現実
「アーサー殿下。」
「大臣だ。ユリア、少し離れるね。」
「ええ。」
大臣に声をかけられ、アーサーはユリアの傍を離れる。ユリアが一人になると数名の貴婦人が声をかけてくる。
「お久しぶり、ユリアさん。」
「マグダード夫人、夫人の先月のパーティーの反響ききましたわ。素晴らしい手腕であったと。」
「ふふ、ありがとう。あの場で息子を披露したの。今度は夫人以外のお嬢様方も呼ぶ予定なの。是非貴女もいらしてね。」
「是非。」
マグダード夫人の息子となると、前妻の子だったわね。
中々にないことだ。子宝に夫婦が恵まれなかったとはいえ、前妻の子の後押しを後妻がするとは。
並々ならぬ重責を覆いつつ、夫人はお披露目会を無事に済ませた。彼女ならば養子をきちんと育てあげるだろう。
そして今度手紙を書こうと思っていたが、今回のパーティーで会えたのは幸運だ。
「夫人。」
「何かしら。」
「今度、私のドレスを作っていただけませんか。」
マグダード夫人は目を見開く。
マダム·カリナ。彼女が現在の家に嫁ぐまで、針子から転身しデザイナーをしていた。マダム·カリナと呼ばれ、彼女のドレスを着た者は社交界の注目だった。そして彼女は自身の営業も上手かった。豊満な身体から出る色気により、彼女は貴族の後妻となった。デザイナーになりたかったのか、貴族になりたかったのか彼女自身分からない。ただ、貧しさは嫌っていた。
「令嬢、マグダード夫人はもうデザイナーでは。」
「私の頼みです、夫人。」
口を挟もうとした別の夫人よりも更に被せて、ユリアは言った。ユリアは真っ直ぐとマグダード夫人の目だけを見ていた。
「………何故、私ですか。」
マグダード夫人は無意識に近い状態で口を出した。
ユリアはそれを聞き、綺麗に着飾った自分のドレスを見下ろした。同時に1ヶ月前に呼ばれたパーティーを思い出す。
「…夫人のドレス、私一着も持っていなかったのですよ。」
「ユリア様がデビュタントする前ですから、私がデザイナーをしていたのは。」
「ええ。ただ、この前呼ばれた同年代のお嬢様方が集まるパーティーで皆が夫人のドレスを着ていたんです。」
「「っ。」」
ドレスコードが決まっていた。しかも同年代の女子が集まるパーティーで、デビュタント前に流行ったドレスを。ユリアだけには知らせず。
ユリアは少しだけ可笑しそうに笑った。いや、嘲笑った。
「まだ我が家門は強くありませんし、アーサー殿下の妃候補はまだ私一人だけ。嫉妬などされても構いません。ただ、私を嘲笑うというのなら、そこは許せません。」
「………。」
マグダードは、苛烈な目をした傲慢な娘を見、その中に己の中にある葛藤に共感をした。
儚さを感じさせる麗しい娘。人に頼むと言いながら、命令をしてくる娘。いじめた者達を嘲笑う為に、新たな流行をつくろうとしている傲慢な娘。
マグダードはふっと思わず笑った。
「新たな流行をつくる、ということですね。良いですね。楽しそうだわ。ぜひ作らせてください、貴女の為の一着。
そして、今後、私が作るドレスは貴女が気に入らない令嬢には売りません。」
ユリアはその答えに満足そうに微笑んだ。
マグダード夫人と先程のユリアとの会話を聞いた夫人の二人が、立ち去っていくユリアの背中を見ながら、マグダード夫人に声をかける。
「何とまぁ、我儘な子なんでしょう。」
「美しさは、見た目だけですのね。」
「………私は、嫌いじゃありませんわ。」
マグダード夫人の言葉に二人は驚く。そして、マグダード夫人は目を爛々と輝かせていた。
インスピレーションが湧いてくる、針子をし、誰かのドレスを作りたいと願っていたときに戻ったかのような感覚だ。
あの子に似合うドレスは、それは美しい。
