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MINE's Z  作者: 岩野 匠鹿
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Introduction GSG

この物語はフィクションです。

実際の運転は交通ルールを守り、安全運転を心掛けましょう。


彼女は焦燥していた。



父親の葬儀を終え、部屋の遺品整理をしていた最中に思わぬ物が棚の奥にしまい込まれていたからだ。

それは誰もが目を背けようとしてしまいそうなくらいエグい内容の大人の本だった。そういう一面を一切家族に見せず、娘である彼女でさえ、この片鱗を感じていなかった。

若干の軽蔑と後退りした感情を顕にした顔で、遺骨と共に埋めてやろうと箱にしまおうとした瞬間、本から1枚の紙がヒラっと落ちた。見るに手紙だとよく分かる紙で、宛先には親友に送ると書いてある。


開けて読んでいい物か迷ったが、怒る当の本人もいないからと意を決して読んでみることに。

その手紙こそが、この物語の幕を開けるのだった。









___________________________











「すっかり暗くなっちゃった…確かここ辺りだと思うんだけど」



乗り心地の悪い車に揺られながら長旅の末、神奈川県から広島県福山市の東部へと到着。高速を降りて国道に出て、街灯の数が徐々に少なくなって行く方面へ向かっていた。この方面を走って行くと神石高原町という農畜産業が盛んな標高の高めな場所へ向かう峠道が現れる。そんな町のある店を目指して遠路遥々やって来たのだ。


彼女の名は月野空。相棒である日産RZ34型フェアレディZを駆り、国道182号線を北上している。手紙に書いてあった事を参照し、ある目的のために闇に染まった田舎道でも休むこと無くステアリングホイールを離さない。


手紙の内容は父の過去に遡る。

まだ空が産まれるずっと前の事。手紙の宛先である父の親友と共に関東地方の数々の峠でバトルをして、ダウンヒルの親友FC3Sとヒルクライムの父S30Zで無敗記録を樹立した事があり、そこから住む場所が変わり、次第に連絡を取る頻度も減少して行ってしまったのだ。

それから幾年過ぎて、久しく手紙を送ろうと文面も書き上げられていたが、未完成のまま父は亡くなった。


その手紙の中に、空にとって気になる事が記されていた。

生前数年前に、父は当時関東制覇を達成したS30Zをベースに、老後の資金を注ぎ込んで現代のハイパーカーにも引けを取らないチューニングを施していた。エンジンも持てるツテを駆使してRB26を搭載し、更に公道を走れる上にチューンナップを重ね、700馬力を発していたという。

そんなマシンにも関わらず、富士スピードウェイにて福山ナンバーの黒いA80スープラとのバトルで敗北してしまったのだ。

して偶然にも、父の親友は現在福山在住で、その息子が神石高原町にてチューニングショップを経営しているとの事。その名も『GSガレージ』。


その先の事は書かれておらず父は逝ってしまったが、空はこのスープラの事が引っかかっていた。

その当時、空は中学生だったが、その時を境に父は荒れてしまった。元々自信家であった為に、この敗北はかなり堪えてしまったのだと思う。

そこから健康状態も悪くなり、無念のまま……と空は考えていた。だからこそ、このスープラを何としても探し出して、仇を討つ決意を下したのだ。行動力の塊と言うやつ。













高速を降りて数km走っただろうか。長旅の疲れを少しでも癒すために国道沿いのコンビニに立ち寄って、エナジードリンクを購入。エナジードリンクの過信もよろしくないし、糖分が多いので女性が一気飲みするのも褒められた物ではないが、状況が状況のため、致し方無し。よって眼がキマる。

律儀にイートインで缶をゴミにして、店を後にした。駐車場に止めてあったイエローと言う変わった色の手の入ったトヨタ86前期が目に留まりつつ、こう言う車はどこにでもいるんだなと思いながらZのエンジンを始動。再び国道へ戻り、北上を再開した。


そこからまた2キロほど走ったところで、片側2車線だった道が、信号を挟んで1車線に変わる。そこを皮切りに峠の上り道がスタートする。

勾配自体はまだキツくないが、程よくコーナーが点在する趣あるコースだ。



「面白そうな峠ね。初めて来るけど攻めてみたくなっちゃうわ」



ZはATなのでギヤを変えることはしないが、平坦な道を定速度で走っていたアクセルを少し踏み込んでみる。

Z自体の馬力は純正から足回りを中心に少しだけ手を入れて460馬力。元々400馬力だった事を考えるとまあまあなパワーアップ。しかし峠を走るつもりでチューニングしているので、重点を置いているのは足回りである。ブレーキからサスペンション、ちょっとした剛性アップも敢行し、コーナリングだけを見ると純正からかなり向上している。故に、低速でもコーナーが気持ちよく走れて楽しい。


少し走ると一時的にコーナーが消え、上り車線だけ2車線になる。所謂、登坂車線に差し掛かる。すぐ後ろにも前にも車はいないが、左車線にひっそりと移動し、遅い車を演ずる。謙虚なのはいい事。


だが、そこを少し走ったところで、バックミラーから1台の車が確認できた。飛ばしていたワケでは無いので追いつくのも当然かと思ったが、追いついてくるスピードがおかしい。かなり飛ばして来ているのがわかる。



「何かしら。この道にも走り屋がいるのね」



追い上げてくる車を待つかのように、追い抜かれるのを待っていた空。ようやく抜かれて車種が判別出来るようになったのだが、予想外のことで少し動揺を隠せていなかった。



「黄色の86!? さっきのコンビニのやつだわ!」



追い抜いた車は先程コンビニに止まっていた86だった。コンビニからそんなに離れてないし追いつくのも理解は出来るが、オーバーテイクする際のスピードがどう見ても200km/h超えていた。登坂車線が用意されるくらい勾配があるにも関わらず、純正200馬力のマシンにしてはかなりスピードが乗っている。チューニングのレベルが高いことが伺えた。

