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謎①

 二人が池袋で休日を過ごしてからしばらく経過した頃。識は、いつも通り仕事をしていた。私立探偵と言うと、フィクション等においては難事件を解決するイメージだろうが、実際の探偵というものは浮気調査や素行調査等が基本であり、裏方と大して変わらないというのが識の中での解釈だ。

 元々、就職活動が上手く行かないというより性に合わなかったため、選んだ進路がたまたま私立探偵だった。識は確かにアニメ好き……世間で言う所のオタクに片足を突っ込んでこそいるが、それでも現実とフィクションの区別ぐらいはつく。それなのにも関わらず、彼がこの職業を選んだのはそういう裏方の方が向いていると感じたのと、フリーで動ける方が性に合っているからだ。

 今は木曜日の午前十一時を回った所だ。今日の依頼は専業主婦である依頼人から夫の浮気調査だ。人の目がない死角でカメラを構え、件の夫が浮気相手である女の部屋に入るのを撮影するのが目的だ。浮気相手は二十代のキャバ嬢であり、夫は彼女の店の常連だと突き止めた。外泊も何度かしており、二人でデートをしている光景も既に記録している。後少しで証拠が全て揃う所まで調査は進んでいた。


(来たな……)


 依頼人の夫が、浮気相手のキャバ嬢のアパートへ向かっているのが見えた。識は息を殺しカメラを握り直す。二階建ての木造アパートの一階、一番手前が彼女の借りている部屋だ。若く売れる年齢であるとは言え、金銭的には厳しいのだろう。古めかしいアパートの鈍色の扉を件の夫が二回ノックする。このアパートはチャイムがついていないタイプらしかった。防犯面で心配になりそうなものだが、今時の若者は気にしないのだろうと識は感じていた。

 浮気相手が扉を開ける。休んでいたのだろう、白いモコモコの上下の部屋着を身に纏い、グレーのスーツ姿の彼にハグをしキスを数回する。識は無感情にシャッターを押す。何度かハグとキスを繰り返した後、二人は室内へと入って行った。


(お熱い事で……)


 冷めた感情のまま、自分の事務所へ戻るため死角から出ると時間制の駐車場まで歩いて行く。白のミニワゴンを遠隔キーで開錠し、中に乗り込む。これから現像し、今まで集めた証拠を依頼人に渡すまでが仕事だ。

 車を走らせながら、事務所を目指す。カーナビを起動し、車を走らせる。今回の依頼先と依頼元、そして識の事務所は同じ東京都練馬区内であったため、すぐに着いた。五階建てのやや寂れたコンクリート造りのビルの三階の角部屋が識の事務所だ。

 郵便ポストを開け、不要な広告をビルの管理人が設置したゴミ箱に無造作に放り込むと階段を上がって行く。事務所の扉を鍵で開け、まだ日中だと言うのにうす暗い室内へ入り灯を点ける。

 そうして、必要最低限の家具しかない無機質な事務所内の奥に配置した事務机に向かうと、事務椅子に座りパソコンを起動しカメラから画像データを移す。証拠を全て揃えた識は、報告書を作成し、見直しを行ってから依頼人に連絡を入れた。

 時刻は十六時に差し掛かっていた。一息ついて、来客用の対面式のソファーの片方に座るとテレビをつける。報道番組が並ぶ時間帯、識はチャンネルをそのままにソファーへよりかかる。

 一時間後、依頼人がやって来たため対応しつつ報告書を渡せば依頼人である主婦は夫への怒りを露わにし、夫と浮気相手を訴えると息巻いて謝礼金を払い事務所を後にして行った。

 仕事を終え、つまらなそうに依頼人が来た時消したテレビを再度つけようとした時だった。

 自身のプライベート用のスマートフォンが鳴った。着信番号を見れば都内の番号であった。素早くパソコンで番号を調べると警察署からだと判明した。嫌な予感を覚えながら、識は通話に出た。相手は比較的若そうな男の声だった。


『もしもし? 練馬警察署です。自分は朝倉(あさくら)と申します。進藤識さんのお電話番号で間違いないですか?』

「用件はなんです? 警察のお世話になるような覚えはありませんが……」

『いえ、むしろこちらがお世話になりそうな用件でしてね? 単刀直入に申し上げます。久川洋壱という名に聞き覚えはございますか?』

「友人です。彼が何か?」

『やはりご友人でしたか。実は……ご遺体で発見されました。つきましては署の方までいらして頂けますか?』


 嫌すぎる報せに、識は思わず茫然とし……天を仰いでいた。それと同時に、ふと脳裏にあの言葉が過った。


 ――僕は、近いうちに死ぬかもしれない。


 洋壱が零したあの言葉を。

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