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3 御使い襲撃・一

 どうにかこうにか出発である。魔王城からだと案外、人界にあるフーシャ姫の父王がいる城は近い。それでも大人数なのと人間達がいるので大幅な跳躍は使えず、結構な距離をえんえんと歩いていくことになった。

「面倒だな」

 急遽セラフィムが用意した馬車に乗り、魔王は窓から外を眺めながら言った。隣にはフーシャ姫が乗り込んでいる。御者はコボルトだ。赤い帽子に赤いチョッキを着て、小柄ながら堂々と馬を操っていた。

「セラはどうしましたの」

 フーシャ姫が言った。随行のはずなのに今朝から姿が見えなかった。魔王はああ、と答える。今朝方ちょっとしたトラブルがあり、彼は後から追いついてくることになっていた。

「事情があって遅れて来る。夕刻には追いつくだろうから心配ない」

「そうですの」

 そろそろ人界との境目にある街が見えてくる。馬に乗り、しんがりを務めるワンダとサンダーが行列を止めた。今日はいつもの私服ではなく二人とも軍装だ。それらしく軍服を着て、馬上に見える女性二人はなかなか華やかだった。

「……おしり痛い」

「我慢よ、サンダー」

 この場所では休憩と移住者の解放が行われる。十名ほどの人間達が挨拶をし、荷物を持って行列から離れた。セラフィムの代わりにサンダーが台帳をつける。一人ずつ顔と名前を確認して、列を離れた場所もチェックを入れた。

「じゃみなさん、お疲れ様でした」

 移住者達は一斉に頭を下げ、その場から歩き出した。いやもう、とサンダーは愚痴る。

「めんどくさーい。セラフィムさん、よくこんなのやれるよね」

「確かにあなたは向いてないわね」

 ワンダが言った。

「住民台帳とか作ってるみたいだから、このくらいはそんなに手間じゃないんだと思うわ。まめだもの」

 ワンダは魔王軍統括総司令部の事務仕事も引き受けている。もちろん全部ではないが、書類を出したり取りに行ったりと、案外とセラフィムと会う機会は多いのだった。そのたびに彼女は、大量の書類トレーが整然と並んだ書庫のただなかに立つ彼に圧倒されるのである。

「あの量の書類を全部管理してるのよ。信じられないわ」

 雑談をしているうちに休憩は終わった。ワンダは号令を出し、隊列を整えた。先頭が彼女のことを振り返って見る。ワンダは魔王の馬車まで行き、確認を取った。合図をして最後尾のサンダーに知らせる。サンダーが進行の身振りをし、全体が動き出した。ワンダはその場で待ち、サンダーが来たあたりで合流した。

 街中に入ったら予約した宿で宿泊だ。ここでも人間どもの解放が行われる。人数が多いのでワンダもサンダーもそろそろセラフィムに来てほしかった。魔王も放置である。しかしご機嫌伺いなどしている余裕はなかった。

「着いちゃったよ」

 思ったよりも早く、一行は予定していた宿に着いてしまった。仕方ないので彼女らは宿に挨拶に行き、戻ってきて魔王とフーシャを馬車から降ろした。魔王は人に化けてフーシャを支えながら馬車から降りてきた。宿の人間が素早く二人を最上階のロイヤルスイートに案内する。馬車はそのまま敷地内に置かれた。

「他の方達はこちらへ」

 ワンダとサンダーは同室に、他の随行員たちもそれぞれ部屋に案内された。荷物だけ運んでもらい、門前でワンダとサンダーが出て行く人間達のチェックをしていると、ふいに正面に誰かが立った。

「いや、どうもすみません。ご迷惑をおかけしました」

 声を聞いて二人とも帳面から顔を上げる。赤いコートを着た魔王の従者がそこに立っていた。こころなしか疲れているようだった。

「セラフィムさん!」

「もう、遅いわよ。魔王様は部屋に行ってらっしゃるわ」

「すみません」

 作業はほとんど終わっていたので彼女達は台帳をセラフィムに押し付け、魔王のところに行くようにうながした。

「魔王様すっごい待ってるよ」

「宿のほうで打ち合わせしたいって言ってたからそれも行ってね。私たちじゃろくに分からないわ」

「分かりました」

 ふらふらとセラフィムは建物の中に入っていった。ワンダとサンダーは不安を感じたが、自分達も疲れていたのでそのままにして割り当てられた部屋に向かった。とりあえず休みたかった。