そんな86に呆気なく抜かれたZ乗りの空がこのまま指をくわえて見てるわけもなく。



「面白いじゃないの。どれだけ手が入ってるか知らないけど、460馬力もあるZがヒルクライムで負けるわけないわ」



豪語した刹那、踏みつけられたアクセル。空搭乗のZの86追撃が始まった。

登坂車線が終わり片側1車線に戻ってから暫くは緩やかなコーナーが続く。無駄にスピードを殺さず滑らかにラインを作れて攻めていても気持ち良ささえ感じながら、遠くまで距離が空いた86のテールランプが確認できる。追い抜かれて5秒足らずで追撃体勢に入ったのに、軽く200mは距離が出来ていた。Zもコーナーを軽くクリアしスピードも乗っていたはずだが、ここまで逃げれるのかと感心さえしてしまう空。

しかし、全然追いつけないというわけでもなく、徐々にその差は詰まっていた。セクションが変わり、ヘアピンが姿を現して1本目辺り、2台の差は1秒程の差まで縮ませた。



「結構な勢いで抜かしてったけど、所詮86ね。3LツインターボのZからヒルクライムで逃げれるわけが無いわ」



86にハイビームを照射出来るくらいに差も縮まり、86のドライバーもどうやらこちらに気付いたようだ。まだまだヘアピンが続くセクションだが、空はバトルを焚き付けるように煽っていく。勝てると見込んでの事だ。


すると86のペースが見えるほどに変わり、先程のような正確なラインを描くミスをしない走り方から大胆さを垣間見れる走りに変わったことを空は見逃さなかった。相手にもスイッチが入ったようだ。

コーナー1つ1つをリアを少しだけ流しつつ、なおかつ角度を付けすぎず無駄なタイヤを使わない速ドリで攻略している。かなりの手練でないと難しいことだ。

空も負けじとそれに食らいつくが、軽量化されていない1.5tを越えるZを振り回す術は空にはなかった。

相手方は軽量化を施しているかは定かでは無いが、ナンバーが8ナンバーなのを見るに、恐らくエンジンスワップを行っているのが伺える。となれば純正エンジンより大型のエンジンが搭載されている、即ち重量増は避けれない宿命のはずだが、それを感じさせない見事なコーナーワークでヘアピンをクリアしていることに空は焦りを覚えていた。


ヘアピンセクションが終了し、2本目の登坂車線が見えてきた。コーナーでジリジリと離された空としては、いくらエンジンスワップされた86でも460馬力のZを越えるパワーはさすがに無いだろうと信じて、ストレートが長いこのセクションでどうにか前に出たい一心だった。アクセルを踏み切れないセクションだったためにフラストレーションも溜まったところだし。


そうして登坂車線に入って長い全開区間を目の前にしてアクセルを底まで踏みつけた空だが、どうやら表情が芳しくない。視線の先には、アクセル全開のZを分かりやすく突き放し離れて行く86がいるからだ。


「なんで!? こっちもめいっぱい踏んでるのに離される……!」


あまりに予想外な展開で頭の中がぐちゃぐちゃに混乱しそうだったが、間一髪の所で我に返り、Zを減速させた。追い込みすぎて大事な車をここまで来てクラッシュさせるのは愚の骨頂だと自分に言い聞かせた。悔しさは残るが保身も大切。

井の中の蛙と言われれば否定は出来ないかも知れないが、空をフォローするとなると、Zの性能は決して悪くなく、重いボディを感じさせない軽やかなコーナリングを見せるポテンシャルがある。

ただ今回ばかりはバトルと言う点で場数を多く踏んで来なかった空に対して、相手の走行ラインやコーナーワークを見るにドッグファイト慣れしていて、車の限界をよく知っている動きであったため、端的に言うと相手が悪かったのだ。


















結局あれから敗北のショックを引きつつ峠を上り、道の駅を過ぎた辺りから少し建物が増えてきた。久しく信号のある交差点を直進して1kmほど走ると、右手に何台かスポーツカーが並べられている車屋を発見。その敷地の奥の方にはコンパクトカーやファミリーカーも並べらていて、周囲の環境を思えば結構な規模のショップだと分かる。

店の構え方もショールームも広く取っており、工場側はシャッターが下りているので設備は見えないが、3台くらいは余裕で入庫できる広さを有している。

空もここだと思い、減速して様子を見ていると、敷地内にライトが点いた車がいた。



「あっ!さっきの86!」



忘れようと必死に抗っていた惨敗の苦汁を舐めさせてくれた86が止まっていたのだ。そのライトのおかげでショップの看板も照らさせて、そのショップこそが手紙にもあった『GSガレージ』であると確認できた。

色んな感情が湧き上がってきてどういう顔をすればいいのか分からなくなってきたが、数日かけて来たのもあって迷うことなく車をショップに入れていた。


86から降りてきた人は、汚れの無い綺麗なツナギを来ていて工業系の人間としては清潔感溢れる感じで、頼りがいのありそうで優しそうな男。怖そうな人間だったらどうしようという不安があった空の頭に、その男のビジョンが入った瞬間そんな考えは宇宙の彼方にでも飛んで行ってしまった。



「あ、……あの!」



この一声から2人の色恋……じゃなくて全国を駆け巡る疾走劇が幕を開けるのだった。


ここまでお読み下さりありがとうございます。

拙い文面ではございますが、何卒よろしくお願いいたします。

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