエルさんならやりかねませんから」

「嫌がらせか」

「はい」

 しかもそのロック鳥は門前に放置されている。嫌がらせかもしれないというセラフィムの意見は皆の支持を得た。

「それでその鳥はどうした」

 魔王の問いに答えたのはハエトリだった。

「まだいます。ハンスさんが飼うんですかって聞いてきてます」

 魔王とセラフィムは顔を見合わせた。

「飼わん。なんで何でも飼いたがるんだ」

 あきれたように魔王が言った。でも、とハエトリは言った。

「ハンスさん、餌やってますよ。なついちゃってハンスさんがくるのを待ってるみたいです」

「それは駄目ですよ。ちゃんと返さないと」

 セラフィムは目眩がしそうになりながら言った。あんなものに門前に居座られてはたまったものではなかった。

 結局またセラフィムがハンスを連れて、天界までロック鳥を返しに行くことになった。智恵の蛇の時と一緒である。仕方なく彼は一時魔王の元を離れることとなった。

「明日行ってきます」

 ため息とともに彼はそう言った。これ以上雑事を増やしてほしくなかった。


 そろそろ目的地の、フーシャ姫の父王の城に近づいてきた頃である。前方をまた誰かがさえぎった。ワンダとサンダーは最後尾から馬を走らせ、セラフィムの代わりに不審者を確認しに行った。

「よう」

「こんにちは」

 またもや御使いの二人組である。ワンダとサンダーは顔をしかめた。

「呼んでないわ」

「邪魔だから帰って」

 困り顔の彼女達とは対照的に、ミカとウリエルはにやにや笑っている。

「ゼラフいないんだってな」

「警備が手薄だよね、大丈夫?」

 魔王は馬車から外をうかがった。フーシャをそばに引き寄せ、被害が出ないようにしっかりとマントの中に抱え込む。苦しいですわ、という声が聞こえたが、魔王はマントの下から離さなかった。

「わざと鳥を置いていったわね」

 ワンダが言うとウリエルが答えた。

「あたり。元天軍長は真面目だからね。絶対に戻しに行くと思ったんだ」

 ミカの槍が素早く動いてサンダーの胸元をなぎ払った。軍服が破けて素肌が見える。

「あっ、これ高いのに」

 すかさず雷球がミカの頭上に降り注いだ。サンダーは馬から降りるとあーあ、と言って私服のワンピース姿に戻った。

「あら、脱いじゃったの」

 ワンダが言う。サンダーは怒りながらミカを指して言った。

「こいつに破かれた。もう服代出ないって言われたのに」

 水流がワンダの周りに現れる。笑いながら彼女はサンダーに言った。

「使いすぎよ。いくらサーキュラーちゃんだってあれ以上稟議を通らないわ」

 雷撃を操り、ミカの槍をサンダーは弾き返した。

「しゃべってるなんて余裕だね」

 ウリエルが閃光を放ち、目くらましをかけてきた。いまいち攻撃が読めなかったがどうやら補助系らしい。ワンダとサンダーは自分達の後ろにいる魔王に被害が出ないように馬車を水籠で覆い、雷球を設置した。

「ちっ」

 ミカが槍を持ち替える。魔王の馬車を狙っていたようだった。それでも遠投の姿勢を取って槍を放り投げる。その槍は水籠に刺さり、雷球で粉砕された。槍の行く末を見届けたサンダーがワンダに反論する。

「でも提出先はセラフィムさんじゃん」

 動きづらいのでワンダも衣装を変えた。薄い衣服にほっそりとした全身のラインが露わになる。ミカの動きが一瞬ぎこちなくなった。

「その提出先が問題よ」

 双頭の水蛇が放たれる。ワンダの十八番だ。日頃は防御にまわることが多い彼女だが、ソロでの攻撃時にはリーチの長い水蛇を自在に操り、なおかつ魅了を駆使して狙った獲物を確実に仕留めてきた。それゆえ水精将の地位まで登りつめたとも言える。どんな敵でも間違いなく息の根を止めてくる凄腕の美女、それが先の大抗争におけるワンダの評判であった。

