Act.10 完成
この物語はフィクションです。
運転の際は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
結局あまり眠れず、昼までベッドに齧り付いていた。今でも胸に手を当てれば普段より強い鼓動を感じ取れる。メルヘンチックなのかどうなのか、自分では分かるはずが無い。
今日も夜に未来と待ち合わせをしており、20時に遥照山へ到着しなければならない。
それまで暇なわけだが、少し熟哉の仕事風景を見てみることに。別に国道をビートで走っても良かったが、あくまで借り物の車なので、無駄にぶつけたりしたくない。もし凹みがある状態で返してしまった日には、熟哉からあんな事やこんな事……をされるだけまだマシか。下手すりゃ明日生きていけねぇ……。
冗談はさておき、大事な代車を傷付けないよう自分の車が無い以上峠攻めは出来ない。熟哉の作業風景でも眺めることに落ち着いた。
現在2台の作業進捗は部品が届いて、昼までに2台の交換すべき所の取り外しと、それを見越した足回りのリセッティングをした所。部品は今朝届いたことから、ようやく本題に入れるようだ。
ただ熟哉が先程からぎこちない。いつもならテキパキと鼻歌交じりで作業するところだが、何かが気になって仕方がないようだ。
「あんさぁ…月野さんよ…」
「はぃ?」
「何をキャリーに頬杖突いて見て来てんだよ…落ち着かねぇんだって」
作業場に現れた乙女。彼の作業を楽しそうに、とても愛らしく見守っていた。
と言える場面なら良いのだが、キャリーの上に規則正しく置かれていた工具が端に寄せられ、肘を置くスペースを作ってBRZの作業をしている熟哉の真横で見ていた。
遠くからパッと見ればとてもドラマチックと言えなくもない。だが、作業者当人からすれば邪魔この上ないのだ。工具使いやすく並べてたのに。
熟哉が声をかけて突っ込んでも、ん〜?という感じで笑顔を浮かべて誤魔化してくる。こういう時の顔は凄くドキッとする自分もいると酷く自責の念にかられる。分かったことは、暇である限りは止めてくれないって事だ。
何を言っても無駄だと悟った熟哉は、横の美少女を無視して作業に集中しようと車の方へ。
車と向き合うと表情が変わった。先程までの赤面ながらも邪魔だと笑い混じりで言っていた柔和な熟哉とは一変、真摯に車と向き合い、如何にすればマシンはドライバーの技量と心に寄り添える存在と成り得るのかを深く集中して考えながら、手に持つ工具を慣れた手付きでアレよコレよとボルトを外したり、新たな部品を取り付けたり。
こう言う顔をする人を幾度見てきた空だが、熟哉の顔はそれとは少し違う空気を感じた。その奥に何かがあるような、言葉では言い表せられない何かがあるように見えた。
ただただ何もせず見惚れていれる時を心地よく思ったのだった。
「やっと終わったぞ!結局お前はそこから動かなかったなぁ…」
作業が終了し、2台ともリフトから下ろすことが出来た。
ため息を深くついて疲れた様子でショウルームにあるデスクの冷めたコーヒーをすすった。
空は飽きもせず終わるまでずっと熟哉の事を見ていた様で、いい暇つぶしになったとご満悦の様子。それを見て、満足したなら良いかと責める様子はない。
テストドライブと行きたいところだが、もう外は暗がりが覗いていて、時計を見ると6時半。店を閉めないといけない時間となっており、熟哉は急いで閉店準備を進めていた。
「月野さんは行かんでいいんか?遥照山まで1時間以上はザラだぞ?」
「え…?ヤバっ!!」
喚起するや否やとてつもない速さでその場で着替え、奥で着替えろと叫ぶ熟哉を気にする様子なんか一切なく上下共に動きやすい服に。
最低限の荷物だけぱぱっと纏めてそそくさとビートに乗り込んだ。
「邪魔してごめんなさい!行ってきまーす!!」
嵐のように去っていった……。
デスクに脱力した様に座り込む熟哉。額に手の甲を当て、天井の蛍光灯を朧気ながら眺めてボーッと。
「俺…男として見られてないのかな」
頭に浮かぶのは作業したマシンではなく、空が咄嗟に着替え出した為、視界に入った空の顕となってしまった下着と、上の下着から溢れる谷間が焼き付いて離れない。
見た時間は0,2秒と無かったはずだが、女性経験の少ない熟哉にとっては十分すぎる景色だった。
「あぁ……心頭滅却!片付けじゃ片付けぇ!」
大急ぎで遥照山へやってきた。頂上へ行くと、腕を組んでアクセラの前で仁王立ちして、暗くて見えないが凛々しくも絶対怒ってると分かるくらい頬が膨れているのが分かる未来がいることを確認して、車から降りたく無くなった空。
現在時刻20:23。遅刻である。
こっちに来て日が浅いため、未来に着いて行った道しか知らないのでその道を通るとウンザリするほどの渋滞にハマり、刻一刻と過ぎる時間に胸の鼓動が抑えられないまま到着。
車を停めるや未来がツカツカと歩いてきてビートの窓ガラスをノックした。
「今……何時か分かっておりますの?ビートの時計壊れてらして?修理します?ビートと貴方の頭も」
「あ…ははは……ごめんなさい」
「ウフフ…冗談ですわよ。さっさと今日のノルマ行きましょ。そろそろ達成させないと」
そう言ってアクセラに乗り込み早速アタックに入る未来。
絶対怒ってると思っていたが、広大な器に感謝。
その気持ちを無駄にしないようにすると心に決め、今日もビートを遥照山のスタートラインに並べたのだった。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。




