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MINE's Z  作者: 岩野 匠鹿
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Act.1 親睦

この物語はフィクションです。

運転の際には、交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



2話までお読み下さり誠にありがとうございます。


出会いと言うのは、人生においてとても大事な事だと私は考えております。

軽く考える方、重んじる方、様々かと思います。ですが、私はこう考えます。出会いと言うのは、神様仏様が下さった、人生の分岐選択点だと。


私も過去お付き合いしていた、現在では恨むくらいに嫌いな女性がいました。出会わなければ良かったと酷く後悔したものです。

しかし、その出会いがなければ、私の妻が家で待っていてくれる事は有り得ませんでした。


出会いは良い時悪い時があります。


そして出会いは様々。絶景と出会い、物と出会い、言葉と出会い、そして物語と出会う。



この物語と出会った事で、読者様にとっていい未来が歩めることを、お祈り申し上げます。



「あ…あの…!」



迷惑かもしれないだとか、夜だからだとか、そう言う綺麗事を忘れてしまうくらいに、ここまで苦労したのだ。そうそうこの機会を逃す手はないと無意識に空は声をかけてしまっていた。


その呼び掛けに反応し、86から降りた青年がこちらは振り向き返事をする。あまり歓迎している様な表情ではないが、それに屈せる状況では無いこともこちらは百も承知。

営業時間外である事を告げられても食い下がり、強引にでも話を続けた。



「無礼は承知です。でも…お聞きしたい事があるんです!」



そういうと、青年は困った表情を見せて頭をポリポリ掻きながら、グイグイと距離を縮めてくる空をなだめていた。ワケありだと言うことを察したのか、先程までの追い返そうと言う態度を崩す。



「聞きたい事…? 車を見るに随分遠くからいらしたのに、一体何を?」



十分な疑問だ。

湘南ナンバーを貼り付けたZが店前の路肩に停めてあるのだ。こう言う車屋でも隣県ナンバーくらいなら相手をするだろうが、中々遠い場所から来て聞きたい事があると言われれば謎に思うだろう。



「色々と知りたいんです。でもまず確認ですが、豊上舞杵(とよかみまきね)と言う人をご存知ですか?」



それを聞くや否や、青年から不思議そうに感じてる様子が伺えた。あたかも、なぜその名を知っているのかと言いたげな。



「舞杵は、俺の親父だけど」



そう。空が言う豊上舞杵とは、目の前の青年、名前を豊上熟哉(とよかみなれや)と言う。父が遺した親友へ送るはずだった手紙の宛先にあった名前。その息子がショップ『GSガレージ』を経営しているのだ。


福山ナンバーの黒いスープラの情報は、まずナンバーから地元は福山だと言うこと。そして、偶然にも父が昔関東制覇した時の相棒即ち親友が広島県福山市に住んでいると、その息子がショップ持ちとあれば、もしかしたらスープラの情報を知っているかも…と思い立ち、今に至る。



熟哉から舞杵との間柄を確認出来て、このショップが正に探していたショップと分かって、空は我を忘れて夜分遅くに黄色い声で喜びながら熟哉に抱きついていた。

昔から周囲には男社会しかなく、こう言う触れ合いに抵抗を見せない空だが、一方の熟哉も呆れた様に引き剥がしていた。田舎のド真ん中で何やってんだ?


ともあれ、事実が確認出来た空は更に気になることを聞く姿勢を取っていた。が、さすがに夜遅過ぎるし、明日来客があるからという理由で、また明日の昼前くらいにして貰えないかと申し出が来た。当然だ。

空もハッと我に返り、先程までの行動を恥じらい顔を赤く染めて、冷静に申し訳なさそうに…。



「すみません…勢いで来たものでして…。宿がないんです」



と、また重大な事を切り出した。

着替えとか、ある程度の荷物は持って来たが、気持ちが速り、ノンストップでここまで来たので宿のことを考えていなかったのだ。


仕方ないので、最悪カプセルホテルとかも考えたが、熟哉曰く、この近くはカプセルホテルどころか宿泊施設は皆無だと言う。福山中心街まで行けばあるにはあるが、ここからまぁまぁ時間がかかる。土地勘が無い空が行けば尚更だ。


八方塞がりと悟った空の膝が崩れ落ち、ヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。ゆっくり寝たかったやら汗でベタつくから風呂に入りたかったやら上の空で呟きながら涙を流すのを見てしまった熟哉も、さすがに悪魔ではない。



