【ミアリーとアンベルク】
この世の全てと言えば大袈裟かもしれない。
それでも、そう錯覚してしまうほどに、心の中から身体の芯から端まで、憤怒していた。
自分の培ってきた力を誇らしく思い、
誰よりも素晴らしい女領主にして、騎士。
歴史に名を残す、後世に語り継がれる女。
それが自分なのだと。
たとえ、男であってもその事実はある。
女とか男とか関係ない。
ミアリー・シュルワこそ、この時代の象徴。
そう成れる。そう成れるほど、何もかも研鑽し、手に入れてきた。
「ねえ、チョウ。この戦争が終わったら、私、婿を探すわ。」
護衛兵士にそう言えば、仏頂面をそのままに「あんたの婿とか大変だな」って言ってくる。無礼な物言いにクスクス笑って、私はチョウに振り返る。
女性が着ない男性物の服は、動きやすくて。髪なんか戦いに邪魔だけど、これだけは切らないでと母が懇願したから、束ねた髪が揺れる。
「まさか。世界で一番幸福な夫よ。」
そう言って、微笑った。
「息子が生まれた。」
秘密裏の出産だった。
私に隠れての。私が胎児を殺すかもしれないから。
父のその言葉は、青天の霹靂。
でも、
「そう。今更弟ができたところで」
そう出来たところで。
私が築き上げてきた功績と貢献は、不変だ。領地民も家臣も、他貴族だけじゃない、他国ですら私を畏れ、敬っている。この地位は、不動だ。
「当主は、その子に継がせる。」
キンッ!!!!!!
父親の首に刃を向ける。父の護衛騎士がその刃を受け止めるが、私の方が力があるのか、彼は踏ん張りが効かない。殺される危機に瀕してるのに、父はそれでも私を見つめていた。
「これは、四大貴族の当主と家臣達の総意だ。」
「………………………は?」
家臣??家臣って、家臣??
‘ミアリー様!!!‘
頭に浮かぶ、共に生きてきた家臣達。
「ミアリー。……お前は、私の誇りだ。美しく、賢く、強い。家臣達もお前が当主であると思っていたが、それでも息子が生まれ揺らいだのだ。」
「なに、が……」
「子の代までも、女に仕えるのか。と、疑問に思ってしまったのだ。」
「………ーーーは?」
父は悲しそうに目を伏せた。
「お前は、生まれる時代を間違えたのだ。」
あの日の、その言葉が鼓膜を震わせた以降の記憶はない。
大好き。
私の民。
大好き。
私の家臣。
大好き。
私のシュルワ家。
大好き。
私の生き方。
全部、大好きな人達に
大好きな生き方を否定された。
「ぁあぁあああぁあああーーーーッ!!!!!」
私は、あの日から狂ったんだと思う。
「ミアリー。紅茶飲まない?」
仕事の合間をぬって、現れる私の夫。
幼い頃から知っている。優しくて、頼りのない、でも慈愛がある王子。彼を主にする気ではいたけれど、夫になるとは夢にも思ってなかった。
「……貴方、ちゃんと仕事してるの。」
「勿論さ。ミアリーが嫁いで良かったと思える王になるよ。」
「……。」
彼は、初夜の日からそう言った。
傷ついた私を哀れんでいるのだと思う。屈辱だ。こんなヤワな男に私は哀れまれるほど、惨めなのだろう。
「そうだ。あと、ミアリー。意見が聞きたくて。この前さ、カユ地区で大雨があって…」
「それなら、こうして、こうすれば良いんじゃないかしら。」
「なるほど!さすがミアリー。君が后で良かった。」
柔らかく微笑みかけてくる貴方が、嫌いだった。
幼馴染、主従。その時は何とも思っていなかったが、夫になって同情してくる彼は、嫌いだった。
寝首を掻いてやろうかとか沸々と浮かぶのは、シュルワ家の復讐のため、彼を利用することだった。
英雄として名を残すのではなく、悪女として名を残す。そんな未来が頭に占めていた。
でも、
「ミアリー!やった!君のお陰だ!カユ地区が復興できそうだ。資金も国庫だけじゃなく、貴族達からの援助ももらえそうだ。」
貴方の笑顔は、私の殺意を萎えさせる。
あまりにもヘラヘラと笑うから、自分がこんなにキレていることが馬鹿らしくなる。
馬鹿らしくて、でもどうしても許せなくて。
頭がおかしくなりそうだった。
彼が王になり、そして私はアーサーを生んだ。
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
「男児です!やりましたね!王妃!」
男、か。
本当だ。私に似て、そして彼にも似てる。
男なら、そっか。王子になれて、王になれるのね。
そっか。良かったわね、お前。
そんな風に思いながら、つんつんと生まれた赤ん坊の頬をつつく。
バンッ!!!!
