Act.25 やるべき事
この物語はフィクションです。
実際の運転では交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
日も傾き出して空の色が変わる時間。客足が増えてくる頃合を見込み、熟哉と空はお暇するために頂いた料理の皿をテーブル端に纏めておく。
これからは、カフェの場所も分かったし、両親とは仲良く出来そうな雰囲気だった。そして1番にカフェとしての時間の流れが好みに合ったので、必ずまた来ようと思ったのだった。
店を出て駐車場に停めた車へと向かう。
「ありがとうな。あんな親だけど仲良くしてくれて」
柄にもなく少し照れた表情で礼を言ってくる。
いくつになっても男の子は親との付き合いが下手くそだと言うことか。
「礼なんて。勝手に着いてきた私もごめんなさい。でも、いいカフェだったし、また利用させてもらお♪」
軽い足取りで車に乗り込む空。一時はどうなるかと肝を冷やしたが、無事何事もなく顔合わせも終わって、熟哉の過去を少し聞いたのみに終わった事を安堵していた。
翌日、再びGSRは動き始める。
昨日はそれぞれ休日とし、各々の用事ややるべき事を成すための時間へと費やした。
それが終わり日も変わった。今日からまた夜になれば野呂山への走り込みが始まるのだ。
明るいうちはそれぞれの時間を過ごし、日が傾いて暗がりが見えてきた頃合い、ショップに常駐する2人以外のメンバーが集合した。
「こんにちはですわ!あれから無事に帰れましたの?」
「心配に及ばず何もねぇよ。あんがとな」
来た瞬間帰宅の心配する辺り、未来らしさを感じる。昨日一昨日と起こった出来事を知らずにいてくれているので、こちらとしても対応しやすい。
花菜は未来から少し遅れてやって来た。遅刻というわけではないし、当然皆プライベートは別行動なので同時集合は稀だ。
そんな花菜だが、大量に物が入った買い物袋を引っ提げてエボから降りてきたのだ。
「こんばんは〜♪ お姉ちゃん達に頑張ってもらいたくて飲み物いっぱい買ってきたよ♡」
なんだ天使が来たのか。
熟哉からそんな気遣いが発動するわけないし、お嬢2人が花菜に買ってきて欲しいとも言ってない。だが、花菜は持ち前の後輩妹スキルをフル活用して、ダブルエースを裏で支える一員としての責務を全うしていた。こう言う所こそが花菜だと言える。
それを見たお嬢2人が黙って立っていられるはずもない。すぐさまプラクティス前の強ばった表情を崩し、花菜をなでなでして抱きしめて可愛がっていた。
「あ!熟哉先輩には黒酢買ってきましたよ♪」
なんだ悪魔が来たのか。
「何で水分補給するためのドリンクが黒酢なんだ…?」
喉がカラッカラな時に酢なんて出されたら喉終わるぞ……キンキンに冷えたりんご黒酢とかなら分かるが、今から行くところに冷蔵庫なんて文明の利器などない。すなわち出される黒酢は常温の普通の黒酢である。好きならまだしも、そこまで好きじゃない熟哉からしたら地獄からの嫌がらせでしかない。
「冗談ですよ♪ 買ったのはカフェオレです。頭使うし糖分必要ですよね?」
この小悪魔め……。
黒酢から脱却出来たのはありがたい。糖分が必要となる所まで考えてくれているのは流石だ。
ちなみに、ダブルエースへ買ってきたのはスポーツドリンクとお茶、そして夜遅くなることを見越して栄養ドリンク。執事かなんかか…? 後で経費で落としておこう。
皆それぞれ和気あいあいとしたところで、あまり暗くなる前に行くことを選択。それぞれの車に乗り込んで、いざ野呂山へ。
野呂山へ到着した時にはすっかり暗くなってしまったが、時間はまだまだ残されている。前回の反省と明るいうちに走ったコース記憶を元に、街灯のない峠道をヘッドライト1本で走る。
熟哉と花菜は前回と同じく頂上の駐車場広場で仮拠点を設置して2台のサポートを行い、エース2人はそれぞれの配置についてプラクティスを開始した。
「熟哉先輩、今日はスイフトじゃないんですね」
今回この野呂山に遠征する際、熟哉はスイフトでは無い別の車でやってきた。
その車と言うのは、トヨタMR-Sである。これも前回同様小さい車だが、デモカーとして並べてある1台ならば、吊るしなのは有り得ない。何台デモカーあるんだよって話だな。