「良かったらショップに泊まれ。裏に住居スペースがあるから、キッチン風呂寝床揃ってるぞ」



その提案を聞いた瞬間、蕾が開いた様に空はパァっと明るい表情で是非!との事だ。熟哉も、遠慮と言うのが見当たらないが、感情表情豊かで可愛いやつだと思い始めている自分がいた。下心は誓っても無い。



































こうして、敷地内にZを入れて施錠したら、熟哉が閉まっていたショップの玄関を開けてくれた。中に通してもらうと、中は広く作られており、ホイールを飾っている棚だとか、高性能車向けの高級オイル等を並べた机など、整理整頓されていて、こう言うショップにしてはかなり清潔感溢れている。

作業する工場も窓を介して確認でき、工場とは反対側の方にもガラス戸がある。そちらは今はカーテンが閉められており、中を確認出来ない。

店内に入り早速目の前で出迎えてくれるのが、店内展示車らしきFD3S型RX-7。綺麗な状態で、鮮やかなレッドが美しい。塗装も比較的、赤系は剥がれやすかったりクリアが痛み安かったりするが、見事にツルツルで新車のようだ。

エアロパーツは見られず、ホイール以外の外装部品は全て純正で飾られている。息を呑むほど本当に状態が良い。


空も入った瞬間、そのFDが目に留まり、宝石を見るようにワクワクしたような表情で眺めていた。



「良いだろ?そのFD。このショップのデモカー第1台目なんだ」



熟哉が嬉々として説明してくれた。興味を持ってくれた事が余程嬉しかったのだろう。


数年前のショップオープン当初、実力を宣伝するにはデモカーを製作して戦闘力をアピールする他ないと、持てる技術と知識をフル活用して組んだのがFDだそうだ。


だが、あくまでショップのチューニングモットーは、ステアリングを握る人それぞれに合ったマシン造り。このFDは、そのステアリングを握る自分自身に合ったチューニングを施してあるのだ。


あくまで試乗車だとか、そう言った体験させる為の車では無いので、イベント等の大事な事でしか、走らせていない。しかし、1度エンジンフードを開ければ戦闘力の高さは一目瞭然で、エアロパーツに頼らすとも狙ったタイムを叩き出すという強い信念を感じられる。分かる人が見れば分かるのだ。



一応、ショップを営業していく上で売上は大事なため、客を捕まえるための体験型デモカーも、あるという。先程ガラス戸にカーテンがしてあると言ったが、そこに車を置いていると言う。


熟哉がカーテンを引き、中を見せてくれた。かなり嬉しそう。

ガラス戸の向こうには、オレンジとホワイトのZN6前期型86が停まっている。


オレンジの方は完全に吊るしの状態で、何一つ手をつけていないのだそう。一方ホワイトの方は、吸排気系とECUのみ交換し、ダンパー車高調、ブレーキ、に関しては熟哉が思うベストのパーツを装着しているとの事。


まず吊るしの86を試乗してノーマルを知ってもらい、次にノーマルでの乗り方や操作の癖などを熟哉が分析して、パーツ交換。86をほんの10分足らずでセッティングを割り出し、違いを体験してもらうもの。工場にはアライメントテスタも完備しているため、必要とあらばアライメントも取るという。


空もここまで86を3台も見たため、思わず熟哉に86が好きなのかと尋ねる。すると。



「車自体安くてアフターパーツも多いから」



だそうだ。あくまで理にかなった車だったからと言う理由で、決して86が大好きだからという理由では無い。空も苦笑いを隠せなかった。



大まかに店内の案内が終わり、奥の居住スペースへと移動。居住スペースと言えど、建物自体は分かれており、小さい平屋が建っている感覚。ショップ正面から見ても家屋は確認出来ない様になっていて、生活感が仕事の方まで出てこない様にON/OFFを切り替えているようだ。






