大きな音と共に現れたのは、息切れしたアンベルク。私とアーサーを見、飛び込むように私を抱きしめる。
出産直後の身体には、それは苦痛で。離してくれと言おうとした。でも、
「はーーーー、良かった。ありがとう、ミアリー。子供も無事で、君も無事で嬉しい。」
その言葉が届いて、目を見開いた。
「陛下、男児ですよ!おめでとうございます!」
助産師の言葉にアンベルクは顔を上げて、赤ん坊を見る。
「本当?わぁ、なら、アーサーって名前だ。女の子ならアンリにするつもりだった。」
私の目は益々開いていく。
それは、女の子でも良かったってこと……?
「ミアリーの子なら、始祖王にも負けない名君になるよなぁ。男の子でも、女の子でも。絶対。
はー、この国は安泰だな!はは!責務が終わった気がするよ。ミアリー、早く子供を立派に育てて、俺らは引退しような!」
女王でも良かったってこと…?
出産でボロボロになって、美しくもない母に、彼は凄く尊いものを見るような目で私を見、慈しむように微笑んだ。
「ーー本当に、俺の后が君で良かった。
好きだよ、ミアリー。」
ああ、もう、、もう駄目だ。
アンベルクの肩に顔を埋める。涙が溢れそうで、でも耐えてみせた。もう良いと思った。
大好きだった。
私の民。
大好きだった。
私の家臣。
大好きだった。
私のシュルワ家。
大好きだった。
私の生き方。
さようなら。
そして、
大好き。
アンベルク。
大好き。
アーサー。
大好き。大好きよ。
貴方達が大好き、私の太陽で海。
貴方達二人が、報われない人生を送るのは耐えきれない。アンベルクの治世は、安寧であってほしい。アーサーの治世も、そうであってほしい。
でも、アーサーはさすが私達の子で。凄く凄く名君の資質があった。私の才能を受け継ぎ、アンベルクの精神を受け継いだ。
この子は、始祖王どころじゃない。
素晴らしい王の器。
でも、でも、この時代も制度も、彼を飾りの王としてしまう。
ねえ、アーサー。
虚しくならない?
ねえ、私。
アーサーに同じ目に合わせるの?
時代のせいだと言って、この子の天賦を否定するの?
だから、私はあの男の提案に乗った。
全部、全部壊して。
この国に巣食う貴族も、制度も、宗教も。
壊せるなら、壊して。
壊して。
ミアリーの身体が倒れていく。
アンベルクはその身体を抱き締める。優しく、優しく。アーサーが生まれたときよりも、優しく。
ミアリーの表情を見ると、とても幸福そうに微笑んでいた。そして微かに目を開いて、アンベルクを見る。アンベルクはその顔を見、苦しそうに顔を歪めた。
ポタ、ポタ……
ミアリーの腹部には短剣が刺さっていた。
「ミアリー。」
アーサーを英雄にするために、君は国民を犠牲にした。それは王として、見過ごすことは出来ない。
君もそれを分かっていて、それでも俺にそれを打ち明けた。死刑にされるべきと分かっていた。俺すらも、英雄にするために。
シュルワ家も関わっていたとすれば、これでもう四大貴族は終わりだ。アーサーは、飾りではなくなった。
アーサーも俺も、飾りで良かった。
飾りで良かったんだよ。
特に俺は、君に相応しい夫になりたかっただけだったから。
「ミアリー、次、もしも次の生があっても、君は俺を夫にしてくれるかな。」
君が自由に動き回るのを俺はただ見ていたい。
ミアリーは、微かに頷く。
俺は、ふはっと泣き笑いをする。
「俺は、世界一幸福な夫だな。」
ミアリーの脳裏に過る、いつかのチョウとの会話。
ああ。そうか。
私が培ってきた全てのことは、全て全て、貴方を幸せにするためにあったのね。
………ごめんなさい。
とんでもない悪事ばかりしてきたのに、最後の最後に幸せを感じて、ごめんなさい。
でも、どうしようもないの。
アンベルク、アンベルク、アンベルク。
微かに消えていくアンベルクを目に焼き付ける。
来世は、私が貴方を最初から手に入れるの。貴方を最初から幸せにする。
貴方のために生きていくの。
大好き、大好きよ。
私の、幸福。
私の………王。




