ーーまるで、それは…
「殿下!!!!」
護衛騎士の1人が、アーサーに飛んできた弓を叩き落とす。アーサーはそれを気にもせず、馬を走らせ、戦場を駆け巡っていた。
市民が逃げ惑い、両軍の兵士が入り乱れだ現状は混乱の2文字では表せないほどに錯綜としていた。
アーサー達の一団は旗を掲げ、混乱している市民達を避難誘導していた。
アーサーの声は、怒号と爆音などの中でもよく通り、パニックを起こしている民は縋るようにアーサーを見、そしてアーサーの指示に従い、この町から離れようとしていた。
町の離れには、中央から来た援軍が避難民達を囲んで守っていた。
「アーサー!!!!!」
「!ミキル!!」
アーサーのすぐ横に馬を走らせてきたミキルは、おびただしい血飛沫を浴びていた。だが、疲労は見えるが、特に深い傷はないようでアーサーはそれに安堵し、戦況について聞く。
「あらかた指示役の奴らは殺したが、恐らく今回の軍を率いていた将軍らしき人間が見えねえ。」
「……死んでるのか。」
「こんな状況だ。ありえなくもねぇよ。」
アーサーは思わず舌打ちをした。
首を掲げれば、敵軍が戦意を喪失するかもしれないのに、首が無ければ戦意を失わせる手立てがない。
この混乱化した状況を早急に打破しなければならないが、どうしたものか。
「あと、ウィリアム・クルワンだっけか?裏切り者。そうゆう系の奴も見えねえんだわ。」
「………ウィリアムは死んではいないだろう。が、今はウィリアムを捕らえるよりこの混乱を鎮めるのが先だ。ミキル。」
「あ?」
「ーーー爆薬は持ってきているか。」
その問いに、ミキルは少し面食らった後にニヤリと嗤った。
「アーサー。持ってきてねえけど、そうゆうのは簡単に作れるんだよ。30分後だ。」
「分かった。」
アーサーは、少し考えた後に、目の前の大きな建物を指差す。
「あそこを爆破しろ。」
護衛騎士達はギョッとするが、ミキルは「分かった。30分後にまた来る。」と淡々と言い、その場から離れていった。
「で、殿下っ、あ、あの…!」
恐れ多くもと言った様子で、護衛騎士の1人が声を上げようとしたが、アーサーは目で制した。
そして、自分を囲む護衛騎士十人に指示を出す。
「今から建物内を確認する。外にいる避難誘導は、引き継ぐぞ。」
アーサーは伝令を飛ばし、そして馬を方向転換させる。護衛騎士達は戸惑いつつも、アーサーの背中を追った。
アーサーの頭の中は戦況の整理と同時にウィリアムの思考を読み取ろうとしていた。苛立つかのように目が鋭くなる。
護衛騎士達は、神を恐れぬ所業をしようとしているアーサーに畏怖の念すら抱く。ハーデン聖堂の爆破。それは、いくらこの状況を変えようとしてのことでも思い浮かばないだろうし、浮かんだとしても、実行しようとしないであろう。
こんな状況なのに、騎士たちの頭に浮かぶのは、ハーデン聖堂の価値とこの国の宗教、自分自身の信仰心。そう。幼いときから根付いた価値観が今揺れ動いている。国教とは、そうゆうものなのである。
「ユ、ン様?」
ミランダの震える声に、もう生気の失せたユンはしばらく悪魔2体とウィリアムを見たあとに、ミランダの方を見た。
「……ミランダ。」
嗄れた老人の声に、ふとミランダは痛感した。この目の前の老人は、間もなく亡くなると。
無意識にユンの皺だらけの手を握る。
「…この秘密が露見すると、この国の国教が変わる。信じていた宗教が悪だと知られれば、人々の拠り所は無くなり、混沌と混乱を招く。これだけが理由ではないが、でも、我はだからこそ秘密を隠したかった。それでも時代は今変革を求めているのだろう。……国は、変わらざる負えない。」
ユンの瞳がそっと柔らかくなる。
『ユン、貴方はもう』
「どうかこの混沌となる世界で、ユリアの結末は悲劇で終わることのないよう、どうか助けてやってくれ。」
「ユン様…」
貴方は最後まで、ユリア様のことなのですね。
まるで、それは…それはまるで、
ミランダはユンの手を握る力を強める。
ユンは力無く微笑んだ。
そして、その時だった。
ミランダの頭に行ったこともない記憶が一気に流れた。
えっ?
早送りで流れていく記憶は、経験したことのない、見たこともないもので。なのに、それは……自分の確かに経験したことのある、存在する記憶として流れていく。
『お前が好きだ。』
私に好意を伝えてくれる、私を巻き込んだムカつく主。
『…はは!フィリップがベタ惚れだな。面白い。』
そして、満面の笑みを浮かべるアーサー殿下。
『ありがとう、ミランダさん。』
どこか小さく微笑む、ユリア様の弟。
そして、そして。
『ーーねえ、死んでくださらないかしら。貴女。』
私を見下し、蔑視するユリア様。
いきなり流れ込んだ記憶を前にミランダは、驚くと同時にユンより先に倒れ込んだ。ドサッと倒れたミランダに、マクシミリアンが驚きの声を上げる。
「ミランダさん!?」
ユンは、倒れたミランダの頬に手を伸ばす。
そして、自分の中にあった全ての力が尽きたことを実感する。
役目は終えました……女神……
たとえ、呪われた力だと思えても、それでも人を助けてきた。たとえ、たとえ、この力を、この運命を呪ったとしても、それでも……女神、貴方のことを嫌いにはなれなかった。
『あら、私も貴方が本当に愛しいわ。ユン。』
ユンの視界が薄れていく中で、目の前に女神が現れた気配がした。
ユンは微かに笑って、そして目蓋を降ろそうとした。
「ユン様。」
でも、ユンの鼓膜に響く凛とした柔らかな声。
ユンはミランダに握られていた手とは別の手を冷たい手に握られた。
ユリア
そう口が動いたが、もう声は出ない。
最後に姿を見たいのに視界は真っ暗で、身体も動かない。
「ユン様、お疲れ様でした。…ありがとう。」
目頭に伝う涙の感触。
ユンは、安心して目蓋を下ろした。
"ユン兄ちゃん!!!"
声がする。
"ユン"
声がする。
家族の声がする。
そっちの方に呼ばれて、幸せで。そっちに向かって、身体を動かす。
父さんと母さんに会ったら聞いてみよう。ユリアの目を見ると、身体が固まるような感覚になって、ずっと見ていて欲しかった。彼女の声で呼ばれる自分の名前が幸せだった。まるで、それはまるで……