MR-Sと言うのは、元来マツダロードスターのライバルとして対抗させるべく、走りの楽しさを追求した車だ。ロードスターとは違う特徴を掲げるために、エンジンをシート後ろにレイアウトし、ホイールベースを切り詰めている。1.8Lの1ZZは、スポーツ向けのカムではなくコンフォートな味付けをされたFE式なだけに、140馬力程とロードスターよりはあれど、顧客の比較対象はMR2と言う悲しい車だ。
そんな車だが、熟哉の手にかかり戦闘力は別物となった。
エンジン換装先としておなじみの2ZZを選択。当然GE式のシリンダーヘッド、カムシャフトはVVT機構を活かしつつハイリフト化。
元々圧縮比の高いエンジンであるが、パワーを吹き出すためにハイコンプかつ軽量なチタン製ピストン&コンロッドを奢っている。トルクは下がるがNAとしてのレスポンスを優先した結果だ。
エンジン内はこれで終了し、給排気チューンとECU交換で、レブリミット10000rpmで230馬力を発揮する。
ノーマルのMR-Sからすれば中々なメカチューンによるパワーアップ。だが、このマシンの重きは軽量化である。
ノーマルでMTであれば980kgと言う軽量な部類のマシンだ。そこから外装を纏うパネルをカーボン化し、ソフトトップをハードトップに変更した上でFRP化などなど、数々の軽量化を敢行している。ただエアコンはそのままで、日常のドライブの邪魔とならない程度の軽量化であるが、およそ80kg程の軽量化を実現し、そのPWRは4を切る。
そこに剛性アップを図り、コーナリングマシンたるや足回りの機能性を十分に活かせるようにしてある。当然足回りも峠仕様にリファイン済み。
そんなハイチューン車を今回野呂山へと持ち込んだのだ。何故かと聞かれれば、熟哉なりに理由があるようだが、それはここでは言い表すことは出来ない。しばし待たれよ。
さて車の話が長くなってしまったが、本題に戻ろう。
既に2台はプラクティスへ出動し、駐車場で待機する時間が始まった。こうなった時、こちらは暇で仕方がないのだ。
「花菜、なんか歌でも歌ってくれ」
「無茶振りですね。私は某ガキ大将をも怯ませるリサイタルプレゼンターですけど、それでも良いんですか?」
「忘れてくれ」
とにかく暇なのだ。
一方走り込み組だが、クローズアップは一足先にプラクティスにつくことが出来る未来からだ。
一昨日の走りとコースのデータ集めを元に、アザーカーの少ない時間帯だからこそスピードレンジを数段アップさせて走ることが出来る。即ち、限界走行に似た走りでコースを経験出来るのだ。
以前述べた様に、このコースは様々なコーナーが不規則に用意されたもの。一定のリズムを取りつつ走っていては、こちらが惑わされるのがオチである。
逆を言えば、自分でリズムを掴もうとせずに、目の前に迫るコーナー一つ一つに合わせた攻略をすればタイムは見えてくる。それに気付くまでの時間が早いか遅いかだ。
そんな未来であるが、前回の走りに加えて今日の1本目ダウンヒル。一つ一つ確かめるようにコーナーをクリアして行き、麓に到達した時にある事を思い付いた。
「これは…最初はヒルクライムも攻めて走った方が良さそうですわ」
一見タイヤを酷使するだけでダウンヒルに挑むために登る行程まで攻めた走りしなくても良いのでは?と思ってしまうが、実はこれは人によると言っていい。
現在先も見えない闇の中を走っている。つまり、コースの覚えが甘いとその先のコーナー形状や路面の状態を脳内で割出す事が出来ず、それが仇となってコーナリングスピードを本能的に落としてしまう。
そうなればタイムなど出るはずもない。ならば、コースを逆走して走り、ダウンヒルからすればコーナー先の光景をヒルクライムによって覚えることも出来る。
ただ、これは記憶力や集中力が高くないと実現しない。ただでさえ視界が悪い中で、走り慣れないヒルクライム攻めなのでリスクは着いて回る。未来にとっては些細な問題に過ぎないが。
この思いつきを実行するために、麓まで到着してターン。再び全速力を持って野呂山を上がって行った。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。




