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MINE's Z  作者: 岩野 匠鹿
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Act.9 格の違い

この物語はフィクションです。

運転の際には交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。


1日目の走り込みは、もうコースを満遍なく覚えて身体と感覚を今の車に合わせて最適な走り方を見つけるための時間とするほか無かった。


走ってストップウォッチを叩いてみて分かったが、熟哉から貰ったタイムを達成させるには生半可な攻めでは到底出来ない。

コースをある程度覚えて車にも少し慣れて来た時に、未来が先陣を切ってストップウォッチを叩き、アタックしてみたところ、言い渡された目標タイムから10秒も落ちていたのだ。


それに倣って空もストップウォッチを叩いて、何とか完走まで漕ぎ着けた物の、じゃじゃ馬なビートを扱い切れてはいなく、目標タイムから15秒落ちと、かなり痛い現実を目の当たりにしていた。


なので、むやみにタイムアタックを続けるのではなく、まず80%程の力で走って、苦手箇所や車への対話を続けようと空が提案。

異論なしと未来も賛同し、初日はただただ走り込むだけに費やした。





2日目になり、前日と同じく、コースの熟知とマシンコントロールの叩き込みに限る。


この2つを物にしないと、タイムなんて以ての外だからだ。

いくら車を手足のように操れたとしても、予想外の出来事への対応は人間である限り寸秒遅れる。これが命取りになるのだ。

逆も然り、コースを熟知していても、車に慣れがなければ限界走行など出来るはずもない。ポテンシャルを引き出すことが出来ず遅くなる一方だ。


前日に十数本走り込んで、今日も前半に数本走り込んだためか、ある程度コースの癖というのに気付いてくる。ここはこうだったよな…ここはコーナー中のバンプが怖い所だったな…だとか、こういう些細な事でも気付きがあって覚えていれば、確実なアドバンテージになりうる。


ただ、いつもの車とは全く違う特性の車に乗っているため、自分自身の癖が抜きれておらず、それが邪魔をしている状態だ。


特に空の方がビートに手を焼いている様子であった。

コーナーのポテンシャルは高いのだが、何にせよナーバスな挙動が過ぎるので、少しでもアクセルをラフに扱えばギャン泣きの子供の様に回ろうとする。それを抑えるために逆ハンを切ってアクセルを抜くと、今度はそっちの方向に回る始末。

未来が走っている最中にも、横を向いたビートを何回も目の当たりにしてヒヤリハットが発生していたりもするので、そろそろ空のメンタルがポロポロと崩れそうだ。



2日目のプラクティスも終え、未来の方はアクセラを物に出来ている感触があり、FFの走らせ方も板に付いてきた。

一方、空の方はまだスピンする場面があり、それを抑えるために走行ペースが中々上がらないと言うジレンマに陥っていた。



「私ってこんなに下手だったなんて……泣けそう」



いつも明るく天真爛漫な空がプレッシャーと成長出来ない現実に押し潰され、今にも涙と共に潰れきってしまいそうだ。


だが、未来はそんな空を悪く思っていなかった。



「何を寝ぼけた事言ってんですの。スピンは置いといて、高速コーナーやヘアピンが決まった時の貴方、ペース落としてても激速ですわよ」



未来も何も横を向いているビートしか見ていないわけではない。幾十本と走っているので、上手くコーナーが決まっているビートも見ているのだ。

また、そのコーナーが上手く行った時のビートは未来が臆してしまう程に速いと言う。

車の角度が深い時は特段速くはないが、少しだけリアを膨らませ、最小限の舵角でクリアして行く時のスピードは吸い付くように曲がっている様にしか見えない。


空は気づいてない様子で、ただただ速く走るやり方を闇雲に探っている最中にいい走り方を見つけていたのだ。ただ、あまりに自信を失っていて、この走り方でもダメだと投げたらしい。本人曰く、スピンを必死に抑えてる感覚だから速く感じないのだとか。


だが、現に速く走れているのはその走法のみ。

空は乗り気ではないが、埒が明かないと踏んだ未来がそれで行くように強引に言い聞かせた。

非道な様に思えるかもしれないが、この走法は正解なのだ。



















2人は解散し、空はトボトボとGSガレージへ帰ることに。

テンションが下がったまま神石高原町へ登る国道麓前の信号に引っかかり、停止線寸前で停車。大きくため息をついて身体を伸ばしていると、バックミラーに1台それっぽい車が見えて、ビートの後ろに止まった。



