8話 思惑
一通りの説明を聞いたラリンのお母さんは、さほど驚いた様子もなく淡々としていた。頬に手を当てて、チェリーの方に一瞥やると口を開く。
「家が広くなったから全然いいわ。それよりみんなお腹すいてないかしら。料理振る舞うわよ」
「あ、お母さん、元々そのつもりで来てもらってたの」
「あら、そうなの?なら、ちょうど良かったわ。私の腕によりをかけた料理を振る舞うわよ!」
「お母さん体は大丈夫なの?」
「ええ、今日はすこぶる調子がいいからいけるわよ」
「なら、私手伝うよ。カインサントチェリーさんは椅子に座って待っててください」
リビングに取り残され、言われた通りに椅子に座って帰ってくるのを待っていると、チェリーは椅子に座らずに家の中をウロウロしていた。懐かしむように隅々まで見て回って、時折壁に向かって微笑みかけたりしていた。
「何してるんですか?」
「いや、懐かしいなって。数百年も前のことなのに昨日のように思い出せてさ」
壁に手を当てながら目頭を熱くする。カインにとってはいま来たばっかりの何ともない家なのだが、チェリーにとっては記憶が詰まりに詰まった大切な場所なのだった。
友と語り明かした机は主人を待っていたかのようにくたびれて、壁には喧嘩しあった後があって亡くなってしまった友の面影が残っていた。
「どんな人だったんですか、クリン・アルバルクって」
「……正義感が強くて、図体はがっしりしてくる癖に涙脆くて。でも、人に寄り添える良い奴だったよ。会えるなら、もう一度会いたいね」
「いい人だったんですね」
陳腐で石ころのようにころがっている言葉で傷を救えるものだろうか。吐露した気持ちに少しでも寄り添えれたら良かった。だけど、カインはチェリーの胸の内に入り込めなかった。一人取り残されて数百年後に目を覚まし、愛する仲間はおらず世界は変わりに変わっていた。そんな彼女にどんな言葉をなげかけてやればいいと言うのだ。答えはない、正解もないが今は仇となる。
絞り出した言葉にチェリーは少し微笑んで、ありがとうと返す。
少し経つとラリン達が大皿に料理を盛り付けて待っている二人の元に持ってくる。トマトソースのドレスを身にまとった魚の匂いが充満し、空腹の腹を泳ぎ回って刺激する。口の中はヨダレで濁流して、今にも溢れそうな勢いだった。
「さあ、いっぱい食べてください!」
「いただきまーす!」
勢いよく箸をつけ、口に魚の切り身を頬張り込むと甘みと塩っけの鱗をまとった魚がビチビチと跳ねて旨味を飛び散らす。頬が落ちてしまいそうな美味さに笑みがこぼれる。
美味しい、美味しい、と箸をすすめてあっという間に完食する。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「数百年前はこんな美味い料理なかった。久しぶりにトマト料理を食ったなあ」
「良かったです、喜んでもらえて。それじゃあ、後片付けしちゃいますね。お母さんも休んでて」
「私も手伝うわよ」
「いいの。お母さんは休んでて」
「あ、なら俺手伝います。ご飯をご馳走してもらったのに何もしないのは流石に気が引けますから、休んでてください」
「あら、そう?なら、言葉に甘えちゃおうかしら」
「私は満腹で動けないからここで待っとくね〜」
「師匠は恥じらいというのもを覚えてください」
「それじゃあ、カインさんお願いします」
「いいよ、気にしないで」
二人は食べ終わった食器を台所に片付けに行く。
「よし、二人とも行ったね。ねえ、お母さん。何か知ってるでしょ?」
「知ってるってなんのことかしら」
「この家がでかくなった時、お母さんはそんな驚いた様子ではなかった。最初からこの家の秘密知ってたでしょ?」
「流石は勇者様ね。そうよ、この家の秘密もあの伝承のことも知ってる」
「……なら、話が早い。ラリンをパーティに入れても?」
「世界を救うためですか?それとも世界をやり直すためですか?」
「もう世界のやり直しは効かないさ。今回は世界を救うためだよ」
「……それならいいでしょう」
「ありがとう。必ず、生きて返すと約束する」
ではまた。