ただの、賭け。
「ユン、これは秘密だよ。」
そう言って、前任の大司祭は棺を開けた。
人骨があることに驚きつつ、何故人骨が秘密なのかと疑問に思い、前任者を見る。
15歳くらいにしか見えない見た目の前任者は、人骨を見たくないかのように目を背け、こちらを見る。苦しそうに顔を歪めた後に、ごめんねと言った。
ごめんね、これからはお前が苦しむ。
そう前置きをして告げられたのは、自分の力についてだった。
「聖力とは、女神に愛された者が使えることは間違っておらぬ。ただそれは条件に過ぎぬ。
女神に愛された者は、他者から生命力を奪うことで、聖力を使える。」
淡々と涙の跡を拭うことなく話すユンは、快活な少年のような姿とは一変した。ミランダはそんなユンに恐怖すら感じた。
人形のように見えた。
「うば、う…?」
「そうじゃ。譲り受けるのではない。奪っている。……使用時に、無意識に。
聖力を使える者がすぐにハーデン聖堂に呼ばれるのは、無意識下で奪ってしまうからだ。人の命を。」
「誰かを治すことで、別の誰かの命が削られる。治癒の対価としては妥当だな。」
「その別の誰かって…」
「それは、分からぬ。近くにいる者複数か、半径20キロ圏内の誰かじゃ。……治療分を奪うから死ぬのか死なないかは分からぬが。」
「………。」
マクシミリアンもミランダも言葉を失った。
それをこの王朝が生まれる前から信仰していたとなると、何と恐ろしい物を信仰していたのか。そしてそれを国教としていたのかと恐れる。確かに人の命は救われるが、対価があると考えたことはなかった。
マクシミリアンは、もう一度棺に目を向ける。
「その棺の中にあるのが、アルドレイ様の骨だと仮定して、生贄とは?またなんでそれがここに?」
聖力の秘密と何か関係あるのだろうか。
ウィリアムは少し思い出すように視線を流し、そして語り出した。
「この国だけじゃなく周辺諸国の歴史などを調べる中であることが分かった。
死者の数が、この国は周辺諸国の中で多かった。しかもそれは、戦死者などの数ではなく、逆に戦後に起きた死者数が兵士ではなく、民間人に異様なほどに多かった。」
マクシミリアンは目を見開いた。
自分も数ある書物を読んできたが、ウィリアムが読んだのは書物以上のこと。ただの記録だ。それは医療から、更には墓地など数など読む価値すらない、ただその関係に携わる者が医療の記録や葬儀の記録から残しただけの物。それに目を通し、更には数値化するなどやる意味すら、やることを浮かぶことすら有り得ない。でも目の前の男は、自分に言ったように全てに疑問を持ち、そして行った。そして、辿り着いた。
「戦後に民間人が死ぬ。……自分でも馬鹿らしいが、頭に浮かんだ。兵士の治療と引き換えに何か対価が働いてるんじゃねえのか。そして他国とこの国の違いは何なのかって。ーー宗教だった。」
馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽。なのに、調べる価値があった。
「この国は何かおかしい、宗教もおかしい。そんなことを考えている時、そんな時、旅人とから東のある地域の口頭伝承を知った。」
「口頭伝承?」
ミランダは、口伝えの伝承が頭に浮かぶ。
そう、それは自分の親から聞いたことだ。
ミランダは自分の心臓の音がやけに激しく聞こえてきた。ウィリアムは、そんなミランダに目を向け、そして察する。
「お前、東の方の出身だな?その赤毛。」
「え?」
「なら、親から聞いたことないか。」
‘ミランダ。これは私達祖先の言葉らしいの。‘
‘お父さんたちも意味は知らないけどな。ははっ‘
「………、き、いた……ことあっても、わ、たし、覚えては……」
そう、覚えてない。
長くて長くて、聞いてたら寝ちゃってた。でも何故か冷や汗が止まらない。