「……? 車種は…何かしら?」



もうすっかり暗くて日付が変わろうとしていた時間なのでよく見えないが、車種は三菱ランサーエボリューションIX。かつてWRCにてグループA車両で猛威を振るったマシンの後継型だ。


信号が変わり、2台とも発進。峠を登り始めた。


どうやら後ろのエボはビートに速く走って欲しいのか邪魔なのか、それともバトルの誘いなのか……だとしたら節操も無さすぎるが、とにかく煽ってきている。


空は気分が冷めていたのもあり、譲るどころか煽られた事実に腹が立ち始め、譲る気分では無いと確信した直後、目が据わりながらアクセルを徐々に吹かしてエボから逃げの姿勢を取っていた。


一方エボの方もそれに負けじと食らいついて来て、ビートを追いかける姿勢を取る。思わぬ形でバトルの火蓋が切って落とされた。



コース序盤は、第1話の86戦でも語ったように、大きいコーナーは無くてただただパワーが必要な登坂車線がある。

どうやら2台のパワーは互角な様で、間隔は開かず狭まらず。煽ったビートが2Lターボマシンと張り合う加速を見せることにエボのドライバーは少し驚いただろうが、戦闘力は互角であれば相手に不足は無い。心置き無く全力で攻める姿勢を崩さなかった。


パワーが物を言う区間が終了し、86戦で実力の差を痛々しく見せつけられたヘアピン区間へ突入した。


遥照山にてビートの挙動に激烈な不安を催していた空だが、後ろからの舐め腐った煽りのせいで完全に理性は吹っ飛んでしまい、絶対にちぎるとしか思えない頭になってしまった。

そのため、ヘアピン1つ1つへの恐怖心というものは消え去っており、皮肉にも憤慨の賜物でアクセルワークに全集中を置くことが出来ていた。


ビートがスピンしそうになる寸前で姿勢変化を食い止め、デリケートなアクセル操作で綺麗な速ドリを達成。


追いかけるエボも4WDのトラクションと特性を活かし、ラリーの様に車体をコーナー出口に向ける様にドリフトを開始。

カウンターを当てず、アクセルを踏み込んで出口に向いた車体を脱出させている。所謂某漫画のラーメン屋大将の様なコーナリングだ。おかげで4WDのネガティブな部分であるアンダーを殺しつつ速度を保ったままターボの強みである強大な立ち上がりでビートを追いかけていた。

…が、エボのドライバーにとっては予想外な事が起きていた。このヘアピン区間において、2台の間隔がコーナー1つクリアする事に開いて行っているのだ。つまり、ビートの方がコーナーが速いと言うこと。


それは何故か。理由は単純で、空がキレまくっていて集中力が爆上がりしており、これ以上なくビートと一体化している。

遥照山では不安との戦い、何とかしなきゃ!と言うプレッシャーとの戦いもあったが、今現在ではただ単純に後ろのエボにキレて、負かすの一言に尽きている。



ヘアピン区間が終わり、再び登りストレートがある区間へ突入。


ここから高速コーナーが増えて行き、ピーキーなビートからすれば少々手のかかるセクションとなる。

少し後ろに下がったエボはこういったコーナーでは持ち前の安定性でフルスロットルでクリア出来るため、アクセルを緩めないとリアが暴れるビートには痛手であった。


少しずつ少しずつ稼いだ間隔が縮まっていき、ゴールである道の駅まで3km足らず。もうヘアピンは無いので、どうにか高速コーナーを物にしたい空だが、ビートの特性上リアに荷重が行くので、どうしてもフルスロットルで行ききれない。


