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悪女語り。  作者: 林 空花
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【ユン】


「ユン兄ちゃんっ、どこに行くの!ねえ!ユン兄ちゃん!!!!!」


あの頃、妹が大切だったかは分からない。大切か大切ではないかと認識するには、幼すぎた。

ただ間違いなくこの歳になっても彼女を思い出すのは、家族だからか何なのか。大司祭になったとしても、自分のことで分からないことばかりだ。


妹と自分は、歳の近い兄妹だった。

喧嘩もあるし、母親を取り合うことをし、遊びを一緒にしたり、風呂も共に入った。幼い頃の記憶を遡れば、学校など学び舎には通えていなかったので、同世代の友人よりも妹と過ごした年月ばかりが浮かぶ。

妹の手当をした姿を見た両親がハーデン聖堂に相談した翌日には、ハーデン聖堂から使者が訪れた。馬車に乗せられ、何が何だか分からないまま、両親がこちらを悲痛の表情で見ているのを見て、もう二度と会うことはないのだと痛感した。けれどそんなこと分からない妹の悲痛な叫び声も、泣きじゃくりながら追いかけてくる姿も、胸の奥を締め付けてならなかった。

ユンの人生で、最後に泣いた日だ。


ハーデン聖堂に来ると、前の大司祭が跡継ぎはユンだとすぐに表明した。ユンは自分の人生なのに、やりたいことすらまだ見つけていなかったのに、勝手に未来を決められた気になり、絶望したあの時のことは今でも魘される。


それから数十年の時が流れた。


「ユン兄ちゃん。」


両親がいつ死んだかも知らないまま、現人神のように扱われ、生きてきた。

歳を取らない自分の見た目が気味が悪く、そんな幼子の姿の自分に老婆が兄と呼んできたことは傍から見たら奇妙な光景だっただろう。

でも、目に涙をためて、シワのある顔を綻ばせ、こちらを優しく見る老婆に、妹の面影を見た。


「…スンミ??」


大司祭として病院に訪問した時だった。


聖力として、ユンの力は誰よりも卓越していた。

聖力を持った人間は、大陸に数百人しか存在しない。性別は特にないが、能力の発現は幼少期であることが共通である。見た目の歳を取らないでいればいるほど、つまりは実年齢に比べ子供の見た目であればあるほど、力は莫大であることを意味している。まだ解明されてはいないが、神がまず子供好きであることと、治癒力が、見た目の歳を取らない理由だと考えられている。

ユンは数百人の中でも稀有であった。

多くの聖力を持つ者が、持たぬ者よりは緩やかに歳を取る。ユンは全く歳を取らなかった。

結界の力は、ユンとあと数名しか使えず、特にユンほど大きな結界が張れるかどうか。

結界の力は、土地神など多くの神に呼びかけ、紙を媒体にし、神の力を伝播することで使用される。この神に呼びかけ、好かれることが、まずユンの稀有な才能だった。

そして治癒力。ユンは怪我ならば大きいものから何でも治せた。

だが、治癒力は万能ではなく、病気は治せなかった。

病気により足を動かせない人は治せないが、怪我で足を動かせない人は治せる。それがユンの力だった。


ユンは、病気が治らない、そんな中でユンが治せないと知りつつも縋る患者を見捨てることができなかった。無力さを痛感する。罵倒されても、それでもユンは病院に通った。

そんな中で、妹と再会したのだ。


スンミは、余命幾ばくもない大病に侵されていた。最後の治療ですら無意味だったそうで、腹部を開けて、閉じる。それだけされたそうだ。そう、治せないと診断されただけだった。

病は治せない。そんなこと痛感も実感も悲観もしていたのに、改めてユンは打ちし枯れた。


でも、悲しむユンにスンミは笑った。


「ユン兄ちゃん、見た目が本当に変わってないねぇ。神様に愛されてるんだね。」


しわしわと表情を緩めて、さらにシワを増やすスンミは、違和感などなく妹だと認識していく。


「家族はいるのか?」


ユンの言葉にスンミは微笑み、頭を横に振った。


「家族はつくりたくなかったの。私、本当にユン兄ちゃんとの別れが辛くてね。もう二度とあんな思いしたくないのよ。…ふふ、そう思ってたらおばあちゃんになって。ここに一人でいるの。」


