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悪女語り。  作者: 林 空花
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真っ赤な世界で


ユンが目を覚まし、身体を起こす。

手を握り、広げることを繰り返し、力の出ない感覚から何日も眠っていたことを察する。


………ユリアは。


ユンの頭に真っ先に浮かんだのは、ユリアだった。

ずっと寝ていたからか中々に動かし難い身体を何とか力を入れて、動かした。

その時、視界の端に何かが映った。視線をそちらに向け、ユンは少し驚く。


「ミランダ、か?」


「ユン様、お目覚めに…」


ミランダも少々驚いた様子だが、ユンの方が驚いていた。

快活な娘。一点の曇もなく、まるで快晴のような明るさと清々しさと爽やさを持つ、それがミランダの印象だったのに、今はどことなく影を背負っている。けれど、眼差しは強い。


……変わった。


良い方か悪い方かは判断つかないが、確かにミランダは変わった。

状況がそれほど変わったと言うことなのか?

ユンは改めて早くユリアの安全を確認しなくてはならないと認識する。


「ミランダ。眠っていて悪かった。早速だがユリアは、」


「……ユリア様は敵陣へ一人で行かれました。」


「は?」


「戦いは結界の外で行われ、今2週間は立っており、長期戦として…物資の到着がないからか、我々マルコニア勢が優勢となってきました。」


「お、おい、ミラ」


「そして現在、」


ドーーーンッ!!!!!

爆発の音が鳴り響き、どこからともなく瓦礫が崩れる音と悲鳴と何の音かも分からない不快な音が鳴り響いていく。


「結界が解かれ、ここはクーガンは完全な戦地になりました。」


「ーーー。」


ユンは、戦争というものを楽観していたわけじゃない。特にユンは戦争の被害にあった怪我人などを癒やしてきたこともある。心の傷は癒せないし、無くなった手足を元に戻すなどは不可能であったが、それでもユンは負傷した兵士に自ら会いに行っては、彼らの怪我を少しでも治癒した。

怪我を見ただけでも分かるのは戦争のおぞましさ。何十年も、時折起こるこの悲劇を目にしてきた。だからこそ、楽観などしてこなかった。

ただ戦地の中心にいたことなどなく。何より、自分の目覚めがクーガンを戦地にすることなど考えてはいたが、それでも2週間。2週間経ってもクーガンを戦地にすることのないように状況が変わっていなかったこと、そしてユリアが結界の外に交渉に行くことなど想定していなかった。


「何が起こって、」


「ーー悲劇が起こってます、ずっと、ずっと。」


ミランダは、ただそう言った。







ユリアは、もうこのクーガンでの戦いが終わることを察した。

ユリアのことを見張る兵など一人もいなくなり、混沌と混乱が入れ混じったナニクン陣営は、結界が解かれたクーガンへ雪崩込んで行く。

その様子を砂塵に目を細めながら眺め、ユリアは結界が解かれたが、それでもナニクンをクーガンへ入れないようナニクン兵を殲滅していくマルコニアの兵達を見た。

馬の駆け抜ける音は凄まじく、そして剣や槍が交じる音も、叫び声も、断末魔も聞くに耐えなかった。


マルコニアが勝つ。


それは、分かりきった事実だった。


………逃げるのは今ね。


誰もユリアのことを気にしていない。今この場から離れるしかない。

ユリアは周囲を見渡すが馬は一頭も残っていない。ならば走るしかないとナニクンがクーガンに向かうのとは真逆の方に走り出す。戦地から少しでも離れれば恐らく誰かマルコニア兵の者に気づかれる。

ユリアはそう考え、一人駆け出していく。


アーサー様、ご無事ですか。


ただ、ただ、もう限界だった。

会いたいと思った。怪我をされていないか、心は大丈夫なのか。全てを確認したかった。そして伝えたかった。自分が思っている全てを。

そして、


「どこに行く!!!!!!!」


ユリアは強い力で手首を捕まれ、そのまま地面に叩きつけられる。

あまりの衝撃に一瞬息ができなくなる。ゴホゴホと咽た後に、痛みが背中に出てくる。さすがに背中から地面に押されるとは思っていなかった。

痛みに顔を歪めながら、視線を動かせば、ナニクン陣営の指揮官がいた。血走った目から、この男の切羽詰まった状況が分かる。


あ、やばい。


どこか他人事のようにそう思った。

選択を間違えれば、あの世行きだと悟った。


「………離し、」


「お前だ!!!!お前が!お前が交渉してきた!脅してきてから!全てが狂った!!!!!!お前が!お前がっ!!!!」


正気を失っている。いや、追い込まれているから冷静さを失っているに近い。

どこか冷静さを持っていた初めの印象とは異なる。ここから待つ自分の地獄に、怯えている。

話し合いは無理だ。逃げるしかない。


どうやって?


自分の体は今押さえつけられ、地面に伏している。更には男はこちらの手首を掴んだまま。

状況は最悪だ。


「お前がっ!!!!!!!!!!!!」


男の片方の手が剣を握る。


ぇ、


死が喉に刃を向けてくる感覚に陥る。

頭に浮かぶのは、アーサーの顔。


嘘、まだ、まだ無理よ。

まだ、駄目!


時間にしては一瞬。ユリアには永遠のように感じられた。アーサーが気にする。アーサーが責任を感じる。アーサーの心の傷に自分がなる。それだけは、それだけは嫌であった。

アーサーのために生きていたいと思った。どれだけ自分が傷ついても、アーサーの傷になることだけはーー死んでも嫌だった。

考えろ!考えろ!考えろ!!!!!

ユリアは男から逃れたい一心で暴れるが、男がユリアの馬乗りになり、剣を振り上げる。


「駄目っ!!!!!!!!!」


悲鳴のような拒絶の声が上がった瞬間、


ぶしゃあっ


そんな効果音と共に生暖かい液体がユリアの身体中に降り掛かってきた。

視界に広がるのは、真っ赤な色。

ただ、ただ、真っ赤な色が視界を染めて、


「ーーよぉ、久しぶり。」


無礼な男の声が鼓膜を震わせる。


真っ赤な色の世界の中で、

男が一人、こちらを見下ろしていた。


「しゅ、がー?」


ユリアは、その男を覚えていた。

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