家に上がって見ると、廊下にバスルームとトイレへ繋がるルートとキッチンがあり、間取りは1Kと言った感じ。本当に最低限だ。

部屋にはダイニングテーブルがド真ん中に設置、奥には窓がある下にソファベッドが1つ。本当に1人で住むための設備だけで、客を招き入れる前提は取っ払われている。


親父や兄弟以外の男子部屋に入る事が初めての空は内心お泊まりをワクワクさせつつも、もし熟哉に下心があって、今日このソファベッドで……なんて妄想を…。



「何考えてやがんだその顔は…。心配せんでも手なんか出さんわ。ええから座って待っとけ、飯まだじゃろ?」



少し打ち解けてくれたのか言葉が砕けて少し広島の言葉混じりに優しさを出している。少しくらい美少女に対して顔を赤くしてくれても良いのにと思ったが、口に出さず抑え込んだ。言えばこっちが恥ずかしい。


少しもドキドキしないので微妙な気持ちになってしまった空を他所目に、熟哉はおもむろにキッチンへ向かって晩御飯作りに勤しんだ。


それから10分くらい経過。部屋を見回してもやはり片付いていて掃除も行き届いている。薄い本やら1冊くらいあるかと予想していたが、自動車系雑誌すら見つからない。普通に生活していても何故か床に服が散らばったり、いつも溢れ返っているところしか見た事ないゴミ箱がある空の部屋とは大違いだ。

それでいて料理もスッとやってしまうと言う意外にも家庭的な熟哉に少しドキッとしてしまった。



「どうしよ…顔もちょっとタイプだし家庭的なんてマジ!?」



顔を隠して1人で照れている空を、少し引き目で完成した晩御飯を持って戻ってきた熟哉が席に着くように指示。

顔を真っ赤にしてゆっくりとちょこんと椅子に座り、礼儀正しく背を伸ばした。恥ずかしい……。


席に着いたところで、熟哉がテーブルに料理を運んで来てくれた。ちょうどお腹が空いていたし、あまりご飯を食べすにここまで来たのでとても助かる。



「女性に出せるようなヘルシーな物は作れなくて申し訳ないけど」



そう言いながら出てきたのは天津飯。熱々の卵に美味しそうな醤油ベースの餡がかかってて食欲を掻き立てる。

そんな時熟哉からふと質問された。



「そう言えば、関東の方とかって天津飯の餡はケチャップの甘酢じゃったっけ……これ京風の醤油ベースなんじゃけど……口に合いそう?」



との事。

テレビからの入れ知恵ではありますが、実際どうなんですか?? 私は断然醤油ベース派です。


そう言われ、空は熟哉お手製天津飯を1口パクリと食べる。するととても美味しかったのか、ぱぁっと表情が明るくなり目を輝かせていた。作ってから味付けの違いに気付いて少し不安だったが、ご満悦のようで安堵する。


簡単に出来るもので客に出せる様なものを準備できる材料が無かったため、チャーハンの素と卵と片栗粉を使って即席で作り上げたが、上場の出来上がりで美味。空の好感が更に上昇する。エロゲかよ。





2人とも天津飯を平らげ、満足気な表情を浮かべてごちそうさまの挨拶。デザートとして買っておいたプリンを提供し、口直しも終えたところで、空を風呂に行くよう催促。その間に片付けをしてしまおうと言う魂胆だ。


空がそれを聞いて胸元を隠す仕草をして、覗く気じゃないかと疑いをかけるが、溜息をつかれてガン無視。



「はいはいっ入りますよっと」



そう言って立ち上がり風呂に向かった。ふと熟哉の方を見ると耳が赤くなってる事に気付く。精一杯の照れ隠しであると察し、少しニヤけてしまう。だからエロゲかよ。


うるさいのが風呂へ消えて、そのうちに皿洗いを終わらせて部屋に戻ると、机に置かれたZのキーに目が行く。



「月野…か。懐かしい名前だな」






























カーテンから漏れる日差しが顔に当たり、もう朝かと眠気眼を擦りながらゆっくりと起き上がる空。風呂から上がって眠気に襲われ、そのままソファベッドで眠ってしまったらしい。


部屋を見渡しても熟哉の姿は無く、机の上にラップで巻かれたおにぎりが2つと置き手紙。手紙には「食え」の2文字。


お言葉に甘えておにぎりをいただき、優しい塩味に舌鼓を打ったところ。顔を洗い、上着を着て店の方に出た。

店内は、開いたカーテンと照明によって明るくて、工場の方を見ると箒を持って掃き掃除している熟哉を発見した。朝早くから精が出るなと思い、ふと時計を見ると…



「えっ!もう10時!?」



疲れが溜まってたとは言え寝過ぎた…と自己嫌悪に入ってるところで、熟哉が工場から戻って来た。



「ようやくお目覚めかい眠り姫よ」



茶化しつつも要約すれば、いつまで寝とんじゃいってこと。


ショップは開店途中だが解放しており、敷地のチェーンも外されていた。まだ客は来ていない。昨日の言葉が正しければ来客があるはずなので、それまでに熟哉に聞いておきたいところだ。


