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ローズベルト冒険譚  作者: 青いバック
プロローグ
2/9

2話 忠告はしっかりとしましょう。

 軋むベットに横になって、窓から見える星空を見上げる。剣聖になったという現実が未だに受け止めきれずに気持ちの整理がつかずにいた。


 地位も名誉も何も無かった鑑定士というスキルが消え、引き換えに得たのは神の域とも称される剣聖というスキルでズルをしているようでいたたまれなかった。世界にはカインと同じ鑑定士がごまんと溢れかえっていて、冒険者になりたかったはずなのに夢を諦めた者たちがこれでもかといる。それなのに、自分は素質があったからという理由で半ば強引に剣聖になれて、それは偶然起きたことで望んでなったことではない。


 一人のちっぽけな人間がこんなことを悩んだところで何も変わりはしない。悩んだところで起きてしまったことは変わらない、隠しとけば誰にもバレないし何も言われない。けれど、やはりどこか悪い気がしてならなかった。


 とりあえずはまた明日あのペテン師勇者の元に行って、また考えるとしよう。解決されない悩みを胸の内に抱えたまま眠りにつく。


 星空が見えていた窓から朝日の光がカインの顔を照らす。ひとつ大きな欠伸を吐いてからベットから身を起こす。部屋を出て突き当たりの所にある手洗い場で眠っている顔に冷たい水をかけて目を覚まさせる。


「ドランおばさん、おはよう」


「カイン、今日も早いね。朝ごはんもう少しで出来るからね」


 階段を降りて一階に行くと、せっせと朝ごはんの準備をしているドランおばさんがいた。カインは両親を幼い頃に亡くしており、母の姉であるドランの家に身を寄せていた。


 ふくよかな体型で栗色のパーマかがったドランはいつも朝食を多く作っていた。なんでも、カインは食べ盛りでこれから身長が伸びていくのだからいっぱい食べなければならない言い、とてもじゃないが食べきれない量を毎度のこと食卓に並べていた。残った料理はドランと夫であるコットンが腹に詰めている。


「コットンおじさんは?」


「一足先に工房へ行ったよ。あの鍛治バカは本当にもう」


 コットンは鍛冶場を経営しており、その腕は町一番とも称されている。鍛冶場に篭もりすぎて家に居ることの方が珍しく、ドランは毎日コットンに残った朝食などを鍛冶場に持っていている。ぶつくさと文句を言いながら朝食を作り終えた、ドランと一緒に朝食を食べる。


 食べ終わった食器などを片付け、二階にある部屋に戻り森へ行く準備をすませる。


「ドランおばさん、ちょっと出かけてくるね」


「あっ、そうだ、カイン。出かけるならちょっとお使いを頼まれてはくれないかね」


「全然いいよ」


「そりゃよかった。これをあの鍛冶場バカに渡してやってほしいんだ。本当は私が持っていきたいのだけどね、この後予定が入ってて、悪いね」


「いいよ、気にしないで。これをコットンおじさんに渡せばいいんだね。それじゃあ、行ってくるね」


 ドランからカインは朝食の残りを詰め合わせた弁当を手渡される。コットンの鍛冶場は家から徒歩十分圏内にあり、角を曲がって右、そして左、またまた右と頭がこんがりそうな複雑な路地の先にある。


 煙突から煙をモクモクと天へ排出している炭の匂いが鼻をくすぐる工房。ここが町一番の鍛冶場と呼ばれるコットンの仕事場だ。


 鉄で出来た重たい扉を開くと、カンカンと鉄を叩く甲高い音が鍛冶場内に響き渡っている。鉄をも溶かす熱の暑さで、汗が額に垂れてくる。


「コットンおじさんー!弁当もってきたよ!」


 危ないから扉の前までと言われているため腹の底から声を出し、最奥にいるコットンを呼ぶ。数分した後に、炭にまみれたコットンが奥の方から金槌を持ったまま出てくる。


「カインか悪いな、持ってきてもらって。これ、駄賃だ。貰っておけ」


「ありがとう、コットンおじさん」


「ん?その格好今からどっか行くのか?」


「うん、ちょっと用事があってね」


「そうか。気をつけていけよ」


 コットンから貰った駄賃を手に握りしめて、カインは鍛冶場を後にして森へ向かう。


 森の中を駆け抜けて断崖絶壁に開けゴマと言う。昨日と同じように壁が動き、中へ続く道を降りていく。


 青白い部屋にイビキが響き渡っている。鎖があった場所にベットを置いてヨダレを垂らしながら、だらしない格好で寝ている勇者がそこにはいた。カインは、剣聖のおでこにチョップをかます。


「いでっ!」


「いつまで寝ているんですか。イビキとヨダレまで垂らして、だらしないですよ。剣聖ともあろう人が」


「……元だからだらしなくてもいいだもん」


「屁理屈こねないでくださいよ。ほら、早く起きてください」


「なんだよっ!お母さんみたいなこと言いやがって」


「私はあなたに無理やり剣聖にされた立場ですよ」


「……それはすまなかった」


「反省しているならいいです。でも、俺だけがこんないい思いしていいんですかね」


「どうしてそう思うんだい?」


「だって、鑑定士というスキルで冒険者を諦めた人もいるんですよ。それなのに俺は神の域と言われるスキルをたまたまで手に入れた。不公平じゃないですか」


 剣聖はベットに姿勢を正して、目をじっと見つめる。心の底を見透かすように。


「不公平じゃないよ。私が君がいいと思って選んだんだ。それにそのスキルを手に入れたのもたまたまじゃない。声が聞こえたのは君一人なんだよ。偶然のように思えてるようだが、これは必然だったんだよ。君が剣聖になるのはね」


「……そういうもんですか?」


「そういうものさ。人生というのは一期一会なんだよ、人生というのはね」


「一期一会?」


「あぁ、奇跡みたいなものさ。それと君と呼ぶのも嫌だね。名前を教えてくれる?」


「カイン・ローズベルト。俺の名前です」


「いい名前だね。私の名前は()()()()()()()()()。チェリーでもブロッサムでも好きな方で呼んでくれたまえ」


「えっと、それじゃあチェリーさんで」


「それじゃあ名前も聞いたところでカインに一つ聞きたいことがある」


 チェリーの表情が変わり、空気が少しピリッとする。カインも空気に気圧される。


「は、はいなんでしょう」


「スキルとかまだ力試しはしてないよね?」


「自分だけが不公平だと思ってたので使う気にもなれませんでした」


「なーんだ。なら、良かった。今使うと力に体が耐えきれないで死ぬところだったよ」


「なーんだ、危ないですね。って、そういうことは先に言っておいて下さいよ!もし使ってたらどうする気だったんですか、死んでますよ俺!」


「その時はその時。人生は一期一会」


「言い訳になってませんから!」


スキルを使っていたら死ぬという危ない忠告をチェリーは言い忘れていた。カンカンに怒ったカインの怒鳴り声が青白い部屋に響き渡る。

ではまた。

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