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悪女語り。  作者: 林 空花
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【ウィリアムとムガラ】


ムガラは、混戦化した状況を把握し、負けるのだと確信した。


特にあの化け物みたいな奴がいけないなぁ。


髭を触りながら、まだ年若いが一軍を率いている男に視線をやる。ミキルと呼ばれている男は、ひどく冷静に引き際や捨てる場所を見極め、そしてこちらの主要の首を確実に切り落としていっている。


あれは、同じ人間と思わねぇ方が良いな。


「ムガラ。」


「おー、旦那。」


混戦の中、戦地から離れ現場を少し高みの崖から観察していたムガラの元に、砂と血、何かしらの汚れを纏ったウィリアムが現れた。


「ナニクンもイクラニも負けるな。」


「短い戦いだっだが、戦力的にも何もかも優位にいたのになぁ。」


「まぁ、二国が負けるのは想定通りだ。」


当たり前のようにそう言って、冷淡に戦況を見下ろすウィリアムにムガラ頷く。

優位に立っていたとしても、最終的にはナニクンもイクラニも負けることは決まっていた。どんなことが起きようとそうなるように仕向けようとするのがウィリアムが決めていたことだった。だが、策を巡らせるまでもなく、王太子などが考えていた以上によく動き、国防をしてくれた。


イクラニもナニクンも、これを機に国力は落ちるだろう。それこそ二国は国内情勢も現在悪い。貴族やら王族に向いていた敵意の民意を逸らすことの目的が今回の戦争の理由でもあった。

奴隷を抱えるナニクン、国民にそれはひどい重税をし、豪勢な生活を送るイクラニ。

今回の戦争、それこそ負けてしまえば、国内で反乱も起きるだろうし、紛争も起き、そんな情勢を見、他国は攻め入る。……二国は、栄華をなくし、もしかすると地図から消えるかもしれない。


ムガラはウィリアムを見た。

返り血か自身の擦り傷か、頬についた血のあとはどこかウィリアムを残酷に見せていた。


ムガラ達傭兵団は元はナニクン国の奴隷だった。身分という概念から逃れるために逃亡し、金を稼ぐために傭兵となった。

イクラニで傭兵として生きていても、元奴隷のレッテルはついて回り、常に最前線に回され、仲間は無駄死にしていった。

ナニクンを、イクラニを、身分制度を恨んでいる。でもそんなこと忘れて、淡々と戦地で生きていた。そうなっていた時に、ウィリアムが声をかけてきた。


‘全部、全部、滅んでいくとなったら、お前はどう思う?‘


そう聞かれた。ナニクンもイクラニも滅ぼす、更には貴族が身分が何だと思わせる世論を起こす。そんなめちゃくちゃな計画を話し、そしてそんなことが起きたらどう思うか聞かれた。


‘別に、何にも。嬉しくも悲しくもねえなぁ。‘


そう言うと、ウィリアムはそれは優しく微笑んだのだ。


‘だよな。‘


お互いに、もう何が起ころうとどうでも良かった。どうでも良かったはずなのに、ウィリアムはそれでも二国が滅んでいくキッカケを作った。そして自分が大罪人となることで、祖国には裏切者として、ナニクンとイクラニには戦争を呼び込んだ極悪人として、大貴族クルワン家の汚点を広めていっている。平民は思うだろう。貴族とは何なのかと。


何をそんなに恨んでいるのか、怒っているのか。虚しいのか。


「仕上げだ。俺は行く、ムガラ。」


ウィリアムは別れを言いに来たのだ。

もう何年の付き合いだろうか。破滅に向かうウィリアムを終ぞ傍観している。


「ーー旦那。」


去っていく背中に声をかけると、ウィリアムは少し振り向いた。

お互いに空虚な目をしている。荒んで、そして何の光も見えない。見失った目。


「…いい女だったのか、あんたを哀れんだ女は。」


そんなにも。こんなにも、罪を犯すほどに。


クーガンに来る時に聞いた女がキッカケなのだろう?あんたはたったひとりの女に心を奪われ、そしてそんな女を奪った全てに苦しんでほしいのだろう?


ウィリアムは少し目を伏せ、静かに笑った。


「いい女じゃねえ。生意気で、臆病で、人形みたいに生きていた。…いつも汚らしい格好して、女に見られないように髪なんか無造作に切りまくって、俺を憐れんで、よく喧嘩して。いい女じゃねえよ、全然。でもな、ムガラ。」


‘ウィリアム‘


「あんな死に方をしていい女じゃなかった。」


首を切られ、晒し者にされる罪など何も犯していなかった。

戦争を起こし、薬までもまいて、多くの人間を死や不幸に落として、こんなことを言って良いわけじゃないだろう。俺とは違う。ただアイツは違ったのだ。

イクラニ国でどんだけ人権を失っても、ナニクンに捨てられ、戻っても女としての幸せを奪われていても。アイツは、アンは、ーーーただ生き延びてきたのだ。それだけなのに。

伯爵家という家に生まれ、王家の血までも混じっていた。そんなばかりに、アイツは首を切られ、晒し首にされた。


なぁ、親父。


あんたは言ったよな。人質に出される俺に、貴族に生まれたのだから宿命を果たせと。


なら、親父。


首を切られ、晒し首にされることは…貴族の宿命を果たしたことなのか。


「ーーーあんな死に方していいわけねえんだ。」


腸が煮えくり返って仕方なかった。


「良い奴だったんだな。」


ムガラの一言は、ウィリアムの乾ききった心に染みるように沈んでいった。


‘ウィリアム‘


アンの声がする。

ウィリアムはムガラに向かって快活に笑った。


「ムガラ。じゃあな。精々生き延びて派手に死ねよ。」


「人間らしく、だろ?」


ムガラは懐に隠してた酒の小瓶を取り出して、ウィリアムに見せつける。ウィリアムはバーカ!と吐き捨てるように言って、そして今度こそ去っていく。

その背中を見つめながら、ムガラは少し感傷的になった。


あんたとはもうちょい酒を酌み交わしたかったよ、旦那。


お互いに良い死に方はしない。

あんたには墓すら用意されないだろうし、それこそ死体すら破壊されるだろう。それでも、あんたは、それでも、………真っ当するんだな。


始まりは随分と人間らしいことだったのに。


ムガラはぴょいっと高地から飛び降りて、ウィリアムとは反対の方に背を向けた。


「じゃーな、旦那。楽しかったぜ。」





ムガラはクーガンの地にして、行方をくらませた。その後は、誰も知らない。

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