しかし、あまりにもテキパキと開店準備を進められ、話し掛けるにもタイミングが見つからず、ショウルームのド真ん中で突っ立っていた。なにか手伝うべきか…それとも手を出すのは大きなお世話なのか…どうにも出来ずに、ただただサササッと端っこに寄るしか無かった。


開店準備を終え、晴れて店をオープンさせる時間となった。


熟哉も自分の仕事に一区切りを打って、仕事用のデスクに腰掛けコーヒーをすすっていた。今がチャンス!



「熟哉さん。そろそろ聞いてもいいですか?」



コーヒーを熱そうにすすってゆっくり置いたあと、ほっと溜息を1つ、そして首が縦に振られた。


いかにも今は自分の時間だから邪魔して欲しくない感が良くにじみでているが、こちらとしてもらう彼此半日待たされている。早急に情報が欲しいので、事情は考えていられない。



「ありがとうございます。これが一番聞きたい事です。福山ナンバーのブラックのA80スープラ…ご存知ですか?」



熟哉は表情ひとつ変えず、質問に応じた。


答えの内容を要約すると、ブラックのスープラ自体は数台見るし、福山ナンバーなんて福山市以外にも広がっている。空が思い描いているスープラがどのスープラかは分からないし、万が一ショップの客だとしても、個人情報なので教えられない。だそうだ。


言い分としては最もで、いくら台数が少なくなって特定しやすいにしても、福山ナンバーは他に尾道市に三原市、世羅町だとか、割と広い区域で使われる。スープラを所有する人など、やはり少ないとは言え数台はあるだろう。そもそも車と所有者の情報を合致させて教えたら危ないし。



以上の事を伝えると、自分を無理矢理納得させる様に、分かりましたとしょんぼりしていた。

普通なら、ここでもう終わって、残念でしたご自分でお探しくださいと言う所だが、わざわざ遠方から来て情報を探している幼気な少女を無慈悲に放るほど熟哉は鬼ではない。



「俺は答えられないが、俺じゃないヤツなら答えられるかもしれんな」



「熟哉さんじゃない…人ですか?」



簡単な事だ。熟哉の口からでは情報が引き出せないのなら、その情報を知っている他の人から引き出せばいい。


そこまで実力があるスープラであれば、おそらくあらゆる所でスープラの目撃例があるはず。この福山市にもそう言う走り屋が根城とする峠はもう1箇所ある。この神石高原町まで登る国道には走り屋はいないが、もう1つの方ならば、今でも走っている人はいる。チームも結成されており、個人で走っている人もチラホラ。


福山ナンバーの、いかにもそういう車であれば地元で走っていない理由がなかろうとの事で、熟哉は空に、その峠のチームに話を聞いてみたらどうかと提案。空も人見知りするタイプでは無いので、後で行ってみようかと場所を尋ねた時、ショップの駐車場に1台の車が入ってきた。おそらく客と思われる。



入ってきた車は太陽光を受けて鮮明に輝くブルーマイカのスバル初代BRZ後期のSTiバージョン。しっかりと手が入っており、段差を素直に車体に伝える硬められた足にSTiのエアロパーツ、リバースに入れられてブリッピングされた時のマフラー音も、うるさ過ぎず、しかしノーマルとは違う。エンジン回転上昇も素早く、レスポンス向上をしかと演出している。いかにも速そうな車だ。


綺麗に真っ直ぐ駐車され、普段の腕の良さを感じられる滑らかなパーキング。ドアが開いて出てきたのは、空と同い年か……下手したら年下かもと思うくらい若々しい、長いカールの入ったアッシュカラーヘアが似合う少し背の低い少女だった。無免では無いのは確かなはず。



