4話 お願いしますよ師匠
目を逸らしたくなるような地獄の特訓が始まって一週間が経った。町を歩けば人の視線が痛くなるほどには筋骨隆々なほどに、カインの体は見違えるように変わっていた。ドランとコットンもオークのようになった自分の甥の姿を心配してきて、その度に大丈夫だと言ってきていた。
ドランは甥が筋肉に目覚めたと違った解釈をしご飯の量を倍にした。しかしその解釈の仕方は、特訓によりカロリーを多く消費するカインにとっては有難かった。バクバクといつもよりご飯を食べるようになって、ドランは嬉しそうにしていた。
ちなみにコットンはというと、男のすることに口出しは要らねえ、とキザなセリフを吐くようになって気にするのをやめていた。
特訓を続けても死なない理由は単純で死にかけたらチェリーが、体力回復の魔法をかけて無理やりカインの体を動かしていたからだ。
最初のうちは五十回以上死ぬ思いをしていたが、一週間経った今は二十回ほど死ぬ思いをするぐらいになっていた。チェリーは石の上に座り、カインが死にかけたら飛んできて魔法をかけて、また定位置に戻り応援だけをするという悪魔の所業を繰り返していた。
特訓を終えた時には夜も更けて、森は真っ暗闇のベールに包まれていた。気温を上げていてくれていた太陽は勤務の時間を終えて、月に交代していた。そのせいかほんの少しだけ肌寒くて、乾いた汗が寒さを加速させる。
石の上で待っているチェリーの元へ行き、この一週間で芽生えた疑問を投げかける。
「……チェリーさん一つ聞いてもいいですか?」
「ん?珍しいな、どうしたなんでも聞いてこい。ばっちこいだ!」
「どうして平和な世界なのにこんな特訓をさせるんですか?剣聖の力を使えるようになる、という他にまだなにか目的があるんですよね?」
「うーん、察しがいいね。さすが私が見込んだ弟子なだけある。とりあえずは寒いから焚き火でもしようか」
平和な世界でこんな特訓をする必要性は無い。なのに、チェリーは躍起になって特訓を続けさせている。他に目的があるんだと、カインは薄々察していた。
そして、チェリーは表情を崩しながら頬をかいて目的が他にあると言い、指を一回パチンと鳴らすとどこからともなく焚き火が湧いて出てきた。パチパチとオレンジの炎が淡く森を照らす。
「それで目的っていうのは」
「魔王復活の阻止」
揺らめく炎、ドクンと心臓が波打つ。静かに囁くように数百年前に相い打ちで倒した魔王の復活をカインは聞かされる。
魔王の復活、それは数百年前の悲劇の繰り返しを意味していた。血を血で洗い、世界には人の悲鳴が雷鳴のように響き渡り、安寧という文字が似合わなくなり絶望という文字が似合うようになる。
「……魔王の復活ってチェリーさんが倒したはずじゃ」
「私はほんの少し猶予を作っただけ。持てる力を全て使っても、奴を封印するのがやっとだった。数百年後に蘇るであろう魔王に対抗すべく、私も眠りについたのだが、力の代償に剣聖の力を使えなくなってしまっていた」
「だから、俺に剣聖の力を?」
「私は私の波長を感じとれるものを探していた、何十年も。そう、それが君だったんだ」
伝承では倒されたと記されていた魔王は封印されており、またその息を吹き返し世界を恐怖に陥れようとしているという、真実にカインは身を震わせながら驚く。
そして、不思議と自分が世界を救わなければならないという気持ちが心からフツフツと湧き出る。別にカインが救う義理もない。救いたいと思うのは剣聖になってしまったせいだろうか、自分が世界を救わなければと思うのは。
「なるほど。それが俺の使命ってことですか」
「待て待て、なんでそんな前向きなんだい?」
「え?だって、誰かがやらなければならないのでしょう?なら、二代目剣聖である俺がやるしかないでしょう」
「カイン、君はおかしいよ。勝手に二代目剣聖にさせられたというのに自分がやるしかないなんて」
「いや、勝手にしたのはそっちですよ。なってしまったなら、なってしまったなりに責任は取りますよ。だから魔王と戦うためにちゃんと教えてくださいね、師匠」
「……いいだろう愛弟子よ!じゃあ今から特訓だ!」
「いや、疲れたのでしませんよ。この流れでいけると思わないでください」
「ええ、いけず」
いい雰囲気になって無理やり特訓を強行させようとするチェリーの誘いはキッパリと断る。ほっぺを膨らまし、ブツブツと小さい子供のように文句を言っているチェリーを他所にカインは決意を固めていた。
この満点の星空を守れるのはこの世界でただ一人だけ。人々の笑顔を守れるのはただ一人だけ。魔王の魔の手から世界を守るため二代目剣聖は立ち上がり、カイン・ローズベルトの冒険譚はここから始まった。
ではまた。