 フーシャ姫はベッドで眠っていた。魔王はそっとドアを閉めると大きなソファが置かれた別室に移った。同時にセラフィムが現れ、ソファに座る魔王の横に立った。

「どうした、今日は」

 セラフィムが答える。

「御使いが現れたのでサーキュラーさんと打ち合わせをしておりました。遅れて申し訳ございません」

 たん、という音がして真っ黒な塊が天井から跳ね落ちてくる。それは黒い着ぐるみを着た少年になり、大きな黒い目で魔王とセラフィムを見上げた。

「ハエトリさん、報告を」

 セラフィムが言うと彼は報告を始めた。

「サーキュラー様に言われてこの先の正教会の監視に行ってきました。人数は二名、上級御使いです。魔王様が城を離れたので、それで現れたと思われます」

「偵察か」

「たぶんそうだと思います」

 ハエトリははきはきと答えた。彼は屋内ならばどこへでも侵入できる。誰にも見つからずに立ち聞きもできるし、数ミリの隙間があればどこへでも移動が可能だ。建物から建物への移動も速い。ただしサーキュラーのように飛ぶことはできなかった。

「装備、武器など分かれば教えて下さい」

 ハエトリはぱちぱちとまばたきをして、セラフィムを見た。

「片方は何も持っていませんが、片方は青い長い槍を持っていました。片方はそうでもないですが、槍を持っているほうはかなり高位のように見えました」

 セラフィムは思わずハエトリの顔を見た。

「本当ですか」

「はい」

 さらに彼はハエトリに質問をした。

「位階が違うというのは、どうしてそう思ったんですか」

 ハエトリの答えはこうだった。

「槍を持っているほうは光輪を背負っていました。もう片方にはなかったので」

 セラフィムは考え込んだ。

「光輪があるのですか」

「はい」

 どうやら天軍は彼がいなくなった後に大編成が行われたらしかった。ミカが次の天軍長候補というのは本当のようだと彼は思った。

 魔王が言った。

「知っているのか」

「おそらく」

「誰だ」

 セラフィムは考えながら答えた。

「天軍長候補のミカかと思われます。青い槍を使う者は他におりませんので」

「強いのか」

「はい」

 魔王はじっとセラフィムを見た。 

「お前よりもか。そんな者は見たことがないが」

 しばらく考えた末、セラフィムはこう答えた。

「わたくしがいた当時は御使い最強と呼ばれていました。弱点はあるようですが」

 彼はワンダの件を話した。それを聞いた魔王は言った。

「ワンダとサンダーを当たらせろ。ハエトリだったな、お前は逐次サーキュラーに報告を入れるように」

 大きな目で魔王を見上げ、ハエトリは言った。

「分かりました」

 続いて魔王はこう指示を出した。

「セラフィム、お前は援護に回れ。姫は私がなんとかする」

「かしこまりました」

 彼がそう返事をすると、ハエトリはぽん、と跳ねてその場からいなくなった。セラフィムも魔王に暇を告げ、そこから消え去る。ワンダとサンダーのところへ指示を伝えに行ったのだった。

 魔王が寝室に戻るとフーシャはまだよく眠っていた。そろそろ夜が明ける。彼はベッドのへりに腰掛け、朝日に照らされるフーシャの顔をずっと眺めていた。


 サンダーは緊張しながら馬に乗っていた。一方のワンダは特にどうということもなく前方を見ていた。ただし今朝早く起こされたので不機嫌である。セラフィムが彼女らの部屋をたずねたのは明け方過ぎであった。

「ほんとに気がきかないんだから」

 ついでに寝起きでスッピンの顔を見られた。そこはワンダにとって大問題である。サンダーも同じ目にあったがそんなことはどうでもよかった。今日はもしかしたら上級御使いと戦闘になるかもしれないのであり、さらに馬に揺られるおしりがものすごく痛くて限界を感じつつあった。