そんな少女が髪をなびかせながらショップまで歩いて来て、その姿すらも同じ女性の空が見惚れてしまう。立っている世界が違うかもしれない。

自動ドアが開き、熟哉がいらっしゃいと来店を言葉だけで歓迎したその瞬間、空が抱いた少女の第一印象が音を立てて崩れ落ちた。



「熟哉さま〜!!ご機嫌麗しゅうぅぅーーー!!」



高い声で建物中に響くくらいの声量で、熟哉のいるデスクに飛びかかって来た。


なんだなんだ!?と困惑する空を後目に、熟哉はスッと立ち上がり、飛びかかって来た少女を華麗にスルー。手慣れたもんだ……と感心してしまう。



「んもーぅ熟哉さまったら照れ屋さんなんだからぁ♡」



いよいよ空の脳内が「なんだこの生き物は?」でいっぱいになってしまったと同時に、熟哉がノーリアクションな所を見て困惑が増強。


謎の少女が、好きだとか、いつ結婚するだとか、子供何人欲しいだとか恥ずかしげも無く怒涛のラブコールを熟哉に投げかけ、それを受けている熟哉は全て受け流すかの様に拒否してあしらっている。先程までの清楚を極めた様な佇まいは何処へ……。


すると、オロオロしている空と謎の少女が不幸にも目が合ってしまう。嫌な予感しかするわけが無い。



「誰なのよ貴方!私の熟哉さまに ☆●△■▽∀>!!」



































何とか落ち着きを取り戻し、応接用のデスクで茶をすする3人。形は落ち着いているが、正直心中荒れ狂っている謎の少女からの氷点下の視線を感じて圧を受けている空。今にも逃げたくなるくらい怖いが、状況が飲み込めない今、体に上手く信号が行き届かず固まったままだ。



「はぁ…。まず月野さんへ紹介するかな」



そう言って熟哉から少女の紹介を貰った。


彼女の名前は小林未来(こばやしみらい)。現在20歳の現役大学生だ。


GSガレージに来たのは約1年前。BRZをこさえて、この車を速くして欲しいとフワッとした要望を持ってきたのだ。

そこから色々サポートをしており、今現在もメンテナンスとセッティング出しから、ドライビングレクチャーまで行っているが、惚れ癖からか熟哉に心酔してしまっている困った人。


それでもサポートを辞めないのは、未来のセンスがズバ抜けて秀逸だからである。ハンドルを握って1年そこいらなのにも関わらず、走り屋チームのリーダーが務まるくらい、BRZを手足の様に操る。持って生まれた天才肌と言うやつか。



そんな未来を紹介して貰った空だが、走り屋チームのリーダーと聞いてハッとした。いかにも、もう1つの峠道である福山グリーンラインを根城としているチーム『鞆の浦ブラックローズ』のリーダーが未来なのだ。同時に、現役で走っている人の中では最速クラスだとか。


そんな人物ともなれば、お望みの情報を持っている可能性があると思って心躍らせたのも束の間、性格を考えて一筋縄で教えてくれるとも到底思えない。

でももしかしたら……淡い期待が実は実を結ぶ可能性アリかも!



「あ…あの……小林s」



「はぁ?」



こちらの呼びかけを遮ってまで全力拒否された…。何を原因として怒らせているのかは分からないが、教えてくれる気がしない。


一向に前に進まない2人を見て呆れた顔で溜息をつく野郎が1人。助け舟を出すため未来を宥める。


結局、空の言い分は熟哉から説明し、どこから来て何しに来たのか、そして自分自身との関係は何なのかを淡々と説明してくれた。客観的に見るとかなりぶっ飛んでる事をしたな…と、少し申し訳無くなってくる。きちんと対応した熟哉に感謝様々だ。



事の顛末を聞き、未来としても、どういう話か見えてきたそう。

2人の関係が、私という未来の嫁がいるのに何処ぞの馬の骨とも分からないアバズレと御付き合いしてるなんて死罪も辞さないと言う勢いから、少し物腰が柔らかくなった。が、1つまだ謎が解けてないようで。



「ひとつ聞きますわ…まさか一緒の部屋で寝たんですの…?」



最後の最後まで2人が一緒にいるのが気に食わないらしい。

ギリギリのところで、優しい熟哉さまの事だから遠くから来たアバズレを気にかけて止めて差し上げたからこうなって料理も出して貰えたまでは理解出来たし我慢出来る。でも、一緒の部屋、ましてやベッドまで一緒ともなれば消さなければならない…と思っているのがひしひしと伝わってくる熟哉は、その疑惑を根っからキッパリと否定した。

