6話 手合わせ
昨日の見え透いた煽りに乗ってしまったカインはチェリーと手合わせすることになった。そして、太陽がさんさんと輝く中二人は相見えていた。
「カイン、負ける準備は出来たかい?」
「最初から負けることなんて想像してませんよ、勝つことも想像してませんけどね」
「じゃあ何を想像してるんだい……」
「引き分けですよ。それが一番有り得そうな未来ですからね。情けないと罵ってくれてもいいですよ、本当に情けないですからね」
メラメラと燃える闘争心を瞳に宿らせながら、似合わないセリフをベラベラと言うカイン。プライドなんてあったもんじゃないセリフだったが、言っていることは正しかった。
チェリーとカインの力の差は例えるなら肉食動物と魔物だ。肉食動物はごく稀に魔物を倒すことがある。ほとんどが手負いの魔物だが、剣聖の力を失ったチェリーは手負いと言ってもいいだろう。一縷の希望を胸に抱いて、燃えゆる闘争心で差のことを忘れる。
「カイン、素手か剣。どっちがいい?」
「二代目剣聖ですよ?決まってるじゃないですか、素手で」
「その流れは剣を選ぶ流れだろう。何で素手なんだよ」
「師匠も昔は剣聖でした。てことは、百パーセント剣の技術はかなわないので素手にします」
「うん、やけに冷静に分析してるね。そこはそれを知っててもぶつかってくるもんじゃない?本当に情けないよ、カイン」
「情けなくても死なないことが優先事項です」
「いや、殺さないよ。なんで殺す前提なんだよ、私が」
「師匠、無駄口はいいので早くやりましょう」
「無駄口を叩いているのはどちらかと言うとカインの気がするけど……まあ、いいや、やろうか」
和やかだった雰囲気がメラっと変わる。空気が歪んだと錯覚するほどの闘志がチェリーの身から溢れ出る。森はざわめき、鳥達は空に飛ぶ。
風が肌を一撫でする瞬く間、チェリーはカインの懐を取っていた。気付いた時には拳は眼前にあった。顎に指が掠ったが瀬戸際で避ける。
前髪が強風にあおられたみたく揺られる。身体が本能が呟いてる、当たったら死ぬと。次に次に繰り出される拳をすんでのところで避け続けるが、長くはもたない。防戦一方で、カウンターを試みても、いとも簡単に防がれてしまった。
カインは赤子のようだった。一ヶ月死ぬ気で特訓をしたが、なおも届かない壁。剣聖の力を失い残ったのは、多少の魔法と培った戦闘のノウハウだけ。それだけなのにチェリーは強大だった。
一発。せめて一発。その一心で攻撃を防いでいくけど叶わずに倒れてしまう。拳がみぞおちに入り、臓腑が潰れたようで息が上手く出来ないまま地面を舐めることになってしまった。
「おーい、大丈夫か?」
「……なんとか」
「なら、良かった。いや、あそこまで攻撃を防がれるとは私も衰えたもんだ。全盛期ならば一発でいけたはずなのに」
「あれで衰えたってどんだけですか。こっちは必死だったんですよ」
衰えたなんて言葉は嘘にしか聞こえなかった。あんなに攻撃を繰り出して、息一つ切らしていない。これで衰えたというならば、全盛期はどれほどの強さだったのか。カインは想像すらしたくもなかった。
「必死だった弟子を慰めるために今から街へ飯を食いに行こうか」
「奢りですか?」
「図々しい弟子だね。まあ、私の奢りでいいよ」
「ありがとうございます」
痛む腹を抱えながら二人は街へ行く。時刻は昼時で街は人で賑わっていた。砂埃を上げて通り過ぎて行く馬車、魚を売り捌く商人、職もなくうろつくチンピラ。多種多様な人間で街は構成されている。
「変わったねえ、この街も」
「師匠の頃はどんな感じだったんですか?」
「荒れ果てたどうしようもない街だったよ。そこら辺でいざこざやら暴力やらで、もう無法地帯さ」
「へえ〜、今の姿からじゃ考えられないですね」
「だろう?でも、時代は変わってもそういう奴らはいるもんさ。ほら、あそこにも」
チェリーが指さす方角は薄暗い誰も通らなさそうな路地裏。目を凝らしてみるとオレンジ色の髪をした少女が、モヒカン頭のいかにもチンピラといった三人の男に絡まれていた。抵抗しているように見えたが、多勢に無勢だった。急いで少女の元に駆けつける。
「おい、そこの汚物!その後から手を離すんだ!」
「あぁ?なんだおちびちゃん。正義のヒーロー気取りですかい?」
「ち、ちびだと?おいモヒカン、それ以上言うとな……」
「なんだ、怖くて言葉も出ないか?」
腕を握られている少女は怯えた様子はなく睨みつけるように三人を見ていた。胸にはクマをかたどった鉄製のネックレスがぶら下げられていた。それを見たチェリーの言葉が詰まる。
「師匠?どうしたんですか?」
「いやあ、ちょっと事情が変わった。さっさとコイツらやっつけるぞ、カイン」
「え、あ、はい」
声色を変えてモヒカン男を撃退したチェリーは少女の元に詰め寄る。
「君、そのネックレス」
「こ、これですか?」
「そう、そのネックレスについて聞きたい。なんでそれを持ってる?」
「先祖代々受け継がれていくネックレスだと母から聞いてます。私がこれを受け継いだのは父が亡くなった時なので、もう五年ぐらい前のことでしょうか」
「名前を聞いても?」
「アルバルク……ラリン・アルバルクです」
「そうか、君があのアルバルクの子孫か!あんなむさ苦しい男からこんな美少女が産まれるなんて」
「あの、師匠。さっきから何言ってるんですか?」
「あぁ、そうか。カインには言うべきだね。この子は私の元パーティメンバー、クリン・アルバルクの子孫なんだよ。このネックレスはそれを分かりやすくするために私たちが残したものなんだ」
「え、ええええ!!」
ではまた。