「天軍長候補だって」

「そうらしいわね」

「すっごい強いって。勝てるかな」

「大丈夫よ」

 ワンダは歴戦の猛者であるが、サンダーは御使いとの戦いは初めてである。初戦がそんな相手なんてあんまりだ、と彼女は思った。元天軍長がこちら側にいることはいるが、その彼が強いというのだから相当なものであろう。はあ、と彼女は馬上でため息をついた。

「どうしたの。らしくないわね」

 ワンダにそう言われ、何か返事をしようした時に先頭が止まった。しんがりの二人は前方を見てセラフィムが荷馬車を降りて手を振っているのを見つけ、馬を走らせてそこまで行った。

「お二人は馬を下りて一番前へ」

 ワンダとサンダーは言われた通りに馬を下り、前方に向かって駆け出していく。荷馬車の御者が魔王の乗る馬車の前へ出た。

人間達はもうだいぶ減っていたが、セラフィムは指示を出して彼らを最後尾に下がらせた。全員の移動が落ち着くと彼は荷馬車の前、ワンダとサンダーの後ろへ進み出た。ぽん、と黒い影が跳ね落ちてきてまた跳ね上がる。それから一瞬にして消えた。セラフィムはさらに前方に進み、彼女らの前に出た。進行方向の真正面に立つ、二人の人影に声をかける。茶色い巻き毛の男と黒髪の男が彼らを妨げるように立っていた。

「邪魔ですよ。どいて下さい」

 ワンダの周囲に水流が、サンダーのまわりには雷球が現れる。

「久しぶりじゃん」

 茶色い巻き毛の男が言った。となりには黒の短髪をオールバックにした男が立っている。どちらもまだ若かった。セラフィムは辛辣にこう言った。

「二人ともまるでチンピラですよ。いつからそんなに風紀が悪くなったんです」

 にやにやと茶髪のほうが言った。

「あんたがいなくなってから。せいせいしたよ。ついでにジジイもやってくれたから礼を言おうと思ってここまでやって来た」

「それはご丁寧に」

 セラフィムが返すと茶髪のほうはむっとしたようだった。そういうところが気に入らねえんだよ、とつぶやく。

「しかし結構ですからお引き取りください」

 このセリフが終わると同時に男二人の姿が大きな翼のある御使いに変わった。茶髪のほうの手には青くて長い槍がある。それを振り回してかかってこようとしたところを、ワンダの水籠ががっちりと止めた。サンダーがそこに電撃を流す。槍を持った男はばっと後ろに跳び退った。セラフィムは場所を譲り、彼女らの後ろに下がる。

「女の後ろで高みの見物かよ。汚ねえぞ」

 槍を持ったまま口汚くわめく。セラフィムは言った。

「口を慎むように、ミカ。御使いともあろう者がみっともない」

 うるせえ、とミカは怒鳴った。

「魔物に堕ちたやつに説教されるいわれはねえ」

 言うや否や、彼に向かって槍を放る。しかしワンダの水籠に阻まれ、手前に落ちた。くす、とワンダが笑う。異様に魅惑的な笑みだった。

「それだけ?」

 煽られてミカはいくつも槍を繰り出した。必要な分だけ自分で生成できるらしい。使われなかった槍はその場で消える。セラフィムはこんなに間近でミカの技を見たことがなかったので、なるほどと思いながら眺めていた。

「確かに強いわね」

 くすくす、と可愛らしく笑う。はた、と攻撃が止んだのでセラフィムは視線を茶髪のミカに移した。すっかり動きが止まってしまっていた。

「そうですか、ワンダさんに弱いのですね」

 そこを狙ってサンダーが大きめの雷球を彼らの頭上に放った。黒髪のほうはよけたが、ミカは火傷をした。

「くっそ、ふざけんな」

 正気に返ったミカは上空に舞い上がった。高所から大量の槍を降らせるつもりなのだろう。狙いはワンダだった。サンダーは降ってくる槍を絡め取るようにいかづちを飛ばした。黄色い放電は真横に広がり、いくつも降ってくるミカの槍を弾いた。