本当のところは、空をソファベッドで寝かせて、自身は工場内にある仮眠室の簡易ベッドで眠ったのだ。なので空間も違えば建物も違う。恨まれることは一切無いのだ。



その事を結構な時間を要して説明し、ようやく本題に移ることが出来た。

だが、未来から出てきた言葉は質問の答えでは無かったのだ。



「話は理解出来ましたけど、それとこれは話が別です。貴方が本当に、そのスープラを探す覚悟があるのかどうかが重要です」



との事。未来もこんな性格をしているが、曲がった事が嫌いなのだ。空の境遇であれば、思い付きで行動するのでは無く、きちんと覚悟を決めた上で聞いて欲しいとの事。


一部に妬みはあるだろうが、それ以上に父親を想っての事なら応援する姿勢だが、単なる自分勝手な思い付きで、途中でやっぱ止めたと放り投げられるのは勘弁ならないとの言い分。空も相応の覚悟をしてきたが、そう言われると自信が薄れる。


どんな境遇であれ、どれだけ大きい選択をした人であろうと、誰かと走り、誰かの話を聞くのは、自分自身も全てをさらけ出せる実力が要する世界。未来も車に対して真摯であり、真っ直ぐなのだ。



少し揺れ動いた表情をしていたが、父が豹変してしまった理由を探すため、そしてスープラを打ち負かし仇を討つための闘争心は変わらず燃え滾っている。私は負けない!と意気込むような眼を未来に向けた。


すると未来も腕を組んで鼻で返事。少しは空を認めてくれたようだった。

なのだが、表に止まっていたライトチューン仕様Zを見ているため、現実を知らないのだろうと考えるのも顔の内に滲み出ていた。



「貴方の覚悟は分かりましたわ。でも、この世界は走ってすんなり勝てるほど甘くないんですの。まず私とバトルなさいな」



諭しを入れつつ、さりげなくバトルに誘う策士である。

空は意表を突かれた様だったが、先程までの言い分を考えても妥当な誘いだろう。昨日正体不明の86に敗れたばかりで、表には出さないが、奥底では悔しさが溢れている。逃げはしないと決めた以上、やる気十分にバトルを快諾した。


熟哉は焦ってBRZのメンテナンスをする様引き止めるが、めちゃめちゃな勢いで明日だと断られた。こうなると止められない…。



こうしていきなり始まった乙女2人の愛憎劇……では無く、ただ車に真っ直ぐ同士の清きバトルが幕を上げた。


バトルの舞台としては、未来の地元の福山グリーンライン。

歴史のある小魚中心の漁師町の鞆の浦から葡萄収穫が盛んで、進めばこれまた漁師町として盛んな島に続く沼隈町まで山道を掻い潜って通る、名前の通り自然豊かなコース。


登り下りと言う概念はなく、両方を兼ね備えた複合コースと見ていいだろう。前半は登りで、後半は下りという車に差を設けない形。


登ってすぐには展望台や公園があり、鞆の浦から瀬戸内海を一望出来る観光名所と言う顔を持つ傍ら、長時間アクセルを踏むことを許さないRのキツいS字が乱立する上に高低差も激しいが、走るとこの上なく楽しいコースとなっている。


未来が先行するBRZについて行く形で案内される空搭乗のZ。本格的な峠マシンが鞆の浦を巡航する、何ともミスマッチな光景。オープントップで走ると気持ちいい場所だ。


しばらく走ると、目的のコースの入口となる大きいT字路が見えてきて、入口麓にある路肩に止めて、バトルの詳細を打ち合わせていた。


ちなみに、熟哉はショップにて留守番中。生粋のバトルに水を差さまいと言う心遣いだ。同時に、やれやれと言う顔で2人を見送っていた。



「未来も人が悪いな…」




































2人の詳細決めも終了し、スタートまで秒読みまでの段階まで到達した。

ここまで神石高原町からここまでの距離は中々遠いため、アイドリングは完了し、タイヤの温めもクリア。


予め、空もコースの下見も兼ね、1往復して帰って来た所で、2台は横並びになりスタートラインに立つ。


神奈川から来た強い意志を持つ空と、根城とする場で迎え撃つ『ブラックローズ』の若きリーダー未来の聖戦まで残り5秒。



「熟哉さまに近づく女は許さない。現実を思い知らせてあげるわ」



BRZからの重苦しい圧を感じつつ、2台は軽く白煙を撒きながら自然豊かなワインディングロードに臨んだ。






ここまでお読み下さりありがとうございます。

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