理⑤
「では、進藤さん。一度久川さんがかつて住まれていたマンションに向かい、そこでの以前の住人……山田まりさんについてお伺いしましょうか」
「お願いします」
方針が決まり、車で移動する。
目指すは、以前洋壱が住んでいた場所――
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「着きましたね。更地になっていなくて良かったです」
「そうですね……朝倉刑事。ここでどうなされるんです? 管理人を尋ねますか?」
「それが一番でしょうが……このマンションは管理人が常駐しているのですか?」
「俺が調べた頃は、常駐でしたが……今はどうか……」
「ふむ。とりあえず、管理人が常駐しているか? そこから調べましょうかねぇ」
「了解しました」
二人が今いるマンションは、コンクリート造りで5階建ての長方形の、よくある造りの建物だ。
エレベーターはなく、オートロックでもない。
少し古い雰囲気のするマンションの、ポストの位置を確認する。
一階に管理人室がある事を確認し、二人は向かう。左の角部屋に位置する管理人室の、インターフォンを朝倉が押した。
しばらくして、聞こえて来たのは老年の男性の声だった。
『はい、どちら様で?』
「お忙しい所失礼します。私、練馬警察署の朝倉と申します。ここに以前住まれていた山田まりさんについて、少々お伺いしたく、尋ねさせて頂きました。お時間よろしいですか?」
『……あのお嬢さんについて……ですか? なんで今更……』
「とある事件と関係性が出て来たからです。そこも含めてご説明させて頂きたいのですがねぇ?」
『……念の為、手帳をお見せ頂いても?』
「えぇ勿論。なんなら名刺もお渡ししますよ」
インターフォンのカメラに向かって、朝倉が警察手帳を見せ、その後に、名刺をチラつかせる。
管理人はしばらく沈黙した後、玄関の扉を開けた。出て来たのは、白髪頭に、厚手の黒いセーターとグレーのスウェットを履いた、皺の多い老人だった。
「管理人の的場と申します。中へどうぞ……おや? 君は確か……」
「ご無沙汰しております、的場さん。久川洋壱の件でお世話になった、進藤です」
「君は探偵では? 何故刑事さんと一緒に?」
「それも含めて、ご説明させて頂きますよ。的場さん」
「は、はぁ。刑事さんがそう言うなら……」
こうして、管理人室へ入室した二人は、居間に通された。
六畳程度の和室は、テレビと木製の棚が置かれたシンプルな中で、木製のちゃぶ台と座布団が視界に入る。
管理人の的場が、座布団の位置を整えて、二人に座るよう促した。朝倉と識は、それぞれ上着を脱いで座る。それを確認すると、的場がお茶を用意しようとしたが、朝倉がそれを止めた。
「的場さん、お構いなく。先程、我々は飲み物を飲んだばかりですので」
「そう、ですか? ですが……」
「気になさらないで下さい。刑事と言えど公務員です。市民から頂き物というのは、少々よろしくないのですよ」
「ご理解感謝致します。では、本題に入らせて頂きたいので、的場さんもお座りになられて下さいますか?」
「分かりました。それで、今更あのお嬢さんについて……というのは?」
「話せる範囲になりますが、ご説明させて頂きますね? 実は……」
洋壱の事件は軽くにし、山田まりという人物に焦点を当てて朝倉が話を進めると、的場の表情は明らかに曇り出した。その様子を見て、朝倉が的場に声をかける。
「的場さんは、ご存じだったんじゃないですか? 山田まりさんが本名世那まりかである事を」
「……はい。仰る通り、知っていました……」
静かに答える的場の目には、悲しみの色が濃く出ていた。
同時に、識は心中で期待していた。
この的場の口から、洋壱の死に関するヒントが得られるのではないかと――