そして、あの子の傲慢な苛烈さえもマグダード夫人にとっては美しく魅せられていく。
ああ、どうしましょう。
早く家に帰って、デザインをしたい。
「ユリア。」
「アーサー様、おかえりなさい。」
アーサーは壁にいるユリアに歩み寄り、シャンパンを渡す。ユリアは受け取り、二人で壁に寄りかかる。
「マグダード夫人にドレスを頼んだって?」
「もう耳に入りましたか。」
アーサーは苦笑する。
「ユリアは、怖いなぁ。色んなやつに届くように言ったくせに。」
「あら、気づかれました?」
不敵に言うユリアに、アーサーはいつからこんなにユリアは怖くなったのか不思議になる。
敵に対してユリアは何もしない場合もあるが、今回のように徹底的にやる場合がある。
次のパーティー。全員がユリアに注目する。マグダード夫人の新作にして、着るのはユリア。新たな流行が発信されるのは確定だ。なのに、その流行に乗れない者は……ユリアの敵なのだと社交界に知れ渡る。そんなドレスを着るのだ。
「………まぁ、社交界にそれだけ揉まれてきたってことか。」
「王妃様は厳しい方でしたから。」
「あーー、だよなぁ。」
可愛い可愛いといつもニコニコと笑ってきた王妃だが、実はとても厳しい人だった。愛ある厳しさとは思えない。それほどキツい指導だった。
アーサーと思い出したかのように身震いをする。そして、二人で笑い合う。
その時、荘厳な音楽が会場に鳴り響いた。
「フィリップ·クルワン小公爵とパートナー…」
ユリアは、二人が来るであろう扉を見、そして隣に立つアーサーを見上げる。
アーサーは誰をパートナーにしたのか気になるように扉に集中していた。
アーサー様、アーサー様。
怯える心が必死にアーサーにこっちを見てくれと叫ぶ。
「ミランダ嬢!」
'ユリア、もう愛さないで'
「ん?ユリア、どうした?」
アーサーの顔が、ユリアに向けられる。
参列者からの拍手が雨のように降って会場に響く。誰もが二人に注目する中、アーサーはユリアを見下ろしていた。
ユリアは、そっと横目にフィリップとミランダを見る。ミランダの見た目は、彼女が読んでいた物語に書かれていた特徴とピッタリ一致していた。
赤毛がくるくると波のようにうねっていて、クリクリとした茶色の瞳を持つ目、小さな少し丸い鼻に、美しさよりも快活な陽気さの可愛さを見せてくる顔立ち。
走馬灯のように彼女が読んだ本の内容が流れる。
ユリアは顔を伏せた。
「ユリア?どうした?気分が悪いのか?」
「…ぁ、……」
震える口が定まらない。
絶望感が全身を覆う。
嫌よ、嫌。
嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、ーーー嫌!!!!!!
膝から崩れ落ちていく。
アーサーの声が耳元で聞こえる。
気を失うわけにはいかなかった。何とか足を踏ん張り、アーサーに寄りかかる。
「ユリア、大丈夫か。下がるか?」
「すみません、大丈夫です。今から役目がありますもの。それが終わるまでは必ず気を失いません。」
「……無理はするな。」
「はい。」
「護衛に頼んで、水だけでも貰ってこよう。シャンパンは置いて。」
シャンパンをアーサーに取られ、ユリアは少しだけ立ち方を直す。
アーサーが護衛に水を頼んでいる声を聞きながら、ユリアは今日一番の喝采を浴びている二人を見た。
【ミランダは、逃げ出したくて堪らなかった。名字もない自分に対して、誰もが何者なのか視線を突き刺してくる。隣では、元凶となる男がミランダを逃げないように腕を組むことで掴んでくる。
ああ!なんでこんなことに!!!
叫び、この目の前に広がる光景を夢だと思いたかった。】
………………私も、夢だと思いたかったわ。




