1 煉獄
どこまでも灰色の世界が続く中、サーキュラーはきれいに整形された石のでっぱりに座って来訪者を待っていた。やがて灰色をした空のかなたから小さな影が見え、それは人の姿になって彼の前に降り立った。
「おせえよ」
「悪い悪い」
彼の前に降り立ったのは御使いである。御使いには珍しい黒髪で、その髪は短く刈り込まれており、白い天衣に足元は亜麻のサンダル、背には神々しい大きな白い翼がある。以前彼が天界で見たような下級の存在ではなかった。唯一神の指示を受け下層に伝達する、中級から上級にランクされる存在だった。
「で、何の用だ」
相手はいや、と言い、サーキュラーの隣に座った。どうやら顔見知りらしかった。その御使いはへへへ、と笑うと聞きたいことがあるんだけどさ、と言った。
「何だよ」
「ゼラフがそっちにいるって本当?」
サーキュラーは真横にいる御使いの顔を見た。相手はへらへらと笑っている。しかし目だけは油断なく光っていた。
「だったらどうする」
するとその御使いはすっと片手を彼の前に差し出した。
「スパイ、欲しくない?」
「なんでだ」
その差し出した手をぷらぷらさせながら彼は言った。
「ジジイの勝手に付き合うのはもううんざりだ。ひどい目にあわされたっていうのにあのジジイ、まだゼラフにご執心だよ。俺達の立場がないだろう」
サーキュラーはセラフィムが唯一神にいかづちを落とした現場にいた。なので少々あきれつつも目の前の御使いに同情もした。
「それでここから出たんだろう。次の天軍長のはずなのにそんなこと言ってていいのか」
残念でした、とその御使いは笑った。乾いた笑いだった。
「次の天軍長はこれから決めるとさ。第一候補はミカだ。ふざけてると思わないか」
「確約じゃなかったのか」
「違ったらしい」
相手は言った。
「そうだって言うから出てやったのに、悪ふざけにもほどがある。手駒が欲しいったってやりようがあるだろう」
サーキュラーは立ち上がり、持っていた酒瓶を相手に渡した。
「なるほどな。同情するよ」
サンキュー、と相手の御使いは酒瓶を受け取った。嬉しそうであった。
「こんなものでいいのか。あと何がいいんだ」
ふふ、と御使いは笑いながら答えた。
「煙草もよろしく。上にはもう何もない」
「堕ちてんな。いいのかそれで」
あのさあ、と御使いは言った。
「おかしいのはミカとゼラフぐらいで、他はお前たちと変わらないんだよ。そのゼラフだって逃げちまった。けど俺達は逃げることもできないんだ。気晴らしぐらいしたっていいだろう」
「なるほどな」
御使いは続けた。
「それでもゼラフの時はいろんなものがあった。あいつは仕事さえしていればよかったからそんなことは気にもしなかった」
「ヤツらしいな」
御使いはうなずいた。
「それをミカが下界とのルートを全部切りやがった。上じゃもう何も手に入らない。気晴らしもできずにジジイにこき使われて散っていくしかないんだ。しかも俺達は替えがきくときてる。むなしくもなるよ」
ふう、とため息をつくと御使いはそこから立ち上がった。
「ゼラフによろしく言っておいてくれ。会いたくないと思うけど」
それから彼は大事そうに酒瓶を抱え、宙に飛び上がった。サーキュラーはそれを見送り、ぶらぶらと歩いて煉獄の出口に向かった。