 水蛇の頭はそれぞれ二匹の蛇に分かれ、ミカとウリエルを追って動き回った。地上からは勝ち目が薄いと見て御使い二人は空中に飛び上がった。

「逃げた」

「まずいわ」

 ウリエルは魔王の馬車のまわりを聖域で封じた。跳躍して逃げられないようにである。

「ゼラフがいないと楽だなあ」

 そんなつぶやきが上空から聞こえた。

「むかつく」

「やるわね」

 地上に残されたワンダとサンダーはどうするか考えていた。御使い達は彼女らの攻撃が届かない位置にいる。攻撃が届く場所に呼び寄せるしかないのだが、そう簡単に近寄ってくるわけがなかった。サンダーは試しに上空に放電してみたが無駄であった。どうやっても届かないし、攻撃をしても遠くに逃げられてしまうのだ。

「今回は苦戦してますね」

 すぐ後ろから声が聞こえた。ワンダとサンダーは振り返った。

「セラフィムさん!」

「従者ね!」

 真後ろにセラフィムが立っていた。遅れてすみません、と彼は謝った。


「あ……こんにちは」

 そしてその足元にはハンスがへたり込んでいた。

「は?」

「なんで?」

 二人からの非難の視線を浴び、セラフィムは言った。

「城に寄っていたら間に合わないのではないかと思いまして。ハンスさんには後ろに下がっていてもらいますよ」

 ワンダとサンダーは容赦なくハンスを列の最後尾に追いやった。

「ほら動いて」

「早くしてよ、死にたいの?」

 ハンスが後ろに下がったのを見届けて、セラフィムは六枚の翼で空中に舞い上がった。ミカがわめく。

「出てきやがったな!」

 ウリエルが言った。

「思ったより早かったですね、ゼラフさん」

 言うやいなやウリエルは閃光を放った。先手を取ろうというのだろう。しかしセラフィムはそれをものともせず、彼らよりさらに上空に昇っていった。

「やばい」

「くるぞ」

 耳鳴りのような音がして、セラフィムの周囲に青白い光が集まってきた。あわてて御使い二人はその場を離れ、セラフィムと同じくらいの高みまで昇っていった。雷撃を避けるためだ。地上に叩き落されて水獄に捕まるのはごめんであった。

 セラフィムの一撃は大きいので、その分時間がかかり素早さに欠ける。ひとがたの時は特にそうだ。もっともミカもウリエルも、この場でセラフィムの変化はないと踏んでいた。彼自身があまりあの姿を好まないというのもあったし、異形すぎてセラフィム本人も制御しきれない部分があるからだった。

「それ、ワンパターンですよ」

 彼のいかづちは横へは広がらない。なのでウリエルが皮肉った。セラフィムは微笑むとこう言った。

「そうですね」

 御使い二人は自分達が追い込まれたことに気がついた。新手が来る。

「飽きたと思ってこういうのを用意しておきました」

 小さな雷球が無数に発生し、同心円状に彼のまわりに広がった。そしてそれは真横にいる彼らに狙いを定め、すべての雷球が一直線に彼らに向かって飛んでいった。

「こういうの、弾幕っていうらしいですね」

 第二陣が発射される。立て続けにもう一回、合計三回の波状攻撃がやってきた。地上からはワンダとサンダーが、セラフィムの攻撃をぼーっと眺めていた。

「あれ、あなたの技よね。教えたの?」

 ワンダがたずねた。サンダーは呆然と、花火のように展開されるセラフィムの攻撃を見上げていた。

「うん、早出し。小さくすると起動が早くて便利だよって言ったけど……まさかあんな数が出るなんて」

 サンダーはそもそもいかづちがあまり得意ではない。いかづちのような大型の術は、時間もエネルギーの溜めも必要になるからだ。代わりに彼女はさっと出せてそれなりの威力がある小型の雷球を愛用していた。

「すごいわね。弾幕五回目よ」

「あんな数出ないよ。ていうかなんであの数が飛ぶの」

 セラフィムは大型の術が得意だが、こういう小回りの効く術式はあまり持ち合わせていない。なのでサンダーはいかづちの指導をしてもらったので、お礼のつもりで教えたのだった。彼女の目から見てもセラフィムの術は少し大型過ぎるように思えたので、これならもうちょっと手軽に使えるのではないかと思ったのである。