どうにか出来ないかと思いつつ、頭を巡らせる余裕もない。エボもすぐ後ろまで追いついて来て、絶体絶命のピンチを迎えていた。


そんな時、昔父親に言われた事を思い出した。



「押してダメなら引いて見ると思わぬ収穫があるもんだ。落ち着いて、逆の事も試してみなさい」



この言葉の意味は、まだ子供だった空には理解出来なかった。


だが切羽詰まったこの状況において、意味があるのではと確信した。

逆の事。今やるべき事の逆とは何か? アクセルを踏み切れず、少し浮かすのなら、その逆はアクセルを吹かし切ること。

それでいて荷重が後ろへいくのなら、ブレーキを踏めば逆に前へと荷重が移る……と考えていると、ふと思いついた。



「そうだ!コーナー中にブレーキも踏めば前輪にも荷重がかかるはず!」



そう言って、アクセルをフルスロットルにし、空いた左足でブレーキを少しだけ踏んでみる。

すると、今までアンダーだったビートがどっしりと構えた様に頭がインに向かっていく。これを上手く調整しながらコーナーをクリアした時のトラクションは4WDにも引けを取らない。


これが左足ブレーキと言う技術である。


高速コーナーでのアンダー殺しと、立ち上がりの時のアクセルワークと荷重移動を上手く扱えば、どんなマシンでも4WDの様なトラクションを発揮することが出来るのだ。



この技術を咄嗟に身につけ、エボを高速コーナーにおいても突き放せたので実質的に決着が着いた。


煽っていたエボも減速し、ビートと距離を取り始める。空は高らかに自分の成長を喜んだ。そして、憎き後ろのエボを任せられた事を大いに満足気であった。






GSガレージまでそのまま帰還。熟哉は未だに2台のマシンの作業をしている。殊勝なことだ。


ビートを駐車場に停めて、小さくため息をつきながら降りると、先程のエボが店に入ってくるところを見た。ナンバーは広島ナンバー、ここの人間では無さそうだ。


そのエボを熟哉が見るや否や、すぐに作業にキリをつけて出迎えていた。



「え!? 知り合いなんですか!」



思わず突っ込むように聞いてしまった。


するとエボからドライバーが降りてきた。少し背が高くて茶髪の男。

降りるやすぐに空の方に歩いてきて、品定めするように睨め回してきた。思わず1歩引いてしまう空。



「へぇ…女だったんか。ええ音するビートに乗っとるんはええおっちゃんかと思ったわ。なぁ豊上ぃ?」



結構な訛りが入った喋り方をする男だ。



「お前には関係ない事だ。今更何の用じゃ神崎よ」



お互い見下すような声で話している。この男は神崎と言うらしい。

空を置いてけぼりにして口論が始まった。


どうやら熟哉と神崎は犬猿の仲らしく、定期的に熟哉にバトルを挑みに来るが、毎度負けては追い返されているらしい。今日もそのつもりだったらしいが、空に負けてしまったので興冷めしたとの事。



「用はたった今無くなったが、この子に用事が出来たんでな。お嬢ちゃん、俺と遊ばんか?」



流れるようにナンパしてきた。チャラそうな見た目してたし何かと空に興味示してる感満載だったからやはりと言えばやはりか。


言葉だけでナンパされるだけなら良いのだが、タチの悪いことに颯爽と肩の方に手を伸ばしてきた。



「やめろ。その子には手を出すな」



なんと熟哉が伸びてきた手をブロックし守ってくれた。絶対放ったらかしにされると思っていた分ギャップもあり、空は少し赤くなってしまう。やっぱ惚れ癖があるのかな。



「なんだぁ? おめぇに女かやっぱり」



今にも爆発しそうな2人だ。お互いの睨み合った目に電撃が見えてくる。


しかし、思ったより神崎の方が好戦的に来なくて、この不毛な戦いからスっと身を引いた。一応勝負事には負けたし、空が熟哉のもの(ただの勘違い)と分かった以上は突っ込まない姿勢のようだ。


結局、嵐の様にやってきた神崎は風のようにエボに乗って。



「次は君を仕留めるからな!それまで誰にも負けんじゃねぇぞ!」



と空に言ったのか熟哉に言ったのか分からないが、少年漫画の敵キャラの様な言い草で帰って行った。何だったんだろう。



「そう言えば熟哉さん。私が熟哉さんの女だって言うの、否定しませんでしたね」



クスクス笑いながらイタズラっぽく熟哉に呟くと、今度は熟哉が真っ赤になった。何も言っては無かったが、否定するのを忘れていたのか、それとも……これ以上はやめておこう。空の顔から火が出るだけだ



ともあれ、変な男から果敢にも守ってくれて、遠回しだが俺の女に手を出すなと言われている気がして、ニヤケが止まらない夜を過ごした空であった。

ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。

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