ユンは絶句した。

自分との別れが、妹を孤独にしたとは信じられなかった。


「でもね、寂しくなかったよ。」


「なんで?」


「ユン兄ちゃんも独りだったでしょう?」


「………。」


「だから、そう思ったら、私は寂しくなかったよ。ユン兄ちゃんを側に感じてた。」


我の孤独がスンミを独りにしなかったのか。

少し悲しくて、そして嬉しかった。



「……スンミ。最期は一緒にいよう。」


ユンはスンミの手を握った。スンミは泣いて、そして頷いてくれた。

スンミはそこからハーデン聖堂の近くに移り住み、そして一ヶ月後亡くなった。



スンミを見送った後、ユンは悟った。

きっと自分の最期、孤独そのものなのだろうと。それこそ家族もこの世にいない。ただ最期の最期にスンミは言った。あの世では家族で一緒にいようと。

希望が持てた言葉だった。でも分かってもいた。その言葉は確信などなく、ただの孤独を癒やす慰めの言葉であることも。

全部分かっていたのに、……嬉しかった。

そうして、しばらくして、ユリアが現れた。




『ユン。ねえ、ユン?』


女神の声がする。


ユンが瞼を上げると、そこは真っ白な空間だった。底があるようでない、どちらが上下で左右なのかすら分からなくなるほど真っ白な空間。

一度だけ来たことがある。その時も聖力を使い果たした時だった。

寝ぼけたように、ぼーっとしているユンの目の前に発光する光の玉が現れた。


「お久しぶりです、女神。」


『白々しいわね。貴方はもう別の女神を見つけたと言うのに。』


少し拗ねたような口調が脳内に入ってくる。

ユンは少しおかしくて、笑う。


「……貴女の姿をお見かけできれば、我の女神との違いを探して、そして……」


『違いを見ても、彼女を敬うのでしょう?』


図星だ。ユリアがもうユンにとっては信仰のような対象だった。


「すみません。」


心からの謝罪だった。

光の球はため息をつくかのようにして、そして静かにユンから少し離れ、目を瞑るほどの眩しさで発光した。ユンが目を瞑り、そして次に開いた時には、それはそれはユリアに似た、そしてユリアに似た姿をした人型の周りは淡く光り、とてつもない神々しさを体現していた。


『あの子より、綺麗でしょ?』


「はい。」


女神であるとすぐに分かって、ユンは動揺することなく頷いた。

けれどその即答に女神は髪の枝毛を確認するかのように一束摘み、そして拗ねるように目を伏せた。


『……彼女が貴方の救いになったのね。私はこんなにも貴方が可愛いのに。』


「ずっと訊ねたかったことがあります。」


『なーに。』


「何故、自分だったのでしょうか。」


『あら、愛に理屈を当てる気?』


ああ、愚問だったかとユンは笑う。

そんなユンを愛しそうに見た後、女神はふと違う方向を見る。


『…………ユン、貴女の愛しい子。狙われてるわ。』


「何に?」


女神は少し考える素振りをした後、何かがおかしかったのかクスリと笑った。


『私が傷つけた、可愛い悪魔に。』


「あく、ま?」


詳細を訊ねる前に、どんどん真っ白な空間から女神が消えていく。光がきらきらと周囲に散っていく。


『ユン。ーーーー。』


最後に女神がいった言葉を、ユンは言われる前から察していたことだった。

ユンは受け入れていた。スンミに会った時から、そしてユリアに会って、ユンはもう決めていた。




ユンは、目を開けた。

そして、結界が解けていくのと同時にユンはそっと女神との邂逅を思い出し、身体を起こす。


もう時間がない。


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