「ものすごいな」

 いつの間にか魔王が馬車から降りて彼女らの隣に立っていた。頭上で派手な戦闘が繰り広げられているので見に来たのだった。

「あれはセラですの?」

 そのそばにはフーシャの姿もあった。跳躍よけにウリエルは馬車を聖域で封じたのだが、フーシャは人間であったので、彼女が魔王の手を引いて馬車を降りることができたのだった。ハンスがいたことも幸いした。彼は手の甲についている紋章を見ながら馬車のまわりを一周し、光の弱い部分を見つけてそこから魔王とフーシャを移動したのである。

「あれ、いつ終わるんですか」

 両手の紋章を青白く光らせながらハンスが言った。今は御使い達の攻撃であるらしい。雷球の隙間からいかづちを落とされ、ミカの動きが止まると紋章の光も消えた。

「そうねえ」

 ワンダが言った。そろそろ移動しないと時間に間に合わない。しかし肝心のセラフィムは戦闘中だった。彼が今回の移動の一切合財を取り仕切っている。フーシャの父王の城への連絡も彼であった。ウリエルがいかづちに撃たれて落っこちてくるのを眺めながら、ワンダはこれからどうしたものか考えていた。

「魔王様」

 仕方なしに彼女は言った。他に言う者がいなかったからであった。

「そろそろ出発しないと間に合わないと思うのですが、どうなさいますか」

 空を見上げながら魔王は答えた。

「しばらくかかりそうだな」

「御意にございます」

 それでもなんとか決着がつきそうではあった。御使い二人は地上近くまで降りている。何か作戦を練ったようであった。ハンスの紋章が青白く輝きだす。

「あっ」

 ハンスが気づくと同時にサンダーが反応した。

「これやばいやつだ」

 言うなり彼女はハンスに雷撃を見舞った。同時にワンダが彼を水獄に閉じ込める。

「あの、僕まだなんにも……」

 そのハンスの正面にウリエルが立った。

「かき回してやろうと思ったのに素早いね」

 そしてその場で閃光を放った。


 少々油断していたのは否めない。そこにいたほぼ全員が目潰しを食らった。ハンスは水獄の中で気絶している。異常に気がついたセラフィムがこちらに向かっていたが、ミカが邪魔をしていた。

「やったな」

 サンダーが放電を仕掛けた。しかし照準が合わない。ワンダは水籠の保持と防御用の水流を維持するだけで手一杯だった。

「こんな奴がいたなんてな」

 ウリエルは憎たらしげに水籠に捕まっているハンスを見た。

「綻びから聖域を突破されちまうなんて。せっかく魔王の首を取って帰ろうと思ったのによ」

 くっ、と魔王が笑った。

「また大口を叩くな」

「そりゃあもう」

 ウリエルは細いサーベルを右手に握りながら言った。

「魔王様はすいぶんと甘っちょろいね。ジジイを始末しないで帰ったと聞いて開いた口が塞がらなかったよ。そこはやっぱりこう、一発やってもらわないと」

「ほう」

 面白そうに魔王は言った。

「お前は御使いではないか。そんなことを言っていいのか」

 いやいや、とウリエルはサーベルを振り回しながら答える。

「あんな奴、本当はどうだっていいのさ。俺は死にたくないんだよ」

 くっくっくっく、と魔王は笑った。心底面白そうであった。

「おかしな奴だな。セラフィムといい勝負だ。天界にはこんな奴らばかりと見える」

 げっ、とウリエルは言った。

「一緒にしないでくれ」

 言うと同時にウリエルはサーベルを構え、魔王に突進した。魔王がさっと動いてかわす。魔王の腕には切り傷ができたが、ウリエルはくそっと罵った。

「姫を狙ったか。下衆だな」

 マントの下にはフーシャが隠れていた。そのまま魔王は彼女をしっかりと抱え込み、真っ黒なドラゴンの姿に変化した。

「時間が迫るゆえ先に行く。姫、道案内を」

「は、はい」

 フーシャは巨大なドラゴンの翼の付け根に座り込んでいた。ドラゴンは舞い上がり、その翼でまだ空中にいたミカを叩き落し、すさまじい風圧で近くにいたウリエルを吹き飛ばした。

「もう行く。いつまでも遊んでいるなとセラフィムに言っておけ」

「はい」

 ワンダとサンダーはその威圧感に押し潰されそうになりながら答えた。まったくもってさっきの魔王とは別物であった。

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