「あら、すごいじゃない」

 のんびりとワンダが言った。えへ、とサンダーは笑った。

「セラフィムさんに教わったんだ。コントロールがいいからいけるかもって」

 続いて上空に大きく放電を広げる。これで空からの攻撃はできなくなった。セラフィムは一歩下がり、戦闘の様子を眺めていた。

「セラフィム、今はどうなっている」

 魔王が馬車から顔を出した。セラフィムは言った。

「当面わたくしが出る幕はなさそうです。ウリエルは逃げてしまいましたし、ミカもそろそろ息切れしてくる頃です。しかしお強いですね、二人とも」

 彼の言うとおりに黒髪の御使いはいなくなっていた。ハエトリによれば偵察という話だったから、おそらくミカが暴走したのだろう。そしてウリエルはよくこうやって逃走する。

「このくそ女、ただじゃおかねえ」

 ミカが吠えた瞬間、すさまじい精度で雷球を絡めたいかづちが降ってきた。面倒になったサンダーが落としたのだった。

「きれいに入りましたねえ」

 自分はあの精度は出せないな、彼はそう思いながら感想を述べた。魔王があきれる。

「最強ではなかったのか」

 そうです、とセラフィムは答えた。

「これで終わればいいのですが……」

 地面に叩きつけられ、動かなくなったミカにワンダとサンダーはそうっと寄っていった。御使いなのでこの程度では死なないのだが、それでも無力化したかそうでないかの確認はしたいところではある。

「もしかして死んだ……かな」

「どうかしら」

 用心のため、ワンダが水籠を倒れているミカの周囲にめぐらした。サンダーがまわりを見渡し、馬を操るムチを見つけてその柄を水籠に入れ、ミカをつついた。

「動かないよ」

 どこへ捨ててこようか、セラフィムがそう思った時である。倒れているミカががばっと起き上がった。びっくりしたサンダーは、思わずさっきよりも強いいかづちを落としてしまった。

「あ……」

 うめき声を上げてまたミカがひっくり返る。しかし今度はすぐに起き上がってきた。

「……てめえら許さねえ」

「うわ、やだ」

 一呼吸置いて、再びサンダーのいかづちが落ちた。しかしまた起き上がってくる。

「何これ、ワンダ助けて」

「そう言われてもね」

 改めてサンダーは狙い済ましていかづちを撃った。ついでに盛大に雷球もつけた。

「俺はこんなことじゃ負けねえぞ」

 今度は凄まじい量の雷球が降り注いだ。いかづちは疲れるので雷球に切り替えたのである。だがまた起き上がってきた。

 ワンダの水籠に捕まっているため、何度起き上がってこようと実害はない。しかしやられてもやられても起き上がってくるその姿に、ワンダとサンダーはうんざりしてしまった。

「やだ、ゾンビみたい。助けて」

「ちょっと従者、見てないで何とかしてよ」

 とうとうヘルプが入ったので、セラフィムは彼らのところへ出て行った。彼のことを見つけたミカがわめく。

「やっと出てきやがったな。てめえ、ぶっ殺すぞ」

 サンダーの数倍の威力を持つ青い雷光がミカの上に落ちた。今度は動き出さなかったので、ワンダとサンダーはそっと中を覗いた。

「やりやがったな」

 しかしすぐまた起き上がってきた。なのでセラフィムはもう一度いかづちを落とした。さっきの数万倍もの電圧をかけてである。

「やっと静かになりましたか」

 しばらくたっても今度は動き出さなかったので、彼は水籠の大きさを広げてもらい中に入った。倒れているミカの背に手を当て、気絶しているのを確かめる。衣服をつかみ、そのままふっと姿を消した。数秒後に彼だけが戻ってきたので、ワンダは水籠を消滅させた。

「なんなのこいつ」

「もうやめてよね」

 涙目のサンダーとうんざりしてしまったワンダにセラフィムは言った。

「だから最強なんです。やられてもやられても立ち上がってくるので、敵方が嫌になってしまうんですよ。それで勝ちを譲ってもらうと。そういう勝ち方なんです」

 セラフィム自身も久々に見たミカの戦い方にうんざりしてしまっていた。彼は魔王に報告をし、隊列を戻すとまた荷馬車に戻った。

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