ミランダは真っ青になっていく。何故か今、鮮明に思い出しそうで。怖くなった。
ウィリアムは、そんなミランダの恐怖も記憶が戻ることも無視して、口頭伝承の内容を口開く。
『身体の弱い人間の王子様がいた。
彼を治すために王様は悪魔を召喚した。
甘い物が大好きな飢餓の悪魔は、自分を召喚した王様よりも甘い物をくれた王子様と友達になった。王子様は飢餓の悪魔に名前をつけた。甘い物が好きな彼に似合った名前。
そして、身体の弱い王子様と飢餓の悪魔は契約した。
身体の弱い彼を治して、そして王子様が統治する予定の国を王子様と共に良くしていく。
そして王子様の死後、王子様の魂は飢餓の悪魔が食べる。
そんな契約。
でも、契約は守られなかった。
何故なら王子様は死んだから。
突然現れた治癒の女神が彼の命を使って、女神が可愛がってた子供の怪我を治したから。
そんなことを知らない王様は、悪魔に怒った。
そして王子様の魂を食べる予定だった悪魔から王子様の死後の魂を守るために、女神に頼んだ。
この国はずっと貴女を慕う。
だから、だから、悪魔から息子の魂を守ってくれ。
王様は知らない。
本当は悪魔じゃなくて、女神が息子の命を奪ってたなんて。
治癒の女神の力の代償も。
でも、そのお陰で
ーー国は女神の保護の元で栄えた。』
「この話、何かと繋がるよな?」
マクシミリアンの頭に浮かぶ。絵本。
ウィリアムも幼い頃に母が読んでくれたから、知っていた絵本の内容。あり得ないのに、繋がった。
どうしても高鳴る胸が抑えきれなかった。そして、もしも本当ならと‘聞いてみたい‘と欲が生まれた。
「俺はそこから更に調べた。そして俺の実家の執事たちは実に優秀でな。俺に負い目からか、ありとあらゆる国の重大なことを記してる書物を実家の宝物庫を管理する傍らで密かに書き移し、俺に送った。……そこで知った。始祖に本当は息子がいたってな。」
その過程で兄貴も殺して、親父を苦しめてくれた。他にも薬物を流して国の鋭い役人とかを俺に目を向ける暇を流さないようにした。
ウィリアムが少し口を閉じて過去を思い出した。
ミランダは吐き気が起こった。自分が抱えるには大きすぎる秘密だ。涙すら意味が分からず溢れてきた。
「なんっで、ひ、東のっ…」
言葉が上手く出なくなったが、ウィリアムはミランダの言いたかったことを察した。
「東の地域に悪魔伝説ってのがよくある。そこからは分からねえが、ただ東の地域のそれこそハルメニア王朝が生まれる前から悪魔はそこによく出没してたんじゃないかと思う。会ったことはないが悪魔って奴はおしゃべりらしい。他の悪魔がその飢餓の悪魔のことでも人間に話したのかもな。って、結局のところ悪魔が存在してるのかは分かんねえが。
とりあえず、ハルメニア王朝を始祖王とその息子が、悪魔と名付けられた何からしらの者と親しい間柄だったんだろう。」
ウィリアムの考察に、マクシミリアンはもはや恐怖やら何よりも目の前の人物に拍手すら送りたくなった。凄い、凄い人だこの人は。そんな憧れのような気持ちが心の奥底から湧き上がってきた。
「俺は、ハーデン聖堂に何かしらの秘密を抱えてると思った。しかも俺の考えが確かなら、国としてマズい。なら知る者は限られている。
どうしても、ハーデン聖堂を窮地に陥る状況にしたかった。そして秘密を知る者は、確実に秘密を確認する。それか誰かに伝える。
全部これは賭けだったが、賭けには勝ったみてえだな。」
棺の中の人骨に目を向ける。
それでも心は何もさざ波すらたてなかった。
マクシミリアンは、冷めた目をしているウィリアムを見つめて、興奮した。
師事したい、この人にこの人に習いたい。もっともっと語り合ってみたい。
「あ、あのっ」
そんな不謹慎なことを口から出そうとなった時だった。
「ーーーへえ。」
この部屋の中にいる四人以外の声が響いた。




