聖力
ウィリアムは、予想していた。想定していた。
いくつもの選択を考え、時には現実には起こらないことを想像してしまった自分を嗤った。それでもいくつもの選択肢の中で当たったのは、現実には起こらないであろうと想像したことだった。
後ろで力無く崩れ落ちるユンを気配で感じた。
ウィリアムは振り返る。手を地について項垂れるユンは、懺悔していた。女神に。そして、ーーこの国の民に対して。
「申し訳ございません、申し訳ございませんっ…」
「ゆ、ユン様?」
「どうしたんですかっ?」
ユンの傍らにいる年若い二人の男女は、謝り倒すユンに困惑していた。
……………。
この中で一番の高齢者、なのに見た目は誰よりも幼い。ただ女神に愛されたばかりに、ユンは人として生きることは許されずに、女神とこの国の民と信者たちに尽くしてきた。
幸せなど感じてこなかっただろう。喜びなどよりも、重圧の方が大きかっただろう。なのに、尽くしてきた先でこの事実を知った時にどれほど罪を償いたかっただろうか、死を待ち望んだだろうか。
そんなことを想像したことがあったが、目の前の懺悔する姿からは、……自分の罪など自覚していないことを認識する。
「おい、司祭様。この骨は、アルドレイ・ハサウェイの骨で間違いないか。」
ウィリアムの問いかけにユンは反応せず、代わりにマクシミリアンが反応した。
「アルドレイ・ハサウェイ?」
ユンに向けていた顔を兵士、ウィリアムに向ける。
マクシミリアンは嫌な予感がずっとしていたが、今その予感が当たったことを実感する。
マクシミリアンと視線がかち合った男は、今まで見たことないほどに虚無の瞳を抱いていた。何故かこの現況はこの男が起こしたのだと分かってしまうほどに。
「ハサウェイって王家の姓の?アルドレイって…」
ミランダの戸惑いの言葉に、マクシミリアンは言葉を選ぶように視線を泳がした後に正直に言う。
「アルドレイ・ハサウェイ。始祖王様の最愛の息子。」
「え。」
ミランダは驚く。始祖王の息子。それは、「存在しない」はずだ。そう習った。
「始祖王様に息子は…」
「いない。そう習う。そうだろ?」
どこか馬鹿にしたような口調でウィリアムは答えた。ミランダは怯えつつ、頷く。
この国の始祖王は、息子ができなかった。
だから、二代目は娘から生まれた孫であるアグル・ハサウェイが成った。そう、息子などいない。いないはず。
ミランダは幼い頃の記憶が浮かぶ。寝物語で聞いたお店の王様という物語。
「絵本は、空想なのでは…」
ミランダが言う絵本が何なのか、それはマクシミリアンにもウィリアムにも思いついた。マクシミリアンも答えを望むようにウィリアムを見る。
「あれが真実だってことなんだろうな。始祖には、息子がいた。病弱の。……お前は知ってたのか?息子の存在。」
マクシミリアンは目を泳がず。
「ウチは、……記録の家系で。」
ウィリアムは少しマクシミリアンに興味を抱く。
「重要な事柄は、塗りつぶされてるって聞いたが?」
「…王家に保管される清書はそうだと思う。俺の家には、清書の前の下書きがある。」
王の側にいて、常に事実を書き記す記録の役目を果たす家。マクシミリアンは国庫にある書庫は清書になる前のたくさんの下書きを家で読んできた。文字を読むのは、遊ぶことだった。
「……へえ?」
それが本当だとしても、この子供は賢い。
ウィリアムは目を少し開き、驚いた。古代語を読み解き、更には国のことの重要なことを知っても黙ってきた。
マクシミリアンは怯えながらも、好奇心からかウィリアムに訊ねる。
「若くして亡くなったから、二代目がアグル王に?」
男系の血筋、女系の血筋。始まりの概念が変わることになることは、大事である。マクシミリアンは真っ青になる。これは歴史の変わり目になってしまう。それを聞くことになるということは、ミランダと自分は最悪王家の秘密を知ったことによって死んでしまう。
ウィリアムは、それは小事だと言うかのように頭を横に振る。
「若くして亡くなった、ってのは違うだろうな。ここに来る前に俺が推測したのは、若くして‘生贄‘となったってこと。」
「生贄…?」
ウィリアムは棺の上に腰を掛ける。
そしてマクシミリアンと目を合わす。目的を果たした今、時間がある。この若者と話す時間はある。
「ーーお前、この地にいるってことはアカデミーの学生か?専攻は?」
「政治学…です。」
「なら、少しは話が早いな。……お前、疑問に思ったことあるか?隣りにいるジジイの力について。」
「聖力…のことですか?疑問?」
ウィリアムはまだ我に返らないユンを一瞥し、そして自分の手のひらを見る。
「何故、聖力は存在する?」
「女神に愛されたから…」
「何故他の国で聖力を持った奴は中々生まれない?」
「…宗教が違う、か…ら?」
「ーー本当に?」
マクシミリアンは自分の心臓の音がやたら聞こえてきた。冷や汗が止まらなくなってくる。
「本当に違うだけで、聖力は宿らないのか?女神ってやつのは存在するのか?……もしお前が権力を手にしたいのなら、疑問を常に抱くことだ。当たり前の常識にすら。」
「……聖力、とは…?」
ミランダが問いかける。ウィリアムは人骨を見る。
「ーー聖力とは、生命力の変換。」
「生命力の変換って…」
「自分のじゃねえ。他人の生命力を変換する。」
マクシミリアンもミランダも息を呑んだ。
ユンは、顔を上げた。
「おい、アルドレ…イ…?」
病弱の息子を病から助けた。
助けたはずなのに、アルドレイは死んだ。
「どうゆうことだ!!シュガー!!!!!」
俺を召喚した王は、取り乱し、俺の胸倉を掴む。俺は苦しさなど全く気にせずに、王の背後にあるアルドレイの死体を見る。生気などなく、真っ白な遺体。
なんで……?
病気は治した。あれから病も怪我も何もかも無縁で生きてきたはずなのに。
なんで?なんでだ?
『あら、この子貴方のおもちゃだったのかしら?』
突然脳内に響いた声。
それで全てを察した。ブツッと何かが切れる音が聞こえて、次の瞬間には怒鳴った。
「てめえ!!!クソ女神いッ!!!!!!!!」
『シュガー。僕の友達になってよ。』
王は「息子を返せ…」と、泣き崩れた。




